e-NOVELS作品書評
《このコーナーについて》
「黄泉屋敷事件」(笠井潔)
「池ふくろう事件」(小森健太朗)
「死と演繹」(牧野修)
「ハイマール祭」(田中哲弥)
「ペットからのメッセージ―探偵藤森涼子最初の事件―」(太田忠司)
「崩壊の前日」(綾辻行人)
「あたしのもの」(早見裕司)
「予言」(近藤史恵)
「かまどの火」(山田正紀)
「明智小五郎の黄昏」(佳多山大地)
「チャット隠れ鬼」(山口雅也)
「アンドロイド殺し」(二階堂黎人)


「アンドロイド殺し」(二階堂黎人)
 
 乗ったシャトルが墜落し、未知の惑星に不時着したホープ大佐の勤務日誌。シャトルの乗務員で生き残ったのは大佐とマリアという博士夫妻の娘2人だけ。しかも、大佐は大怪我を負い、身動きがとれない。マリアの看病が頼みだったのだが、マリアに奇妙な点が見られ……という内容の小説を書いているロッテと言う名の少女が教師であるR=エルゼ・クロイツェルを誰が殺したのか? という奇妙な事件に巻き込まれる。殺された教師はアンドロイドで、密室状況だったのだ。
 二階堂黎人作品と言うと乱歩の通俗長編の空気をまとった蘭子シリーズと、様々なサークルに入りまくった旅行代理店勤務の探偵水乃紗杜瑠シリーズが双璧であろう。これらの両シリーズに共通するのは、どこまでも本格ミステリであること、そして現実と地続きな世界が舞台であることである。が、二階堂作品群を形成するのはこれらだけではない。特殊な状況を前提とした謎解きを行う、SFミステリがあるのだ。その数は今後、地味ながらも増えていくと思われる(とりあえず、来年(2006年)に少なくとも1冊は出るようだ)。
 本編の面白いところは(作中の)小説だけではなく、裁判の証言すらホログラムで為されるという世界だ、と言うところ。タイトルからも容易に伺えるように、本編はクリスティの名作を意識した作品だ(それは、PDFの販売頁の作者の言葉からも裏付けられている)。ミステリのひとつの定番である手記をホログラムという、SFで良く出てくるガジェットに置き換えている。手記というのは或る意味アナクロな手段であり、アナクロな小道具だ。「アンドロイド殺し」はこの手段に着目したとも言え、ホログラムを使うためにSF設定が為されているのだ。そして、その効果は抜群で、最後に物語が幕を閉じるまで決して油断が出来ない。手記というものに対する不安定さを実に巧くつかったものと言えよう。さらに、密室ものと見た場合もなかなか笑える、バカミスとも言うべきものになっている(想像すると実に笑える)。また、冒頭の作中作にも一応の解決が為されており、消化不良になることはない。
 二階堂SFミステリ入門編に最適な1編と言えるであろう。
(2005年11月19日)  
本編の販売ページ(PDF版POCKETPC版


「チャット隠れ鬼」(山口雅也)
 
 山口雅也作品群はデビュー作『生ける屍の死』や《キッド・ピストルズ》のシリーズ、『ミステリーズ』等舞台にパラレルワールドの異形の世界や外国を選んだ作品がほとんどを占める。だが、現実と地続きの日本を舞台にした、日本人が登場する作品も数は少ないが存在し、本編「チャット隠れ鬼」もその数少ない1つだ。

 私立神名川かんながわ学院の教員である祭戸浩実さいとひろみは、理事長によってひょんなことからサイバーエンジェル――インターネットで起きる出来事を監視する組織――の一員になるよう命じられる。多少なりともパソコンが扱え、なおかつ暇そうなポジションにいるから、というのが理由のようだった。気弱な祭戸は断れず、結局引き受けることに。そもそもサイバーエンジェル立ち上げの契機になったのはとある小学生の失踪事件だった。その失踪した小学生は失踪直前に或るコミュニティ・チャットに出入りしていたらしいのだ。祭戸は、練習を兼ねてコミュニティ・チャット、「ジャパン・オン・ライン」に出入りすることにする。そして、結果的に女性の振りをして出入りすることになるのだが……。
 この作品はページ数がPDFで290ページと言うところから、かなり長い作品と思われがちだが、実は全編横書きになっており、分量は思ったよりは短い。そして、この作品の特徴は、この横書きにある。作中、チャットがかなり重要なウエイトを占めており、チャットのシーンも描かれることになる。無論、チャットそのものが重要なキーとなる作品はこの作品が初めてではない。が、この「チャット隠れ鬼」のような、PDFの形式を活用して横書きで、パソコンのディスプレイで読ませるという試みは――少なくとも国内に限っては――初のものであろう。この形を取って読者に読ませることにより、チャットをしている気にさせることに成功している。だからこそ、後半のあの展開にあれよあれよという間に翻弄させられて読み終えてしまう訳なのだが。
 無論、形式的なものだけではない。ミステリとしての面白さも十分にあり、祭戸が出入りするチャットルームで出会ったJezebelの意外な正体など、実に巧く伏線が張り巡らせれており、その張り巡らされて伏線の収斂のさせ方や真相のひっくり返し方など今まで培われてきたテクニックが随所に見られる。派手さはないが、堅実な作品であり、ミステリはトリックよりも張り巡らされた伏線とその伏線の回収だよ、と言う人は是非読んで欲しい1編だ。
(2005年5月23日)

 
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「明智小五郎の黄昏」(佳多山大地)
 
 この「明智小五郎の黄昏」のタイトルで販売されているファイルは創元推理評論賞の佳作を受賞した「明智小五郎の黄昏――誰が明智小五郎を殺したか?」とその初稿である「「D坂の殺人」考――誰が明智小五郎を殺したか?」を併収したものである。両方の論考に共通するのは、日本三大名探偵とも言われた明智小五郎そものの「正体」である。前者は「後期クイーン問題」を援用し、後者は通俗もの長編に於ける明智小五郎の変遷をなぞることでその正体に迫ろうとする。そして、挑発的な副題の問い――誰が明智小五郎を殺したか?――に一つの答えを出す。
 扱われているのが広く読まれている乱歩の、その看板とも言うべき明智小五郎故にこの論考はかなりとっつきやすいものと言える。とはいえ、評論という性質上ネタバレは避けがたく、乱歩の「D坂の殺人」『蜘蛛男』とクイーンの『ドルリー・レーン最後の事件』くらいは目を通して読んだ方が無難である。尤も、この評論を読もう、と思う人は既に読んでいるような、基礎教養と言う位置づけなのかも知れないのだが(だから事前に注意がないのかも知れない。特に、「D坂の殺人」はタイトルに明記してあるし)。
 この論考で明らかにされる「D坂の殺人」に於いて明智小五郎が陥ったものは、今でも新鮮な驚きを与えてくれる。更に、「誰が明智小五郎を殺したのか?」という問いかけの答えは、発表されて10年経った今でも新鮮に映る。さらに、「明智小五郎の黄昏」バージョンに記された明智小五郎の変遷は、色んな意味で興味深く、乱歩の通俗ものに嵌ったことがあるならば(嵌ったことがなくても一通り読んでいれば)目から鱗が落ちること請け合い。
 既に「創元推理」(1994年秋号)で読んだ、と言う人も、初稿から如何にして佳作受賞バージョンになったか、その変遷を辿るという意味でも面白いと思うので購入してみてはどうでしょうか?(2004年12月25日)  
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「かまどの火」(山田正紀)
 
 典児てんじはとある使命を帯びて或る星に於いて隠密行動をとっていた。任務の最中、砂漠を横断する最中にラー≠ニいうものに襲われている少女を目撃するが、この世界への干渉を禁じられているために見殺しにせざるを得ないと考えていた矢先、何ものかが拉≠倒し、少女を助ける。成り行きで少女に名を名乗った典児。少女の名は鳴沙めいさといい、毘盧舎那如来びるしゃなにょらいの元へ巡礼に行く最中だと彼女は言う。典児の任務は実は……。
 タイトルからはほのぼのとした時代物を想像しがちだが、本編はれっきとしたSF。タイトルから想像したのと全く違うので、少々面食らったけれども。だが、このタイトル、どこかほのぼのとした牧歌的なイメージを喚起させるが、読み終えてみるとえげつないとまではいかないが結構ダークなイメージを喚起させる。読む前と後でタイトルのイメージが一変し、このタイトルが実に巧くつけられていることがわかる。
 SFとしてのガジェットやプロットに仏教思想をミックスさせている。前半の砂漠の広大なイメージや襲い来る拉≠竍饕餮とうてつ≠フシーンの迫力は凄いものがあり、これだけでも本編を読む価値があるというもので。だが、本編はこれらの迫力だけの作品ではない。
 作中、物理の理論と仏教思想のすり合わせが説明されているが、これだけでも滅法に面白い。この似非理論が展開されるのは物語も佳境にはいった、PDFファイルで言えば45ページ以降。SFとしての「仕掛け」が動き出し、あらゆる事に対して説明が為される。これはミステリに於いて解決編で謎が解かれる快感にどこか似ており、本編はミステリの手法を導入したSFということができるかも(とは言っても、SFミステリではないのだが)。
 山田正紀SFは、その質及び量故に長編はよく読まれてはいると思うが、短編も決して見逃せないものがある。山田正紀SFの代表的なところは押さえた、という人は本編を足がかりに山田正紀SF短編にも足を伸ばしてみてはどうだろうか(2004年11月6日)
 
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「予言」(近藤史恵)
 
 街頭でチラシを配っていたピエロ。ピエロは三好に近づき、「あんた、今夜は最高の夜になるよ」と囁く。酔って気が大きくなっていた三好は、好意を寄せる後輩の苑子の部屋に不意打ちで訪ねることにした。手みやげを携えて訪れた三好だったが、苑子の部屋で同じサークルの山中の死体と遭遇することになる。苑子が言うには、彼女が部屋に戻ったときには部屋が荒らされ、山中の死体が転がってたという。三好はとっさに死体を山中の部屋へと運んだのだが……。
 先日「世にも奇妙な物語」の特別編で近藤史恵原作の作品が放送されたが、本編もまた「世にも奇妙な物語」の原作にふさわしいテイストを持った作品だ。世の中には同性からあまりよろしく思われないタイプの女性がいるが、本編に出てくる苑子という登場人物はその典型と言うべきものかも知れない(似たようなタイプの芸能人を思い浮かべるならば、さとう珠緒あたりでしょうか)。
 この作品は、或る意味伝統的なサスペンス短編と言える。誰が、何のために苑子の部屋で山中を殺し、部屋を荒らし回ったのかという奇妙な状況に加え、俺が彼女を守ってやらなければ! というような、或る種のボーイ・ミーツ・ガールの要素までも加わって結末まで一気呵成に読ませてくれる。結末に至り、ネガとポジが次々と反転させられるカタストロフが待ち受けており、読者が如何に物事の一面しか見せられていないかというのを思い知らされる。何でも物事は目に見えていることやイメージそのものが正しいとは限らないということの証左か。また、冒頭に現れるピエロの正体そのものは明かされないが、物語の展開を考えると、実はこの世ならざるスーパーナチュラルな存在だったかも知れない……。(2004年10月20日)
 
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「あたしのもの」(早見裕司)
 
 ミイナの気まぐれで温泉にいくことになった面々。その手配をしたのはグループの中でいじめられている「あたし」。温泉旅館に着き、ホット息をつく間もなく罵声が飛ぶ。そんな中、一緒に風呂に入ったミイナが何ものかに殺されて……。
 この「あたしのもの」というタイトルからストーカーもののサイコサスペンスを思い浮かべてしまうが、実はサイコサスペンスではなく、嫌な感じのホラー。まず「あたし」が置かれている状況に嫌な気分になり、更に、「あたし」が虐げられる様を読んで嫌な気分が倍増する。読みつつ「田中啓文や友成純一ならば「あたし」はもっと悲惨な状況になるのに……」と、嫌な気分になりながらも思ってしまう自分って……(笑)。
 本編のポイントは次々と姿を消していく嫌な面々の消え具合。「あたし」を虐げて優越感に浸っている人間が次々と消されていくのだが、それまでがそれまでなだけに、消えることに関しては恐怖感も、ましてや嫌な感じもなく、そこにはカタルシスが存在する。サイコホラー或いはスプラッタホラーとしての消え方ではなく、どちらかというと怪談の延長みたいな感じだがだからこそカタルシスは少なくない。
 作者の早見裕司は『Mr.サイレント』のシリーズや《異形コレクション》に発表された一連の作品のイメージが強いために、本編のような感触のホラー作品は意外や意外。初出は『恐怖館vol1』というホラーアンソロジーだが、他の収録作品がどのようなものか気になる。もしかすると、都市伝説系の作品が多いのかも(偏見です(笑))。
 実に嫌な気分になり、そしてすかっと気が晴れる、そんな作品。とは言え、結末が果たして救いがあるかどうかは読む人次第と思いますが。(2004年9月30日)  
本編の販売ページ(PDF)


「崩壊の前日」(綾辻行人)
 
 何度も何度も、幾度となく見る夢。その夢を最初に見たのはいつの頃だったのか……。紫色の空の下、子供の姿をした「わたし」は地面に座ってなんの変哲もない石ころを拾い集める。拾った石ころを袋に詰め、その石を投げ捨てる。何度目とも知れぬ夢を見たその日、「わたし」は恋人の由伊との待ち合わせ場所に赴いた。「わたし」がポケットに手を入れるとそこには……。
 大作『暗黒館の殺人』(講談社ノベルス)執筆の合間に書かれた幻想ホラー短編。綾辻行人には『眼球綺譚』という幻想ホラー短編集があるが、本編は間違いなくその系譜の作品。だが、『眼球綺譚』収録作とはおもむきを異にする。
 まず、「わたし」がみる夢のイメージが秀逸。賽の河原で石を積むような……というにはチョット違うが、石を積んで袋に詰める場所はどこか暗さがつきまとう。更に、本編のポイントの1つは傷の付いたレコードをかけているかのようなリフレインと言え、その手法が本編を彩る鮮烈なイメージを増幅させている。とはいえ、本編がイメージのみの作品かというと返答に困る。イメージのみに依拠した……というには最後に明かされる或る「真実」は強烈。強烈ではあるが、逆にその「真実」にそれまでが奉仕しているかというとそれもまた返答しかねる。あまりにも、あまりにも幻想的な展開故に、色んな意味で混乱しているのは確かで。少なくとも、従来の綾辻ホラーとは毛色が違う作品であることは確かだ。なお、本編はカッパノベルスから刊行されたアンソロジー『事件現場に行こう』に収録されているが、アンソロジーで本編を読んだ人の面食らった顔が目に浮かぶ。
『暗黒館の殺人』は幻想ミステリとしても秀逸だったが、『暗黒館の殺人』の幻想部分に惹かれた人は間違いなく本編は必読。綾辻行人の幻想小説家としての資質が最大限に開花した1編と言える。
 言うまでもなく、作者個人の単行本に収録されるのは当面先なはずなので、それまで待ちきれない人はこの機会に。『事件現場へ行こう』ももう書店では見かけなくなったので、探す手間を省いてこっちで(笑)。
 なお、余談だが、この短編のタイトルの元ネタはこれなのかもしれない。
(2004年9月16日)
 
→本編の販売ページ(PDF版ドットブック版


「ペットからのメッセージ―探偵藤森涼子最初の事件―」(太田忠司)
 
 一宮探偵事務所に勤める涼子は徹夜明けで事務所に戻った朝、1人の依頼人に会わされる。依頼人の名前は桜八重子。ペットショップ『サクラ』の経営者で、深夜枠でCMが流れるほど、店の経営状況は良かった。依頼内容は身辺警護。命を狙われているらしい。八重子の遠縁と言うふれこみで店に店員として潜り込み、警戒に当たる。いざ潜入してみると、八重子の性格が災いして容疑者がたくさんいそうな気配が。涼子の奮戦虚しく、八重子は何ものかに殺される。
 本編成立の経緯は本編の販売ページにある作者の言葉に詳しいので割愛するが、出自自体は実に興味深い。余談だがアメリカでは作家名を冠したジグソーパズルがあるようで、クイーンやヘレン・マクロイ、クレイトン・ロースンのものがあるらしい。これらのものは問題編のショートストーリーと解決編が記してあるジグソーパズルがセットになっているという。作者の言葉にあるアメリカの企画は恐らくこれのことを指してると思われる(アメリカのジグソーパズルについてはび某ミス研会誌収録の山口雅也講演会録より)
 実にシンプルなストーリーで、憎まれまくりの被害者、探偵の護衛虚しく殺されるなどとミステリの定石を踏まえた作品と言える。本編の最大のポイントは挿入されたイラストを鍵とした謎解き。小説では表現不可能な伏線をイラストにしており、シンプルながらも実に効果を挙げている。このイラストはe-NOVELS収録に当たっての書き下ろしだが、元版でも本編に収録されたものと基本的な意図が同じイラストがジグソーパズルとしてついていたと推察される。
 近年漫画を含め、映像ならではの伏線やトリックを仕込んだ作品が数多く見られるが、本編の初出が1991年という時期であることを鑑みると映像ならではのことを考えた作品の或る種の先駆けと言うことが出来る(正確には映画の「サスペリア2」や「サンタ・サングレ」という映像ならではの傑作が本編に先行して存在しているので先駆けと言うには少し違うのだが、これらはミステリではなくホラーなのでミステリという意味では初なのかも知れない)。
 シリーズ第1作となる作品故に、これまで本として刊行されたシリーズを読んだ、と言う人もシリーズ未読の人も是非とも手に取っていただきたい(いや、ダウンロードか)
(2004年8月26日)  
本編の販売ページ(PDF)


「ハイマール祭」(田中哲弥)
 
 聡は部長に大規模な村興しの営業のために瓢毛村ひきこげむらに行かされることになる。暇なはずの同期の仁志田ではなく、何故自分に白羽の矢が立ったのか納得いかない聡であったが、しぶしぶ赴くことにした。彼が村を訪れたとき、奇しくも村では祭の最中だった。祭の間は四つん這いで移動せねばならず、聡は不可解に思ったのだが……。考えてみれば、この村に来る際のタクシーの運転手の態度も腑に落ちないものがあった。
《異形コレクション》に寄稿された「猿駅」(→e-NOVELSで購入)や「げろめさん」(『夢魔』収録)らの強烈なインパクトが印象に残る田中哲弥であるが、本編もこれらの作品のインパクトに負けていない。負けていないどころか、書き込まれている分この2作以上に鮮烈な印象を残す。
 この作品のポイントは、言うまでもなく「ハイマール祭」という村独自の祭そのもの。祭の間村人を含め、村の中にいる人間は全て四つん這いではい回るから「ハイマール祭」、という訳ではないようだ(これは作者の言葉でも明記されているし、作中でも否定されている)。
 民俗学には村の外部からやってくるよそ者を「異人」と捉える考え方があったと思うが、聡に与えられた役割はズバリ「異人」である。山奥にある得体の知れない村を舞台にすることにより、聡が「異人」であることの説得力が増す。何故聡でなければならないのか。聡には「異人」としてどの様な役割を与えられているのか。それは本編を読み終えたときに全て氷解する。加えて気にもしていなかった或るポイントも明らかになり、中盤の或る種異様なインパクトはあるものの、すっきりとした気分で読み終えることになる。ああ、これこれこういうことでこうなってたんだね、と。
 一種異様な雰囲気と物語を読み終えた後のすっきり感が一体となった不思議な作品。「猿駅」や「げろめさん」のインパクトに魅せられた人ならば本編は間違いなく読むべき作品と言える。(2004年8月5日)
 
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「死と演繹」(牧野修)
 
 どうして人を殺してはいけないのか。色々な理由はあるが、納得は出来ない。或る時「僕」は許される殺人がこの世に存在することに気づいたのだが……。更に、「僕」は殺人の目的を分類し、更に「死」を解体しようと試みる。
 この「死と演繹」と言う作品のテーマは――タイトルからも容易に伺えるように――「死」。ミステリに限らず、「死」は様々なジャンルのテーマになりうる。だが、本編に於いては「死」はテーマではあるが死を考察した作品ではない。寧ろ、「死」に関する言及は言霊やカバラを絡めつつ「どこに行くんだ?」と言うところまで行き着いてしまう。「死」に関する言及は淡々と語られるので、呆気にとられてしまうこと請け合い。従来の牧野修短編らしからぬ、どこか弾けた印象すら受ける。ただ、弾けてはいても牧野修。本編の全体に渡って妖しげな雰囲気が漂う。
 結末に至る伏線(この場合はキーワードか?)が或る意味あからさまに出てくるので、本編の隠れテーマは――そのジャンルを少しでもかじってればだが――容易に想像でき、予定調和的な印象を受ける。隠れテーマこそ予定調和的な印象を与えるが、最後の数行の「僕」の壊れ具合、それから予想される惨劇……。途中の壊れっぷり故に心配になってくるが(笑)、「演歌の黙示録エンカ・アポカリシプス」や「踊るバビロン」の註釈の趣向などに大喜びした人ならば読んで損はない。
 なお、本編は「e-NOVELS」への書き下ろしであり、(2004年7月の)現時点においては単行本未収録。当面の間単行本には入らなさそうである(もしかすると、今後永遠に?)。
(2004年7月13日)
 
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「池ふくろう事件」(小森健太朗)
 
 或る日常田はミステリ研究会の後輩から電話を受ける。常田が雑誌に発表した幾編かの小説に目を留めた彼は、恒例の夏合宿の講師として常田を呼びたいというのだ。3日後、打ち合わせのために池袋駅にある待ち合わせ場所に常田は赴く。早めに着いた彼は、近くのトイレで奇妙なものを目撃することになる。
 本編の作者の言葉によると、この作品で登場人物たちがディスカッションする謎は作者の実体験が元になってるらしい。作者(或いは出題者)が遭遇した謎を元に書かれた作品と言えば古くは都筑道夫の《退職刑事》シリーズの1編、「ジャケットに背広スーツ」(『退職刑事1』(創元推理文庫)収録)や最近では若竹七海出題の『五十円玉二十枚の謎』(同)が思い浮かぶ。本編がその路線を狙った作品かどうかは定かではないが、真相はどんなものか頭をひねってみたくなることは確かだ。
『コミケ殺人事件』(ハルキ文庫)でデビューし、続いて『ローウェル城の密室』(同)という破格の作品を世に出した小森健太朗であるが、これらの作品に比べると本編は割と真っ当な作品になっている(『コミケ殺人事件』や『ローウェル城の密室』が駄目だというわけではないのだが)。そして、この「池ふくろう事件」は『バビロン空中庭園の殺人』(祥伝社文庫)などに登場する星野君江の助手が登場する。と言っても、名探偵である星野君江が謎解きをするわけではない。如何にして謎が解かれるかは読んでのお楽しみ。
 なお、「解決篇は作者の想像ですが、どなたか事件(?)の真相か真意をご存じの方がいれば教えていただけると幸いです」と作者の言葉で述べてあるが、案外本編の真相がそのまま現実の事件の真相なのかもしれない。(2004年6月7日)
 
本編の販売ページ(PDF)


「黄泉屋敷事件」(笠井潔)
 
 旧知の広河原署長の紹介で八重垣邸へ矩巻のりまき濫太郎と共に赴いた安寿。彼女らが赴くことになった理由は八重垣邸の主である夏絵に天啓教の信者から呪い殺すという脅迫状が届いたからである。この段階では警察は動けないが、以前天啓教絡みの事件を幾つか解決している安寿に事件が起こらないように監視してもらう、という目論見。夏絵の誕生パーティでもあるその日は彼女の養子である慶一をはじめとして私大教授の黒沢貴史、夏絵のかかりつけの医師である大柴桃子、夏絵の秘書本多敏晃も八重垣邸にいた。八重垣邸は別名「黄泉屋敷」と言われ、主要部分が地下に埋まってるという一風変わった造りであった。誕生会の夜は更け、何事もなく脅迫状で殺すと予告されてた日が終わったと皆が思った翌朝、夏絵は射殺死体となっていたのが発見される。現場は密室状態で天啓教のシンボルマークが記されており、彼女の眉間を撃ち抜いた銃は現場にはなかった。警察を呼びに家政婦の猿渡恵子と慶一が雪の中ふもとへ赴くが慶一は隙を見て失踪。彼には夏絵を殺す動機があったのだが……。
 笠井潔が擁する名探偵で一番有名なのは、『バイバイ、エンジェル』(創元推理文庫)で颯爽と登場した矢吹駆であろう。次に名前が挙がってくるのは文春の本格ミステリ叢書《本格ミステリ・マスターズ》の笠井潔登場の巻『魔』(文藝春秋)にも登場する私立探偵飛鳥井か。実は、もう一人いる。それが本編「黄泉屋敷事件」で登場する探偵大鳥安寿である。彼女は2001年2月に発行された短編集『天使は探偵』(集英社)1冊にしか(2004年5月の)現時点では登場しない。
 そして、本編は実にオーソドックスなミステリに仕上がっており、矢吹駆シリーズで哲学部分が駄目だった、と言う人にも安心してススメられる一編である。ミステリとしての骨格がよくできており、笠井潔のミステリ作家としての力量が遺憾なく発揮されている。ところで、密室ものとして事件の幕が上がるこの作品だが、実は本編の真価は密室ミステリとしてにはない(あくまでHowという側面に於いては。WHYという意味では面白い)。雪に閉ざされた山荘、通称「吹雪の山荘」テーマと言えるこの作品だが、作品の舞台が雪山であり、「吹雪の山荘」であるからこそ成立する仕掛けはなかなか見破ることは出来ないであろう。それに加え、終幕は「意外な事実」のつるべ打ちであり、中編のボリュームに長編並の濃さがありその濃度を堪能することが出来る。
 実は、ミステリとしての読みどころ以外にもポイントがある。本編の語り手矩巻濫太郎が法月綸太郎をモデルとした登場人物であることを笠井潔はワセミスの機関誌『PHOENIX』のインタビュー特集号で語っているが、PDF版の22ページ目には『名探偵の饗宴』(朝日新聞社)に収録された「禁じられた遊び」を前提とした記述があり、不覚にも爆笑してしまった。そう言う意味では本編は笠井潔ファンだけではなく法月綸太郎ファンも必読の一編と言える。(2004年5月9日)
 
→本編の販売ページへ(PDF版PDA版


《このコーナーについて》
 
 本コーナーは「e-NOVELS」との提携の元、「e-NOVELS」で販売されている作品を紹介しようと言うコーナーです。同様の趣旨でフクさん@UNCHARTED SPACE政宗九さん@政宗九の視点のサイトでも「e-NOVELS」で販売されてる作品を紹介しています。
 この企画は『エロチカ』懇親会の後に貫井徳郎さんの所に泊めていただいた際に立ち上がったもの。立ち読み出来ない作品を書評という形で紹介して参考にしていただこう、という試み。(2004年5月の)現時点では私を含め3人でやってますが、以降モニターが増えることもあると思います。
 なお、この試みに関しては「政宗九の視点」の5月8日付日記「UNCHARTED SPACE」の5月8日付雑記も参照のこと。
(2004年5月9日)
「萌え往復書簡」等精力的に活動されておられる紅蓮魔さんがモニターに新メンバーとして加わりました。(2004年8月26日)
SF・ホラー系で名を馳せる、MZTさんがモニターに新メンバーとして加わりました(2004年9月30日)
 
「嵐の館」以外の「e-NOVELS」モニターサイト
UNCHARTED SPACE(フクさん)
政宗九の視点(政宗九さん)
ウッドストック1979(紅蓮魔さん)
書物の帝国(MZTさん)

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