明治波濤歌 山田風太郎 ちくま文庫 上巻840円+消費税、下巻820円+消費税

 六つの中編からなるオムニバス作品集。『明治波濤歌』とタイトルこそ或るものの、所謂<連鎖式>と呼ばれる長編化する連作短編ではない。これは、或る意味、山田風太郎にしては珍しいのかも知れない。明治ものを全部読んだわけではないが、長編の骨格を有していないのは『明治波濤歌』だけではないのか? ただ、隠しテーマはあり、全て海に何らかの関係があるものばかりである。六編の中では巴里で川路大警視やルコック探偵が競演する「巴里に雪のふるごとく」とドイツから森林太郎を追ってきたエリス嬢が謎をぽんぽん解き明かす「築地西洋軒」が好み。ミステリ的趣向が強いのが好みというのはミステリ読みの性と言うことで。

「それからの咸臨丸」
 革命のための費用捻出のために強盗を働く元幕府側の人間。襲うのは維新志士の所ばかりであったが、偽物も出たようで、頭を抱える。しかも、首謀者の弟が偽物だった日には……。しかも、その弟のせいでやってもいない罪で捕まってしまう。
 喜劇的な状況で、そこがまず笑える。また、人物入れ替わりトリックを巧みに小道具化している転にも注目、というところである。結末の皮肉さは山田風太郎そのものと言っても良いかもしれない。
「風の中の蝶」
 自由党壮士のために家が傾きつつある石坂家。石坂家長男歴彦は、自由思想にかぶれ、運動に入り込んでいくものの、壮士に金を出している身では父親も意見できない。やがて、きな臭いことになり……。
『幻燈辻馬車』(ちくま文庫)といろんな意味で繋がっていて興味深い。自由党壮士との関わり合い、石坂歴彦のそのあまっちょろさもさることながら、南方熊楠のげろの吐きっぷりが一番印象に残ってるというのは我ながらどうかと思う(笑)。
「からゆき草紙」
 維新前の主家の危機に立ち会うことになった樋口一葉。救うためには大金が必要であるが、彼女にはお金がない。以前黒岩涙香に探偵小説を書かないかと誘われていたので、原稿料の前借りを頼もうかと考えたがあえなく撃沈。高利貸しの所で金を借りようとするが……。
 樋口一葉のお転婆っぷりもさることながら、人買いの怪論理に思わず笑ってしまった。んなわけあるか、アホ、みたいな。最後にミステリ的なところが現れるが、おまけみたいなというよりおまけものである。というか、この原理よっぽど気に入ったのね。
「巴里に雪のふるごとく」
 巴里に司法視察に呉越同舟で赴いた川路御一行。巴里の街を歩くが、そんななか、芸人として巴里に在住していた日本人女性が殺される。
 ルコック探偵やゴーギャン、川路御一行などをヌケヌケと競演させるところがまた面白い。所謂足跡ものに属するであろう作品であるが、足跡から犯人を割り出すシーンはこの時代ならではのもので、目から鱗が落ちた。いやあ、巧いわ。終幕は川路の面目躍如で『警視庁草紙』や『明治断頭台』(共にちくま文庫)でどっちかというと日陰者だった川路が日の目を見てよかったねと声をかけたかった(笑)。
「築地西洋軒」
 森林太郎を追って独逸よりはるばる日本にやってきたエリス。なんとかかえらせようと必死になるが、埒があかない。そんな折り、決闘騒ぎが起こる。決闘騒ぎの裏に潜む悪意を暴き出したのは意外や意外、エリスであった。
 或る意味ちゃぶ台プリーズ! な結末。なんじゃそら、みたいな。あの人達の苦労って一体……。決闘騒ぎの裏にある奸計には或る意味恐れ入ったが、繰り返されるとちょっとなあ……と思いつつ読むとそう言う訳かい! と頷く事が出来る。
「横浜オッペケペ」
 借金取りから逃れるために南極へ行こうとする無茶な二人。挙げ句しにそうになるが、助けられる。助けたのは野口英世であった。以降二人は関西で名を挙げるが、相変わらず借金取りは追ってくるわけで……。
 本編の最大の驚きはなんと言っても野口英世の「英世」誕生秘話。えと、これ、史実ですか? 今まで伝記やむつ利行による漫画作品を読んで真に受けてた人間からすれば……。て、観点が違うやん>自分


ザリガニマン 北野勇作 徳間デュアル文庫 476円+消費税

 かめかめした作品である『かめくん』(徳間デュアル文庫)の姉妹編。『かめくん』本編で出て来た所謂地球の敵であるザリガニ型ロボの話。だが、『かめくん』程かめかめしてる訳ではない。

 冴えない工場に勤めるトーノヒトシはザリガニ型ロボットの製造に携わっていた。或る日、飛んでもないことに……。
 まず、表紙を見て思ったのは「お前は仮面ライダーか!」ということ。もろ仮面ライダーっぽいよ。マジな話。イラスト書く人、意識してたんだろうなあ……。

 かめかめしてないのは当たり前であるが、『かめくん』みたいなほんわか系を期待していたので、それは残念。寧ろ、仮面ライダーやウルトラマンなどに於けるヒーローの悲哀を感じる。ヒーローちゃうけれども。
 結局、本書は期待よりは……と言う所。期待どころが間違わなければ『かめくん』並に楽しめるかも知れない。


「ABC」殺人事件 有栖川有栖他 講談社文庫 590円+消費税

『「Y」の悲劇』(講談社文庫)に続く、オマージュアンソロジー(?)。今回はクリスティの名作『ABC殺人事件』(創元推理文庫他)である。クリスティはミッシングリンクであったが、本書もまたミッシングリンク。5人の作家が如何にしてミッシングリンクという難題に挑んだのか。5編の中では「連鎖する数字」「ABCD包囲網」が好みか。

「ABCキラーズ」(有栖川有栖)
 クリスティの『ABC殺人事件』に模して関西一円で起きる殺人事件。果たして、犯人の意図は。
『絶叫城殺人事件』(新潮社)に時系列的に一直線で繋がる話。犯人の絞り方が巧い。
「あなたと夜と音楽と」(恩田陸)
 ラジオのパーソナリティの会話。誰かが置いている妙な置物。誰が、なんのために置物を置いたのか。
 置物の繋がりという切り口は面白い。だが、或る意味それだけに終始してる気がする。
「猫の家のアリス」(加納朋子)
『螺旋階段のアリス』(文藝春)の続編。こちらは猫が被害者になるミッシングリンク。
 これもまたミッシングリンクの切り口が面白い。どうして『ABC殺人事件』に模して猫が殺されたかがポイント。加納朋子らしいと言える結末。
「連鎖する数字」(貫井徳郎)
 次々と殺される若者。事件現場には数字を書いた紙が残されていた。
 ミッシングリンクの切り口自体は定石だが、その解決のどんでん返しはなかなかのもの。これはバークリイの『最上階の殺人』でしょう。嫌みな名探偵のボケっぷりというか、嫌みっぷりはもう一度登場しないかな? と思ったりして。
「ABCD包囲網」(法月綸太郎)
 やってもいない事件の虚偽の自白をする男。しかも、何度も何度もである。その行動の裏にあるものは?
 ミスディレクションが巧く決まっていると言えよう。起承転結とつけられた構成の仕方が或る意味新鮮で面白い。


天狼星 栗本薫 講談社文庫 621円+消費税

 本書『天狼星』を嚆矢とする《天狼星》シリーズは現在は『真・天狼星 ゾディアック』(講談社)まで書かれているが、実際問題、ここまで書かずに『天狼星V 蝶の墓』(講談社文庫)で打ち止めにしておけば良かったのに! と思うほど落差が激しいように思える。
 時折、《天狼星》シリーズで伊集院大介と対決する宿敵シリウスに「怪盗」という言葉を冠しているのを見るが、シリウスは怪盗ではなく、魔人であり、怪盗と言う言葉から連想されるようなクリーンなものではない。

 モデルの連続殺人の裏に潜む魔人シリウス。捜査陣をあざ笑うシリウスは、名探偵伊集院大介にも挑戦状を叩きつける。伊集院大介はモデルの一人に頼まれ連続殺人の謎を追っていたが、やがて、シリウスの魔の手が伊集院大介のすぐ側に……。そして、伊集院大介は囚われの身に陥ってしまう。
 乱歩の通俗長編の世界を昭和五十年代に甦らせることができた希有な作品と言えよう。個人的に、乱歩の通俗長編を意識した世界を構築するならば戦後の空気がまだ若干漂う昭和四十年代が限界ではないのかと考えている。恐らくこの作品で乱歩の通俗長編の世界再現に成功したのは魔人シリウスのその属性もあるが、刀根一太郎というシリアルキラーを配して「現代的な」要素を取り入れたからであろう。まず間違いなく、利根一太郎がいなかったらこの作品は失敗していた。

 個人的に怪人対名探偵というモチーフは乱歩の通俗長編にはまって以来フェイヴァリットモチーフの一つなのであるが、この作品の例を引くまでもなく、乱歩の通俗長編の世界をそのまま引っ張ってきても、現代ではもう作品が成立しないように思える。2000年の私的ミステリベストの一つ『怪人対名探偵』(芦辺拓/講談社ノベルス)でも乱歩の通俗長編の世界を現代で再構築するのに失敗している面がある。
 怪人対名探偵というモチーフは実は別なものに姿を変えて居るのではないのか、と思ったりもするが、それはまた別の機会に。

 気が向いたら『天狼星U』『天狼星V』に読み返そうっと。


星の国のアリス 田中啓文 祥伝社文庫 381円+消費税

 流行りの(?)中編叢書の一つ祥伝社文庫400円シリーズへの書き下ろし。祥伝社文庫の400円シリーズは年一回の配本のようである。徳間デュアル文庫見たいにコンスタントに出せばいいのに……と思うけれども、そこは素人考えなのか。
 本書『星の国のアリス』は宇宙船を嵐の山荘に見立てたクローズドサークルもの。吸血鬼競作の一冊であるが、本書はSF(宇宙船)でありながらホラー(吸血鬼)、そして本格ミステリ(趣向)という前人未踏の離れ業的な作品なんだと思う。少なくとも、本書以外に三つのジャンルを同居させた作品の存在を知らない(多分、知らないだけ)。

 地球からヌメリドキアへ向かう定期宇宙便<迦魅羅かみら>には吸血鬼ドラキュラ伯爵のモデル、ツェペシの子孫が乗っているはずであるが、姿が見あたらない。そんな中、船に迷い込んだ浮浪者がミイラの死体で発見され、犯人はドラキュラ伯爵の子孫と言うことになるものの……。
 意識したのかしてないのか。宇宙船を嵐の山荘に見立てる事が可能なのがポイントの一つであろう。本書は堂々たる本格ミステリになっており、本書を読んでいて田中啓文はSFでもホラーでもなく、ミステリ作家ではないのか? と思ったりもした。例えば、『銀河帝国の弘法も筆の誤り』(早川文庫JA)は駄洒落SFであるが、最後のオチというか、駄洒落に収斂させる様はトリック一点に収斂させる本格ミステリのそれと同じ方法論ではなかろうか。

 まあ、上記のことを考えなくても、本書は十分に楽しめる。終幕の畳みかける解決編は、中編ではなく、長編で読みたかったと思わせるくらい凄いと思った。伏線張りまくり、無駄な描写登場人物無し。SFに分類されてはいるものの、本格ミステリ斯くあるべしと言えるような出来だ。
 ただ、一個残念なのはまじめすぎて駄洒落がないこと(笑)。ていうか、お前が期待するのはそこかい! というつっこみは無しの方向で(11月26日追記:135ページ後ろから4行目……)。


Killer X クイーン兄弟 カッパノベルス 848円+消費税

 昨年の彩胡さいこジュン『白銀荘の殺人鬼』(カッパノベルス)に続く合作企画第二弾。こういうお遊びは大好きで、ワクワクするものの、高木彬光と山田風太郎の合作『悪霊の群』(出版芸術社)の例を引くまでもなく、毎回成功するわけではないので一抹の不安を覚えつつ読んだりする。で、本書はどうだったかというと、作品としてはそれなりに成功してると言えよう。

 大けがを負い、半身不随の恩師、集う同級生、語り手の作家。一堂が集う「嵐の山荘」に於いて殺人事件が起こる。犯人は誰か。そして、北海道で連続して起こる連続突き落とし犯の正体は? 犠牲者に共通するものは?
 吹雪によって形成される「嵐の山荘」とミッシングリンクの組み合わせ。パラレルに語られる両事件は、「嵐の山荘」と化した恩師宅で起きる事件の緊迫感と関わり合い、巧く組み合わさっていると言えよう。突如狂人と化す恩師の姿にたじろぐ教え子の様子は、「嵐の山荘」のシチュエーションならではのものかもしれない。だって、「嵐の山荘」じゃなかったら、その場を去ればいいだけの話だし。

 なぜこの形式で語られるのか。それが判明し、畳みかけるように真相が次々と提示される終幕はクイーン兄弟の独壇場(ていうかこの名前、どうにかならんのか)。本書のマスコットキャラクターというべきKiller Xも実は虚仮威しでもなく、プロットやロジックに十二分に組み込まれて居るんだから巧い、と思った。
 新世紀「謎」倶楽部によるリレー小説を含め、最近は合作が盛んだ。こういう企画としての合作は、読者側の楽しみは大きいが、作者側のメリットというのは少ないように思える。それでもこれだけ書かれるというのは、もしかすると、作者側のメリットというのは読者が想像する以上に大きいのかも知れない。2台巨頭のいいとこを食い合ってしまった高木彬光と山田風太郎の『悪霊の群』(出版芸術社)という例があるだけに……。

 しかし、去年の『白銀荘の殺人鬼』同様、作者がだれかわからん。片方は見え見えなんだけれども、もうかた方は……誰?


グラン・ギニョール城 芦辺拓 原書房 1700円+消費税

 近年ハイペースで著作を刊行する芦辺拓、2001年(多分)最後の作品。
 タイトルというのは非常に重要で、タイトル一つで手に取るか否か、読むか否か判断されれる事がある。タイトルセンスが悪いと内容が良くても日の目を見ない、と言うことがままある。
 なぜこのような前置きを書くかというと、本書『グラン・ギニョール城』はタイトルで損をしている作品と思うからだ。いや、本書のタイトルセンスが悪いと言うわけではない。寧ろ、タイトルは非常に良く、このタイトルを聞いたときは「早く読みたい!」と思ったほどだ。だが、このタイトルから想像される作品は二階堂黎人の『人狼城の恐怖』(講談社文庫)の如き怪しげな城を舞台にした館ミステリ。だが、本書『グラン・ギニョール城』は館ミステリではなく、メタミステリ的な手法が用いられた作品なのだ。ふっつぅ「グランギ・ニョール」と「城」が組み合わされたらカー的なおどろおどろしさ漂う古城での殺人事件を思い浮かべるではありませんか! ……と作者本人にはいわれもないいちゃもんも済んだし(笑)、本題へ。

 本書はクイーンが編纂した伝説的雑誌「ミステリー・リーグ」に掲載されたまま雑誌の廃刊によって中絶した小説『グラン・ギニョール城』と森江春策が偶然かかわることになった遺産相続にまつわる奇妙な出来事がすりあわせられる。作中作『グラン・ギニョール城』は確かに古城を舞台にした、タイトル通りの作品なのだけれども……(しかも、不可能犯罪興味は満載)。私が期待したのはメタミステリ的なものではなく、バリバリの館ものだったんで。なお、本書の眼目は虚構と現実がどのように交わるのか、というそのところであろう。
 読んでいて思ったのは、実際にこの『グラン・ギニョール城』のような未完の長編が存在したのか? ということ。無論、この作中作『グラン・ギニョール城』は芦辺拓の創作であることは間違いないことなのであろうが、本当に存在するのであれば翻訳して解決編を募集するという企画誰か立てないのか。新世紀「謎」倶楽部の企画でやりませんか?(って、誰に聞いてる?)。

 作中作『グラン・ギニョール城』は一昔前のミステリを読んでいるような、そんな感じがした。名探偵ナイジェルソープはどことなくバークリイのシェリンガムを彷彿させる。不可能犯罪と城の組み合わせはカー(『髑髏城』(創元推理文庫)とか)。そう言う意味ではタイトル『グラン・ギニョール城』に偽りはないんだけれども……。『人狼城の恐怖』の後なだけに分が悪すぎたかも知れない。尤も、後書きではメタミステリ的な手法が本書の眼目で、作中作『グラン・ギニョール城』は主でなく従のようなのであるが。
 虚構と現実が刷り合わさり一つになったとき、読むものは奇妙な感覚に囚われるであろう。作中森江春策が感じたそれと同じ感覚を味わえると思う。少なくとも私は奇妙に思った。一方で、都合良すぎ! とつっこみが入ったのは否定しないが(笑)。虚構と現実の境目。それは、幻想とロジックの狭間を行き交う幻想ミステリのようだ。だが、本書はメタミステリ的な手法は使われてはいるものの、紛う方無き本格ミステリだ。虚構と現実が交わったとき、そこに独特の世界が現れる。虚構と現実の狭間の感覚が本書の最大の読みどころだろうと思う。

 私の場合最初に期待したところと勘所が微妙に(いや、全然か)すれ違っているのでアレだったが、期待するところが違わなければ十分に楽しめることは保障できる。


饗宴シュンポシオン ソクラテス最後の事件 柳広司 原書房 1800円+消費税

『贋作「坊っちゃん」殺人事件』(朝日新聞社)で第12回朝日新人文学賞を受賞した著者の受賞一作目、というのが現時点での本書の位置づけ。過去の偉人が探偵役を務める作品は数あると思うが、ギリシャ時代まで遡ったのは国産ミステリでは初であろう。著者名は忘れたが、『名探偵群像』(確か創元推理文庫)の中にも誰か居たよなあ(名前ど忘れ)。

 本書はソクラテスを探偵役に、友人のクリトンをワトソン役に据えたミステリだ。しかも、本書の体裁はクリトンがパピルス文書に記した手記というもの。この辺の初期設定がまず目を引く。だが、本書はそれは些細なことで、やはり、眼目は見えない人に毒殺された男の謎、降って湧き出たような謎の男のバラバラ死体、アテネを脅かすピタゴラス教団の影というところであろうか。ソクラテスとクリトンとのやりとりも面白い。
 私は哲学というものが苦手で、本書も手には取れども読むのに時間を要した。だが、読んでみると考えたような難解な物は一切無く、普通のミステリを読むのと同様の楽しさを得ることが出来た。ソクラテスの名で敬遠している人は手に取ってみては如何であろうか。予想以上に楽しめるはずだ。

 史実の人間を探偵役に据えるという手法は井沢元彦が織田信長を探偵役に据えたり、最近では乱歩と横溝正史を主人公に据えた作品があったりと意外と多いかも知れない。だが、それらの作品で大事なのは、史実を曲げないこと。山田風太郎の明治もので最大限に発揮されているその手法は、書き手にとっては興味ある手法なのであろうか。
 本書は最後に行き着く先は、サブタイトルから予想される物だ。なぜ本書が一作目にして最後の事件なのか。最初の作品が最後の事件、というと麻耶雄嵩の人を喰ったようなデビュー作『翼ある闇 メルカトル鮎最後の事件』(講談社文庫)があるが、読み比べても面白いかも知れない。

 ミステリ的に言えば、当時の風習を用いた毒殺トリックがツボだったかも。その他、最後のカタルシス(或いは結末)に至るための伏線の張り具合はまさにミステリそのもの(って、本書は《ミステリー・リーグ》叢書の一冊やん)。本書が柳広司初体験だったが、ほかの作品に於けるミステリセンスはどうなんだろ、と興味がわいた。

 結論を言えば、本書は、ミステリファンなら読んで損はない一冊ということ。ソクラテスの名で引いてる人なら臆せずに読んだ方が良い。


夜のフロスト R・D・ウィングフィールド 創元推理文庫 1300円+消費税

 毎年恒例のベスト投票で前二作は上位に食い込んでいる人気シリーズ三作目。今回はどこまで食い込むのか。
 今回は流感で警察署の人員は足らず、フロストはいつも以上にハードワークを強いられ青色吐息。しかも、またもやフロストのせいで家庭が壊される部下も出てくるからやりきれない(笑)。

 今回は連続老婆切り裂き事件、新聞配達の女の子の失踪事件、中傷手紙事件、自殺、事故etc……。日曜に幕を開けて幕を閉じるのは土曜午後。フロストは不眠不休とまでは行かなくても馬車馬の如く働きっぱなし。そして、どの事件も警察署長マレット警視スーパーが催促するからやりきれない。「下品なジョークを心の糧に」フロスト警部は頑張る。
 いやあ、読んでて「下品なジョークを心の糧に」という帯の文句に恐れ入りました。2001年の帯文句大賞をあげたいくらい。フロストの心情に巧くマッチしてるもんなあ。途中フロストは自分が下品なジョークを言う訳を「事件についてあんまりまじめに考え込むと気が滅入るから」と言うような感じで釈明しているが、その前向きな心意気や良し。というか、単なる言い訳のような感じもしたが(笑)。

 次々と起こる事件に対して悲鳴を上げないフロストはまさに仕事中毒、その姿は警察小説の醍醐味……とまで言うのは言い過ぎか。だが、普通の、名探偵もののミステリでは事件平行描写型と日本語訳すべきモジュラータイプは今のところ無い。有りそうなのだが、無いのだ。本書は警察小説で謎解き小説ではない故に名探偵ものという言葉をだすのは間違ってるかも知れないが。
 各事件の解決は或る意味行き当たりばったり。「俺の直感がそう言っている」と暴走するその様はフロスト警部の面目躍如。暴走する警察官はフロスト以外に私は知らない。その暴走っぷりを楽しむのが本書の一番良い楽しみ方だろう。極論を言えば、事件なんてどうでも良い! っていうくらい。このよれよれおやじのどこがいいのか(笑)。下品だし、せこいし、仕事の能率悪いし(爆)。だが、一本気というか一本芯は通っている。それ故署長さんに煙たがられているふしはあるけれども。

 本書の、ひいてはフロストシリーズの魅力を一言で言うと下品なジョークとこんがらがった事件たち。前作『フロスト日和』(創元推理文庫)ほどの連鎖反応はなかったが、本書は本書で様々な魅力がある。今述べた魅力以外にも沢山読みどころはある。だてに750ページ弱の厚さを誇っていない。
 次のフロストはいつなのか。首を長くして待っている。


クロノス・ジョウンターの伝説 梶尾真治 ソノラマ文庫NEXT 552円+消費税

 クロノス・ジョウンターというのは、マッドサイエンティストが発明した時空を越えることが出来る機械のこと。三人の男女は、このクロノス・ジョウンターを使い時空を越える。本書は三つの中編からなるものであるが、それぞれ切実な想いを秘めて時空を越える。時空を越えることの副作用、危険を省みず、愛する人の為に。つまり、本書はSF作品集でありながら極上の恋愛作品集でもあるのだ。

タイトルはそっけない。主人公の名前を冠しているだけである。だが、それだけに内容が引き立つのかもしれない。
「吹原和彦の軌跡」の主人公は設計図通りに作ったクロノス・ジョウンター完成の日、事故で愛する人が死ぬ。愛する人を救う為、吹原は何度もクロノス・ジョウンターを使い、時空を越える。彼は愛する人を救うことを出来るか。それが本編の焦点。その結果が分かるシーンはSFならではのものであろうか。だが、これはまだ序の口である。
「布川輝良の軌跡」の主人公はマイナー建築家の建造物を見る為、クロノス・ジョウンターの人体実験に志願する。実験は成功し、希望の時期に飛ばされるものの……。本編はどのように恋愛が絡むかがポイント。これはホント、極上の恋愛小説と言っても過言ではなく、終幕は思わず泣いてしまった。オールタイムベスト級の作品と解説で述べられているが、この言葉は誇大広告でもなければ、煽りすぎでもない。特濃の数日間がもたらした歴史改変。SFならではの感動が待っている。こういうのがあるからSFのつまみ食いはやめられないなよな。
「鈴谷樹里の軌跡」では医者となった主人公が自分が医者となったきっかけになった出来事を修正するためにクロノス・ジョウンターに乗る。本編ではクロノス・ジョウンターの実験は中止されており、どのようにしてクロノス・ジョウンターを稼動させるのか? というのもポイント(クロノス・ジョウンターの実験中止は「吹原和彦の軌跡」でも出てくる)。そもそも、鈴谷樹里はクロノス・ジョウンターになんらの関係もない医者。どのようにして絡んでいくかと言うのも読みどころ。「布川輝良の軌跡」の次というポジションが悪かったのか、残念ながら先のに作品には一歩譲る。だが、本編もまた優れた恋愛小説であることには変わりない。人によっては終幕泣けるかも。

 極上の恋愛小説三品。殺伐としたミステリに食傷したら読んでみると良いかもしれない。泣けます。いや、マジで。


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