格別の大ファン! と言うわけではないが、何故か最近気になる作家である。今回はノベルスということなので手に取ることにした(或る意味非常に迷惑すぎるファンだな)。この人の作品は、個人的には長編はあまり好きではないが(かといって嫌いというわけでもない)短編は結構好きな方である。「長編連鎖ミステリー」と銘打ってはいるものの「長編」というよりは短編集の色合いの方が強い。そんなことよりもこの『屋上物語』で見るべき所の一つは、誰の一人称であるかと言うことであろう。お稲荷さんやゴンドラ等々。この人称設定は読んでいて本当に上手いなあと感心させられた。デパートの屋上を舞台に通称さくら婆ァと呼ばれるうどん屋の店員と裏稼業に生きる杜田の二人と高校生が織りなす人間模様。各編の簡単な紹介とコメントをつける。法月綸太郎の新冒険 法月綸太郎 講談社ノベルス 880円「はじまりの物語」
とあるデパートの屋上。そこから一人の女性が飛び降り自殺をする。女性の息子が残した『気をつけろ 9・26』と言うメモ。問題の九月二十六日、屋上で起きたこととは?
子供とは残酷な生き物である。しかし、真に残酷なのは子供の後ろの隠れる卑劣な大人なのかもしれない(何か当たり前の事書いてるような……(笑))。この時点では「ミステリ」の容貌はさほど見えない。
「波紋のあとさき」
デパートの屋上で警備員の絞殺死体が発見された。死体の状況はただならぬものがあり、捜査当局はかなり力が強いものが首を絞めたのであろうという見解を示していた。
密室で起きた事件。この短編集に収録されてる作品の中でもっとも「ミステリ」色が強い作品であろうか。「はじまりの物語」が絡んでくる。そしてこの作品のエピソードの一つが次の「SOS・SOS・PHS」に密接に関わり合う
「SOS・SOS・PHS」
さくら婆ァがいる屋上のスタンドに忘れられたPHS。受信音が鳴り、通話ボタンを押すと聞こえてくるのはピーとう電子音。そしてPHSの受信音はさくら婆ァの手が空いてるときを狙って鳴るのである。そして相も変わらぬ電子音。
電子音がファックスの受信音であると判明してからの展開が早い。そこから急転直下で物語が進んで行くが、結末は悲しさを感じざるを得ない。
「挑戦者の憂鬱」
古ぼけたピンボールゲーム。電子チップなどハイテクを駆使した現代のゲーム機器からすれば、もう完全に骨董品のこのゲームに興じる高校生。ピンボールゲームを通じて日雇い労働者のロクさんと高校生の間に友情が芽生えた。しかし、ピンボールゲームの周りが急にきな臭くなってきた。
一杯のうどんから登場人物の素性が割れる(?)ところはミステリの醍醐味か(違うって(笑))正面を見て、右を見て、ふっと正面に目をやると全然違うのが姿を現す。そんな感じがした。
「帰れない場所」
病院に入院していたロクさんが、怪我が完治していないにも関わらず病院を抜け出した。一方、屋上には新しい名物が誕生した。バグパイプ吹きの男。果たしてこの二つの関連性は?
脱走とバグパイプ。この二つの異質なものが如何にして結びつくかが「ミソ」だろう。創作方法論に「異質なものを結びつけよ」と言うのがあるらしいが、この作品はその方法論の実践に見える。
「その一日」
バグパイプ吹きが屋上に来なくなってしばらくして、男が屋上に置いていったバグパイプを女子高生が発見する。それから二ヶ月経っても問題の男は現れない。バグパイプの形、施してある彫刻から杜田が男を割り出すが……
バグパイプの男の素性が明らかになる。哀しい。あまりにも哀しい。いつもは厳しいさくら婆ァの意外な一面が現れる。そして、次の作品でこの『屋上物語』がしずしずと幕を閉じる
「楽園の終わり」
本社の営業上の事情で屋上のうどん売り場が閉店となった。残り少ない日々を過ごすさくら婆ァの前に娘を捜す父親がやってくる。しかし、彼女は一人ではなかった。一緒にいたのはさくら婆ァと杜田が知っている少年であった。
終わりも哀しい。救いがないくらいに。一応トリックらしきものはあるのであるが、見るべきものはそこにはない。人間は変わるのだよ、と言うこととさくら婆ァと杜田の意外な関係が明らかになることであろう。
久々の(『パズル崩壊』(講談社ノベルス)から三年ぶり!)新作短編集である。「IN★POCKET」、「メフィスト」(共に講談社)、「小説すばる」(集英社)に発表された名探偵法月綸太郎シリーズ(九十九年五月の時点での)最新刊。次の法月綸太郎ものの短編集のタイトルは、『法月綸太郎の事件簿』になることが予想されるがどうなることやら。そして、次に短編集が出るのはいつなんだろう、と首を長くしてしまう。そろそろ角川の書き下ろしの『生首に聞いて見ろ』を出して欲しいなあと考えるが、今世紀中にでるか心配だ(なんの?)講談社が発行する文庫サイズの雑誌「IN★POCKET」の企画「名探偵の自筆調書」をイントロダクションに、法月綸太郎が縦横無尽に活躍する作品が五編収録されている。ペルシャ猫の謎 有栖川有栖 講談社ノベルス 740円「背信の交点(シザーズ・クロッシング)」
沢田穂波嬢について松本の図書館フェスタに参加した帰りの電車内で事件が起きた。前の席に座っていた男性が死んでいたのである。発見した法月綸太郎は乗りかかった船、とばかりに事件に関わりを持つ。一見、事件は男の自殺に見えたのであるが、綸太郎の推理により意外な展開を見せ始める。名古屋発の『しなの23号』で女性が自殺を図っていたのだ。そこで事件は心中の様相を見せ始めるが……
初出の時点で一回読んでいたが、一見ダイヤグラム・トラベルミステリに見える構造が一変して○○ミステリに変貌する様は再読でも驚かされた(単に覚えてなかっただけだけれども(苦笑))。心中という言葉が持つ、或る意味ロマンチックなイメージが一瞬にして覆される。イメージが一瞬にして覆される所からなんとなく連城三紀彦氏の「戻り川心中」を思い出した(この作品と全然違うけれどね)。この作品は或る意味、法月氏の某代表作品(『頼子のために』)と表裏一体の姉妹編なのかもしれない
「世界の神秘を解く男」
オカルトの特番に或る意味不埒な理由で出演を快諾した綸太郎であったが、そうは問屋が卸さなかった。人気女優は結局出演しないし、妙な事件に巻き込まれたりするし。そもそも事件の発端は、番組のプログラムの一環としてポルターガイストをカメラに収めようとしたことである。午後八時、シャンデリアが落下して、その下にいた教授が死亡したのである。そこには偶然が多数、多すぎるほど重なっていた。
なにを扱っても法月綸太郎はやはり法月綸太郎だ。オカルトという素材を扱ってるにも関わらず、相も変わらず飄々とした雰囲気だ。超能力の絵解きはまさに「幽霊の正体見たり枯れ尾花」であるが、解決へのもって行き方は好感が持てる。後書きでトリックの実行可能性を心配していたが、そこまで心配するべきものではないと思う。トリックなんて実行不可能なのも多々あるし(『○○猫ホ○ムズの○理』とかね)、ミステリのトリックなんて机上の空論をつみあげてなんぼ。要は如何に読者に納得させるかの問題なのであるから
「身投げ女のブルース」
情報提供者に葛城警部が会いに行く途中であった。マンションの屋上からの飛び降り自殺を図ろうとする女性に出くわす。説得の末に自殺を思いとどまらせるが、葛城が警官だったことやらでマスコミに取り上げられることになった。しかも、問題の女性は近くで起きた宗教家の殺人事件の重要容疑者であった。
タイトルに「身投げ」があるからかなのかどうかはともかく、思いっきり「背負い投げ」を喰らわされた(く、苦しい)。『パズル崩壊』にも出てくる葛城警部と法月綸太郎との初共演作(?)である。古今探偵役の共演というのはあまたもあるが、この作品の形で用いたのは思い浮かばない。作者自身も自覚してるが、或る意味アンフェアな気もする。が、フェアに徹しようとすればカタルシスは得られず、カタルシスに徹しようとすれば完全にアンフェアになる(場合が多い)。こちらが立てばあちらが立たずなのだが、匙加減が上手い。それ故にぎりぎりのところでセーフである(どっちやねん)。法月綸太郎の警視庁内の評判が描かれてるところに注目、か? ところで、手がかりとなる或るものの色ってもしかして洒落?(笑)←んなわけない
「現場から生中継」
世田谷にあるワンルームマンションで、短大生の死体が発見される。容疑者のアリバイを調べるが、奇しくも死亡推定時刻は、全国を震撼させた「荒刃薔鬼」が逮捕されて、テレビ各局が騒然としていたとき。犯人と目された容疑者は、件のテレビ中継の時に丁度画面に映っていたことを主張した。結果、容疑者の主張が正しいことが確認された。
衆人観衆のアリバイ。テレビを使ったアリバイものはあまりないと思うが如何なものか。アリバイだけにこだわらず、犯人に関するどんでん返しがあるのもよかった。この小説の成立過程に神戸の「酒鬼薔薇」の事件が(根幹的でないにしろ)関わってるが、他の作家はこの素材(?)をどのように感じているのであろうか。もっとも、この手の(酒鬼薔薇の)ものは古くはクイーンがやってるので、見向きもしない素材なのかもしれない。
「リターン・ザ・ギフト」
一月下旬の深夜。ホステスがマンションで襲われる事件が起きたが、幸い未遂に終わる。犯人はすぐに捕まり、容疑を認める。ここまでは、或る意味ごくありふれた事件にすぎなかったのであるが、交換殺人の線が浮かび上がってくる。交換殺人のパートナーは指名手配されたが、姿は一向に見えなかった。
『不透明な殺人』に収録された「ダブル・プレイ」に引き続き交換殺人。初出の時に読んだときは「交換殺人にこだわってるなあ。シリーズ化か?(笑)」なんて思ったが、そうではないようである。作中様々な交換殺人の可能性検証されているが、この検証されてる数は或る意味尋常ではない。それ故に非常に濃厚な作品に仕上がっており、ともすれば一冊の長編を読み終えたかのような充実感だ。余談だが、この作品を読んだ後に交換殺人のアイデアを一つ思いつき狂喜乱舞(笑)たが、それはとある作品のアイデアを多重化したものにすぎないことに気がつきがっかりした。
一部では『マレー鉄道の謎』はぁ? なんて言う声もあがってるようであるが、ヒムアリ活躍する通称「国名シリーズ」短編集(九九年五月時点の)最新刊。ミステリ史上屈指(?)の禁じ手が炸裂するという表題作の他、大阪府警の機関誌「なにわ」に連載された中編「赤い帽子」、「名探偵の自筆調書」のシリーズの一編として書かれた作品を尻に置く。「猫と雨と助教授と」は確かに「火」がつく人((C)有栖川有栖)が出てくるが、或る意味エッセイと考えても良かろう。故にここでは割愛。しかし、この短編集の中には毀誉褒貶別れそうなのが多い気がするのは気のせいか血食 系図屋奔走セリ 物集高音(もずめたかね) 講談社ノベルス 1150円「切り裂きジャックを待ちながら」
アリスの元に劇団関係者から電話が入った。初日の直前、女優の一人が失踪。しかも、誘拐されたという内容のビデオテープが送られてきたのである。事の真偽の判定がつかず、あたふたしてるところに、くだんの女優の死体がクリスマスツリーにつるされた状態で発見される。
絢爛豪華な(?)小道具が栄える。ドラマ原案のノベライズであるが――ドラマ版を見てるせいもあるが――小説よりも映像の方が向いてるような気がする。サイコミステリっぽい作りは割と面白かった。
「わらう月」
――月を怖がる女。彼女は子供の頃、月が怖かった。或る日彼女は刑事の訪問をうける。オーストラリアで出会った高校の先輩の、現地でのアリバイを尋ねられたのである。写真が彼のアリバイを証明するはずであったが……
月のイメージが全編を支配する。月が支配すると言う意味では『月光ゲーム』の或る意味姉妹編なのかもしれない。トリックにはある欠陥があるようであるが、私にはどこが欠陥なのか解らなかった。天文知識のある人は探してみてください。
「暗号を撒く男」
酒の肴に話された或る事件。事件そのものは、犯人もすぐに逮捕されさほど珍しいものではなかったが、犯行現場となった場所に散らばってるものが奇妙であった。世界は暗号に満ちあふれている。
作者自身も言ってるが、変な話だ。作者が自覚してればいい、と言う問題でもないのであるが。変な話、と言う以外何も記憶に残らない。『不条理な殺人』に収録されたときに一回読んでるのであるが。再読してこの稿を起こすときも「結局何だっけ?」と言う案配。この稿を起こす最中もそうだった(笑)
「赤い帽子」
雨が降る中、男が溺死死体で発見される。捜査が進むさなか、男が赤い帽子をかぶっていたこと、名前などが判明。捜査は進むが……
或る意味この短編集の目玉。森下刑事が何故にアルマーニを着るか、とか解って森下ファン必読か?(笑)冒頭、浮浪者の男性が本を捨てられないシーンがあるが、この本を捨てられない、と言う心境。シンパシーを感じるなあ。現在「IN★POCKET」に連載中の『幽霊刑事』の助走的作品なのかもしれない。
「悲劇的」
学生が火村に提出したレポート。火村の反応は?
明らかに非ミステリ作品。手を抜いたのか、こういう作品が無性に書きたかったのか。後者であることを願いたいが。K君の叫びは理解できないでもない。最後につけた火村の反応は人を喰った感じで笑える。それならこの世の中も(以下自粛)
「ペルシャ猫の謎」
出ていった女性が残した猫。彼は猫だけが心のよりどころになっていた。或る日、何者かによって昏倒させられた彼は、落ち行く意識の中で自分そっくりの人間がいるのを見かける。彼には双子の弟がいた故に犯人は彼だと断定するが……
反則技ねえ。個人的な見解を言わせていただくと、どのような反則技もきちんとした手続きさえ踏めば何でも使っても良いじゃんかである。例えばクリスティの某作品に代表されるあの手とか。手続きとは読者に納得させる作業のことである。翻ってこの作品では、反則わざ、と言うよりはむしろ幻想ミステリのなれの果て、という考え方もできなくはないと思うが。どうしたものか。
メフィスト賞も経てない、怪しげな新人である(メフィスト賞を経てても怪しいかもしれんが)。著者のプロフィールでその怪しさが倍増(笑)作中の物集高音のプロフィールが明治生まれだからなあ。紀田順一郎氏推薦だからなおさら怪しい(をいをい)翻って作者はなにもんやねんと思うが、何ものなのであろうか。この作者の正体に関して一つ思うことがあるのであるが、その前に作品について触れておこう。バトル・ロワイアル 高見広春 太田出版 1500円時はまだ戦前の昭和一桁。東京の魚籃坂にて系譜探偵社業を営む忌部言人は、依頼を受ける。依頼主は野木由春と言う医者。祝言を前に、自分の家系のことを調べておきたいという事であった。しかし、調査に赴く前に野木の後見人である市来利一が怒鳴り込んでくる。詐欺だ、金返せ、と。しかし、依頼人本人の承諾があるので詐欺でも何でもない。以来を果たすためにいざ和歌山に。和歌山で調べを勧めるうちに死体を発見。惨殺死体であった。忌部は物集高音に、ノルマントン号の事件を調べてくれと頼む。東京に戻った物集はノルマントン号の事件を調べ纏める。部屋に戻った物集は暴漢に襲われ、意識を失う。
この作品のミステリ的構造はよく考えられてるな、と思わせるが、何かもの足らない。それは、和歌山の事件にトリックらしいトリックが見あたらないことに起因するのかもしれない。しかし、事件の構造の多重性は舌を巻かざるを得ないであろう。これぐらいこだわった作品をあまり見た覚えがない。しかし、探偵役を割り振られた忌部言人であるが、造詣はメルカトル鮎+榎木津+御手洗÷3の様な感じだ。しかも美形じゃなくて馬面にお髭。探偵のキャラで人気が出て欲しくないと言う、かたくなな造詣。キャラクターではなくあくまでプロットで勝負! と言う感じだ。物集が関口っぽいのは、なんだかなあという所だが(笑)
ところで、この手のいかにも「探偵小説」と言う香気をたたえてるのを読むと、或る意味懐かしい場所に帰ってきた気になるのは、私だけであろうか。会話文の最後が「――。」となってるのが若干うざったかった気もするが、それはそれで良しとしよう。冷静に考えてみると、この作品は他のいわゆる「新本格」系の作家が目指す現代社会における「探偵小説」の復興ではなく、現代で純粋な意味での「探偵小説」がどこまで通用するかの挑戦ではなかろうかと言う気がしてくる。その試みが成功したか否かはさておき、結構貴重なものなのかもしれない。「探偵小説」というのは雰囲気的なものと考えて頂ければ良いであろう。京極夏彦氏の京極堂シリーズとは一風変わってる。京極堂のシリーズは、初めにトリックありきでの舞台設定であったが、この作品は舞台設定ありきの内容のような感じがするのだ。この点に関しては今後の作品でおいおい解ってくるかもしれない。
で、作者の正体に関して思うこと。小野不由美女史説が一部で流布したようであるが(なんでも系図を使った作品を書きたいと、以前インタビューかなんかでいってたらしい)、さる筋からの情報で否定されている(ご本人が違うと言ったようだ)。いちゃもんをつけるわけではないので気にしないで欲しいのであるが、仮に小野不由美の変名であってもやすやすと「そうだ」と口を割るわけがないであろう。他の否定の理由付けとして、小野不由美の名前で出した方が絶対に売れるという説もある。果たして正体は小野不由美なのであろうか。私は、何人かの作家による合作であると言う説を提唱しておきたい。これなら「物集高音」という怪しい(笑)名前で出す意味はある。もしかしたら、その中に小野不由美も噛んでるのかもしれない。あと、京極夏彦も噛んでると言う可能性あり。どの雑誌か失念したが、著者近況で「2500枚のゲラと格闘中」という記述があったが、ゲラって原稿用紙単位なのであろうか? それはないだろう。多分。本になったページ分だろう。今年(九九年)は短編がいくつかまとまるようであるが、二千五百ページ分もあるかどうか怪しい。それ故に二千五百枚のうちの何枚かは(四、五百枚?)「物集高音」の二作目なのではなかろうか? とまあ十中八九的を外した推理(もどき)を書いたが、「物集高音」の正体が気になってるのは私だけではないであろう。
角川書店が主宰する日本ホラー小説大賞の最終選考に残りながらも、選考委員の満場一致で落とされたという曰く付きの一品である。それ故、このように本になる、と聞いたときは「どんなものなのであろうか」という興味が非常にあった。引用された選評を見て興味が湧かない人はいないだろう。ほとんどの場合、満場一致で落とされた作品は日の目を見ないのであろうが、今回「クイックジャパン」の編集者の英断で世に出ることになった。うわさで聞いたホラー小説大賞の選評の中で、首傾げざるを得ない一番代表的なのが「八人以上殺してはいけない」とうもの。「誰がこんな事決めたんだ?」と思わず首を傾げた。ギャグではなく大まじめに言ってるというのが凄い。とりあえず内容に移る。異形博覧会 井上雅彦 角川ホラー文庫 760円場所は架空の日本、国名大東亜共和国。ファシズムが横行する世界。そこでは年一回、あるプログラムを実施する。それは防衛上のプログラム。正式名称戦闘実験台六十八番プログラム。毎年一回、全国の任意の中学三年生のクラスの中から五〇クラス選び出し、殺し合いをさせるというもの。そして生き残った一人のみ帰還が許される。“プログラム”の生還者は以降の生活を保障されるらしい。香川県のとある中学三年B組の生徒らは、修学旅行中いきなり集団拉致される。そして目覚めたところは四国の或る島。政府の役人で坂持金発となのる男が現れ凄惨な殺し合いの始まりを告げる。一人一人武器などを持たされ、戦場へと送られる中学生たち。一人、また一人、誰かが誰かを屠る。或るものは恐慌状態に陥り、或るものは冷静に生き残りをかけてクラスメイトを殺していく。時折発表される犠牲者の名前。せばまる活動範囲。果たして生き残るのは誰か? 史上最悪のゲームの結末は?
一読して思ったのはこの作品は、満場一致で落とされるほど酷い作品ではないということである。殺し合い小説であるにも関わらず、そこにはスプラッタ小説のようなドロドロ感や嫌悪感はない。それどころか、爽やかさや爽快感すら感じるところが多々ある。恥じらいや青春など。凄惨な描写は控えめ控えめに、描写されるのは登場人物の心理。このような殺し合いに巻き込まれたにも関わらず、人を信じようとする心や、冷静に、如何に人を殺すかに腐心する人間。四二人という人間が出てくるにもかかわらず、脇役がそれぞれがごっちゃにならないでくっきりと書き分けられてる点も評価すべきであろう。そして各人が殺される様もそれぞれ書き分けている。一切の手抜きはない。とにかく、満場一致で落とされるほど酷い作品だとは全然思えないのである。
この作品が「ホラーじゃないから」と言う理由で落とされたのであれば、まだ納得できたであろう。ホラーの定義は人によって千差万別であろうが、私の感覚ではホラーというよりはむしろ……なんというべきか。青春殺し合い小説とでもいうべきかなあ(そんな言葉はない)。スティーヴン・キングの作品に、この作品と似たような設定の作品があるらしいが(その作品は未読。『ロング・ウォーク』と言うタイトルらしい。版元不明)この作品を選考委員はどう考えてるのであろうか(読んでないんだろうなあ)この作品は大賞はともかく、長編賞、最低佳作ぐらいはあげるべき作品だったに違いない。余談であるが、この稿を起こしてる時点で五刷り。売れ行きは順調である。これが年間ランキングの上位に食い込むことがあれば、選考委員の面目は丸つぶれであろう。いっそのこと菊池秀行氏や井上雅彦氏らに総入れ替えすればいいのに(笑)
金八先生のパロディがダイレクトに出てくるが、実をいうと、私は一回も「三年B組金八先生」を見たことがないので、あからさまな、このひどいともいえる使い方に関してはさほど思うところはない。坂持が作品のアクセントになってることは否定できなく、坂持が出てこなければこの作品も少し平坦なのになっていたであろう。例えば、殺し合いをやってるのに「みんな元気にやってるかあ」はないだろ(笑)私は坂持の役回りをギャグとして捉えた。「三年B組金八先生」を見てた人はどう思うか解らないが。もしかしたら、坂持の存在や役回りに嫌悪感などを抱く人はいるかもしれない。それはしょうがないことであろう。
私が今更いうべき事でもないかもしれないが、未読の人は是非とも手にとって読んで欲しい。
井上雅彦といえば<異形コレクション>、<異形コレクション>といえば井上雅彦。私の中の現在の位置づけである。本書は井上氏が様々なところに発表してきた作品を網羅したものである。確か『恐怖館主人』(角川ホラー文庫)も本書と同じく未収録短編の網羅であった気がする。各短編が発表された雑誌という媒体で、残っているのが「小説現代」だけ、というのは時代の移り変わりを感じさせる。この短編集を一読して驚いたのが、現在氏が編纂している<異形コレクション>のテーマが結構出そろってるということである。変身テーマあり、ゾンビあり、月の物語あり(これはかなり強引といえば強引)、水妖あり。或る意味<異形コレクション>シリーズの「原型」ともいえる短編集である。それ故に今後のテーマも予感させる。怪獣、闇そのもの、人形、平面世界……。二十三の短編が六部構成で手際よく配置されている。本書を読むものに闇が訪れんことを――。QED 六歌仙の暗号 高田崇史 講談社ノベルス 980円
気に入った作品にコメントをつけておく。「脱ぎ捨てる場所」
麻紀はハンドルを持つ手が震えていた。もう少し、もう少しなのだ。ここではいけない。ここでやってはいけない……
なんと言えばいいのであろうか。言うなれば異形のものが己が異形のものであることを隠し、それが発覚しないようにただひたすら腐心する事を描いた……と言うのも少し違う。何ともいいようがない作品である。
「俺たちを消すな!」
地下鉄に巣喰うスプレー・アーティストを捕縛に行く警官二人。しかし、彼らの装備は重装備であった。まるで、人間でないものを相手にしに行くような……
二次元の三次元への逆襲。闇から現れる異形のものの攻撃にひるむ警官だが、異形のもののアイデアだけでも特筆ものである。気のせいだと思うが、『ゴーストスィーパー美神』に似たような異形ネタがあったような。しかし、作中の彩りは明らかにこっちに軍配が上がる。
「魔女の巣箱」
闇の中で何ものかが目覚める。そこにいるのは、善意の存在ではなく、邪悪な存在。邪悪な存在は今放たれた。
ホラーというかなんというか。B級ホラーのテイストが溢れる一編である。忍び寄る異形のもの。この作品は映像化したら案外傑作になるかもしれない。闇の描き方が秀逸。
「シネマハウスで会おう」
幼き日より映画を作ろうといった二人。いよいよ制作にかかろうと言うその時、彼が死んだ。
ショート・ショート故、さほどコメントができないが、読了後哀しみと戦慄が同時に襲ってきた、と記しておこう。
「おどろ湯の事件」
土地開発のために自分の故郷に向かった美倉直也。現地でいろいろ話しを聞くうち、自分の前にここに来た人間は皆行方不明になってると言う。少年時代、おどろ湯に通っていたことを思い出す。
ノスタルジーと恐怖の共演とでもいうべきか。記憶の奥底に眠る恐怖。もしかしたら、誰でも掘り起こしたくない記憶を心のどこかに秘めているのかもしれない。
「十月の動物園」
或る日、コーヒーを飲むと飲めない。ブラックコーヒーが飲めないのだ。その日から幼児退行が始まる。漢字が書けない、自転車に乗れない、帰れない……
前半の幼児退行していく恐怖と、後半に主人公の過去が交差する場面が見所か。しかし、翻って自分が幼児退行していく様って怖いだろうなあ。ホント、マジで。
『QED 百人一首の呪』では和歌に秘められた秘密を現代の事件と絡ませて解いた。今回は六歌仙と、誰でも知ってる七福神と現代の殺人事件との華麗なる(?)融合である。なお、この作品は一回メフィスト賞をはねられた曰く付き(笑)の作品である。今回は(も?)日本史の基本的な知識が若干要求されなくはないが、作中で説明されてるので、まあ問題はないと思う。内容に移ろう名邦大学では七福神に関する論文は一切禁止されていたのであるが、その理由ははっきりしていた。七福神に関わった人間が不審な死を遂げているのである。或る者は京都で事故に遭い命を失い、或る者は実験中に毒を吸い込んでしまい。実験中の事故では、息を引き取る前に「きのどくに」という不可解な言動もあった。そして、京都で命を失った人間の妹である斉藤貴子は禁止令が出てるにも関わらず、七福神をテーマに卒業論文を書くことを決意する。そして京都で調べものをすることに。一方桑原祟たちも、薬草園研修旅行で偶然京都に赴かねばならなかった。彼らは京都で落ち合う。ホテルのバーで話し込んで貴子が自室に忘れ物を取りに赴いたとき、何ものかが彼女を襲った。七福神と六歌仙との密接な関わりは? そして現代日本での事件との関係は何なのか?
実は、前作が余りにも合わなかった故に敬遠して買わなかったのであるが(だから借りて読んだ)、今回は七福神という誰でも知ってるファクターだったので、読んでみると非常に取っつきやすかった。この作者の作品をまだ読んだことがない人は、この作品から入ると良いかもしれない。六歌仙という和歌詠みの六傑と、七福神の密接な関係が明らかにされる様はスリリングであった。なじみやすい素材だからであろうか。現代ミステリパートの絡め方に、多少の強引さを感じるが、読み終えたら気にならない。現代ミステリパートはあくまで添え物。眼目は歴史の絵解きなのであるから。しかし、ダイイングメッセージの新機軸というか、ダイイングメッセージの絵解きは素材ならではのものがあり好感が持てた。
主人公格の桑原祟が京極堂っぽいという評を前作の時ちらほらとみかけたが、それは作品やネタの性質上ある意味致し方ないであろう。今回もそれっぽいところがいくつか見られたが、私は前回同様それほど気にはならなかった。この種の作品の宿命であろうか。蘊蓄を傾ければ京極っぽくなるというのは。藤木稟然り。違う、というつっこみがボコボコやられそうだが。京極以降の近年は蘊蓄=京極なんて図式もないではない気もする。
最大の山場はやはり、六歌仙=七福神の証明と事件との関わりであろう。私的に、こういうタイプのミステリの絵解きは退屈なのばかりだったのであるが(趣味ではなかった)、この作品において謎が次々と解かれ、そして七福神=六歌仙と言い命題が証明される様は、読んでてゾクゾクさせられた。ジグゾーパズルを作るようにピースを拾い上げ、次々と当てはめていく。ロジック勝負の本格ミステリの絵解きが思い浮かんだ。和歌に潜む暗号、言霊(ことだま)呪(しゅ)など、ダイイングメッセージ以外もミステリ的興味も満載。桑原が言う平安時代における呪術と現代科学(医療など)との共通性も感心させられた。
とっつきやすい素材故、前作が合わなかった人にもお勧めできる作品である。