鴇色の仮面 新宿少年探偵団 太田忠司 講談社ノベルス 760円+消費税

 大好評の《新宿少年探偵団》シリーズ第5弾は中編2本を収めた本になっている。

「霧の恐怖」では霧が人を殺すという怪事件に探偵団が挑む。つっても、探偵団から予想される頭脳集団ではないんだけれどもね(笑)。どうやって霧に息吹を吹き込むか、という手法はSFなんだけれども、シリーズらしいと言うか。本編では準レギュラーキャラと言うべき阿部北斗警部補とマッドサイエンティストの親玉と言うべき芦屋能満との意外な関係が明らかになり、シリーズ的に結構重要な一編と言えよう。余談だけれども、芦屋能満とその弟子のマッドサイエンティストとの関係、そこにほのかな操り関係を見いだすのは牽強付会すぎるだろうか。無論、牽強付会ですけれどもね。
「鴇色の仮面」では血を吸い取られ、干涸らびた死体が現出する。しかも、血小板だけを残して。どうやって、と言うマッドサイエンスには「霧の恐怖」ほどのインパクトはないが、何故マッドサイエンティストたちが新宿でしか活動できないか、という疑問点が提出されたと言うことで割と重要な一編であろう。

 本書に続く『まぼろし曲馬団』(講談社ノベルス)以降シリーズはストップしているが、最終作でどの様な着地を見せるのかわくわくさせる一冊になっている。


オルディコスの三使徒 全3巻 菅浩江 角川スニーカー文庫 絶版

 長編大河ファンタジー、全三巻。遅れてきた読者のメリットデメリットはいろいろあると思うけれども、メリットは続き物を読む際に(入手できればの話だが)待たずに済むことが挙げられよう(逆に入手困難で続き物のを読む際に最初の巻だけ見つからない! なんつう羽目に陥ることもあるやろうけれども)。この『オルディコスの三使徒』は全3巻だが、1巻目の<妖魔の爪>と2巻目の<紅蓮の絆>の間が約2年、そして最終巻<巨神の春>が<紅蓮の絆>の半年後という状況。でも、栄枯盛衰流動が激しいヤングアダルトの分野で2年も間があいたにもかかわらず完結させることが出来たという事実は無視できない。

 作者曰くの「神様三連荘さんれんちゃん」の一つ目に当たる本作は、<妖魔の爪>はオルディコスの使徒2人が3人目のオルディコスの使徒を捜す物語であり、<紅蓮の絆>は3人そろったオルディコスの使徒がその使命を果たさんとする話であり、最終巻<巨神の春>はバラバラになった三使徒の再会と結束、そして果たされる使命そしてフィナーレである。ちなみに、オルディコスとは民が信仰する神の事であり、オルディコスに願うことで民は平穏を得ている。だが、この物語ではオルディコスの力は弱まり、民はおびえ、王侯貴族は私利私欲で惚けている。そこにつけ込む勢力とオルディコスの三使徒の光と影の戦いという構図は半分まで。そこからは思いも寄らぬ展開が待ち受けていて、おもわずのけぞった。まあ、もしかするとファンタジーの世界では常套手段なのかもしれないんだけれども(それは、オルディコスの三使徒の1人が策略ではなく、己の信条のために敵さん側についてしまうこと)。
 結局の所、神とは何か、と言うのにつきるであろう。従来、日本人には西洋的な、所謂「神」はミステリ、SF、ファンタジーでは描き得ないであろうと思っている。日本人は基本的に無宗教であり、神なんぞ考えることがない民族だからだ。尤も、それは「神」を西洋的な――キリスト教的な――神と捉えるからであって、八百万の神に代表される神は日本にもいるし、日常的に神について考えることはなくてもそこにいる。でも、貫井徳郎の『神のふたつの貌』(文藝春秋)なんざ日本人には、特にキリスト教徒でもなければ逆立ちをしても書けないと思ってた神(=キリスト教的なそれ)を描ききった。この辺で考えは結構ぐらついたが(笑)。逆に、その辺の、キリスト教的発想から自由故に斬新な神を描き得るだろうと言う思いも多少はある。で、この『オルディコスの三使徒』はどうだったというと……。結論を言えば、結構面白い神の像だと思う。

 神は高みにいて人間を導くものという先入観がある故か、この作品での神の或る種の情けなさは新鮮きわまりなかった。神も人間もくそもない感じで、こう言うのは日本人にしか書き得ないところだと思う。多分、キリスト教圏では書けないだろう。この『オルディコスの三使徒』を翻訳して輸出したい悪ノリ的な誘惑に駆られる。カタカナの登場人物で、西洋的な政治システムで描いてるのに神はどう考えても、西洋のキリスト教圏では絶対に描き得ないだろうと言うもの。だって、裁判で聖書に誓わせるキリスト教圏で情けない神が描けますか? 旦那。この作品は、無論、それだけではなくオルディコスの三使徒の成長物語的な側面もあり、物語の運びは寧ろそっちがメイン。神はその触媒だ。
 とりあえず、情けない神で度肝を抜かれたい人にオススメ。クリスチャンにはススメられないかもしれませんが。


氷結の魂 菅浩江 徳間ノベルス 上下共に絶版

 本書は刊行順では作者曰くの「神様三連荘さんれんちゃん」の2冊目。執筆期間は『オルディコスの三使徒』(角川スニーカー文庫・絶版)と重なるらしい。なんでも、後書きは当時バッシングを受けたとか。

 平和でのどかな国を襲った大惨事。それは、神をまつる巫女の家系である王家の娘に何ものかが取り憑き、王と王妃を殺害させたこと。国は荒み、同盟国は使節を送り込む。だが、使節は襲われ、そして開戦と相成る。一応姫君はこちら側に抑え、姫君に取り憑いている相対する神との戦いのために行軍する。一行は、それぞれ様々な思いを秘め、神の居城へ向かうが、裏切り者が仲間内にいる疑惑や、襲ってくる魔物達、そして寒さのために次々と倒れる。果たして、たどり着くことが出来るのか、そして、倒すことが出来るのか。
 2人の神の対立と言う構図は『オルディコスの三使徒』でもあったが、ここではそれが顕著に現れている。そして、行軍の最中を徹底的に描くという手法故に、作者が後書きで物言いしていた所謂ありきたりのファンタジーという陳腐な構造を避けることに成功している。

 しかし、『オルディコスの三使徒』に続いてこの『氷結の魂』でも神は情けない(笑)。あんたはだだっ子か、と言いたくなるくらい。それ故に相対する神に付け入られ、そして物語の歯車は回り続けるのであるが、やっぱ神=強き存在という図式が頭にある故に違和感あるというか、新鮮というか。また、主人公の王子の成長物語という側面もあり、ビルドゥングスロマンとしても一級品。王子に思いを寄せる2人の女性の心の動き、愛する故に神に嫁ぐ巫女、といったのもあり物語に厚みを与える。
 結末の処理の仕方そのものはここしかない、とまでは行かないまでも読んでいて安心できるものになっている。エピローグは「ファンタジーってこういう終わり方だよね」という思いで満たさる。でも、「儚さ」を描くのが巧い(或いは好きな?)作者にしては儚くない故に物足りなさもあったりして、贅沢な要求は尽きない。

 結局、菅浩江にとって神とは我ががまな存在、と言うことになるのであろうか。「神様三連荘」を読んでてそう感じる。そういうわけで(?)、菅浩江の長編が苦手な私が初めて菅浩江の長編って面白いと感じた作品。だから、それまで菅浩江作品が苦手、と一作読んで敬遠した人もファンタジー好きなら手に取るのも一興。でも、入手しづらいんだよね、これ。


不屈の女神 ゲッツェンディーナー 菅浩江 角川スニーカー文庫 絶版

 本書はPCエンジン用ソフト「ゲッツェンディーナー」の支援ノベライズらしいが、原典であるゲームとは全然違うものになっているらしい。なお、本書は作者曰くの「神様三連荘さんれんちゃん」の掉尾を飾る作品でもある。

 多分、前代未聞のオープニングであろう。姫君を助けに行った勇者のパーティーが全滅するのだ。姫君を拉致した神と相討ちになってしまう。神の居城から脱げ出さねばならなくなった。「不屈の女神」と称される姫君は、彼女自身が戦わないことが平和の象徴故に最初はとまどうが、やがて己の信じる道のために戦いを始める。
 本書はオープニングが全てであろう。徹頭徹尾魔王の居城の中という設定と言うのは原典のゲームもそうなのであろうか。いずれにせよ、私には新鮮だ。しかし、この「神様三連荘」はそれぞれ神へのアプローチもであるが、舞台設定がそれぞれ違うのが面白い。設定の違いを愉しむのも一興。

 本書では結局どっちが善なる神なのか、と言うのが主題になってくる。主人公側の神が一応の「善」で、相対する神が「悪」と言うのは通常見られる、定石の構図であろう。だが、本書ではその善悪が逆転、逆転で入れ替わる。この善悪の逆転のアプローチが本書の神へのアクセスであり、切り口であろう。
 冒頭もさることながら、途中ゾンビと戦ったり、先祖に使えた忠臣に謀られたりと楽しめること請け合い。また、途中サブタイトルの「ゲッツェンディーナー」の意味も判明し(というか、後書きで「偶像崇拝」にこの「ゲッツェンディーナー」のルビ振ってるけれども)、結構盛りだくさんで決して冒頭だけの作品ではない。

 ところで、原典のゲームはどんなのか、ご存じの方おられます?


忍法関ヶ原 山田風太郎 講談社文庫 800円+消費税

 講談社文庫版《山田風太郎忍法帖全集》は本書は最終配本の全14巻。本書で完結だったが、この全集、何度目かの忍法帖のリプリントだがそれぞれ売れているようだ。短編集は売れない、という出版界のジンクスがあるようだが、本書は現時点で5刷り。全体的に売れてるんじゃねえか。重ね重ね本書で《山田風太郎忍法帖全集》が終了したことは嘆かわしい。でもね、帯の背に「ブーム再燃!!」なんて書くくらいならば第2期を早々に刊行して全部出せや、ゴルァ! なんて思うのは私だけでしょうかね(笑)。
 以下、収録作の感想。集中のベストは表題作でしょうか。

「忍法関ヶ原」
 本編は天下分け目の大決戦、関ヶ原の戦いに於ける忍者の戦い……と言うではない。まあ、確かに、天下分け目の戦いではあるが、それは、鉄砲という平気を巡る戦いというか。鍛冶屋の集落の国友村に於ける徳川と石田三成の代理戦争と言うべきか。正確には、代理戦争と言うよりは寧ろ徳川方が国友村を手に入れようと四苦八苦するのであるが。忍者の服部組の精鋭が四苦八苦して国友村を傘下に納めた後の皮肉なカタストロフは諸行無常としか言いようがない。
「忍法天草灘」
 舞台は江戸時代に於ける切支丹の牙城、長崎。時代は大坂の役前後。切支丹の幹部を転ばせて長崎を手に入れようとする徳川の陰謀。その陰謀の中心は伊賀組精鋭の2人だが、2人は婚約者の間柄で、しかも、甲賀者伊賀者の別れているという奇妙な2人組だった。はたして、どちらが幹部を数多く転ばせることが出来るのか。奇妙な戦いと切支丹ものという奇矯さ(?)が相俟って妙な味わいである。結末のむなしさは忍法帖作品そのものである。
「忍法甲州路」
 麻耶藩の家老の娘が親の仇三人を家来と共に迎え撃つ、と言うのが基本構造。焦点が当たるのは仇討ちをする娘ではなく、その仇。娘が従える三人が強く、奇怪な術を使う故に術を破るための修行というか、策を練るというか。その対策を女郎屋で遊女と遊んでる最中に思いつくと言うのはかなり人を喰ってると言える。家来と敵の戦いの果てにどっちが勝つのか、仇を討てるのか、と言うのは読んでのお楽しみ。どこまでも人を喰った作品だよね、これ。
「忍法小塚ッ原」
 首切り役人に弟子入りした香月平馬の師匠は伊賀者だった。伊賀者である彼の師匠は体をくっつけることが出来るという薬をもちいて様々な実験を行っていた。それはエスカレートし、首を入れ替えると言うところにまで及ぶ。首を入れ替えるという奇想は某作家のデビュー作(麻耶雄嵩の『翼ある闇』)であったけれども、これからヒントを得たのか。結末は幕末の或る有名事件に繋がっていくわけであるが、本書収録作と講談社ノベルス版『剣鬼喇嘛仏』(絶版)のそれでは結末の文章が後者が一行多い。もしかして、本書の定本は角川文庫版の短編集なのでしょうか。本編で省略されてる文章は「明くれば三月三日、桜田門外に巨大なる首が雪に飛ぶ」だが、これが加わることによってかなりわかりやすくなる。
「忍法聖千姫」
 本編は『くノ一忍法帖』『柳生忍法帖』(共に講談社文庫)で大活躍の千姫の登場作。千姫護衛の為の柳生のよりすぐりの剣士を一瞬にして殺した三人は新しく千姫の護衛についているのであるが、それは柳生はもとより将軍家も面白くない。伊賀組に居候していた柳生童馬は三人と戦うことになる。というか、千姫の排泄物や爪を食べて力がみなぎるって天下分け目……(笑)。作者の糞尿趣味もここまで来ると感心するしかない。
「忍法ガラシヤの棺」
 信長を本能寺で倒した逆賊明智光秀の娘、細川ガラシヤ。彼女の死を描いたのが本編であるが、出てくる忍者の名前が鴫留しぎる杯堂はいどうとうことからも本編がスティーブンソンの『ジキルとハイド』と忍法帖のハイブリッドであることは一目瞭然。清らかな細川ガラシヤ故に、彼女に宿った裏面は恐ろしい。
「忍法幻羅吊り」
 本編は「忍法甲州路」同様仇討ち譚。どうやって仇を討つかと言うより寧ろ仇の描写に筆は注がれる。仇を討つは女郎屋の遊女だが、彼女は客を取らない特別な遊女として君臨している。彼女の素性と恨みが何故起きるのか、と言うプロセスで本編の緊張感は保たれる。素性に関しては明かされれば「なーんだ」と言うものであるが、多分大多数は気づかないだろうね。
「忍法瞳録」
 眼球に情報を映し出す忍法を巡る諜報戦が本編。大半が書簡という形式もさることながら、秘密を奪い取ろうとする伊賀者と敵の戦い、術の正体となかなか盛りだくさんな作品だ。最後の書簡はなんか哀れを通り越しておかしさも感じる。
「忍法死のうは一定」
 戦国時代のメフィストフェレス、果心居士が本能寺の変で死の間際にある織田信長に幻法女陰往生をかけるのが本編。その幻術は子宮の中で過去を振り返らせ、更に未来を見せるという代物。それ故に、後の豊臣秀吉の世、彼の行い故に信長は激高する。幻法女陰往生はどことなく忍法魔界転生を彷彿させる。念頭にあったのであろうか。


イラハイ 佐藤哲也 新潮社文庫 絶版

 本書は恩田陸や佐藤亜紀らを生み出した日本ファンタジーノベル大賞第5回目の受賞作。本書が応募されたときには小野不由美の『東亰異聞』(新潮文庫)や恩田陸の『球形の季節』(同)などが最終選考に残っていた。でもね、激戦を勝ち抜いて受賞した本書が絶版って……。新潮社は自社財産を大切にしなさすぎ。まあ、一次文庫化を自社でするだけでもマシか。

 イラハイという国の歴史と若者の冒険、国政などをつづったのが本書である。饒舌体とも言える、そして改行が少ない説明調は舞城王太郎を思わせる。尤も、こっちの方がスマートでソフトだが。この文体に慣れることが出来るか否かで本書の評価は決まるかも。私は結局最後まで慣れなかったんだけれども。舞城王太郎作品は全然大丈夫なのにね。本書と舞城王太郎作品との文体比較と言うのも面白いかもしれない。
 文体に慣れることは結局出来なかったが、本書の魅力を割と味わうことは出来た。本書の魅力は練られた文明の歴史、アホなまでの王や民の暴走に集約されるかも。くすくすしっぱなしで電車で読むには不向きかも。主人公となるはずの人間は出てくるんだけれども、一向に物語の歯車は動き出さず、中盤に至るまでもしかして本書のオチは物語は結局動きませんでした、なんともんじゃないだろうねと本気で心配するくらい引っ張られたというか引っかき回されたというか(笑)。このとぼけたところも魅力の一つと言っていいであろう。

 で、解説。福田和也によるものだが、あんた、人様の小説に点数つけていちゃもんつけてる場合ちゃうやろ、とつっこみたくなるもの。いや、本書の内容をぱろった解説で、解説と言うよりパスティーシュの出来損ない。正直、鵞鳥転配を書く、もとい画竜点睛を欠くとはこの事。
 本書は残念ながら絶版だが、比較的最近刊行されている事に加えて新潮社というメジャーな出版社から出ている故に図書館でなら入手は容易なはず。文庫版ではなく、単行本版を借りることをオススメしておきます。


触神仏 蓮丈那智フィールドファイルU 北森鴻 新潮社 1400円+消費税

 決して表に出ることのない、秘密ファイルの数々。それは、蓮丈那智がフィールドワークの最中に巻き込まれた事件を記したファイルだ。だが、そこは民俗学の解釈の宝庫でもあった――「小説新潮」(新潮社)に不定期掲載された蓮丈那智フィールドファイルシリーズ第二弾。以下、各編の感想。ベストは表題作かな。

「秘供養」は蓮丈那智の大怪我から幕を開ける(笑)。試験の代わりに課したレポートへの質問を受けていた三國は、一転して殺人事件の容疑者にされるわ研究室は荒らされるわでもう大変。犯人に向ける蓮丈那智のぼそっとした、でも容赦のない「B+」の一言は思わずひでぇと思った(笑)。犯人研究者なのにね。
大黒闇だいこくやみでは新興宗教の闇と蓮丈那智が対決する。そもそも兄を救いたいという一心でいた妹がミイラ取りがミイラになったの言葉通り宗教にはまってしまうのは恐ろしい。
死満瓊しのみつるたまでは蓮丈那智が殺人事件の容疑者にさせられる。三國に送ったメールによって或る資料を削除することになるのだが、そこで飛んでもない事が判明したりして。フィールドファイルという形式故に書ける一編と言えるかも。
触神仏しょくしんぶつは即身仏の謎に蓮丈那智が挑む。山奥の郷土史家が管理する即身仏と三國のトラウマ、と言う組み合わせと失踪した郷土史家の行方、動機は設定ならではのものであろう。
御陰講おかげこうではトラブルメーカー登場(?)。講師選を控え、三國は論文執筆に余念がなかったが、蓮丈那智と三國の2人っきりの研究室にやってきた女性はトラブルも運んでくる。この女性、以降レギュラーキャラクターとして出てくるのかな?


蠅男 海野十三 講談社文庫大衆文学館 絶版

 戦前から戦時中に活躍した日本SFの父、海野十三の探偵小説長編。本書は『深夜の市長』(講談社文庫大衆文学館)と共に海野十三の代表作として並べられることが少なくない……はず。「講談雑誌」に昭和12年1月号から10月まで連載されたもの。

 場所は関西大阪。大阪在住の富豪に蠅男と名乗る怪人より殺人予告が届き、蠅男は見事なまでに予告を遂げる。一方、謎の鍵を握るドクトルの家では当のドクトルは留守であったが、その留守宅で変死体が発見される。また、蠅男の奸計により、捜査の指揮を執る検事が殺人事件の被疑者として逮捕されるという事態も。果たして大阪にいた名探偵帆村荘六は蠅男の正体を看破し、事件を解決することが出来るのか。
 本書『蠅男』には原型短編が存在するが、その短編に於ける発想を以て通俗探偵小説に仕立て上げたのが本書。既に原型となる作品を読んでいたので蠅男の正体に関するショッキングさはなかったものの、どの様に短編を長編化したのかと言うのが伺えてその辺は面白かった。

 グラン・ギニョールなショッカー、と言うのが平成14年の現在からみた率直な感想。こういう怪人対名探偵の構図を持つ作品を読むとどうしてもどっかで乱歩の通俗長編と比べてみたくなるが、やはり乱歩の方が数段面白い。逆に、乱歩がこの発想で通俗長編を書いたらどうなるんだろう、という夢想に走ってしまう。だが、この発想は海野十三でしかし得ない、とてつもない奇想であることは間違いなく、本書はSF風探偵小説とでも言うべき作品であろう。決してSFミステリではない。SF風探偵小説である。なんだかんだいっても探偵小説、と言いたくなる、或る種のいかがわしい雰囲気をたたえた作品は心地よい。
 今は入手が結構難しい講談社大衆文学館バージョンの『蠅男』であるが、解題で結構ネタを割っているので講談社文庫大衆文学館のバージョンで読む人は要注意。原型短編のネタを割った上に原型短編のタイトル書くなよ(笑)。この解題では他にも「振動魔」のネタ割りアリ。

 本書は、探偵小説好きならなんとしてでも読んで損はない一品であろう。ま、そう言う人は既に読んでるでしょうが。もし海野十三未体験の人がいたらとりあえず、ちくま文庫の《怪奇探偵小説傑作選》の『三人の双生児』からどうぞ。本書の原型短編のアイデアには度肝を抜かれること請け合いです。


剣鬼喇嘛仏 山田風太郎 講談社ノベルス 絶版

 講談社ノベルススペシャル《山田風太郎傑作忍法帖》の第一期の掉尾を飾るのがこの自選短編集。第一期のラインナップが山田風太郎がA級に位置づけた作品と言うことを鑑みると、本書に収録された短編は山田風太郎がA級だと思った短編である、と考えてもあながち間違いではないのかもしれない。
「剣鬼喇嘛仏」は徳間文庫版の『剣鬼喇嘛仏』収録、「忍法天草灘」「忍法小塚ッ原」『忍法関ヶ原』(講談社文庫)収録故に感想は省略。以下、他4編の感想。

「忍法破倭兵状」
 豊臣秀吉の朝鮮の役で活躍した朝鮮側の将軍、李舜臣。彼の弟は巫女を妻とし、兄を甦らせる。朝鮮水軍が誇る亀甲船に乗り込んだ日本の忍者は朝鮮忍者と対決するが、紆余曲折を経て豊臣秀吉を討つ為に一肌脱ぐことになる。豊臣秀吉の死の間際の乱心などの史実を踏まえ、史実の間に奇想を差し込むのは山田風太郎の得意とするところ。乱心が忍法によって起こされたというのもさながら、史実と忍法の組み合わせ方はすばらしいの一言に尽きる。
「姦の忍法帖」
 矛盾という語彙があるが、最強の鎧と最強の槍勝負したらどちらが勝つか、と言う話から各藩秘蔵の武具合戦になる。その武具を使うは甲賀のくノ一と伊賀者それぞれ5名。軍配はどちらに? 一見『甲賀忍法帖』(講談社文庫)を短編に仕立て直したように見えるが、ドミノ倒しに明らかになる真の意図は『甲賀忍法帖』とは別物。別の意味では『甲賀忍法帖』の焼き直しとも言えなくもないが。本編では由比正雪が出てくるが、ここで得た知遇が後の『外道忍法帖』(講談社ノベルス・絶版)に繋がるのか。
「〆の忍法帖」
 本編では「馬吸無ばきゅうむ」なんつうふざけた忍法が(笑)。この忍法のネーミングのおふざけ度は結構笑えた。忍法の内容とは漢字の当て字には意味ないし。人工授精と言うものがあるが、本編ではそれを忍法によって行うのだ。お家お取りつぶし寸前の危機を救うべく奔走する「馬吸無」の使い手だが、江戸迄の道のりで艱難辛苦が。何故本編が「〆の忍法帖」なのか、それが解る瞬間は苦笑せざるを得ない。
「天明の隠密」
 冒頭に国木田独歩の「忘れえぬ人々」を拝借した一編。故郷の宿で出会った女衒とその連れである遊女見習い前の女性と或る男のの出会い。男は女性の借金の肩を持ってやり、家に引き取るがその女性の素性が驚くべきものであった。ミステリと見まがう構成で山田風太郎のミステリ作家としての素質が十二分に発揮された一編と言えよう。ま、さすがに二段目、三段目のトリとなるどんでん返しはさすがによめるが、最初の一回目は驚く。


ホック氏・香港島島の挑戦 加納一朗 双葉ノベルス 絶版

 推理作家協会賞を受賞した『ホック氏の異境の冒険』(双葉文庫)、続編『ホック氏・紫禁城の対決』(双葉ノベルス・絶版)に続くホック氏連作第三弾。『ホック氏の異境の冒険』では日本を舞台にサミュエル・ホック氏が活躍し、『ホック氏・紫禁城の対決』では中国を舞台にホック氏大活躍。本書は『ホック氏・紫禁城の対決』と地続きの、或る意味上下巻の関係にあるようだ(『ホック氏・紫禁城の対決』はこれはこれで完結していたけれども)。

 宿敵モリアーティの弟との対決に終止符を打つことが出来なかったホック氏だが、モリアーティは次なる手を打ってきた。ホイットニー大尉の恋人マーガレットをさらったのだ。後手を踏まされ、歯がみするホック氏だったが行動は素早かった。ホック氏とホイットニー大尉に加え、中国の警察官張警補とのトリオで追撃を開始する。一路上海より香港へ。果たしてモリアーティを討つことが出きるのか。マーガレットの安否は。モリアーティの背後にうごめく組織の刺客が彼らを襲う。
 本書は追撃行という趣で、それだけでも読ませてくれるのに中国史の大物孫文とかも出てきてにぎやかだ。史実との絡め具合も面白いが、特筆すべきは英国の占領下にある清国の活写であろう。どのくらい資料をひっくり返したのかは定かではないが、占領下の清国の様子が生き生きと描かれている。それ故に、追撃行が生きるのであろう。

 本書はホームズパスティーシュであるが、ホームズ(=ホック氏)の推理と言うよりもアクションに重きを置いている。張警補が使う武術や、ホック氏のバリツはもとより、敵が使う催眠術や奇怪な拳法も彩りを添え、アクション小説としても面白い。寧ろ、それが主であると言っても過言ではない。細々とホック氏が推理力を発揮するところはあるものの、どことなくパッとしない面も。
 異色ホームズパスティーシュとして異彩を放つホック氏連作だが、一応本書で完結のようだ。『ホック氏の異境の冒険』以外の2冊は入手が容易ではないようだが、ホームズファンでなければ無理してまで探す必要はないと思う。図書館を漁ってなかったらあきらめましょう。《昭和ミステリ秘宝》叢書から出れば読んでも良いかもしれません。


Mystery Library別館入り口
玄関