《昭和ミステリ秘宝》の第2期官能篇の一冊は、《亜愛一郎》シリーズや『乱れからくり』(創元推理文庫)などで有名な泡坂妻夫の中期代表作。余談だが、この『斜光』は新刊書店でビンク背の文庫版を見たことがあるだけに「秘宝」扱いは異様なまでに意外だった。初出は「野生時代」に一挙掲載。角川ノベルス→角川文庫のラインをたどり絶版。今回《昭和ミステリ秘宝》の一冊として復活を果たす。路線的には『湖底のまつり』(創元推理文庫)のようなエロティシズムと謎解きが渾然一体となったもの。本編はストリップ劇場で幕を開ける。そこにいるのは或る事件を追う刑事と、5年前に妻に失踪された男。そして、そこで脱いでいるのは2人が探し求めていた女性だった。物語はストリップ劇場より5年前に飛び、再婚したものの妻の不貞に悩む男と殺人事件を追う刑事のパートが交互に語られる。
妻は本当に夫を裏切っているのか、殺人事件はどの様に関わってくるのか、と言う興味で読ませてくれる。2つが交わるその瞬間が本編に於ける最大のポイントであろう。巧く伏線が仕込んであり、終幕で納得……となるわけであるが、途中強烈な謎があるわけでもない。いや、謎こそはあるが、それも現れると共にたちどころに謎ではなくなってくる。謎とは妻の不倫相手が妻が過去に生んだ息子である、という事実から派生したもの。そして、初夜では破瓜の出血があった故に処女受胎はあり得るかと言うものであり、裏表紙の紹介で割られていて腹立たしい。未読の方は裏表紙は見ないようにしてくださいな。綱渡りのアクロバットと言うにはミステリ味は薄いが、エロスの物語としての高みと言う意味では泡坂妻夫の巧さが光る。本編は《昭和ミステリ秘宝》の一冊として刊行はされているが、ミステリと言うよりは普通小説を読む心構えで読んだ方がいいのでは無かろうかと思う。だからといってミステリのところが駄目駄目と言うわけではないんだけれどもさ。
とりあえず、併収の作品も近いうちに読みます
ポケミス45周年記念復刊希望投票第2位……だったんだけれども、もう品切れ絶版状態らしい(笑)。そう言えば、カーの『恐怖は同じ』結局買い損ねたんだよなあ(遠い目)。本書はクリスピンのデビュー作にして名探偵フェン教授初登場作品でもある。演劇人の間で起きる殺人事件(しかも密室殺人)にフェン教授が挑む、と言うのが本書の要であるが、同じ演劇人ものならばマクロイの『家蠅とカナリア』(創元推理文庫)の方が断然面白いし、クリスピンはファルス系と聞いていたがファルスもあんまり面白くなかった。本書はクリスピンファンが読めばいいだけの話なのかもしれない。尤も、訳文が異様に読みにくいので、その辺が邪魔をして本書の評価を妨げているのかもしれないが、読み返す気はしません。
と言っても、これでクリスピンを見限るのはなんか勿体ない気もするので近年邦訳されて評判がよい国書の全集から出てる奴や国書より『愛は血を流して横たわる』、なんか読んでから私のクリスピンの評価を定める、と言うことで。少なくともフェン教授の造形は嫌いじゃないので、本書が思ったより楽しめなかったのは訳文のせいと思うんだけれども。どうなんだろう。密室の解明は目新しいものではないが、犯人の動機が本書の最大のポイントであろうと思う。その動機故に本書はクリスピンのデビュー作なり得たのか。少なくとも密室よりは動機の方が面白かった。
アンケート2位だったけれども、期待はずれ。クリスピンファンでどうしても読みたい、と言う人だけ読んでればいい話です。
『戻り川心中』(ハルキ文庫)等の濃密なミステリ短編の代表作があり、2002年には『人間動物園』(双葉社)と『白光』(毎日新聞社)でミステリ方面へ本格的にカムバックした連城三紀彦短編集。――と単純に言い切るのは早い。なんと、本書収録作は解説以外ではそうは謳ってないものの、超ハイレベルな手法で組み上げられたミステリ短編集なのだ。本書は1997年初刊刊行であるが、意外にもどのミステリランキングでも拾ってないし、唯一ガイド関係で拾ってるのは『本格ミステリ・クロニクル300』(探偵小説研究会編著/原書房)くらいであろう。軽い気持ちで読み始めたらあまりにものハイレベルさにかなり驚いてしまった。本書を読んだ人が例外なく絶賛するのもむべなるかな。
集中のベストを挙げるなら、超絶技巧としか言いようがない「喜劇女優」、そして本気で部屋の中を走り回りたくなるほどの真相が待ち受けている「夜の二乗」が挙がるであろう。前者は連城三紀彦が書いたものでなかったら決してミステリになり得なかったに違いない。もしかすると、連城三紀彦ってミステリの手法を他ジャンルに於いて効果的に用いた作家として山田風太郎と比較して見ると面白い作家かもしれない。
以下、各編の感想。しかし、本書みたいに読んでいてあまりにもの超絶技巧に読みながら身悶えしたくなるのは久しぶりやなあ……。「夜光の唇」は美容整形外科医の夫とその妻の恋愛コン・ゲーム。ミステリアスな展開でどんでん返しはあるものの本編は本書の中では相対的に出来が悪い。尤も、私が真価に気づいてないだけかもしれないけれども。
「喜劇女優」は7人の男女の恋愛模様として幕を開ける。そして、1人、又1人舞台から登場人物は姿を消す。殺人、或いは失踪という犯罪を巡るキーワードは一切用いられていない。まさしく超絶技巧とはこの事である。根底には恐らくは1人4役を謳ったシャンブリゾの『シンデレラの罠』があるんだろう。確か、連城三紀彦はフランスミステリが好きだというのを聞いたことがある。意識したのか。本編は、読んだ人が口をそろえて褒めちぎるのもむべなるかな。超絶技巧ここ極まれり。
「夜の肌」は癌で死の淵にいる妻が夫にする告白の話だ。淡々と己の罪を告白する妻にとまどう夫であるが、その根底には夫婦愛と言うのが流れているのか。一風変わった倒叙もの……とは言えないか。
「他人たち」はクライムノベル一歩手前。一応クライムノベルとは書いたものの、そこには刑事事件的な犯罪はナッシングなんだけれども。設定は一風変わった家族生活を送っている少女の一人称で、それを如何にして崩壊させるかと言うのに焦点が行く。敢えて言うならば民事上は罪になるんだろうけれどもね。つうか、こういう発想は恋愛小説や中間小説ではなく明らかにミステリのそれだよなあ。
「夜の右側」は妻の不倫相手の妻が犯罪を持ちかける話だ。静謐な筆致で物語は進んでいくものの、静謐なのは筆致だけで嫉妬の炎でぐらぐらとお湯が沸騰しそうな勢い(しかし、どんな譬えだ)。本編は映画化されたようであるが、結構気になるものである。
「砂遊び」は結婚しているAV男優の浮気風景……では終わらない。中盤に一風変わったどんでん返しが仕掛けられているが、このシーンを読んでハルキ文庫版『戻り川心中』の巽昌章の解説の一節を思い出した。もしかして、本編からの連想なのであろうか。
「夜の二乗」は妻の殺害時間のアリバイを愛人殺害によるアリバイを以てして主張する奇妙な男の話だ。本編の真相はあまりにも凄くて身もだえするのを通り越して走り回りたくなるくらいだ。解説に於いて「夕萩心中」や『敗北への凱旋』(ハルキ文庫)が引き合いに出されているが、その辺の作品もであるが山田風太郎の『太陽黒点』(『山田風太郎ミステリー傑作選5 戦艦陸奥<戦争篇>』(光文社文庫)収録)も思い出した。向いてるベクトルや方向性、構図は全然別物なんだけれども。
「美女」は異様に勘がいい妻が夫の浮気を関知したところから物語が動き出す。終幕の芝居合戦の興味はどんでん返しの連続に匹敵するかも。巧く伏線も張られているので一瞬藪の中、な感慨に捉えられる。
山田風太郎作品群には『甲賀忍法帖』(講談社文庫)みたいに再刊率が高いのやミステリ作品みたいに再刊率が低いのが多々あるが、本書はその中でも少ない部類に入る。1976年に単行本化されて以降、小学館文庫で2000年11月に再刊されるまで実に24年間の間再刊されていない。それは作者がEランクに位置づけていたからであり、出来自体は思ってるほど悪くはない(何故! と言う程良くもないけどな)。本書は「日刊ゲンダイ」に1975年11月から翌7月に連載されたもの。本書にはカッパと言われる男が故郷をオン出て江戸に流れて十手を持たされ、そして成長する成長物語の側面と、文政時代を活写して現代を照射する側面に二面性がある。後者は結構こじつけ気味だけれどもね。短さ故か、出てくるキャラクター全てに目が行き届いてないのが残念なんだけれども。
山田風太郎作品で捕物帳興味があるのは『おんな牢秘抄』(角川文庫・絶版)があるが、これと比べるとミステリ度と言う意味では話にならない。もしかすると、最初はミステリ興味をふんだんに取り込もうと思ってたのではないのか。それに失敗したのか、その気をなくしたかはわからないが、ミステリ度の低さがEランクの位置づけに繋がったのかも。この辺、かなり的を外した妄想の気もするが。捕物帳のパロディを試みた事は火を見るより明らかで、野村胡堂の銭形平次や岡本綺堂の半七の子孫も出てきたりして。現代同様腐敗しまくった江戸時代を舞台に、カッパは清廉潔白、これ以上もないほど潔白に渡世を行く。潔白で融通が利かない故の犠牲者も出させてカッパにダメージを負わせることも忘れておらず(?)、なんか政治の裏そのものではないんかと言うほどだ。
物語は、前半部分はカッパの岡っ引き見習い記、後半は枕絵に関わる人間模様を中心とした謀略ものという色彩を帯びる。前半のパロディ趣味満載の所も面白いが、後半の駒の配置や展開の仕方はミステリ度こそ低いものの、それなりにありミステリファンもそれなりに満足……できるかな。難易度は低いので仕掛け自体は結構読める気もするが。本書は作者によるとEランクに位置づけられるが、せいぜいCランクでしょう。本書は作者評価が当てにならないと言う好例である。
本書は、様々な短編集にぽつりぽつりと収録されていた宇宙遺跡調査官ものの集成。単行本初収録作も含む、現時点でのシリーズ全作品。本書の刊行は1996年だが、どっか文庫で面倒見てくれないものなのか。なお、本書は「宇宙SF傑作選」の2冊目の配本のようであるが、1冊目は何だったんだろう。それに、「宇宙SF傑作選」って結局何冊刊行されたのか。と思って調べたらとりあえず1冊が小松左京の『BS6005に何が起こったか』で、本書刊行時点では続刊予定もあったらしいが……。シリーズの行方は叢書自体が消えてしまった故に、私には謎の彼方だ。
本書は宇宙遺跡調査官とトリニティと呼ばれる結晶生命体との交流を中心に、宇宙にある滅びた星の様々な形の遺跡を描いていく。出会いで始まり、別れで終わる本書の構成はもう続編がないような感じであるが……。以下、各編の感想。ベストは異様な光景が強烈な「密の底」。「太陽風交点」では死んだ恋人との「再会」を宇宙遺跡調査官が果たす。再会はSFだなあ……としみじみ思ってしまうが、その後展開されるイメージはしみじみとしたものの吹き飛ばす。本編ではトリニティと宇宙遺跡調査官の出会いも描いているが、これがシリーズ第1作ではないのは驚きを通り越してあきれるよ。
「塩の指」では悪夢で見た光景が眼前に広がっていく。落下するとか暗闇とかと言うのが宇宙空間ではなかったり当たり前だったりして結晶生命体であるトリニティには理解できない、と言うような描写があるがこの辺にSF魂を感じるというか、腑に落ちてしまうのは如何なものか。
「救助隊U」はタイトルからしてなんか、つっこめるというか。Tはあるのか? と疑問に思った人が少なからずいるのでは。救助を要する宇宙船を発見し、救助に向かうわけであるが、救助に向かった宇宙遺跡調査官の行動が(要請されているとはいえ)結果的に救助になってるのか否かというきっついものが残る。
「沈黙の波動」は異星人からのメッセージが途絶えた所より物語が始まる。異星人の正体の大きさというか壮大さは宇宙SFならではのものか。
「密の底」は結末に待ち受けている異様な風景が全て。友成純一ならば、ねちっこく書いてこのネタだけで長編にしてしまうんだろうなあ。久々の雨にうたれる為にヘルメットとを脱ぐ光景はすごく絵になる。
「流砂都市」無人調査船を発見し、或る惑星に辿り着く。砂漠のような光景をイメージしていたら、時間SFに片足をつっこんでいたのだ驚いた。
「ペルセウスの指」では文明が成立しそうもない星に2人は降り立つ。その星に過去にあった文明は、地球のなれの果てではないのかしらん、と思うくらい現在の情報化社会のこれから起こるかもしれない行く末を描いている。というか、本編に限らず本書収録作の全てが2002年より20年前後前の作品だから驚く。全てに渡って全く古びていない。
「遺跡の声」はシリーズ最終作とも言える作品。だからといって最後に発表されたものではなく、一番最初に発表されたものだ。シリーズ第1作が即最終話と言うのは《情報サイボーグ》シリーズもそうだったけれども、この作家、実は結構変? 両者の別れには不思議と哀愁はなく、寧ろリリシズムを感じてしまう。
ジャック・フィニイというと侵略テーマのSFである『盗まれた街』(ハヤカワ文庫SF)が有名でSF専業の人に見えるが、ハヤカワ・ミステリ文庫から(私の知る限り)本書を含め3冊本が訳されている。実は広い範囲で小説を書いた人なんだな、と思うけれども本書がフィニイ初体験だったりします。
脱獄ものというと思考機械ものの短編「十三号独房の謎」(確か創元推理文庫から出ている乱歩が選ぶ世界推理傑作選のいずれかに入ってたような)が有名かつオンリーなイメージがあったが《本格ミステリ・コレクション》の一冊『脱獄囚』(楠田匡介)(河出文庫)で楠田匡介の《脱獄》シリーズが再刊されたことにより状況は羽毛一枚くらいは変化したのかな。本書はトリッキーな脱獄パズラーではなく、寧ろ脱獄にまつわる人間模様という色彩が強いように思える。脱獄するのは詐欺罪で捕まり、服役するアニー。彼は服役中に看守に重傷を負わせ、収監中に極度の問題行動を起こした場合は死刑であるという条文に則り死刑が目の前。脱獄の手引きをするのはアニーの弟とアニーの恋人。一度脱獄に失敗して刑務所側の警戒は増し、難易度は格段にUPしている。脱獄を成功させることはできるのか。
ローテク時代の牧歌的な雰囲気を味わえる。脱獄ものにつきものの(?)トリッキーさはない。だが、その分計画がかなり無茶なのでいつ脱獄が発覚してしまうのか? 逃げおおせることができるのか? と言う興味で引っ張ってくれる。また、弟の兄にに対する感情などの変化も読みどころ。タイトルからしてトリッキーな脱獄ものを想像してしまうが、原題は「The House of Numbers」であり、原題からは脱獄なんて想像もつかない。作者は本書を脱獄サスペンスではなく、脱獄にまつわる人間模様を描いたものにしたかったんだろうな、と想像する。それは本作では一応成功を見ていると思う。再刊されないのは単にフィニイのこの辺のミステリ系統が売れないからなのか、それとも版権の問題があるからなのか。
ミステリファンには一読の価値あり。とはいえ、多大な期待は禁物ですが。
第47回江戸川乱歩賞を受賞したデッド・リミットサスペンス。タイトルになっている「13階段」とは、日本に於いて死刑囚が登る階段のこと。13段あるらしい。本書は2003年に映画公開が決定しているようだ。ふとした弾みで人を殺してしまった三上純一は罪を償い、出所したものの周囲の視線は冷たい。しかも、賠償に伴う保証で莫大なお金がかかってしまう。そんな彼に刑務所で刑務官として面倒を見ていた南郷は、死刑囚の無実を果たす為の調査を持ちかける。報酬は経費別で月100万円、成功報酬は1千万円。期日は死刑執行差し止めができる日迄。その時間は3ヶ月。果たして、事件をひっくり返して無罪を勝ち取るための証拠を発見することができるのか。刻一刻と時間は過ぎていく。
期限付きの命と言う意味ではアイリッシュの『幻の女』(ハヤカワ・ミステリ文庫)を思い出す。本書はそれだけではなく、死刑を巡る刑務官側の事情を盛り込んだりしていてかなり興味深いところが多々ある。警察が山狩りまでして捜し回って見つけられなかったものがド素人2人がかりで探してどうして発見できるんか? と言うつっこみはあるけれども、証拠の在処や、被害者を巡る周囲の人間模様故に(被害者は秘密保持を絶対とする保護司)、疑問は払拭される。だが、偽の指紋を用いて純一を嵌めようとする犯人がいるのだが、いくらハイテクを駆使して精巧に作ったものでも、偽物とわかるんじゃないのかなあ。指紋のその性質を考えると(皮脂などが付着するのが指紋なのだ)、それが偽物であることは科学捜査で判明しそうなものだが。尤も死刑の、期限が迫ってることや死刑請求を棄却することにまつわる面子などでそこまで頭が回らない、頭を回さないと言うことがありそうなんだが。本書はこのような細かい瑕疵というかつっこみどころこそはあるが、ページをめくる手を止めさせない勢いがあり、些細なことと切り捨てることも可(個人的には気になってしょうがないが)。
とはいえ、本書はかなり楽しめる1冊であることは間違いなく、満場一致で受賞決定したこともうなずける作品であることは間違いない。ミステリでは犯人逮捕で終わることがほとんどだが、本書は犯人逮捕や服役後の贖罪を描いた作品として得意な地位を主張できると思う(そう思ってると背負い投げを食らうのは確実なんだが)。
異世界ファンタジーと本格ミステリの饗宴を目指すシリーズ第3弾。今回は事前短編が「メフィスト」(講談社)にならなかったけれども、落としたのかそもそも書く気なかったのか。本書では第1作『殺竜事件』(講談社ノベルス)で活躍した風の騎士EDらが再登場する。ここで言う海賊島とは、超大型海賊船が7隻あつまり、一種のレジャーランド化した場所である。今回は、そこで一国の大物が密室状態の中で死体となって発見され、海賊島のその出自――裏社会が表に出てきて合法化した場所である――や各国の思惑や面子が重なり合い、海賊島はてんやわんやの大騒ぎ。この事態を収拾する為に召喚されたのが風の騎士EDら3人。果たしてこの3人は事態を収拾し、事件の真相を暴き出すことができるのか。
本書では密室の謎こそ出ては来るものの、それは前面には押し出されずに寧ろ各国家間の思惑が行き来してしのぎを削りあう謀略ものの様相を示している。そのほかにも海賊島を仕切る大物の出生や育った経緯などあり、密室があることは解決編の手前まで忘れてしまう(笑)。多分、作者は不可能犯罪を描くより犯罪の周囲を描くことが楽しいんだろうねえ。本書では『殺竜事件』と『紫骸城事件』(講談社ノベルス)にも言及され、いよいよシリーズが大きな流れになってくるのか! と思わせる場面もあってシリーズ的にも興味深い。海賊島の主であるムガンドゥ三世もレギュラーキャラクターとしてシリーズに関わり合ってくるような。本書から読み始めても楽しめることは確かだが、前2作を読んでおいた方がもっと楽しめると思う。
最大の密室の謎は、魔法が使えるこの世界故のトリックで形成され、ここはファンタジーミステリ(私的にはSFミステリ)としての面目躍如と言うところ。伏線の張り方もさりげなく、かつ大胆でミステリセンスという意味では既刊3冊の内では本書が一番かもしれない。尤も、本書はそう言うミステリ的なところよりも如何にして各国の思惑を満足させ、緊迫かつ拮抗した状況を抜け出すかの解の方が面白かったんだけれども。このシリーズ、2002年12月現在の所、年一冊ペースだけれども、半年に一冊出して欲しいかも。シリーズが続いていくと下手すれば《ブギーポップ》シリーズ以上の人気が出ると思うのは贔屓のしすぎであろうか。
角川文の庫忍法帖短編集、今回は復讐がテーマ。
収録作の内「忍者 向坂甚内」「忍者 車兵五郎」の2編は『かげろう忍法帖』(講談社文庫)、「忍者梟無左右衛門」は『野ざらし忍法帖』(講談社文庫)に収録故に感想は割愛。以下、各編の感想。「怪談 厠鬼」
将軍の妾登用試験で失態を犯した香鳥は困ってしまう。軟禁された彼女は自害するか否か迷うが、自害するにも道具がない。その時思い出したのはふった婚約者。だが、十重二十重にも張り巡らされた包囲網をかいくぐって来ることは不可能に近い。そのはずだったが……。包囲網を突破して自害させることに成功した婚約者が、失態を犯すに至った原因である伊賀者たちに復讐を果たす様は凄惨。だが、本編の真の読みどころは何故「厠鬼」なのか、と言うこと。それが分かる終幕の光景は、ぞっとするものもないではないが、寧ろ笑いが出てきてしまう。つうか、これがギャグだろ。っつうくらいシュール。
「大いなる伊賀者」
不屈の男、禁欲の権化と言うべき平山子龍を襲った人間の正体、これらが指し示す陰謀の行方。本編では忍者は出ては来るものの、最初は主として噛んでは来ない。忍者で面白いのは、陰間茶屋にいる1人の男娼が伊賀者の流れを汲む半陰陽なんだけれども、この男を道場に紛れ込ませたときの師弟のやりとりは爆笑もの。本編は歴史的には有名であろう陰謀つうか騒動に繋がっていくんだけれども、その事件そのものを知らないので何とも驚けないなあ……。
「淫の忍法帖」
藩の存続のために藩主の妻妾に子種を宿さんとして人選をし、いざ事に及ぶ前にヒト遊びさせようとして選んだ女性は隠密の婚約者だった。だが、隠密はそれを隠して差しだしたものの……。選ばれた5人の交合を失敗に陥らせる為の手腕というか、忍法は笑えない、いや、笑えるかも……どっちだ。結末は「なんでやねん!」と主人公に成り代わりつっこんであげたいほど不条理に満ちているよ。
「忍法とりかえばや」
忍術や体術、頭脳のテストの結果丈馬は或る忍術を受け継ぐことになる。それは、体の各部分を取り替えることができるという奇怪なものであった。それは、死体からでも可能というもの。或る探索行へ志願した丈馬は、同行した死んだ仲間の体と取り替えつつ任務を遂行するものの……。移植テーマという意味ではボワロ&ナルスジャックの人気作、『私のすべては一人の男』(ハヤカワノヴェルス・絶版)より早い作品。尤も、アプローチの仕方は違うものの、移植に対するシニカルな視点と言う意味では共通していよう。皮肉な結末は笑うしかない。
「小説すばる」(集英社)に連載されたものの単行本化。本書はジャンル分けすれば歴史改変+時間遡行もののSFであり、いわば私が好きなSFジャンルの2つを満たしていると言える。ぢつを言うと、好きなんですよ。こーゆー時間もの。だから魔夜峰央の『パタリロ!』(白泉社)では主人公のパタリロがタイムワープ能力を使って過去に行く系の話が大好きでして……。本書に話を戻すと、本書は近代日本史史上でも色々と話が作りやすい(或いは作りにくい。どっちだ)クーデター、2・26事件をモチーフにしている。2・26事件が起きる過去のパートとこの事件を改変して未来をよくしようとする未来のパートの2つのパートで物語は進んでいく。未来の方で何故過去を改変しようとしているか、と言うのはなかなかSFチックで、2回あった世界大戦を回避しようとして未来は更に悲惨な状況に陥り、最終的な改変箇所として2・26事件が選ばれたというわけでありまして。HIDSという奇妙な病気(一気に老衰が進み、死に至る。怖い)もあったりして、なんか、SF読んでるな〜なんて気になる。
歴史を未来から改変しようとすると歴史は必ず改変された事実を元に戻そうとする、というタイムパラドックス系(=時間遡行系統)の原則(?)があるが、本書ではその原則を巧くずらすことで奥行きを深くしている。原則こそはあるが、改変がOKならば何にも問題はないが、OKではない場合、改変の中心にある装置である「シンデレラの靴」は警告を発するのだ。警告が発せられるか否か。また、計画自体を邪魔しようとしているハッカーなんかも出てきたりしてハッカーは誰やねん、と言う興味も出てくる。度重なるエラー(なと、未来の世界の、しかもHIDSに感染した猫が過去に紛れ込みHIDSが2・26事件で沸く将校兵隊達に発症と言う事態が)により、最終的に取ろうとしていた手段はこれしかない、と言うものながら非常に残酷だ。その残酷さは、この手段しか残っていない、と言うその事実に起因するであろう。残酷を通り越して、もし自分がそこにいたら……と考えると震えが来る。
2・26事件を巡るSF作品として宮部みゆきの『蒲生邸事件』(文春文庫)があるけれども、切り口は全然違う故に比べるのもアホらしい。というより、比べるのがどうかしてるが。思い出したから記しておく。本書では従来恩田陸作品で感じているなんかが足らなかった。いや、猫を巡るアリスと言う女性のエピソードや(でも、時間もので猫がでるってもしかしてハインラインの『夏への扉』(ハヤカワ文庫SF)意識してるのか?)、時折挿入される挿話(これが後に重要な伏線として生きてくる)等では「やっぱ、恩田陸だね」と思うのだが、どことなく殺伐としてるような。尤も、『
劫尽童女 』(光文社)でも似たようなこと思ったけれどもな。本書では2・26事件という非常に血なまぐさい事件が中心の1つに据えられてることや軍人が主要登場人物だ、と言うことに起因してるんだろうな、と勝手に想像してるけれども、どうなんだろう。
本書はハードなSFファンにはともかく、SFも読もう♪ と言う私みたいなへたれSFファンにはかなり楽しめる作品であることは間違いなく、多少の煩雑さはあるもののそれに慣れれば全然OK。少なくとも恩田陸ファンなら楽しめるはず(って、段々範囲狭くなってるぞ)。