浦賀和宏殺人事件 浦賀和宏 講談社ノベルス 700円+消費税

 快調にでてるように見えて実は半分しかでてない状況(2001年8月下旬時点)の講談社ノベルス二十周年企画密室本叢書。浦賀和宏はどのようなものなのか、ノンシリーズの『眠りの牢獄』(講談社ノベルス)や『彼女は存在しない』(幻冬社)が結構フィットした故に気にはなっていた。しかも、本書刊行直前に浦賀和宏名義と思われるウイルスメールが来てたし(笑)。

 浦賀和宏は、講談社の密室本企画の原稿が書けず煩悶していた。そんな中、女子高生殺人事件が起こる。そして、被害者が最後にあったのは浦賀和宏だという。一方、浦賀和宏は一人の友人と会って、或る事を頼もうとしていた。
 話の展開は至ってシンプルで、安藤シリーズがモザイクノベルの様相を示していて複雑になってきてる故に結構新鮮だったり(といっても『眠りの牢獄』もシンプルだったけれども)。案外この作者はシンプルな作品の方がいいのかもしれない。

 冒頭にかまされる本格ミステリファン批判はなんというか。言わんとすることはわかるけれども、そこまで書かなくても……と思ってたらこれが重要な伏線になっていて侮れない。計算して書いたのか計算無しなのか。結構悩む。1960年代のアメリカで書かれていそうな構造だが、舞台が21世紀初頭の日本だから効果的なものになってるのか。天然か計算かはわからないが、浦賀和宏という作家はまだ底が見えない。
 作中作の「イエロー・マジック・オーケストラを聴いた男達」って折原一のパロディだよな。ああ、なるほど。ここまで大胆に伏線を張ってたのか。読んでいて「YMO好きなのはよぉくわかったから!」っておもってたし、何で今更このネタなんだろうと思ってたけれども。結構計算高いかもしれない。そうなると、冒頭の本格ミステリファン批判も計算の結果かもしれない。

 既読の浦賀和宏作品の中では私の中で上位に置するかも。未読のも追々つぶしていく……かも(ノンシリーズ優先だが)。


十八の夏 光原百合 双葉社 1600円+消費税

 推理作家協会賞短編部門を受賞した表題作と他三編を収録した短編集。四作品に共通するのは花をモチーフにしているところ、恋愛がらみの二点。登場人物が共通しているとか言うわけではない。以下、各編の感想。

「十八の夏」は或る意味《花葬》の系譜に連なる恋愛とミステリの融合作品。土手で出会った二人、出会いは凡庸、二人の進展も凡庸、そして最後にミステリ。本編が日本推理作家協会賞を受賞し、短編集の表題になってるという《花葬》との符合は興味深い。感じた違和感がそのまま伏線として浮かび上がってくるところは集中随一。有栖川有栖は『有栖の乱読』(メディア・ファクトリー)の中で連城三紀彦の「戻り川心中」を評して「小説がトリックになっている」と述べているが、本編にもその言葉がそっくり当てはまる。恋愛パズルの秀作と言ってもよい。
「ささやかな奇跡」「兄貴の純情」は残念ながらミステリ的趣向を出そうとしたその瞬間にミステリの方があっさりと割れてしまった。尤も、この二編は趣向を包むものが主であるのだが。それだからこそ残念な面はある。前者は分けあり同士の子供を中心軸にした恋愛を描き、後者は或る意味王道を描く(しかも、直情的な主人公や言動も王道と、王道づくし)。後者は結構笑えた。前者はうまいなあ、と思いつつ読めた。
「イノセント・デイズ」は集中のみならず、(2002年8月時点の)光原百合作品の中でも最大の問題作。北村薫作品群に於ける『盤上の敵』(講談社ノベルス)に匹敵するかも。偶然であった昔の教え子はずいぶんと大人びていた。彼女は両親をそれぞれ不幸な事故で亡くしていた、と言う展開から思いもよらない無垢な悪意が現れる。問題作たる所以は人が死ぬからなんだけれども(をい)。夾竹桃に込められた逆転の構図は鮮やか。冒頭の「魔女の鉄槌」のシーンが重要な意味を持ってるところにも好感が持てる。

 花をモチーフにした四編であるが、最初と最後の二編が良すぎ。間の二編はそれぞれわるくないが相手が悪かったと言うことで(ん?)。


魔天忍法帖 山田風太郎 徳間文庫 絶版

「アサヒ芸能」に連載の後単行本化。『忍法八犬伝』(講談社文庫)同様角川文庫入りしなかった忍法帖長編である。

 鶉平太郎は薩摩への隠密行の結果、重要な秘密を探り出し帰還する。だが、その情報を蔑ろにされた上に婚約者を横からかっさらわれ頭に来た平太郎はお頭共々切り捨て、忍者が隠密行に行く際に支度をする《忍者化粧蔵》へと逃げ込む。そこで息を潜めていると忍者史上最も出世したという服部半蔵が現れ、平太郎を過去へと誘う。だが、平太郎がたどり着いた過去は彼が知っている過去ではなく、なんと、豊臣秀吉が徳川家康を攻め滅ぼそうとしていたその時であった。江戸城が炎上していたのである。
 本書はタイムスリップ忍法帖と言うべき作品で、SF色が所々見られることがある忍法帖作品群の中で唯一SFと言ってもいいであろう。タイムスリップに加え、パラレルワールドの手法が用いられているがSF用語を用いずにSFを書いてしまっているところはさすが。この辺、結果的に絶筆となった『柳生十兵衛死す』(小学館文庫)に繋がっていくのか。

 本書はSFとしてもであるが、今はもう流行も過ぎた架空戦記の嚆矢と言っても良いかもしれない。架空戦記の嚆矢的作品でよく言及されると思われるのは高木彬光の『連合艦隊ついに勝つ』(光文社文庫・絶版)であろうが、本書と『連合艦隊ついに勝つ』はどっちが早かったのか。高木彬光と山田風太郎の作品に於ける密接な関係を読み解いた評論を読んだことがある故に気になるところである。
 歴史のIFを描いてるところが非常に面白く、そこが忍法帖作品群に於いてかなり異色な存在になってると思うが、織田信長→豊臣秀吉→徳川家康の歴史のラインをひっくり返したところはコロンブスの卵であろう。それ故の予想がつきながらもそれでいて破天荒な展開は山田風太郎の独断場。

 しかし、結末に至るまでの展開は破天荒でもオチがなんか……。こういう所にもっていかんでも、と思ったり。それは、主人公の鶉平太郎に救いを持たせたかったのか。オチをそこにもって行かなくても結局は救いはないんだけれども。せっかく出世したく時を遡ったのに何処ででも良いようにあしらわれてしまう。それが忍者の宿命か、鶉平太郎だけの宿命か。とにかく悲しい。
 オチが夢オチと言うのを知らなかったら人によっては怒るかも(笑)。山田風太郎の忍法帖のほとんどははオチが猪木、もとい、オチが命ではないものの、人によっては知っておいたが良いかもなあ……。

 伝説の駄作と言われる『忍法相伝73』を除けば本書は忍法帖作品群中もっとも異色。結構最近まで再販されてた気配があるので見つけやすいけれども、講談社文庫の忍法帖全集を一通りつぶして講談社ノベルス版で講談社文庫に入ってないの読んでから読んだ方がいいかも。


怪奇探偵小説名作選4 佐藤春夫集 夢を築く人々 日下三蔵編 ちくま文庫 1300円+消費税

《怪奇探偵小説名作選》第四弾は文豪佐藤春夫のミステリ選集、と言うことであるが文豪としての佐藤春夫は全然知りません。現時点で文庫の形で気軽に読めるのは(単著では)本書のみ。こう言っちゃ失礼だが、ホントにこの人文豪?(をい)。デビュー作が本書収録の「西班牙犬の家」が幻想譚であることを考えるとこの人は本質は怪奇幻想作家だったのか。乱歩や(確か)横溝正史に影響を与えた作家と言うことで多少の興味があった故、今回の《怪奇探偵小説名作選》入りは丁度良かった。
 とはいえ、かなり昔の作家故か、今の観点から読むとかなり難儀する。単私とのに相性が悪いだけか。読了にかなり時間がかかってしまった。一番驚いたのは(恐らくは)SFの嚆矢というか萌芽というか、そういう感じの作品があったこと。「のんしゃらん記録」がそれだ。結構この人すごい作家だったかも、と少し見直したり(何様?>自分)

 本書収録の佐藤春夫の探偵小説の中では佐藤春夫ミステリでよく言及される「指紋」「「オカアサン」」あたりは読み落とせないかも。この辺は今読んでも十二分に面白いと思う。陳述書を小説にしたという感じの「陳述」の異様なまでの迫力は忘れがたい。また、「指紋」「月かげ」のコラポレーション、も捨てがたい。前半収録作は割と好みかも。
 読んでいて思ったのは、佐藤春夫の文体は津原泰水に受け継がれているのでは、と言うこと。『ペニス』(双葉社)を思い出した(つまり、結構疲れたと言うことだが(笑))。

 最後に置かれた小説「美しい町」の牧歌的なところは好きだなあ。人によっては「これの何処が牧歌的だ?」と思うかもしれないけれども。町の建築というか都市計画を語る男と作品を流れる雰囲気に牧歌的な所を感じる。さすがは大正という時代。
 巻末の探偵小説関係のエッセイは当時の探偵小説観が垣間見られて興味深い。

 全体として《怪奇探偵小説名作選》全作品読破目指してる人以外に勧めることはできないかもしれない。でも、佐藤春夫という作家に興味があるなら(文庫はこれだけだが、ハードカバーの全集は存在するようだ)まずはこれから、かもしれない。


人間豹 江戸川乱歩 創元推理文庫 700円+消費税

 数ある乱歩の通俗もの作品の中で、作品評価も含めて最も異色な作品らしい。明智小五郎対怪人という構図であるが、本書にでてくる怪人恩田はまさに「怪人」という語彙が持つ意味そのままの怪人で興味深い。解説によると本書を軸にして石森章太郎の《仮面ライダー》との関連性を読み解いた評論があるようであるが、それもむべなるかな。本書の怪人、人間豹恩田は悪の秘密組織ショッカーに改造された改造人間ではないのか、と言うくらい怪奇だ。

 そもそも、冒頭からしてイってしまっている。今で言うクラブとかスナックみたいなところでなじみのホステスと飲んでいた神谷青年と人間豹恩田との遭遇、その時の恩田の様子からして通俗もの長編の王道を行きながらも斜め三十度の方をカッ飛んでいる。その後の恩田の行状は、今のサイコスリラーに於けるシリアルキラーも真っ青。とにかく非道だ。
 中盤まで神谷青年対人間豹恩田の戦いで、名探偵明智小五郎がでてくるのは神谷青年二人目の恋人にして人間豹恩田二番目の犠牲者が恩田に捕まったとき。以降明智小五郎対人間豹恩田という構図になるのであるが、明智小五郎にどことなく精彩がない。徹頭徹尾押されっぱなし、と言うわけではないが快刀乱麻を断つ名探偵、と言う感じがしないのだ。それは、人間豹恩田が従来の怪人に比べレベルが違ったのか、はたまた明智小五郎が文代さんと結婚して丸くなってしまったからなのか。

 他の名探偵物語や明智小五郎登場作品の例に漏れず、最終的に明智小五郎は人間豹恩田に勝利はする。だが、そこにはどこか苦々しいものもあり、本書ではあからさまではないものの或る意味名探偵の敗北が描かれていると思うのは深読みのしすぎか。そう感じてしまうほど本書の怪人である人間豹恩田は強大だ。寧ろ昭和9年という時代にこのような人物造形をしてしまう乱歩に改めて驚いたりしたりして。
 世評的には本書は高い評価は得られていないようだ。だが、本書はやはりどこをどう切っても乱歩で、ページをめくる手がとまらない。恐らくは乱歩作品群中最も「最悪」と思われる『盲獣』(創元推理文庫)と通俗作品の間くらいの作品、と言うのが率直な感想。無論、言うまでもないが、先の「最悪」というのはけったくそ悪さという意味で駄作だというわけではない(『盲獣』のアレやコレはすごいよ、やっぱ)。

 余談だが、本書『人間豹』が創元推理文庫よりずっと前にでてると思ってたことは内緒だ(笑)。


嘲笑う闇夜 プロンジーニ&マルツバーグ 文春文庫 733円+消費税

 本書は《名無しのオプ》シリーズで有名なビル・プロンジーニとSF作家であるバリー・N・マルツバーグの合作第1号。『バカミスの世界』(BSP)でも言及されている作品で、創元推理文庫から刊行されている『裁くのは誰か?』を読んでる人の中には本書の刊行を心待ちにしていた人がいるかも。私は読んでないんだけれども(笑)。余談だが、本書は文春文庫の《パルプノワール》叢書からの刊行だけれども、内容はノワールという語彙から連想されるものではない。つうか、ほど遠い。

 アメリカの片田舎ブラッドストーンで起きた連続殺人。被害者の太股にはダイヤのマークが記されていた。異様なまでの殺人事件に沸くブラッドストーンだったが、四人の人間はそれぞれ実は自分が殺人鬼で自分が知らない間に凶行を重ねているのでは、と思い悩む。それぞれの思惑は一つに収斂され、驚愕のカタストロフに向かう。
 最後の一ページで一応はバシッと決めてくれるものの、反則技ぎりぎりとか言うのが裏表紙の内容紹介にあった故か驚愕度合いは少ない。と言うのも実は視点人物全てが犯人で、同一犯の犯行に見えたのは又別の人間が偽装というか死体をいじくっていたからというのを想像してたから。こっちならば素直に反則技ぎりぎりと思えたのだが。なんか、至ってまともじゃねえかと思ったり。こういう結末にまともと思う私の感性がまともじゃないのかもしれないんだけれども(笑)。

 本書は1976年発表のサイコミステリであるが、正直言って訳された時期が悪かったと思う。もっと早く、せめて1980年代に訳されていれば本書はかなりの賞賛を浴びていたのではなかろうか。いや、今読んで全然面白くないとかそういう訳ではないけれども。実際問題、本書はページターナーと言ってもよくあれよあれよという間に読了してしまった。それくらい道行きは面白いのだ。ただ、最後の一撃=i=反則技ぎりぎりのオチ)が今の観点から見ると……。というより、同系統の我孫子武丸の『殺戮に至る病』(講談社文庫)がすごすぎるだけなのだが。
 最後の着地はそれなりに決まっていると思うが、期待をすかされた故の感興なのか。解説ほど絶賛する気にはなれない(解説の方は結構控えめに誉めてるんだけれどもね。なんか、絶賛を押さえてるような感じがして。でも、押さえるべきツボは押さえまくってるので解説としては及第点以上ものと思う)。道行きの疾走感が面白いので、後は結末の付け方に納得できるか否かであろうか。

 個人的には本書が年末のベストの上位に入ってこのコンビの未訳作品『Night Screams』が訳されればいいなあ、と思ってたりする。多分、結末の付け方がツボに入る人が少なからずでてきそうな気もするので、健闘はすると思う。


アイ・アム I am. 菅浩江 祥伝社文庫 381円+消費税

 祥伝社文庫400円文庫シリーズのSFファンタジー競作の一作。本書ではロボット看護婦の自我の行方がメイン。
 ロボット看護婦は目覚め、様々な経験を積むことによって己のアイデンティティに近づいてゆく。

 本書はアイデンティティ探求とロボットテーマのSFと言うことになるのであろうが、この要素は寧ろ従。主題はホスピスを兼ね備えた病院の入院患者の心情と語り手の成長。だが、残念なことに本書は帯に短したすきに長しと言う感じである。中編に向いてない素材だったのかもしれない。短編か、もう少しのばして短めの長編にするかした方がSFとしても小説としてももっと面白くなったと思う。落としどころがアレだからなおさら。
 400円文庫シリーズの作品を全部読んでるわけではないので何ともいえないが、この叢書、作家の力量とか結構試されているもする。そういう意味では本書はもう一つ、と言わざるを得ない。だが、人によっては本書に関してはこの長さで良いのかも。あくまで私は中編に不向きだと思うのであるが。

 SFとしてはもの足らない面が多々あるが、そこそこ楽しめる一冊である。


それでも、警官は微笑わら 日明恩たちもりめぐみ 講談社 1900円+消費税

 色物パレードメフィスト賞(笑)、第25回目の受賞作は警察小説にして四六版ハードカバー。しかも、直球勝負の警察小説である。決して変化球ではなく、直球というのが珍しい。尤も、設定そのものはドラマ「踊る大捜査線」の斜め三〇度にずらしたような感じなのであるが。

 強盗シーンから幕を開け、麻薬取締官や警察官が様々な思惑を交錯させて事態は進んでいく。警察は銃を追い、麻薬取締官は麻薬を追うのであるが、両者がいかにして交わっていくかがポイント。麻薬取締官の一人宮田の過去のエピソードが結構鮮烈故に他の登場人物が霞みそうになるが、主人公格のデコボココンビ二人のキャラが立ちまくってるというか特異すぎるので少なくともこのコンビに関しては霞むと言うことはない。なんせ、財閥のおぼっちゃま刑事と無骨なステレオタイプの刑事のコンビなんだから。
 ドラマ「踊る大捜査線」以降、ドラマでも小説でも警察ものがやりにくくなっていると思う。「踊る大捜査線」を意識して越えようとするならば、であるが。このドラマを越えようと思うと生半可な設定では太刀打ちできないが、本書は斜め三〇度にずらすことで(三〇度の根拠は気にしないように)少なくとも設定に於いては追いついてるというか面白くなってるといえよう。尤も、おぼっちゃま刑事の設定は内田康夫擁する名探偵浅見光彦からシフトさせたと言う考え方もできるけれども。

 設定の上では満足できるものの、内容はどうかというと、結論を最初に書くとかなり楽しめた。読んでる最中『俺達のフィールド』(小学館)の村枝賢一の画が浮かんでしょうがなかったけれども(この人に漫画化させてはどうかと思ったほど)。また、結構細かいところまで調べてあったりしてぬかりない。「踊る大捜査線」みたいなネタも仕込んであったりしてうれしいかも。
 各章題は茶道用語なのであろうか。応募時のタイトルが『迎日』だったのであるが、個人的には改題しない方が良かったかも。尤も、そのままのタイトルだった場合、今のように売れたか疑問であるが。茶道の家元の息子という刑事の設定が内容に密接に関わり合っているのだが、この設定はこの一作っきりなきもする。終わり方には続編がありそうな感じもあるのであるが、フラストレーションは多少たまるもののコレ一作で終わらせた方が美しいような。

 異色でありながら正統派。とりあえず本書は漫画化希望です。


笑い陰陽師 山田風太郎 講談社ノベルス 絶版

 本書は山田風太郎が最も気に入ってた作品らしい。一般評価はあまり聞かないが、山風評価ではAランクだったようで、講談社ノベルスの忍法帖全集では第1期に刊行されている。余談だが、本書は角川文庫版では『忍法笑い陰陽師』であったが、このタイトルは角川文庫版のみ。後はこの『笑い陰陽師』である。内容は実は長編ではなく連作短編で、「別冊小説宝石」に掲載された後カッパノベルスから初刊刊行されている。

 本書の主人公は甲賀伊賀崩れの忍者夫妻。つうか、をい、『甲賀忍法帖』(講談社文庫)の伊賀甲賀に於けるロミオとジュリエット状態は何じゃらほいとっつこみたくなると言う設定だ。この二人が果心堂という占い稼業をやってるのであるが、ここに持ち込まれる悩みに甲賀伊賀の忍者崩れ夫妻が関わっていくというのが基本的なところ。しかも、その悩みは全てシモの方の悩み関連。当人達は至ってまじめなのであるが、読むものとしては、もう、笑わざるを得ない。つうか、山田風太郎ってこの手の話大好きだったのね、と思うほど。
 収録されているのは「忍法棒占い」「忍法玉占い」「忍法花占い」「忍法紅占い」「忍法墨占い」の五編であるが、どれもこれもばからしくてもう、なんというか、忍法帖の荘厳さ丸潰れっつうか。忍法帖は――あくまで私見であるが――荘厳で厳粛なものでなければならない、という感じがしなくもない。少なくとも私にとって、本書を読むまで読んできた十何冊にも及ぶ忍法帖作品はそうだった。徹頭徹尾明るく、ばかばかしいと言うノリは私の忍法帖観を砕いてくれた。しかし、考えてみると山田風太郎という作家が忍法帖を量産すればいずれこのような、既存の忍法帖観をハナから覆す作品をものにするのは当然の帰結だったのかもしれない。常識を覆すことこそ山田風太郎の目指したものだったのだから。それまでの忍法帖の常識を覆すこのような作品があるのが当然だし、A級に入れてるのもあたりまえ、かも。

 読んでいて思ったのは、占い師の忍者夫妻、何となくアームチェアディテクティヴを思わせるようなものがあると言うこと。持ち込まれるシモ関連の難題に忍法を以て応じる所は何となく名探偵のような。って、こう考えてしまうのはミステリ読みの悲しい性なんだろうねえ。解決に同じ忍法を使わないところは山田風太郎の忍法帖執筆作法(つまり、忍法をミステリに於けるトリックと同列に考え、同じ忍法は使わないということ)が垣間見られて楽しい。トリッキーな構成でも解決法でもないのであるが、どことなくミステリっぽい気がする。
 絡むのがシモだからか、何処までもばかばかしく、笑えるのであるがラストのシーンはなんか感動的というか、それまでばかばかしかったからこそ引き立つのか。ラストシーンはそれまでのエピソードが一気に束ねられるようなものであるが、無論、言うまでもなく、通常の所謂<連鎖式>ではない。束ねられるのはエピソードではなく登場人物。どう束ねられるのかは書かないが、なるほど、こうきたか、と言う感じ。山田風太郎らしくて良いです。

 一応この作品、講談社文庫の忍法帖全集をあらかた読んで、講談社ノベルスの忍法帖全集もある程度読んでから読んだ方が楽しめると思う。いきなり本書から読むのはオススメできない。やっぱ、最初は基本の『甲賀忍法帖』からでしょう。


僧正の積木唄 山田正紀 文芸春秋 1857円+消費税

 ヴァン・ダインの名作『僧正殺人事件』(創元推理文庫)の続編という体裁をとりながら、同時に金田一耕助パスティーシュという或る意味離れ業な設定の作品が本書。今年(2002年)は金田一耕助の生みの親横溝正史生誕100周年であるが、後書きによればこの年に本書がでたのはどうやら偶然のようである。

 ニューヨークを震撼させたあの「僧正殺人事件」はまだ終わっていなかった。「僧正殺人事件」の関係者が凄惨な死体で発見され、容疑者として日本人の使用人が逮捕されることになる。だが、容疑は濡れ衣だった。排日感情が高まっている中の、マーカム検事の策略であった。日本人実業家久保銀造は、人を介してあの名探偵金田一耕助を事態収集のために召喚する。
『本陣殺人事件』(角川文庫)で初登場する以前、金田一耕助がアメリカにいたという設定は有名な話。本書『僧正の積木唄』はアメリカ時代の金田一耕助が描かれるわけであるが、ここで登場する金田一耕助はなんと洋装。金田一耕助=よれよれの絣の着流しというイメージがあり、又、横溝正史による作品にも彼には洋服が死ぬほどにあわないと言う記述がある作品がある故に本書の金田一耕助は、なんか、笑える。描写も終始似合ってなく失笑を招いたと書いてるし。何故戦後の金田一耕助が昭和48年の最後の事件『病院坂の首縊りの家』(角川文庫)ですら着物姿だったか、と言うのに繋げている所も楽しい。でも、本書の金田一耕助はどことなく金田一耕助らしくないような気もする。それは、事件の性質によるものなのであろう。血族を巡るどろどろした事件ではない故なのであろうか。

『僧正殺人事件』に於けるファイロ・ヴァンスの推理は間違っていた、という設定故か、ファイロ・ヴァンスには精彩がない。精彩がないどころか、彼は道化に仕立て上げられ、出番すらほとんどない。金田一耕助VSファイロ・ヴァンスの推理合戦が皆無なのは少し残念だ。しかも、『僧正殺人事件』もう一つの解決と言うべき本書で提示される金田一耕助の推理も漠然として立証されないのも残念というか。『僧正殺人事件』を読んでいない読者を勘案した結果なのか、非常に残念。金田一耕助自身も「立証できませんが……」と弱気になってるし。
 金田一耕助登場作品の代表作の内いくつかが見立てものであることに思い至れば、『僧正殺人事件』の続編と言うべき本書の探偵役が金田一耕助というのは必然であろう。寧ろ、戦前の探偵小説黄金時代という時代設定と冤罪被害者が日本人であると言うことを考えると金田一耕助でしかあり得ないであろう。この辺の設定の仕方の巧さは本書の眼目の一つであろう。

 テーマ(1930年代に於けるアメリカの日系移民排斥運動での日本人の苦難)や設定があまりにも重厚すぎる故か、ミステリ的なところは結構良くできているにも関わらずどことなくもに足らない。横溝正史の金田一耕助ものに魅せられ、ヴァン・ダインの『僧正殺人事件』の真犯人≠フ怪動機に瞠目した人間としては本書は十二分に評価できる作品であるが、ミステリ的なところがイマイチもの足らない面がある故に、人によっては評価が低いかもしれない。全体的な構図は横溝正史の『獄門島』的な所があってその辺の構図的なところは客観的に評価可能であるが。実在や架空の人物が綺羅星のように入り乱れる山田風太郎の明治ものの手法が効果的に用いられているともいえる。
本格ミステリ参入作『人喰いの時代』(ハルキ文庫)や昭和の最後を回想する『SAKURA 六方面喪失課』(徳間ノベルス)でもそうだったが、山田正紀は昭和時代を活写するのが巧い。山田正紀は山田風太郎の明治ものの跡を継いで昭和史を小説で描こうとしているのか。考えてみればデビュー二作目のSF『弥勒戦争』(ハルキ文庫)もまた昭和と言う時代を活写していた。

 個人的には《本格ミステリ・マスターズ》第1回配本で最も楽しみにしていた作品だったが、その楽しみは結構裏切られなかった。本書は今後の山田正紀ミステリに期待がもてる、そんな一冊。


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