明治断頭台 山田風太郎 ちくま文庫 840円+消費税

 本書『明治断頭台』は山田風太郎のミステリの中でもトップクラスの作品であると断定しても良いであろう。山田風太郎ミステリに於ける二つの要素が渾然一体となり、トンでもないどんでん返しがある。《第三の波》に於いて数多くの長編化する連作短編が書かれているが、実際問題、本書に比べたらどれも霞んでしまう。連作短編の最高峰と言っても誉めすぎではない。

 本書のプロローグに当たる「弾正台大巡察」「巫女エスメラルダ」の二編で設定が説明される。そして、以降不可能犯罪ものが五編連発される。どれもが機械トリックを用いた一級のミステリであるが、ミステリ要素の扱いの軽さに少々不満を覚えたりもする。
 まっぷたつに切断された死体が転がり、下手人と思われる人間は刀を扱うことが不可能であるという「怪談築地ホテル館」、アメリカに亡命したはずの人間が妾を孕ませるという生き霊奇譚と足跡のない殺人「アメリカより愛をこめて」、手が使えない人間によって首吊り死体が現出させられる「永代橋の首吊り人」、望遠鏡の彼方で起きた殺人事件、死体がない殺人事件である「遠眼鏡足切絵図」、顔のない死体もの「おのれの首を抱く屍体」の以上五編はそれぞれ長編とは言わないまでも、中編ぐらいは余裕で支えうるネタを使ってるものの、ミステリ要素の取り扱いは極めて軽い。もう少し大げさに扱っても、否、前面に押し出すべきと言っても過言ではない。それぞれ島田荘司の真っ青の大技ばかりだ。また、各編の解決編が巫女エスメラルダの口寄せによって行われるという趣向もあり、山田風太郎の独断場といっても良い。
 五編の中ではやはり「怪談築地ホテル館」を推さざるを得ないだろう。

 最終話「正義の政府はあり得るか」でミステリ史上とてつもない仕掛けが炸裂し、鮮やかに幕を下ろす。この怒濤の展開は誰も予想が出来ないであろう。ここまで煽っても、煽り足りないぐらいである。
 ところで、弾正台大巡察である香月経四郎って実在の人物なのであろうか? 本書『明治断頭台』を含む明治ものは実在の人物が登場し、活躍することがウリの一つであるが、本書は殺人事件を扱ってる故に架空の人物が多いらしい。
 解説では、明治ものが年代順に執筆されてるにもかかわらず、本書は四作目なのに明治二年から四年にかけての時代設定故に番外編だと述べられている。何故時代を遡ったのか。それは、本書『明治断頭台』が明治ものの一作目『警視庁草紙』(ちくま文庫)を書いたときは書くことを全然予定してなかったからであろう。明治もののデッサンが狂ったのだと思う。その原因は『八墓村』を嚆矢とする角川文庫の横溝正史作品群や雑誌「幻影城」などのリバイバルに影響を受け、思い至ったからでは無かろうか。本書の最初の発表が昭和五十三年であることからもあながち的を外しては居ないと思う。

 もし本書を読んでないのであれば、まずは読め。とにかく、これほどの傑作はないと断言できる数少ない一冊であるから。


ヴェロニカの鍵 飛鳥部勝則 文藝春秋 1952円+消費税

 タブローを本の巻頭に置くという独特の作風で独自の地位を確立している飛鳥部勝則の6作目。散文的な、或る意味詩的な美術評論を読んでる気にさせられる独特の文体も健在。だが、だけれども……だ。

 本書は主人公の友人である画家郷寺秀が千枚通しで自殺を図ったような現場で発見される。通報したのは主人公である久我と、郷寺のパトロン的な画商庄乃。郷寺の死は結果として自殺として処理されたが、自殺とされたのは郷寺のスランプと、何より部屋が密室状態だからであった。郷寺の死後、久我はいつも通りの日常を送ろうとするが、周りがそれを許すことがなかった。
 帯には首のない怪人というフレーズがあったが、首のない怪人は出てくるもののおざなりかつ拍子抜けするもの。本書の眼目はやはり密室と移動する死体の謎でろう。何故死体は移動せねばならなかったのか? 誰が何のために密室を構成したのか? 密室と言えばデビュー作『殉教カテリナ車輪』(創元推理文庫)が真っ先に思い浮かぶ。『冬のスフィンクス』(東京創元社)にも出ては来るが、こっちは密室ものを読んだと言う感じがしない。

 本書はミステリの体裁を取ってはいるものの、主題はミステリにはなく、画家の生き様、哲学に主題があるようにしか思えない。『冬のスフィンクス』を読んでるときも思ったが、飛鳥部勝則はミステリの領域からはみ出し、別の領域へ行こうとしてるのではないのか? と思ったりもする。本書の密室の構成理由にそれが顕著に現れているであろう。密室の構成理由を成立させる(=読者に納得させる)為に構築された世界にはどことなくミステリへの拘りが薄れかけてるようにさえ見える。だが、その辺のミステリとの距離の置き具合が飛鳥部勝則の作品の魅力かも知れないので一概に否定は出来ないが、もう少しどうにかならんのか? と読了時に思う。寧ろ、暗中模索しているのか。
 作中の芸術家論は本書の白眉かも知れない。ミステリ的な所はさておき、と言いたくなるところはアレだが。この芸術家論が動機に直結しているだけに、なんというか、なおさら距離を置きつつある姿勢にもどかしさを感じたりもするのであるが。

 作品内容と関係ない余談。飛鳥部勝則の作品はどれもこれも装丁が綺麗で、それだけで買いたくなるのばかりであるが本書は既刊6冊の中でデビュー作『殉教カテリナ車輪』の元版とタメを張る出来映えであった。もしかしたら、今年出たミステリの装丁の中ではベストクラスのものかもしれない。装丁勝負では貫井徳郎の『神のふたつの貌』(文藝春秋)も負けちゃいないか。って、本書も『神のふたつの貌』も文藝春秋だというのもなんとも。


真実の絆 北川歩実 幻冬舎 1700円+消費税

 毎度毎度めくるめくどんでん返しを堪能させてくれる北川歩実の連作短編。今回は長編化する趣向も取り入れられており、どのようなどんでん返しを見せてくれるのか楽しみにして手に取ってみた。横糸は各短編それぞれの趣向、縦糸は遺産相続を巡る誰が誰なのか? というもの。現代社会で遺産相続をネタにするのはギャグにしかならねえよなと思っていたが、こういう人工授精を切り口にするのは意外だった。この辺の題材選びは北川歩実らしいところである。

「親子鑑定」「二人が出会った夜」「誕生日のない母」「彼女が消えた朝」「血染めのハンカチ」「再会」「突然の別離」「うつろな緑」の8編に各編の後にそれぞれ「依頼人との対話」が挟まれる。それぞれのテーマは親子とは? と言うものであるが、料理の仕方がそれぞれ面白い。
 全体を通しての核になるのは誰が資産家の真の子供なのか? と言うこと。それが明らかになり、驚愕の真相が最終話「うつろな緑」で明らかになるが、それまでの前後関係や人間関係をきちんと把握をしておかないと少々解りづらいところがあるかもしれない。個人的にはかなり凄いことをやってる気がするがもったいないと言う感じだ。もう少しシンプルに整理できなかったのかな? と思う。

 長編化する連作短編としては各話に小味が効いたどんでん返しがそれぞれ用意してあり、どんでん返しの連続と言う意味では堪能できると思う。だが、実際問題、雑誌掲載時に書き下ろしの最終話の展開を予想できた人間は如何ほど居るのか? と言うくらい突拍子もない真相だ。突拍子無いだけに、途中の人間関係の煩雑さがちょいと……。各話登場人物やキャラの相関関係をきちんと整理して読むと良いかもしれない。
 短編ミステリとしてみた場合、「誕生日のない母」の発想の突拍子ものなさ「二人が出会った夜」の構造の面白さが目を引く。だが、単発で見た場合はやはり見劣りするかも知れない。本書のような、大きな流れの中で威力を発揮する作品と言える。

 後継者は誰か? 依頼人の子供は誰か? という目先の変わったフーダニットとして読むのも面白いが、やはり、北川歩実独特のどんでん返しの連続によるぶん廻しを堪能するのが一番良い楽しみ方であろうと思う。
 長編化する連作短編の歴史に新たなる一ページが刻まれた、とまでは行かないが、この手の作品が好きな人には割合オススメな一冊である。


マリオネットランド《あかずの扉》研究会 首吊り塔へ 霧舎巧 講談社ノベルス 840円+消費税

《あかずの扉》研究会シリーズの四作目はミステリの王道中の王道フーダニット。場所は通称《首吊り塔》と言われる塔と駅の二元中継。駅では暗号に振り回される《あかずの扉》研究会の面々が或る意味かわいい(←?)。

《流氷館》での事件を出版社に送り、それが本になると言うことで編集者の訪問を受けた二本松翔。自慢したくて《あかずの扉》研究会の面々を招集するものの、後動と咲枝の二人は来ず。それもその筈で、二人は或る人物の奸計によって閉鎖されたテーマパーク《マリオネット・ランド》の跡地にある遠々見の別宅通称《首吊り塔》に居たのである。残りのメンバーは沢入美由紀が持ち込んだ暗号を解き、JRの駅に向かう。《首吊り塔》と駅の二元中継。両者が出会うのはいつの日か? そして、事件の裏側に潜む犯人の思惑は?
 作者がばらしてしまっているので書くが、この作品はフーダニットはフーダニットでも操りのフーダニット。つまり、全てを陰で操っている真犯人≠ヘ誰か? と言うもの。通常の意味でのフーダニットではない。通常のフーダニットに求めるようなものを求めると肩すかしかも知れない。それでもフェアに徹していることは確かだ。フェアすぎてものたらん、と言う所(逆なら逆で文句言うのであろうが(笑))。

 フーダニットの他にも大技が二つも用意されており、特に何故《あかずの扉》研究会の面々が振り回されたのか? という理由は或る意味凄い。よくもまあこんな事を考えたものだ(笑)、と感心してしまう。(笑)が付くのがポイントであるけれど。
 ところで、本書が操りテーマであることは既に述べたが、操りの構図というのは果たしてバラシテも良いものなのであろうか? タイトルに「マリオネット」とあるからカンがいい人は真っ先に気づくと思うけれども。あくまでも個人的な感慨であるが、ミステリの聖域は操り構図にあるのではないのか? と思ったりもする。既に叙述トリックの鉱脈はほぼ掘り尽くされてる気がするが、操りはまだ金脈がありそうな。尤も、すでに日本にはクイーンに匹敵する操りの大家がいるんだけれどもさ。

 個々のネタ、トリックなどは巧いと思うが、イマイチ「うお!」と来るものがないのは何故だろう。処理の仕方などに問題があるのか。結構あっけらかんとしてるところあるしなあ(作中人物のカケル君の扱い方とか。あかんやろ、アレ)。前作の『ラグナロク洞《あかずの扉》研究会 影郎沼へ(講談社ノベルス)の時も思ったんだけれども。相性の問題なのであろうか。
 とりあえず、次作ではどのような王道に挑戦してくれるのか、また、王道をやりきったらどうするのかという所にも興味あり。次作以降も読むと思う。なんだかんだ言いつつね。結局好きなんだろうけれども。


共犯マジック 北森鴻 徳間書店 1600円+消費税

 長編化する連作短編の魔術師北森鴻の最新連作短編。「問題小説」(徳間書店)に不定期に掲載されたものである。「ミステリマガジン」(早川書房)のインタビューで本書は元々書き下ろしで出す予定であったと入っていたが、雑誌掲載という「クッション」を経たことで――当初の予定とは違ってたらしいが――かなり完成度は上がったのでは無かろうか?

 プロローグでは『フォーチュンブック』という人の不幸を的中させる本が長野県は松本にあるM書店で売られる。『フォーチュンブック』がM書店で売られたときは、取次の自主回収によって本が市場から消えていたその時であった。
「第一話 原点」は学園紛争華やかな時期が舞台。仲間の一人が『フォーチュンブック』で死を占われた後自殺を図る。だが、それは自殺ではなかった。明かされてはいないが、舞台となっている大学は某ミス研がある大学である。で、登場人物の一人は或る意味実在した有名人なのであるが、名前が最後まで明かされなかった理由は謎。話自体は或る意味他愛もないネタであり、知ってる場所が舞台である以外個人的にはあまり感慨はない。余談だが、本編を読み終えた時点で構図の基本的なところはほぼ見通せた。その辺は後述。
「第二話 それからの貌」はホテル・ニュージャパンの火災で死亡した人物の中に過去の恋人が居た新聞記者の物語。しかも、新五百円硬貨の偽造にも彼女は絡んでいた。新聞記者の感慨が胸を打つ、かも。ミステリ的にはこんなものかな? と言う所。
「第三話 羽化の季節」は或る男の過去の懺悔。『フォーチュンブック』が縁で知り合った恋人の父親は画廊を共同経営していた。懺悔する男はこの父親であるが、共同経営者をはずみで殺し、結局は逃げおおせたものの一家崩壊。この時燃やしたはずの画が燃えて無く、展示されていた。どうして燃えたはずの画が残っているのか? というネタは「?」がいくつか浮かびはするものの納得は行く。
「第四話 封印迷宮」はグリコ森永事件のコピーキャットを目論む奇怪な男の物語。どうしてコピーキャットを目論むのか? 男の正体は何ものなのか? と言うのが眼目か。男の正体には少々驚いた。
「第五話 さよなら神様」は或る女性が回想する凄惨な半生。これの最後で第一話で見通したと思った構図に自信を持った。
「第六話 六人の謡える乙子」は師匠との思い出を回想する弟子の物語。本作の中盤までで少々確信がぐらついたが、最後の最後で再び確信に変わる。ミステリ的なネタは素直に巧い、と思った。
「最終話 共犯マジック」では驚愕の事実が明かされ、全てが一点に収斂される。この収斂のさせ方は非常に巧いと思う。

 以下、本書の核心に触れるので未読の方は注意
 本書の中心にあるのは三億円事件である。これは帯の「この衝撃を、昭和の犯罪史に捧ぐ――」のフレーズと第一話で罪を着せられた人間が何故自分の無罪を主張しないのか、それは他の犯罪を隠蔽するためである、の二点(正確には第一話の年代も加わるので三点か?)で三億円事件が浮かんだ。あとはどのように収斂させるのかという手つきを見ていったのであるが、グリコ森永事件が三億円事件のコピーキャットであると言う発想など巧いと舌を巻くことしばし。
 ところで、山田風太郎の作品群で重要な位置を占めるものに明治ものと言われる明治を舞台にした小説群がある。明治ものは実在の登場人物が綺羅星のように登場して動き回るのがウリの一つであるが、本書『共犯マジック』は登場人物を昭和の有名犯罪に置き換えたもの、と言っても過言ではないであろう。第一話で実在の有名人を登場人物に配したのもその宣言と言っても良いであろう。
『フォーチュンブック』という本に操られた人々。本書の真犯人≠ヘ『フォーチュンブック』の作者かもしれない。
 昭和を舞台に明治ものの手法を使った点、操りの構図、最終話での収斂、どれをとっても本書が山田風太郎へのオマージュであることは明らかであろう。北森鴻流の山風小説といっても過言ではない。

ここまで

 かなりの技巧を駆使した長編化する連作短編の傑作の一つと言っても良いかもしれない。山田風太郎ファンにお勧め。


鬼のすべて 鯨統一郎 文藝春秋 1300円+消費税

『邪馬台国はどこですか?』(創元推理文庫)で日本史の謎にちゃぶ台一気返し! を噛ましてくれた鯨統一郎が今度は伝承である「鬼」そのもののちゃぶ台返しに挑戦した。最近SFとミステリの違いは伝承をロジックで解体するのがミステリ、伝承をガジェットにしてホラ話にするのがSFと思ったりもするが、そこはそれ。本書『鬼のすべて』は鬼に見立てた連続殺人と誰もが知っているはずの「鬼」に新たなる解釈が加えられる。

 刑事である渡辺みさとは非番を利用して友人の若江世衣子と映画に行くために待ち合わせをしていたが来ない。それもその筈。彼女は何者かに殺されていたのだ。みさとは待ち合わせ場所の講演にあったからくり時計の中から現れた鬼に見立てられた友人の死体を見て気を失う。彼女は「オニ」というダイイングメッセージを残しており、時期を接して鬼に見立てられたもう一個の死体が発見される。
 冒頭のつかみはかなり良くサスペンスの基本! と快哉を叫びたくなるくらいワクワクさせられる。だが、書いたのは良くも悪くも鯨統一郎。普通のサスペンスになるわけがない(笑)。段々とトンデモな方向に雪崩れ込んでいく。鬼を退治する為にギリシャに渡った阿部清明の子孫ハルアキとか、一癖も二癖もある登場人物が続々と。

 鬼に関する解釈はなるほど、と頷けるものであり、ジェンダー論的にも納得できるものかも知れない。この辺の発想は結構凄いと思ったが、巧く事件と融合してるかというとその辺は謎。鬼の解釈に合わせてプロットを組み立てたのは良いが、現実事件の方が散漫になったような。連続殺人の謎や鬼の正体に加え内部の油断ならぬ面々というネタも加味されるが、三つ目をすっぱり削ってスッキリさせた方が良かったかも。余談だが、今時の刑事って携帯の他にポケベルも持たされるのかな? 携帯だけで十分なので持たされない気もするが……。
 鬼の解釈に於ける「必殺ちゃぶ台返し!」は先に書いたように凄いと思う。こういう発想が出来るならば未読の『北京原人の日』(講談社)も早く読みたいかも、と思ったり。だけれども、現代の事件との結び付け方がイマイチしっくりきていない。鯨統一郎は現代の事件と過去の事件がガッチリと結びついたものを書けば傑作をものに出来ると思うのであるが……。それか、『金閣寺に密室』(ノンノベルス)のように過去だけを抽出するとか。

 期待してなかったからなのか、意外と拾いものだった一冊。


建築屍材 門前典之 東京創元社 1900円+消費税

 第11回鮎川哲也賞受賞作。以前『死の命題』(創元推理文庫近刊)で最終候補に残っていたので、ようやく、と言う感じが強い。ちなみに、『死の命題』は飛んでもないバカミスで、未読ならばオススメな一冊である(新風舎版は取り寄せればまだ入手可能なはず)。いや、マジな話。改稿されるらしいので、バカさもグレードUPするのか? その辺も楽しみです、はい。

 ビルの工事現場でバラバラにされ、ナンバリングされた死体を発見した浮浪者。その浮浪者の証言で或る殺人事件の捜査が動き出した。大手チェーンの社長が秘書と共に失踪し、指が自宅に送られてきたのだ。一方、高校教師も失踪して指が自宅に送られてくるという事件も起き、両者の共通性が取りざたされる。浮浪者の証言を元に工事現場を捜索するが、死体は発見されず、新たな惨劇が起こる。ナンバリングされた死体、人間消失、不可解な足跡、姿無き殺人犯の影。本格のガジェットてんこ盛りの第11回鮎川哲也賞受賞作。
 読み終えたときの感慨は非常に濃厚な本格を読んだ! と言うものだが、バカさを期待した故なのか、『死の命題』ほどの衝撃はなかった。衝撃はなかったものの、非常によく考えられた作品であることは解る。特に建築途中のビルを舞台にするところは巧いと思った。それが人間消失のネタやナンバリングされた死体の謎に直結してるのであるから虚仮威しではないことがよくわかる。

 作中の年代がバブルの華やかりし頃に設定されてるからであろうか。コンクリートの足跡ものが前代未聞と書いているが、確か森博嗣の『詩的私的ジャック』(講談社文庫)もそうじゃなかったかな……。作中の年代が過去だから問題ないけれども、少々違和感覚えたり。と言うことは置いておいても、足跡トリックはよく考えられているであろう。
 本編の探偵役を張るのは蜘蛛手というけったいな登場人物だが、こいつ何ものか? 『死の命題』でも探偵役だったがつかみ所のない、変な感じ。

 本書は館ものとしてみた場合、未完成の「館」と言うことで「館」が完成していく過程と捜査過程の完成(=犯人の逮捕)にすりあわせられるのも楽しい。犯罪の崩壊と「館」の崩壊が同時と言うのも巧いと思った。尤も、この辺は必然で計算の内か否かは解らないけれども。
 犯罪動機の一つがあまりにもパズルめいていて、逆に戦慄を覚えた。そう言う理由で人が殺せるんか? と思ったり。人によっては「ちゃぶ台プリーズ!」になるかも(笑)。個人的にはありと思うが、よくよく考えてみると不可解だったりして。

 本格味の特盛り状態で本格を堪能したが、逆にどっかしゃくぜんとしないところが残ったりもする。以降の新作に期待したい。


ロシア幽霊軍艦事件 島田荘司 原書房 1600円+消費税

 久々に「本の形」で読む御手洗シリーズ。最後に読んだ新作は『アトポス』(講談社文庫)かなあ。『龍臥亭事件』(光文社文庫)は石岡君のものがたりだったし。他の中短編は雑誌で読んでるので本の形では読んでいない。『最後のディナー』(原書房)? そんなもん私の中ではなかったことになっている(笑)。

 一通の手紙が世界史の一面を暴き出す切っ掛けになった。松崎レオナに贈られてきたファンレターが切っ掛けで御手洗は芦ノ湖で起きた幽霊軍艦事件に片足をつっこむことになる。時は大正の頃。芦ノ湖に停泊していたと言われる幽霊軍艦の写真が存在していたのである。確かにそれは軍艦にしか見えず、しかも、中に入った人間も居たというので張りぼてのものではない。一方、自分がアナスタシアだと名乗っていた女性の存在が浮上する。アナスタシアとはロシア帝国の皇女の名前で、ロシア革命の際に処刑されていたと思われていた人間であった。
 島田荘司が御手洗潔の口を借りて解き明かす歴史の謎。本書を読み終えて思ったのは、本書が面白かったというのもであるが、まだ書く力残ってるんじゃねえか! と言うこと。あんな事やこんな事をやってるのは枯渇したからなのか? と思ってたし(笑)。本書は不可能犯罪があるわけではないが、芦ノ湖に停泊していた幽霊軍艦の謎を軸にして世界史の一面が島田流に解き明かされる。

 無論、フィクションが半分を占め、芦ノ湖のロシア幽霊軍艦事件はなかったわけであるが(芦ノ湖の幽霊軍艦のネタは島田荘司らしい豪腕と言っても良い)、皇女アナスタシアを巡るところはもしかしたらこれが真相かも、と思わせる。確かに御手洗潔(=島田荘司)が指摘するように、歴史の謎を解き明かすのに腐心するのは歴史学者であり、脳の専門家が噛むことはない。こういう、歴史研究の不備というか弱点を見ると今までの定説がもしかしたらいくつか覆るかも? と思ったりもして。

 歴史上の謎が解き明かされるのと同時に「明らかになる」一つのロマンス。この辺の書きっぷりは『異邦の騎士』(講談社文庫)の作者だな、と思わせる。下手な恋愛小説より恋愛小説してるわ。
 本書は『季刊島田荘司』(原書房)に掲載されたものの大幅加筆修正版であるが、こんな秀作が掲載されてたんだなあ……。今まで4冊ぐらい刊行されていたと思うが、未チェックだった自分の見識の無さに少々へ込んだり(笑)。機会を見つけて読もう。

 久々の御手洗もの長編で、島田荘司ようやっと復活? と思っていいのか。とにかく、まだまだついていきまっせ、と思ったことは確かだ。でも、雑誌で読んだぶんは本は文庫まで待つけれどもね(笑)。


悪霊の群 高木彬光、山田風太郎 出版芸術社 1600円+消費税

 乱歩によって戦後派五人男と呼ばれた作家たちが居た。高木彬光、島田一男、山田風太郎、大坪砂男、香山滋。全員鬼籍に入られた作家ばかりであるが、その中の二人高木彬光と山田風太郎の合作が本書である。今風に言えば、島田荘司、笠井潔、綾辻行人、有栖川有栖、京極夏彦が戦後派五人男(かなりいい加減な分け方)で島田荘司と笠井潔が合作をした、といえば良いのか。とにかく、高木彬光と山田風太郎という異色の組み合わせ。
 合作というと、海外ではエラリー・クイーンの二人やボワロ&ナルスジャックなどが有名であろう。国内では伝説のユニット岡嶋二人、横溝賞出身の夫婦作家、近年では新世紀「謎」倶楽部の面々(これはミステリ史上珍しいチームであろう。ハウスネームの一種と言っても良いかもしれない。類例は戦前の畸耽舎同人(表記不正確)あたりか)あたりが有名か。愛川晶と二階堂黎人が組んだ彩胡ジュンも忘れてはいけない。
 ビッグネームが組むという合作があまりないのは、合作によるメリットが少ないからであろうか。無論、あの作家とあの作家が組むのか! という読者側の楽しみがあるが、それが作品の完成度に直結するかというと、それは全く別物である。伏線の提示とその回収が重要な役割を果たす本格ミステリに於いては、合作というのはリスクが大きい。つまり、片割れが張った伏線を拾い忘れる、ということが有りうるのだ。
――というあたりのことを念頭に置いて本書を読むと良いかもしれない。いや、置かなくても読めはすると思うが。

 本書では高木彬光の看板探偵神津恭介と、山田風太郎が誇る探偵役荊木歓喜が競演する作品である。名探偵の競演というのは高木彬光の作品に二作ほど作例があるが、この『悪霊の群』がヒントになったのかもしれない。神津恭介は『刺青殺人事件』で颯爽と登場し、『人形はなぜ殺される』や『呪縛の家』等の奇々怪々難事件を解決した名探偵である。今では言われないが、日本三大名探偵と言われたこともあるほどだ。ちなみに、残りの二人は明智小五郎と金田一耕助である。
 神津恭介と荊木歓喜が競演するのであるが、二人が喧喧諤諤の推理合戦を繰り広げる訳ではない。神津恭介はアメリカに留学していて日本にいないのだ。それ故、主役を張るのは荊木歓喜その人である。この二人がどのようにして出会い、事件を解決するのかというのが本書の眼目の一つである。
 荊木歓喜は『帰去来殺人事件』と『十三角関係』で探偵役を務める酔いどれ藪医者探偵。どれもトリッキーな作品なので一読を願う。本書の解説でプロット高木彬光、執筆山田風太郎と有るが、言われてみれば山田風太郎らしい文章であり、高木彬光らしい展開である。

 事件は神津恭介ものの初期長編のようなおどろおどろしさはなく、山田風太郎のような奇想天外なものではない。傷痍軍人が新聞記者を過去に騙していたのを忘れて、再び騙そうとして酷い目に遭うという奇妙なオープニング。そして、新聞記者が恋した奇妙な女性。二つの奇妙な出来事が冒頭で起きるわけであるが、それが大臣の殺人事件(目玉がくりぬかれるのだ!)とどう結びつくのか、と思いワクワクさせられる。そして、大臣の目玉くりぬき殺人は連続殺人に発展し、その事件は戦前の事件、天城伯爵襲撃事件に端を発していることが解る。大臣殺害時に失踪した泉笙子が天城家の令嬢であったこと、そして、天城家の三姉妹はそれぞれ別人になりすまし、天城家の執事は高利貸しを営み、天城伯爵を襲撃した人間は新宿界隈の顔になり、妻は天城家の三姉妹の内の一人。そして、戦時中死んだはずの天城家長男潮の影がそこらかしこに……。
 アップテンポで物語は進む。次々と起きる事件にワクワクさせられるものの、反面広げた風呂敷を上手く畳めるのか、と言うのが気になった。この作品の中心に据えられてるのはめまぐるしい入れ替わりであるが、かなり無茶やないのか? とつっこみたくなるのもいくつかあったりして。当時の言葉で言えば推理小説と言うよりはむしろスリラーであろう。乱歩の通俗ものを意識したが、およばなかったと言う感じ。失礼だが、荊木歓喜にはちと荷が重かった。
 結局、本書は合作によって互いの良いところが引き出されたわけではなく、逆に互いの良いところがうち消し合って、さらに食い合ったという印象がある。それ故に今まで再刊されなかったのであろう。だが、腐っても二巨頭の合作。凡百の駄作に比べたら断然傑作だ。だけれど、両者の代表作群に比べたら凡作。
 この作品は、高木彬光山田風太郎の合作だから大傑作だろう! と言う多大な期待をかけなければかなり面白いと思う。保証しよう。山田風太郎と高木彬光のどっちか、もしくは両方のファンは必読である。特に神津恭介ファンは、神津の登場シーンに感動すら覚えるであろう。真打ち登場! と言うタイミングなんだから。美味しいところ丸取り。

 いやあ、ミステリ読みになって以来の念願の一個なので再読も楽しかったよ。


幻燈辻馬車 山田風太郎 ちくま文庫 上下共に780円+消費税

『幻燈辻馬車』は辻馬車を駆る元会津藩士のお祖父さん干潟干兵衛とその孫娘お雛、幽霊となって現れる息子藏太郎や自由党壮士の面々が繰り広げる自由民権運動影の歴史と言うべきであろうか。
 干兵衛はふとした縁で辻馬車を払い下げてもらい、辻馬車を営業することになる。西南戦争で死んだ一人息子の忘れ形見である孫娘のお雛を連れて、今日も新都を走り回る。一つ、不可解なことがあった。お雛が父親を呼ぶと、幽霊となった藏太郎が現れるのである。そして、藏太郎が呼ぶと自害して果てた妻が、その当時の姿で現れるのだ。
 干兵衛とお雛、辻馬車らを狂言廻しにして様々な人間が邂逅する。干兵衛らは史実の人物を邂逅させるための小道具でしかないのであるが、小道具で終わらない凄味があり、もしかして、実在の人物ですか? と思ったりもする。恐らくそれはないのであろうと思うが、虚構の人物も史実の人物も区別が付かないほどの造形に感服させられる。やはり、山田風太郎は偉大だ、と或る意味関係のないところで感心したりして。
 終幕で自由党壮士を連合赤軍に重ね合わせ、作者が嘆く所がある。思うに、本書はそこが最大の勘所であり、その嘆きを書きたいが為に延々と書いたのではないのか? と思ってしまう。最近山田風太郎にとって小説を書くという行為は戦争という行為を見つめ直す行為ではないのか? と思うこともあるが、或る意味、本書もそう感じざるを得なかった。敗者の側から歴史を組み替え直すことで現れる、異形の史実=Bこの異形の史実≠アそが明治ものの本質であり、もしかすると、山田風太郎の小説そのものが異形の史実≠ネのかもしれない。
――ということを考えてしまった。以下、併収の短編3編の感想。

「明治忠臣蔵」は忠臣と謀叛臣が殿を巡って悲喜劇を巻き起こす。文中「殿」と呼びかけるので作中の年代が江戸時代ではないのか? と何度か錯覚してしまった(笑)。
「天衣無縫」は大臣暗殺の側にいた妾が拷問され、犯人と彼女が思った人間との逢瀬が語られる。かなり人を食った落ちを用意しているが、実は結末を考えずに書いたのでは? と邪推してしまう。
「絞首刑第一番」は妹を手込めにされ、婚約者をも手込めにされた(と信じている)大工が作った絞首台にまつわる話、と言うべきか。終幕の行動はあまりにも突飛すぎて笑える。この辺が『幻燈辻馬車』の終幕に繋がったのであろうか?


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