『鳩笛草』 『散りしかたみに』
『殺人喜劇の13人』 『クロスファイア』
『ナイフが町に降ってくる』 『水妖』
『オクトパスキラー8号』

鳩笛草 宮部みゆき カッパノベルス 820円

 超能力者を素材に据えた宮部みゆきの中編集。超能力を素材にするというのでは西澤保彦氏がすぐさま思い浮かぶが本書は超能力をパズルにするのではなくその特異な能力にその能力者がいかに立ち向かっていくか? というのを主題に据えたものである。各編紹介しよう。

「朽ちてゆくまで」
 幼い頃に両親を事故で亡くし祖母と二人で暮らす麻生智子。その祖母を亡くし遺品を整理していくうちに段ボール箱に積められたたくさんのビデオテープを発見する。テープに写っていたのは幼い頃の自分自身であったが内容は奇妙なものであった。そしてそのテープから自分が持っていた能力に気が付く。その能力は事故と共に失われたものであった。
「燔祭」
 夕刊を開いたときその記事が目に入った。車の中で四人焼死。その焼死事件にはあの女性が関わってるに違いない。思い出の喫茶店で待つ多田一樹。彼には二年前ある事件で無惨にも殺された九歳年下の妹がいた。その仇をとってやると現れた彼女。彼女は能力者であった。ものを発火させることができるという。
「鳩笛草」
 城南署捜査課本田貴子にはある能力があった。人の思考を読みとるといういわばサイコメトリーの能力。その能力を生かし捜査活動に携わってきた。ある日、その能力に翳りが見えてきた。思考を読めなくなってきたのだ。そして急に倒れてしまう。そんな中管轄内で少女が誘拐される。消えゆく能力にどう対処するのか?

 と以上三編であるが正直なところを吐露するとこの本を読んだのは『クロスファイア』「燔祭」の続編であると言うことを聞いていたからである。しかし読み始めてすぐにこの本を積読にしていたことが悔やまれた。面白い。面白いのである。とくに「朽ちてゆくまで」は不覚にも目に涙を浮かべてしまった。表題作の所轄の刑事のリアルさは「よく調べてるねえ」を通り越してる気がする。この人警察小説を書いたらものすごい傑作を書き上げるんじゃないの? と思うほどだ。県警間での異動なんてないし(爆)

 作者が本書で主張したかったのは超能力者は特別な人じゃない。背が高い低いと言うのと大して変わらないことなんだという事であろう。「朽ちてゆくまで」で主人公は自分の能力に押しつぶされて自分自身を抹殺しようとするがそこに救いを置いている。救われてるのだ。「燔祭」の能力者多田一樹と出会ったことで何らかの救いが訪れているし「鳩笛草」の本田貴子も長い先にあるのは例え死だとしてもその死を愛する人に守られて死んでいくのであろうと言うことを暗示させている。

 超能力者の葛藤、恋愛、人間関係。そこに超能力さえなければ能力者はそこら辺にいる人間と全然変わらない。不幸だったのは能力という余計なものを背負いこんでしまったこと。

 西澤保彦氏の超能力パズラーを読んでる人には是非とも読んで欲しい一冊である。

散りしかたみに 近藤史恵 角川書店 1600円

 著者得意の歌舞伎の世界を題材にとった本格ミステリ。量的には少々薄いのであるが質的にはどうであろうか。とりあえず内容を紹介しよう。

 歌舞伎の舞台中に花びらが散る。散らせる必用がないのに。そう言う疑問を持った師匠の命令で今泉に調査を依頼したが、調査中見かけた女性を見たとたん自分はこの件から手を引くと言い出す始末。聞くとその女性とは全く面識がないとのこと。疑問を持ったまま調べてみるがとんとわからない。再度依頼する。根負けした今泉は再び調査を開始するが……。

 著者得意の歌舞伎の世界――梨園を舞台にした長編である。イメージ的にこの人の文章はちょっとばかし取っつきにくい、と言う印象があったのであるがこの作品の文章はうってかわって簡素で読みやすい。リズムも大きく合わないということもない。いうなれば心地よいリズムだ。

 この今泉探偵のシリーズを読むのは『ねむりねずみ』以来だがこの作品どうも内容が頭に残ってない。この作品の文章のリズムが当時の私(高校生時)には合わなかったのであろうか。『ガーデン』は図書館で一旦借りたが初めの方の製本が傷んでたため読む気をなくして返却(邪悪な読者だ(笑))

 本書でのトリックは歌舞伎の世界でしか特に動機は成立し得ず特有の香気を発している。メインのトリックは若干案フェア気味な気もするがそれは作品の世界構築が上手くカバーしている。

 世界設定故決して古びることはないであろう佳作である。

殺人喜劇の13人 芦辺拓 講談社文庫 743円

 第一回鮎川哲也賞受賞作。その時の候補にのぼったのは『吸血の家』(二階堂黎人/立風ノベルス)と『聯殺』(『仔羊たちの聖夜』(西澤保彦/カドカワエンタテイメント)の原型)もあったらしく激戦区だったことがうかがわがせられる。この本は高校生の時図書館で借りて読んだ記憶があるのであるが内容は記憶に残ってなく初読同様の気持ちで挑んだ。とりあえず内容を紹介しよう。

 ミニコミサークルのメンバーが集う泥濘荘。ある朝メンバーの一人が首を吊って死んでいるのが発見された。それを皮切りに枕による毒殺、映画鑑賞の中で行われた刺殺、列車の中での殺人等々様々な方法でメンバーが次々と殺される。そして水松みさとの誘拐……メンバーを襲った奇禍を克明に綴った十沼は八人目の犠牲者のなり屠られる。その残された手記をもとに森江春策が解明に挑む。

 この本を初めて読んだ当時は文章のリズムが全然合わなくて難儀した記憶があったが文庫版にリニューアルされたのを読み返してみるとそれほど読みにくいものではなくなっている。それは作者自身が後書きでも述べてるとおり文章に徹底的に手を加えたからであろう。それに加え、私の生活環境の変化もあるのかもしれない。作中出てくる京阪は最低月一回は乗ってるし(笑)有栖川氏の作品が大阪が出てくるから面白く読めたと言ってた友人の気持ちがよく解った(笑)あとマニアックな固有名詞に関する抵抗性が薄れてきたのも一因か。それだけ自分自身がマニアになったんだなあと変なところで感心したりするんだけれども(するなよ)

 この『殺人喜劇の13人』はある種の《館》ものであるということが後書きで書かれているわけであるがこの作品における《異空間》の構築は個人的な意見であるが失敗していると思う。作品に出てくる登場人物が年齢的に近いこと、泥濘荘の平凡さ(元病院という来歴があるにしても)等《異空間》を感じさせない。ただ、その設定から『リラ荘事件』(鮎川哲也/講談社文庫)への挑戦の片鱗を感じるのは私だけであろうか。同じ第一回鮎川哲也賞を争った二階堂氏のデビュー作『地獄の奇術師』(講談社文庫)も『リラ荘事件』への挑戦であったことも考えるとわりと興味深い。こっちは環境設定ではなくてプレイングカードの謎なわけであるが。同じ二階堂氏の『奇跡島の不思議』(角川書店)は環境的な意味で挑戦した感じであるが。

 解説の新保氏の触媒としての探偵という森江春策に関する評はかなり的を射てるような気がする。ただ、それでも思うのはこの探偵役は無個性な故余計な感じがすると言うことであろう。この作品では客観的な第三者的立場で事件に介入するわけであまり目に付かないが『時の誘拐』(立風書房)では森江春策の存在に違和感を感じた覚えがある。読み返したらその感慨は変わるのかもしれないのであるが。逆にその無個性さが効果を上げた『十三番目の陪審員』もあり必ずしもこの探偵役の存在が芦辺氏の作品を台無しにしているわけではない。

 芦辺氏初の文庫化作品であるがこれから読むのはあまり勧めできないと思う。むしろ最新作の『十三番目の陪審員』あたりからはいるといいのかもしれない。

クロスファイア 宮部みゆき カッパノベルス 上巻下巻、共に819円

 『鳩笛草』収録の「燔祭」の続編である。「燔祭」のところで能力者に救いが訪れたのではなかろうかと書いたがうーん、訪れてへんやんか。この作品は「小説宝石」に長期連載されていたものである。それにしても「長編推理小説」ってあるけれどこれっていわゆる「推理小説」かなあ? まあ広義のミステリーには含めても良いかもしれないけれども。とりあえず内容を紹介しよう。

 ――私は装填された銃。念力放火能力(パイロキネシス)を持つ青木淳子はその能力故孤独を保っていた。自分は人とは交わってはいけない、と。ある日内に貯まった力を放出するために行った放出場所で淳子は追いつめられていた男を助けるが男は息を引き取る。男を助ける際に三人を能力で焼殺したが一人取り逃がしてしまう。そして男は恋人を淳子に託していた。恋人の安否を気遣う淳子。取り逃がした一人を見つけたときその能力はまた解放される。一方、工場に残された三人の死体を見て過去にも同様な未解決事件があったことを思い出している女性刑事が一人。果たして彼女は青木淳子を見つけ、暴走を止めることができるのか? そして淳子に接触する組織の正体とは?

 「燔祭」の能力者青木淳子再登場である。「燔祭」は多田一樹の視点で淳子が描かれていたのに対しこの『クロスファイア』では淳子、そして女性刑事の石津ちか子二人の視点である。パイロキネシスの能力を持つ登場人物は淳子だけではなくその能力故に自分を壊しそうになるまだ能力を制御できない少女、“押す”という人間を自在に操る能力を持つもの等様々な人間が出てくる。その一人一人にそれぞれにふさわしいエピソードを持たせ、厚みのある人物造形は作者の技量の発揮所である。悲劇的な能力者の過去現在未来はやはり「不幸なのは能力という余計なものを背負い込んでしまったこと」と言うのを改めて実感させられる。能力とは背が高い、顔がきれいだというのと同じレベルの相違点だ、と。しかし登場する能力者はそうは感じていない。

 淳子には果たして“救い”は訪れたのであろうか? 読んでいてそう思った。彼女は幸福だったのか? 幸せだったのか? ねえどうだったんだい? と。青木淳子のその半生は哀しすぎる。自分と同じ“能力”を持つという不幸を背負い込む人間を自分で終わりにするために人と交わらないことを決心した彼女。その能力を使って社会の害毒を取り除こうと決心すること、関係ない人を巻き込んでしまい自分は能力を使いたがっているのではないかと煩悶すること。青木淳子は“能力”の激しさとは裏腹に優しすぎたのであろう。それ故自分を責める。これで“救い”が訪れないと彼女がかわいそすぎるではないか。

 淳子に接触してくる組織ガーディアン。その組織は一体何者なのであろうか? 淳子の助けになるのか? そしてその組織はどこに存在し、どのような活動を行っているのか? そのようなことも本書の眼目であろう。そして正義となんなのかというこいうとも。

 週刊誌のインタビューでキングの『ファイアスターター』を意識したものであると答えていた記憶があるのであるがこのクーンツの小説もやはりパイロキネシスの能力者の話なのであろうか。そこは結構気になったりするのであるが。

 帯の文句一切偽り無し。一気読み必至の上下巻千二百枚である。

ナイフが町に降ってくる 西澤保彦 ノンノベルス 829円

 ノンノベルス初登場の本作品の超能力はストップモーション。時間を止める能力である。自由自在に時を止めることができる、ということではなく何か疑問を抱いた拍子に時を止めてしまうと言うのが正確な表現であろう。時間の檻に閉じこめられた二人。果たしてその運命は? どうでも良いけれどここ最近超能力をネタにした作品を立て続けに読んでるなあ。というわけで内容を紹介しようと思う。

 っていうかぁ、あたしぃ女子高生でえ名前はあ真奈ってえいうのぉ。それでえあたし、学校の先生に憧れててえ夏休みだからっと言うので先生の日常を把握しようと隣町まで出かけたのぉ。でねでね、そしたら変なナンパ男に捕まってえ、しつこいからまいたのお。え? 知ってる奴だったのかって? そんなわけないでしょ! 怒るわよお。そんでえまいたとおもったら時間が止まったのよお。信じらんなあい。そこであたしは変なものを見つけるの。何かって? ナイフが刺さってる人を見つけたのよ。普通じゃない状態で。そしてね、その近くに時間を止めた張本人がいたの。そいつはね……
 いやあまたやっちゃったよ。また時間を止めてしまった。僕には謎が現れ疑問に思うと時間を止めてしまうと言う変な性質があるんだ。僕の名前は末統一郎。『邪馬台国はどこですか?』(創元推理文庫)の鯨統一郎とは無関係だからね。名前が似てるのはたまたま。話をもどして今回僕が時間を止めてしまったのは目の前でいきなり人がナイフで刺されて倒れたのを見たから。どうやってその人が刺されたかは皆目見当がつかない。そして止めてしまった時間を動かすには僕がその謎に対して納得のいく答えを見いだすこと。ああ、今回は女子高生まで巻き込んじゃった。謎を探る内に同じようにナイフで刺された人がたくさん出てきて……

 うーん、今度からまじめに内容書こっと(笑)
 登場人物は真奈と末統一郎の二人。実際上動くのはこの二人である。先ほどの紹介を補足しておくと時間を止めると必ず一人巻き込まれる。今回は巻き込まれたのがたまたま真奈だっただけということである。過去には新興宗教の教祖になっちゃった人とかいたらしいが。西澤保彦氏のSFミステリは毎回設定で驚かせてくれるが今回は上記のように時間を止めること。その中で構築された謎をどのように解体していくかがミソである。

 町の中で次々と発見されるナイフでさされている人々。果たしてその人間の共通項は? いわばミッシングリンクの謎がこの作品を支えている。『猟死の果て』の後書きで述べていたミッシングリンクへのこだわりがここでも垣間見られる。そしてその凶行を成しえたのは一人の人間なのか、どういう動機で。

 真相は早い段階でわかったと言う人が多々見られたが私もその例に漏れず完全にとまでは行かなかったが割と読めた(結局は全然じゃなかったにしろ違うものだったんだけれども)個人的には真相はもとより時間が止まったときに行われた真奈のいたずらの顛末をもっと書き込んで欲しかったんだけれども。時間が動き出す瞬間の。

 この人にはもっとこのSF路線で書いて欲しいと思わせる一冊である。

異形コレクション(5)水妖 井上雅彦監修 廣済堂文庫 762円

 異形コレクションの五冊目のテーマは水妖。すなわち水に潜む妖(あや)かし。水というのは生活を営む上で重要な要素を担い水無しでは人間のみならず生物は生存できない。それ故このテーマは既刊のどのテーマよりもある意味密接かつ恐ろしいものが揃ってるはずなのであるが……。気に入ったものを紹介しよう。今回はちょっと少な目。

「貯水槽」(村田基)
 雑誌の編集部に届いた一つの掌編。そこには奇妙な記録が記されていた。水槽の中に閉じこめられた少女と若い男の邂逅の記録。少女は何者で何故そこに存在していたのか。消印は十年以上前。そこへ確かめに行ったが……
「水中のモーツアルト」(田中文雄)
 映画に出演してる女優が撮影現場で指輪を無くしたらしい。プロデューサーの安藤は無くしたという心当たりの場所に指輪を探しに向かう。そこで奇妙なものに行き渡る。あの少年は何者であったのか?
「濁流」(岡本賢一)
 幼い頃幼なじみを川に突き落とし殺してしまった。もう遠い昔の出来事である。そのことを思い出した。というのも私は奇妙な幻覚を見るようになったのだ。人が“流れて”しまうと言う幻覚を。医者によるとその幼少時の記憶が原因らしいが……。
「乾き」(中原涼)
 ロックバンドのメンバーがが撮影中事故で死んでしまう。浅い川での溺死だった。その同じ川の橋で娘が妻を見たという。そんなことはない。妻は死んだはずなのに。妻の幻影が私を襲う。そしてのどが渇く。
「水妖記」(倉坂鬼一郎)
 俳句による異形小説。迫り来る異形のものたちを俳句に詠み日記に記し続けるが……

 の以上五編であるが今回はこれだぁ! と言うインパクトがあるものはない。そのなかであえて集中のベストを挙げるとすれば独特の奇想の風景がシュールな「濁流」(岡本賢一)であろうか。「水中のモーツアルト」(田中文雄)なんかは『チャイルド』でも通用しそうな話である。「水妖記」(倉坂鬼一郎)の異形への俳句からのアプローチの仕方も結構面白い。今後もこういったタイプのものをたまにでも良いから書いて欲しのであるが。先ほどは挙げなかったが「魚石譚」(南條竹則)はほのぼのとしててオチも人を喰ったところがあるから結構好きかもしれない。

 余談だが私のある友人は「Mess」(ヒロモト森一)を読んでしばらくは魚料理が食べられなくなったと言っているが私はこれを読んだ後に魚料理食ってもいいかなと思ったが如何なものであろうか。これは漫画なのでなので立ち読みでお試しを。で、そこら辺の感想を聞いてみたいのであるが

 水に関係ある場所に行く前に読みたくない本ではある。

オクトパスキラー8号赤と黒の殺意 霞流一 アスペクトノベルス 930円

 デビュー作『おなじ墓のムジナ』の狸づくしを皮切りに狐、蟹、馬と作品を彩ってきたモチーフ。今回のモチーフはタコ。墨を吐き足が八本のあのタコである。空に浮かべる凧ではない。そして紅門に続くニューキャラクターも登場。とりあえず内容を紹介しよう。

 「牧楽場」の寄席に偶然見に行った床山警部。そこで起きたもめ事を仲裁しやれやれと思ったのも束の間。もめ事の片割れが死体となって現れる。しかもただの死体ではない。蛸薬師の境内のイチョウの木に「蛸の絵馬」とともに吊されていたのだ。そして蛸の意匠を懲らした様々な怪異。再び起きた蛸に関連のある死体に密室殺人、そして蛸蛸蛸……た〜こ(笑)この蛸づくしの事件に挑戦するのはミステリ史上類を見ない政治家探偵。職権を乱用し今日も行く

 『赤き死の炎馬』のときも思ったのであるがこの人のトリックの解体の仕方は島田荘司氏のそれに近いような気がする。今回の密室の生成、事件の顛末などを見てそう思った。そう言う考え方で見れば探偵役の駄柄善吾と床山警部の関係が御手洗と石岡のそれと相似形(島田荘司なだけに(笑))に見えるのは考え過ぎか。探偵役とワトソン役の関係は牽強付会気味なんだけれども(笑)それにしてもこの駄柄というひとの属性は名探偵史上もっとも偉い人ということで記憶に残るのではないか。政治家の探偵なんてねえ。

 霞流一氏の持ち味の二日酔いギャグ((C)法月綸太郎)は今回は不発気味だったような。と言うよりも私の感性には合わなかったという方が正確な言い回しなのかもしれない。ペダントリーの落語に飲まれてしまった感じがする。そこはちょっとばかし残念。

 作中に散りばめられたギャグに惑わさてはいけない。タコづくしの各事件に散りばめられた作者の狡知に長けたものをかぎ取れるかどうか。この作品の眼目はギャグばかりではなく(ミステリやから当たり前か)作者が仕掛けたある意味幻想的な意匠にもある。そのタコづくしの意匠は滑稽を通り越して幻想的なものに高められる(持ち上げすぎ(笑))。霞流一はいまや島田荘司の衣縫を継ぐ(まだ生きてるけれど(笑))作家の一人である。

 御手洗ものの幻想と馬鹿馬鹿しさを愛する読者なら読んで損はない作家の一人であろう。


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