『念力密室!』 『野球殺人事件』
『盗まれて』 『製造迷夢』
『紫の悪魔』 『屍の王』
『塔の断章』

念力密室! 西澤保彦 講談社ノベルス 840円

 「メフィスト」に連載(?)されていた超能力パズラーが今回一冊になった。タイトル通り、密室の構成方法は超能力であり、この連作において重要なのは如何にしに密室が形成されたか、ではなく、誰が、なんのために密室を作ったのか? それに集約される。特に何のために? とホワイダニット密室パズラーとしてこの短編集は見ることができるのであるが。登場するのは『幻惑密室』(講談社ノベルス)と『実況中死』での三すくみ。とりあえず各編紹介しよう

「念力密室」
 作家である保科匡緒が外出から戻って部屋にはいると、そこには見知らぬ男の死体が横たわっていた。しかし、保科の部屋は鍵がかかっていて密室状態。死体の正体は半年前に別れた妻の現在の内縁の夫。アリバイが証明され容疑は晴れたが、変な女の子が現れて奇妙なものに閉じこめられる。そして、その一週間後に能解警部がやってくる。保科の部屋に盗聴器が仕掛けられてるのかもしれない、と
「死体はベランダに遭難する 念力密室2
 ベランダで発見された死体。ベランダの鍵は内側からかかっていて、部屋の鍵はと言えば開いている。そんな奇妙な状況であった。そう、奇妙な、余りにも奇妙な。被害者は御曹司で、そのマンションは一括払いの購入、そしてモノマニアックな性格で、品物を異様に丁寧に扱いすぎる、そう言う性格であった。能解警部は先の事件で知り合った保科に相談に行くが、案の条、殺人現場からは超能力が観測されていた。
「鍵の抜ける道 念力密室3
 超能力が観測された。現場に赴く神麻嗣子であったが、カンチョウキ(簡易超能力実践キット)を使い鍵を開けて部屋にはいるとそこには死体があった。能解警部に知らせるが、警部の方も事件を抱えていて手がはなせない。深夜、保科の部屋に集まったが、なんと、神麻嗣子が見た死体と、能解警部が扱っている事件の死体は同一人物であったのだ。ここで問題になったのは誰が、何のために超能力でドアを開け閉めしたか、である
「乳児の告発 念力密室4
 生まれたばかりの愛らしいいとこと対面した能解警部。叔母には自分の胸中を見透かされたことを言われるが、能解警部がタバコを吸う理由だけは彼女自身が納得できない。叔母が言う理由で吸ってるわけではないのに。そんな中、携帯に電話がかかってくる。また超能力で構成された密室が出てきたのだ。そしてそこには死体だけではなく、生まれて間もない乳児がいた。他の所からは嬰児の死体が発見される。被害者は誘拐犯なのか?
「鍵の戻る道 念力密室5
 保科は別れた妻の聡子に相談を受ける。なんでも彼女の部屋に侵入している人間がいるのだが、何かを盗まれた、と言うような後はなく、ただ入ってくるだけ。そんな状態が一週間も続いてると言う。「念力密室」で知り合ったであろう刑事に相談できないか、と言うことであったが、犯人に心当たりはあり、自分が振った男だという。そして、聡子の部屋で死体が発見される。しかし、そこは密室。鍵所か、チェーンまでかかっていたのだ。そこには当然ながら超能力が観測された。
「念力密室F」
 聡子の見た夢。そこでは聡子は女の子を養女に引き取っていた。“彼”の忘れ形見である少女。少女は“彼”ではなくて、母親によく似ていた。母親に生き写しのような、神秘的な魅力をたたえていて。少女は料理が非常に上手く、師匠である聡子の腕前を凌ぐものであった。そして、何者かが侵入し、“彼”の写真を持ち去っていった。

 であるが、書き下ろしの「念力密室F」はボーナストラック的なもので、ミステリ的なところはあるものの、ミステリと言うよりはむしろ保科、能解警部、神麻嗣子の三角関係の行く末の暗示、と言ったほうがいいかもしれない。ちなみにこの「F」はファンタジー、ファイナル、Fになる、のいずれかではなかろうか(なんでやねん)。なんで「F」とつけたかは何か釈然としない。まあそれはシリーズが進につれ、追々判明して行くであろう(ホントに?)

 ところで、この「念力密室」連作であるが、密室の構成方法が全て超能力という趣向の全編における踏襲は、山田風太郎氏の某作品(『妖異金瓶梅』(廣済堂文庫))や井上夢人氏の某作品(『風が吹いたら桶屋がもうかる』)の換骨奪胎であろうか。西澤氏の作品は何らかの先行作品にインスパイアされたものが多いのであるが、あるとすればこの「念力密室」連作はこれらではなかろうか。

 各作品共通するのは密室の構成方法だけではなく、何気ない、しかも印象に残る伏線が最後に花開く、といったものもである。とくに「乳児の告発」はそう言う意味では集中のベストに挙げたい。結構そういう何気ない、しかも印象に残る伏線というのを最近あんまり見ないので(と言うか本格ミステリ自体の読書量が減ってるので)貴重かも。

 「念力密室」「鍵の抜ける道」「死体はベランダに遭難する」のホワイは唸らされるものがあったのであるが、一つ、「死体はベランダに遭難する」の犯人像がすこーしばかり疑問というか、ロジックに穴があるよーなきがするけれどねえ。なんでかと言ったらここからネタバレ犯人は賭博などのいかさまに荷担するわけにはいかなかった人間、と言うのがあるけれども、それは別に警察官だからそれはできない、と言う訳じゃないんじゃないのかなあ。警官であってもいかさまやる奴はいるだろうし。犯人である英田を非常に生真面目な人間、と言う造形しておけば良かったのにね。なんかこの英田と言う人、すちゃらか系の女性って感じがするけれどもここまで

 とりあえず、西澤ファンなら買いであろう。あと、嗣子ちゃんのファンにも(笑)案外ファン以外でもいいかもしれない。

野球殺人事件 田島莉茉子(大井広介) 岩谷書店 絶版

 この岩谷書店という出版社名を聞いてピンとくる方はかなりのマニアであろう。あの、『本陣殺人事件』(横溝正史/角川文庫)が連載された旧「宝石」の版元である。今回、知人に頼み、その好意で貸していただいて読むことが出来た。そもそもこの本を読もうと思ったのは『探偵小説論I 氾濫の形式』(笠井潔/東京創元社)において「大井広介論」の項でこの作品がネタバレされてたから、というのであるが。どこからも復刊される気配がないので頼んで借りることにした次第である。この作品、どうやら二十年前に一回復刊されてるらしいが、その本の古書価値が三千円らしいから、私が借りている岩谷書店版の古書価値がいくらか、考えただけでゾッとする。いつも以上に丁寧に、丁寧に扱い、かなり精神的に消耗してしまった。あと、かなの使いが旧過ぎるし(笑)「關」とか(「関」のこと)「圓」とか(「円」のこと)ぞろぞろ。とりあえず内容を紹介しよう

 戦後の間もないプロ野球界。そこには賭博野球がまかり通っていて、時には八百長が出る始末。そういう背景の元、目下売り出し中の探偵小説作家坂田兵吾は、『凹凸殺人事件』の連載原稿をいやいやながら書いてはいた。そんな中、プロ野球選手の沢田が電話をかけてきた。また試合を見に来いとのこと。なんだかんだ言っても坂田は暇な身。警視庁の明智捜査課長とともに観戦していたが、球場で選手の一人が毒殺される。それは、この後起こる連続殺人の前触れでしかなく、キャバレーでの衆人観衆における刺殺事件、裏路地の狙撃事件、ダンサーのアパートでの密室殺人事件。次々と起こる殺人事件に警察は為すすべもない。やがて、坂田はもつれた糸をほぐし、意外な真相を看破する。

 いってみれば粗筋はこんなもんで、よくもまあこれだけの枚数でこれだけ人を殺したねえと半ば見当違いの所で感心したりするのであるが、残念なら、傑作、と言うほどの出来ではなく、(当時にして見れば)真新しい面は密室の概念であろうか。場が時に変換されると言う概念は今ではさほど珍しいとは思わないであろうが(一つのパターンとして認識され)当時は斬新だったに違いない。

 それにしても、この作品で描かれているプロ野球選手の惨めさはなんたるものであろうか。いまでこそ五億だのとといってるが、当時と今とでは円の価値の違いがあるとはいえ、年棒の少なさ、などは悲惨である。作中プロ野球よりも大学野球の方が面白いという記述があったが、今とは大違いである。もっとも、私が野球など見ないからもしかしたら今でもプロ野球を見るよりも大学野球、高校野球の方が面白いと言う人間もいるのかもしれないのであるが。

 とりあえず、図書館で二十年前に復刊されたものが手に入らない、と言う状況であれば無理してまで読む必用がない作品ではある。私はそこそこ楽しめたが。

盗まれて 今邑彩 中央公論社 1600円

 この短編集や『鋏の記憶』を読んで思ったのは、ミステリ界で一番きちんとした評価をあまり受けていないのは、この今邑彩じゃないのかしらんということである。年間のベストで上位には浮上せず、デビュー作以外候補にはなるものの賞には縁がない。しかし、書くミステリは、まごうことなき本格ミステリ。本格ミステリが好きな人必読って感じぃ(誰やねんお前)。そんなことはともかく各編紹介しよう。

「ひとひらの殺意」
 兄が死んだ。親を亡くし、親戚の家にやっかいになっていたのであるが、高校の卒業と共に兄は家を飛び出し、職を転々とし、作家になることを夢見ていた。ある日、兄から妹の元に電話があった。部屋に桜の花びらが舞っている、とその電話の翌日、警察から連絡があった。兄は同じマンションに住む女性を殺害し、自分も自殺して死んでしまったという。その事件から時が流れ、遺稿を完成させた編集者は妹に兄の小説を渡す。
 遺品の辞書の中にあった花びらが隠された犯罪を暴きだし、アリバイが崩れる様は、ミステリの基本形を見た気がする。遺稿の花のイメージは連城三紀彦氏の花葬シリーズを彷彿させ、叙情性をかき立てるが、遺稿のタイトルが『夜桜心中』というのは『戻り川心中』を意識したのであろうか。犯罪暴露のきっかけは花ビラだが、キーワードは電話である。
「盗まれて」
 結婚前の女性とその友人との会話。会話の流れは、どうやってその結婚相手とつきあうようになったか、その経緯になった。女性は部屋を探していたのであるが、なかなか見つからず、同僚に相談すると、部屋を紹介してくれた。しかし、その部屋で、何者かが侵入を繰り替えすが、何を盗まれたでもない。それを紹介してくれた同僚に相談したのがきっかけで、その同僚と婚約に至ったのである。はたして、侵入者はなにを盗みたかったのか。
 『念力密室!』収録の「鍵の戻る道」を彷彿させる設定である。無論、処理の仕方は全然違うわけであるが、その処理の仕方を比べるのも面白い。また、作品の八割方を会話で占めているが、これを徹底させれば良かったのに、と感じた。しかし、盗まれたものがハートなんてべたべたやなあと思ってたら割かし意外などんでん返しがあってにやっとさせられた。このどんでん返しは予測可能であるが、予定調和的な意外さ、とでもいうべきか
「情けは人の……」
 バーでアルバイトをしていた建史は、ある日看板まで粘ってた客を追い出そうとして話かけると予想外の申し込みを受ける。子供を一人誘拐しないか、と。しかも、その子供は腹違いの弟。建史は妾腹で、父親は自分を認知した以外に店を母親に与えたっきり自分自身に関わりを持とうとしなかった。そして、母親も死に、なんとなく生計を立てていた矢先であった。男は首尾良く誘拐に成功し、建史は監視するが、子供は盲腸にかかってしまい、建史は究極の選択を迫られる
 うーん、今邑彩ってホント上手いわ。この作品は誘拐ものであるが、誰が、何故彼を誘拐したか、そこに眼目があるのであるが、ネガとポジの逆転、どんでん返しををここまであけすけにやられると、もう溜息をつくしか為す術はない。私が読んだ誘拐ミステリの中でも上位に位置すべき作品である。収録作品中のベスト。
「ゴースト・ライター」
 様々な偶然、紆余曲折を経てデビューした男女二人。最も二人は合作のユニットと言うわけではなく、男性が書き、女性がタレント作家としての活動をするという、非常に奇妙なコンビだった。そして、この二人の奇妙なコンビのことは、誰も――編集者さえも――知らないはずだった。そして、男だけが不慮の事故で死に、女性の方が書けないと悲観に暮れてると、電話がかかってきた。声は女性であるが、明らかに死んだ男性が乗り移ってしゃべってるとしか思えなかった
 タイトルは幽霊作家と本来のゴースト・ライターのダブルミーニングだが、ネタの処理の仕方は割と容易に見当がつく。しかし、この作品の見所はミステリとしてのそれではなく、奇妙なコンビの関係が最後にどことなく湿度の高いスラップスティックラブストーリー(ラブコメとも言う)に転化される瞬間であろう。
「ポチが鳴く」
 犬の散歩のために公園に行くと、老夫妻が「犬は何匹生まれたんですか?」と尋ねてくる。生まれた犬の内、三匹はもらい手がついたが、残りの一匹がつかない。さて、この夫婦にあげるか、と思いいうと、断られてしまう。何故かといぶかしんでいると、老婦人がぽつぽつと昔の話をはじめる。それは老婦人が幼き日のこと、飼っていた犬を彼女が夢遊病の果てに殺してしまったというのである。それ以来また殺してしまうのではないかと思い犬を飼ってないと言う。
 夢遊病が一つのキーワードになってるところは、どことなく『夜歩く』(横溝正史/角川文庫)を彷彿させて面白い。この作品の謎の集約点は何故犬を殺してしまうかという心理分析っぽいところにあるのであるが、その心理分析が逆転し、意外な真相(これも結構予想がつけやすいが)が暴露される瞬間にあるように思える。「盗まれて」同様、予定調和的な意外さが光る
「白いカーネーション」
 母の日に送る花、カーネーション。新だ母には白いものを生きてる母には赤いものを。しかし、ある家庭ではそれが逆になっていた。そしてその奇妙な構図の裏には、母親とある芸術家との不倫関係に端を発していた。母親が不倫相手と駆け落ちする日、息子が大怪我をして、結局行けなかった。しかし、その日不倫相手の男性は母親も乗るはずの車で事故に遭い、死んでいたのだ。そのことを知っていた息子は皮肉を込めて母親に母の日には白いカーネーションを贈っていたのだ。
 余りにも哀しい親子の葛藤。それが白いカーネーションに集約されていて、タイトルのネーミングセンスの良さを感じる。子供のあるべき好奇心で幕を開け、また子供の好奇心で幕を閉じる。この構成方法もにやっとさせられた。哀しみが一転して暖かみに転化する瞬間が見所であろう。この作品のネタは見えなかったが、やはり、わかった人には予定調和的な終わり方であろうか。
「茉莉花」
 作家である添田康子の本名は添田茉莉花。よくペンネームみたいな本名と言われるらしい。雑誌の原稿の依頼で編集者と会ったときに聞かれた自分自身の名前を嫌ってしまった所以。それは、父親には自分と母親以外にも家族を持っていて、片方の家族の娘にも「茉莉花」とつけていたのだ。それが、発覚し、それ故自分の本名は使わず、ずっと「康子」の名前を使い続けたという。
 「白いカーネーション」の逆バージョンとでも言うべき作品。「白いカーネーション」では母親と息子だったのに対しここでは父親と娘の葛藤である。いや、正確には葛藤したのは娘で父親はさほど葛藤してないように思われる。しかし、この女性の気持ちよくわかるなあ。私自身もよくペンネームみたいな本名ですねといわれるのであるが、思うのは大きなお世話(笑)である。やはり、予定調和的な意外さが心地よい。
「時効」
 十五年目の真相。郷里の北海道の函館を出て、音楽の高校から音大に行くもののピアニストにはなれずになったのは音楽の教師。そのしがない八木鉱一が受け取った一通の手紙。それは郷里の母親から転送されてきたものであった。その手紙には、八木が津山という教師のアパートから出てくるところを見た、と記されてあった。そして、差出人の名前は旧姓のままで、手紙はどことなく古びていた。待ち合わせ場所に赴くと、そこには十五年前の姿をした差出人が立っていた。
 はじめ、SFで落とすのかな、と思ったが結局現実レベルまで解体され、そこは安心したというかなんというか。とりあえずSFではない。この作品のキーは十五年前の手紙であるが、その手紙の真相は割られてみると、あ、そういうことか、と言うレベルのものである。しかし、それを気が付かせないように周到に張り巡らされたミスディレクションは感嘆させられる。

 以上八編収録しているが、いずれも電話、手紙がなんらかのキーになってるものばかりである。手紙と電話。それぞれ人の何らかの思いを運ぶ、時には幸せの天使であり、時には不幸の悪魔となりうる現代のツール。作者は後書きでこれらのツールを使ったミステリのアンソロジーを編みたいと書いてるが、是非とも実現してもらいたいものである。また、真相は用意に見当がつくが、予定調和的な意外さを出すその手腕には脱帽である。これは、ミステリ創作の手本、といってもいいかもしれない。今邑彩――注目すべき作家であろう。

製造迷夢 若竹七海 徳間書店 1600円

 『鋏の記憶』同様主人公の女性がリーディング能力(サイコメトリー)を有してるが、ミステリとしてのアプローチの仕方、その処理の仕方は各者各様。全然と言っていいほど違う。また、各短編のタイトルは、私は聴いたことがないが、アジア音楽の楽曲名が元ネタらしい。とりあえず各編紹介しよう。

「天国の花の香り」
 どこにでもありそうな、はたまたどこでもなさそうな事件。ミュージシャンが覚醒剤所持で現行犯逮捕され、そして投身自殺を図る。ワイドショーなどが好みそうな話である。その事件の捜査に当たっていた一条風太は、妹の友人の紹介でサイコメトラーの井伏美潮に会う。当然ながら一条は美潮の能力を信じてはいなかった。しかし、美潮の能力は意外な事実を引き出す。
「製造迷夢」
 またどこにでもありそうでどこにでもなさそうな事件。万引で捕まった主婦に薬で飛んでる少女が噛みつくという珍事件が起きた。主婦の方は警察を訴えると息巻き、少女はその主婦に前世で殺された、と言う。この奇妙な出来事に説明を付けようと調べたら、件の主婦の義母が少女の生まれた日に殺されていたのだ。本当に前世はあるのか。美潮は一条が持っていた写真から意外な事実をすくい出す
「逃亡の街」
 被害者の傾向がバラバラの連続殺人事件。共通してるのは被害者が女性と言うこと、そして鶏のはね、犯行時間。容疑者と目された一人を任意で呼び出し尋問したが、警察署からの帰り道、その男は身を投げ死んでしまう。残した言葉が「自分は犯人じゃない」。マスコミの非難に恐れを為した上層部は取り調べに当たった一条をそうさから外す。そして、一条の身に、危険が迫る
「光明凱歌」
 どこにでもありそうでどこにでもなさそうな事件三度。マンションに忍び込もうとしていた男を現行犯逮捕するが、その男は同志を捕まえるとは何事かと食ってかかる。それからいくばくかしたある日、一条の元に一人の女性が面会にやってきた。その女性の奇抜なファッションはさておき、持ってきたのはサボテンのようなもの。聞いてみるとそれはドラッグだという。件の男はこのサボテンのようなものを肛門に入れて飛んでたらしい。
「寵愛」
 どこにでもありそうでどこにでもなさそうな事件またたび(笑)。不良医大生が、恋人の父親を刺して逃亡。刺された父親は死亡。医大生は出頭。事件はあっけなく終焉を迎えたかに見えたが、恋人を取り巻く環境がその終焉を許さなかった。父親は、娘を金持ちに囲わせ、そのお金を受け取っていたのだ。その環境を打破するために医大生がとった行為が刺殺という哀しいものであった。取り調べに対し、彼は口を開こうとはしなかった

 と、以上五編であるが、作者が「無茶な恋愛小説を書きたかった」と言ってた通り、この作品集は一条と美潮の恋愛小説として読み解くことも十分に可能である。『鋏の記憶』では名探偵問題にサイコメトリーの能力を介入させたのに対し、ここでは恋愛のある種の傷害として能力を置いている。この超能力という能力に対するスタンスは、宮部みゆき女史との違いを比べると面白い。
 各編に共通している構成は誰かの独白、事件の調書から物語が幕を開けることである。ここまで調べて書いたのであろうが、「製造迷夢」では刑事の県警間の異動がでてくる。これは確信犯であろうか。まあ、そういうことは傍目にはどうでもいいことかもしれないが、私は結構気になるたちなのである。この作品が警察小説ではない以上減点材料にはなり得ない。

 集中では「製造迷夢」が同じ前世と言うテーマを扱ってる『ブードゥー・チャイルド』を思い起こさせ、興味深い。ミステリ的には連続殺人を扱ったシリアルキラー登場の「逃亡の街」が一番楽しめた。一条と美潮の恋愛関係の裏写し的作品である「寵愛」もそういう、ダブルミーニング的に面白い。
 宮部みゆき女史の超能力もの、『鋏の記憶』共々と併読することをお薦めする

紫の悪魔 響堂新 新潮社 1600円

 第三回新潮ミステリー倶楽部島田荘司特別賞受賞作(な、長い(笑))。作者は現役の医師。専門知識を縦横無尽に駆使して書かれた本格ミステリであろうか。島田荘司氏の「「紫の悪魔」が示すもの」という小文、いや、檄文をみるとそんな感じがするのであるが。とりあえず内容を紹介しよう。

 舞台は日本と東南アジアの奥地、二手に分かれる。まずは日本。静岡の浜松でものすごい状態をした死体が発見された。肉は裂け、血は飛び散り、骨が見えている。そんな死体。死体の身元は里村佳織。彼女は大学院を卒業し、化学メーカーに勤めている、そんなごく普通の女性でとてもではないが猟奇殺人の被害者になるような人間ではなかった。猟奇殺人の線で警察は捜査を進めるが、容疑者は浮かび上がらなかった。容疑者こそ浮かばなかったが、被害者が一人の男性に電話をかけていたことは判明していた。事情聴取を受けたのは、被害者里村佳織の大学院での同級生内海謙一。彼が被害者と最後に話してた人間。事情聴取では有益な情報はなかったが、内海はその後、猛烈なかゆみのために入院。かゆみのあまり、皮膚をも削りだす。その結果、佳織の死因に事件性がないことが判明し、同じ根を有することが判明。佳織と内海を繋ぐのは紫色のパッションフルーツであることもわかってくる。そして東南アジアの奥地。そこにある聖域は一回しか入ることは叶わず、二度目には侵入者に死が訪れるという。“紫の悪魔”の伝説は確実に存在し、日本人の探検家もその悪魔に殺されていた。そして、内海らの病気と同じ症状で二人の人間が死んでいることも判明した。

 メディカルミステリ、とでもいうべきか。もの凄い幻想的な謎が医学によって現実レベルに解体されるようなミステリを期待していたのであるが、この作品に現れるのは、最初から最後まで現実である。数値やデータという現実。この作品がある種の本格の体裁をまとっている以上、言うまでもないが「謎」はでてくる。この「謎」自体は決して魅力的ではないとは言わない。とくに聖域に入るのに一度は大丈夫であるが二度目は死んでしまう。しかも傷一つ無く、死に至る時間は迅速に、というの謎は魅力的であった。人によっては出てきた途端にわかるかもしれないが、私はキーワードを後半部分で示されるまで気が付かなかった。そして、“紫の悪魔”の脅威をはねのける「神の果実」、その果実に潜む陰謀の構図は読んでいて楽しめた。けれど、だけれども。

 島田荘司特別賞だから奇想天外な病気で、どのような原因で起こってるかわからず、なおかつ幻想的な雰囲気が醸し出されてるって思うじゃないの(って私だけ?)。しかも、表紙の裏に書いてる内容紹介、あれは詐欺じゃあ! 少おし引用すると、「魔の奇病が突然出現し、日本はパニックに陥る」」ってなあ、日本がパニックに陥った描写、あったっけ? いや、これと島田荘司特別賞、と言うことで、パニックもので、幻想的な謎があって、と期待して大枚はたいたのに(泣)面白かったけれどお金返して欲しい(笑)いや、全然つまらないという事じゃなくて期待してた方向性と違ったから文句言ってるだけなんだけれども。しかも、文句言ってる部分って全然作者と関係ないところやん(爆)

 文句言うばかりじゃ能がないのでいい点も。医学、理学系のの専門知識を軸にして組み立てられた謎の構築と解体の仕方――謎の解体のための前提条件の知識の披露に少し疲労したが――は緻密に作られてて本格ミステリ読んだと言う気分に少しはなった。少し、と書いてるのは感触的に本格ミステリとは少し違う、と感じたからであって、他意は全くない。具体的にどう違うのかと聞かれたら答えに詰まるが、あえていうならば専門知識に頼り過ぎな所であろうか。専門知識を導入した本格ミステリがダメ、と言うわけではなく、この作品における専門知識とそれ以外の比重のバランスが若干危うい所に不満点があるというか。ええい、よーわからんなってきたぁ(笑)

 とりあえずこれに懲りずに「血だるま熱」は読んでみようと思うこの頃である。

(かばね)の王 牧野修 ぶんか社 1800円

 近所の図書館から借りてきたが、案外あの図書館使えるかも。というのはさておき、著者近影ちょっと怖い(笑)なんてどうでもいいことばかり書いてるが、『MOUSE』(早川文庫JA)の著者らしい。書店で見かけた帯に「傑作『MOUSE』の作者が」と綾辻氏が推薦文を寄せてたのでこの『MOUSE』も気になるのであるが。とりあえず、内容を紹介しよう

 元エッセイストの風俗ライター草薙良輔は、かわいい盛りの娘を失ったという、非常に大きな でを受けていた。エッセイストだった頃の編集者、泉と再会し彼に小説を書け、と言われる。本名ではなく、ペンネームで風俗ライターをやっているのは再起のチャンスをうかがっている証拠だ、と。娘を失ったことが契機となって妻と別れたのであるが、その妻はなにかと草薙を気にかけ、電話をしていた。なんとか踏ん切りをつけ、『屍の王』と言うタイトルで半自伝的小説を書き始めたが、何者かがその小説を盗み読みしてるらしい。それを気にせずに書き続けるが、ちょっとした確認の為に大学に赴くと自分がいた痕跡は全くなかった。そして、大阪にいるはずの両親もそこにはいず、草薙のアイデンティティーは崩れはじめたかに見えたが……。そして戦前上巻だけ書かれた『屍の王』の存在。泉に草薙の小説を読まないかと言われた番場茉莉緒はある事実に気が付く。それを伝えようとするが何者かによって惨殺される。

 真綿でしめられるような恐怖を感じた。自分の存在が無くなっていく恐怖。これはある意味殺人鬼に追いかけられたり、スーパーナチュラルな存在が傍らにあるのと同じくらい、いや、それ以上に怖いことであろう。自我の崩壊という攻めをちくちくと、真綿でしめるようなと先に表現したが、体を少しずつ削られていく恐怖と言い換えてもいいかもしれない(どちらも体験したこと無いけれど)。ダイレクトに一気に来る恐怖ではないが、どんどん蓄積されていく恐怖、と言う観点では凄いと思う。私の場合、感じる恐怖とは一過性の場合が多いのであるが、この作品は恐怖が通過せず、溜まっていくのを感じた。

 この作品の後半1/3の展開は某作品(『水霊 ミズチ』)をどことなく思い起こさせるが、鉱脈掘りというのがホラーでも起きてるというのは結構興味深い。この展開が怒濤の展開、と言うわけではなくじわじわと、かつ波が押し寄せるような、と言う感じでその間合いが怖い。この作品の眼目は削られていく草薙のアイデンティティではなく、この幽鬼感溢れる後半1/3の展開では無かろうか。この幽鬼感をだすために採用された文体はあまりにも簡素であるが、簡素さ故に幽鬼感、恐怖感が倍増される。そこで感じる幽鬼感、恐怖感は怪奇実話を真夜中に読んだときのそれに似ている気もする。

 スプラッターな描写があるわけでもなく、殺人鬼が跋扈するわけでもなく、スーパーナチュラルな存在が襲ってくるわけではないがまごうことなきホラー小説。こういう心理ホラーとスパーナチュラルホラーとの間にあるこういった作品は結構貴重なのかもしれない。単に私が他の作品を知らないだけのような気もするが。

塔の断章 乾くるみ 講談社ノベルス 740円

 『Jの神話』『匣の中』で読者を煙に巻く乾くるみの三作目。今回は塔からの墜落である。果たしてどのような仕掛けで読者をおどかしてくれるのか。殺人鬼が空を飛び、ゾンビがラップダンスを踊り、塔から墜落した人間の首がないというようなものではなく(どんな話やねん)、至って端正なミステリである。とりあえず内容を紹介しよう。

 十河財閥の別荘に集まった人々。ヴァカンスを楽しむはずであったが、その別荘にある塔で転落死事件が起きる。落ちた女性は誰かの子供を妊娠していた。転落死事件の真相を探るために、十河秀一は天童と辰巳を呼ぶ。二人に事件の真相、転落死した香織の相手、そして突き落とした人間を捜して欲しいと頼む。恐らくは突き落とした相手=胎児の父親であろう。その依頼を受け天童と辰巳は事件の真相を探り始める。

 分厚い本が多い中、以外と薄い厚さ。千枚級の作品が多い中、概算四百枚にも満たない作品はある意味貴重。前二作が本格ミステリのコードを思いっきり逸脱していて、その逸脱具合のすごさに恐れをなす読者がいたようであるが、この作品は前二作に比べればまだおとなしい方であろう。前二作に恐れを為した人は、三度目の正直ということで手に取ってみては如何であろうか。端正な作品である。愛想のかけらもないほどに端正なミステリ。首が飛ぶわけでも、密室が出てくるわけでもない。無論死体は転落した、と言うことを除けば普通の死体(奇妙な言い回しだ)である。しかし、最後の最後で乾くるみはまたしても読者を驚かせる。最後の土壇場で。

 ここからはある意味先入観をいだかせるかもしれませんので伏せます
 この作品の最大の山場はこの端正な、愛想のかけらのない純粋パズラー風の作品がメタミステリもしくは叙述ミステリに変貌する瞬間であろう。最後の最後に至るまで「へ? 愛想がないのにも限度があるなあ」と<思って、最後の土壇場でこれである。思わず笑ってしまった。そこでこの作品のこの愛想のなさ、薄さの理由が氷解した。が、このプロットなら短編でこの仕掛けを使用した方がよかったかもしれない。長編で使うのならば、もう少しプロットを複雑にした方がよかったのかもしれない。それこそ殺人鬼が空を飛ぶとか(笑)それじゃ霞流一氏だよ

 前二作に引き続き、またやってくれた。今後も是非突拍子のないことをやって欲しいもんである。


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