第十二回メフィスト賞受賞作である。霧舎巧というペンネームの命名はあの島田荘司だ。推薦文も凝っていて、読む意欲をそそらされる。この本を読まずして何がマニア見習いだ! とか言って(笑)そういう或る意味ふざけた興味(爆)は別として、イロモノ、変化球が多かったメフィスト賞に久々の(いや、初めてかも)正統派本格ミステリ登場のようである。名探偵の肖像 二階堂黎人 講談社ノベルス 820円《あかずの扉研究会》という妖しげなサークルの門をくぐった二本松翔は、研究会の書記として迎え入れられる。《あかずの扉研究会》が何を目的とするサークルか解らないまま日々を過ごすが、或る日メンバーの一人が配ったと思われるチラシをみて依頼をしにやってきた人間がいた。依頼人は高校の教師。一年前に実家に帰ったまま学校の寮に戻ってこようとはしない生徒に会いに行くのであるが、ついてきて欲しいという。彼に三日前に手紙が届いていたのだ。「たす……け……て」、と。くだんの生徒氷室涼香の父親は推理小説のサークル《隣の部屋》を主宰。助けを求めるメッセージと一緒に同封されていたのは、年に一度の推理イベントへの招待状であった。イベントは氷室涼香の実家、流水館で行われる。《あかずの扉研究会》のメンバーは自称名探偵の鳴海雄一郎が流水館へ赴く。そして、《あかずの扉研究会》のメンバーが流水館へたどり着いたとき、流水館はマリー・セレスト号のように誰もいなくなっていた。晩餐の風景を残して。携帯電話で繋がるメンバーと鳴海。そして、死体が発見される。鳴海たちも流水館に? 流水館は二つ有る?
奇妙な館、変わった人々、妖しげな団体、双子、首無し死体、名探偵、ワトソン……。様々なミステリの要素を、これでもかこれでもかと詰め込み一つの作品を作り上げている。名探偵の魅力に乏しい気もしたが、流水館という妖しげな館が放つ大トリックは私の好みで、結構評価してるのであるが、肝心の館トリックが今一飲み込みづらい気もする。やはり絵解きで図解をつけるべきであろうか。しかし、それ以外はまさに「新本格金太郎飴」とでもいうか、新本格(第三の波)と称される作品群の新本格たらしめてる要素がどこを切ってもでてくる。こういうの好きだなあ。携帯電話での二元中継という試みも面白い。バッテリーが切れるところも(笑)最後の絵解きもまた良し。
そう、まさに今まで読みたかった作品がここにある。久々の真っ向勝負の長編本格ミステリ。この作品のようにガチガチのタイプの作品がメフィスト賞から出たことを素直に喜びたい(いや、今までイロモノ、変化球じゃないと出れないのではないか、と思ったからなんだけれども。最も、歴代受賞作がダメだと言うことではない)
「新本格金太郎飴」と先に称したが、この作品、非常に意地の悪い見方をすれば「新本格というフェロモンとスピリットだけでの作品」という言い方も出来なくはない。そういう意地の悪い言い方がすらりとでてきてしまうような欠点があるのであるが、私にはそれがいまいち具体的に見えてこない。いったいその正体は何なのであろうか? それは、要素の煩雑さにあると思う。嬉しくなって踊りたいぐらい蠱惑的かつ魅力的な要素がわんさとあるが、それが整理しきれてない印象を受けるのである。そこが少し残念であった。あれ、具体的に見えてるではないか(笑)
驚天動地の傑作、とはいえないものの今後の本格ミステリシーンを引っ張っていってくれそうな新人の作品。二作目も当然ながら期待できそうである。さんざん文句ばっかりいってるようだが、10段階評価で8なので、結構評価はしてるのであるが。
シリーズキャラ以外の未収録短編を収録した短編集。パスティーシュ三編にSFテイストの作品、おふざけパロ(?)の五編が小説。巻末にカー布教のための項が設けられている。芦辺氏との対談「史上最大のカー問答」と「ジョン・ディクスン・カーの全作品を論ずる」である。「史上最大のカー問答」でカーの最大の不幸を嘆いているが、私もその通りだと思う。特に横溝翁が影響を受けたというと、横溝作品のおどろおどろしさ故にカー作品にも横溝的なものをどうしても求めてしまうのだ。それは、二階堂氏の蘭子ものにも言えよう。しかし、カーはオカルトもであるが、ユーモアもその魅力なのであるから(対談では恐怖の裏返しとして分類してある)。この対談でカーに対する偏見が少しでも減ることを願う。といっても、私はカーの熱烈なファンではないんだけれども(笑)それどころか、合わないなあとかほざいてるし(顰蹙)。その割には買うんだよねえ。絶版本(大顰蹙)。けれど、「ジョン・ディクスン・カーの全作品を論ずる」で読みたい未読のカー作品、既読だがまた読み返したい作品が増えてしまった。どうしてくれよう(笑)スイート・リトル・ベイビー 牧野修 角川書店 「カドカワミステリ プレ創刊号2」収録分
というわけで、小説の方に移る。「ルパンの慈善」
教会に燭台を盗みに侵入したルパンであったが、ガニマール警部らの包囲の中、拳銃で撃たれ重傷を負う。だが、ルパンの姿は、煙のように消え失せてしまった。燭台と共に。三ヶ月後、ガニマール警部を呼び出したルパンは盗み出した燭台を返そうと言う。ルパンはどのようにして消え失せ、燭台を盗み出したのか。
二階堂氏が敬愛するルパン贋作である。生憎、私はルパンのシリーズを一冊も読んだことがないので贋作としての出来は判断しかねるが、不可能は分割せよの格言(?)の実践作として印象に残った。
「風邪の証言」
ハイテク化が進む中、容疑者のアリバイ証明にデジタルカメラが使われた。様々な可能性が検討されたが、容疑者が持つデジタルカメラの型では、偽造は不可能だという結論が出た。しかし、丹那刑事が容疑者からうつされた風邪をヒントに、鬼貫警部はデジタル映像の現場である大阪に飛んだ。
読み終えてまず思ったこと。鬼貫警部って今いくつなのか?(爆)てこと。いや、戦前の事件である『ペトロフ事件』(講談社大衆文学館)で登場した鬼貫警部はハルビン警察の警部補。この時でも最低二十台だから、それから五十年以上経った今ってもう七十台のじいさんやんけ。もう完全に退職してるがな……という、どうでもいい重箱的なつっこみが思い浮かんだ。最後の鬼貫警部の言葉が、全てを集約している。
「ネクロポリスの男」
二一四〇年、私は一年の眠りから目を覚ました。私は、刑務所に入っていて、冷凍保存されていたのである。起きていられるのは二十四時間。その時間を有意義に使わなければ行けない。とりあえず私は、娼婦を呼ぶことにした。
タイトルだけ聞いててずーっと気になってた短編である。一応SFなのであろうが、今一この作品の意図がつかめない。一応ネタらしきものはあるのであるが。それは、これがシリーズ一作目で中絶したから、かもしれない。
「素人カースケの世紀の対決」
大学生のカースケは、恋人と一緒に《読書ラン》の高級店《舞羅運》に赴いた。そこでは《読むリエ》が本を選んでくれていた。そこへ、有名書評家の豪徳完之助がやってきて好き放題言い始める。豪徳にカースケは、勝負を挑む。
おふざけパロ、とでも言うべきかなあ。自作を《読むリエ》に取り上げさせて微笑ましいっていえば微笑ましいんだけれども。『アクロイド殺人事件』(クリスティ/創元推理文庫他)と、『貴婦人として死す』(カーター・ディクスン/HM文庫)、『夜歩く』(横溝正史/角川文庫)のネタバレ注意報である。
「赤死荘の殺人」
四月の或る日、マスターズ警部はHM卿の所に駆け込んできた。赤死荘で予告通り死体が消えたのである。マスターズ警部は、前の日に赤死荘で事件が起きるという予告状をもらっていたので、張り込むことにしていたのである。そして、事件の状況から、友人であるケン・ブレークが怪しいのであるが……
過去の作品にこれでもかと言及してて、そこに二階堂氏のカーへの傾倒ぶりが伺える。この作品も「ルパンの慈善」同様不可能は分割せよ系である。最後の仕掛けの妙というか……無念なり。
第六回日本ホラー小説大賞佳作。牧野修はこの作品以前にも『屍(かばね)の王』といったホラー長編がある。この『スイート・リトル・ベイビー』は、幽鬼感あふれる『屍の王』と違う趣のホラーだ。言うなれば、モンスターホラーの一種であろうか。内容に移る。ゆび 柴田よしき 祥伝社文庫 619円児童虐待ホットラインの相談員の秋生は、他愛もない子供のいたずら電話をあしらっていた。児童虐待は、母親から幼子へ、父親が娘へのが主である。その日の相談時間の終わり、帰ろうとしてた時に受話器が鳴った。秋生は、結局受話器を取った。電話の主は、以前に秋生が相談に乗った女性。前の相談の時は、子供の虐待であったが、今回は違った。夫がおかしいという。家に寄りつかない。子供に冷たい。その女性は、民間の探偵に調査を依頼したが、浮気はしていないと言う。だが、探偵は奇妙な結果報告をしたという。彼が借りてるマンションに向かうとき、大量すぎるほどの菓子と玩具を買っていくという。秋生に辻村という、くだんの女性の夫の大学時代の恩師が声をかけてくる。一方で、秋生は、酷すぎるほどの虐待を受けている幼子を保護するために神社へ向かっていた。一応法的手段を経て救い出すことに成功はするが、幼子の父親が逆恨みで秋生を襲う。そして、秋生の周囲に、「天使」が現れる。
先にモンスターホラーの一種と評したが、この作品に出てくる「モンスター」は、或る意味奇抜すぎる。その正体は「天使」である。天使というのはあくまで比喩で、正確には赤ん坊らしきものなのであるが。グロテスクでもない、奇怪な形でもない、斧を持って襲いかかってくるわけでもない、夢の世界から襲ってくるわけでもない。しかし、その存在は恐ろしいのである。無論、人間に害を及ぼすからなのであるが、その害の及ぼし方は客観的なものであり、被害者の主観はともすれば被害に遭っている、という自覚すら薄い。作中でも言及されていたが、「天使」は寄生虫と考えればよいのでは無かろうか。そう、人間生活に寄生する寄生虫。なまじ登場人物の主観的な被害者意識が無い分、たちが悪いかもしれない。
主人公の過去のトラウマと現在起きている「怪異」とのリンクのさせ方も上手い。ここら辺は「社会派」ホラー、と言うべき所なのであるが、まあ下手すれば乖離しそうなところを乖離させずに上手く溶け込ませている。当たり前だろ、と思われることであるが、案外大事で乖離してる作品が少なくはない。この手の「社会派」ホラーというのはもう少し書かれて然るべき事かもしれない。
モンスターホラーの他にも、サイコホラーの側面があるが、その側面で描かれている「人間」と言う名のモンスターの造詣は少し甘いかも。もすこし、徹底的に鬼畜をやって欲しかったなあ、どうせやるのであるならば。選評で林真理子氏が、主人公である秋生がサイコ野郎にレイプされるのは理不尽であると述べてるが、「同じ女性として」と言う観点は私自身が男なので何の言いようもないが、「ホラー小説だから何をしてもいい、どんな残酷なとをしても許される、というのは大きな間違いだ」というのは少し首を傾げる。これは、『バトル・ロワイアル』を落としたことに対する言い訳にしか聞こえない。ホラー小説でなければ描けない残酷さと言うのはあるだろうから。私は「何でもあり」と言う方かなあ。この作品が残酷シーンてんこもり(死語?)ならばこの選評も首は傾げるが納得しないではない。しかし、残酷といえるシーンはさほど無いからなあ。「恐怖を通して、人間の深いところに触れていくのがホラー小説である」はなお首を傾げた。まあ、これは完全にホラー観の違いだからしょうがないのであるが。私は、「恐怖や怪異を描く」というのが大雑把なホラー観かなあ。
周りのものがどうかしたら全て敵に見えるかもしれない、恐ろしい(笑)作品である。
柴田よしき初のホラー長編。もっとも、『遙都』などの「都」シリーズを伝奇ホラーとすれば「初」ではないが。「都」シリーズ分類の仕方、どうなるんだろう。それはともかく、「ゆび」である。モンスターホラーに区分可能なのであろうか、出てくるモンスターはズバリ「ゆび」である。内容に行こう。大密室 有栖川有栖他 新潮社 1500円東京都内でゆびが様々なところで目撃される。「ゆび」というのは比喩的な意味ではなく、まさにゆびそのものなのである。ゆびは、初めは信号の押しボタンのいたずらで満足していたが、やがて非常ベルのボタンを押して惨事を引き起こしたり、ジェットコースターの緊急停止ボタンを押したりと好き放題やり始める。まるで、人間に悪意を持っているかのごとく。ゆびの行動(?)は次第にエスカレートし、目をついて失明させたり、青酸カリを塗って大量虐殺を始めたり。そしてゆびは一つではなかった。大量に出現するゆび。新聞記者が指を捕獲し、知り合いの警官を通じて科学捜査研究所に持ち込んだが、その正体は、敢えて言うならば霊体。果たして、大量に出現し、人を襲う指の目的は? そしてどこから来るのか
まずはアイデア勝ち。「ゆび」というモンスターの設定は類を見ない面白さである。グロテスクではない、ごく普通のゆび。ゆびが人間を襲うなんて、これほど滑稽でかつ恐ろしい光景はないであろう。想像する必要もない。自分の手を見ればいいのであるのだから。どのように筆を費やしても、この作品以上にリアルなモンスターを描き得ないのではないか。まあ、例外は、「人間」と言うモンスターを描くサイコホラーぐらいであろう。モンスターホラー史上最もリアルなモンスターの称号を与えたい。大量の裏に潜むサイコホラー(この場合、ミステリか?)的趣向もまた良し。サイコと異界が結びつくときの戦慄は、大団円を迎える際の起爆剤になっていて、後味もすっきりだ。
この作品のもう一つの側面はパニック小説。ゆびが引き起こす数々の出来事に、皆驚き戸惑う。そう、ゆび一本で我々の生活は恐慌をきたすのである。ゆび一本あれば人を殺すことだって可能であるし、非常ベルを押してパニックに陥れることも可能であるし、ミサイルも発射できるのだ。現代社会の簡易さの裏返しのパニック(若干意味不明)。ゆびが大量に発生(?)し、人を襲う様は想像すると、非常に笑える反面薄ら寒くなってくる。
この作品でも効果を十全に上げている独特の改行効果。この手法は、ホラーでも十分効果を上げることが証明された。この文体、改行スタイルで異形短編を書いたらどのようなものが出来るか、非常に楽しみである。なんでも、過去に一本落としたそうであるから、何らかの形で発表してもらいたいものだが、如何なものか。
文庫書き下ろしでお得故、手に取ってみてはどうであろうか。
「小説新潮」(新潮社)に掲載された広義の密室短編に恩田陸の書き下ろしを加えた全七編。どーも、この総タイトルは異議ありというか、確かに「密室」は有るには有るんだけれども、中心にあるのは密室ではなくてむしろ「密室」というのを物語の一つのピースとして書いたものばかりなのである。まあ、文句ばっか言ってないで各編の紹介に移ろう。黄色い目をした猫の幸せ 薬屋探偵妖綺談 高里椎奈 講談社ノベルス 840円「壺中庵殺人事件」(有栖川有栖)
狭い蛸壺のような部屋の中で、土地成金が死亡。死体発見の状況を検討すると、現場は密室だったようなのである。密室の中にあった主の縊死体は、壺を頭からかぶっていた。
密室の状況があんまり釈然としなかった。改めて読み返してみたが、なるほど、或る意味滑稽な現場である。蛸壺ルーム(笑)の中の縊死体はビジュアル的に笑いを誘う。もう少し引っ張るべきだった、かも。
「ある映画の記憶」(恩田陸)
記憶の中にある映画の一風景。仲が良かった叔父の死で打ちひしがれている母親に尋ねたが、何故思い出したのか釈然としない。その疑問もすぐに解消された。幼き日の叔母の死に似ているからである。叔母は、海で溺死していた。
衆人観衆の密室か。『青幻記』という映画のイメージと重なってくる。もっとも、くだんの映画は見たこと無いけれど(笑)なんだか、ノスタルジックな感傷が喚起されるが、それは何故か? なお、エッセイで作者自身も触れているが、『青幻記』は存在するそーです。
「不帰屋(かえらずのや)」(北森鴻)
発表されることのないフィールドワークの記録。『女殺油地獄』の一節[女の家]に興味を持ち、東北に向かう。調査依頼をした人物を見て、内藤は目を白黒させる。ワイドショーでおなじみの宮崎菊恵だったのである。翌日その菊恵が、離屋で死体となって発見される。
久々に密室トリックで唸らされた。この手があったのきゃあ、と。なかなか印象に残りうるトリックである。もっとも、アンフェアぎりぎりやけれども。民族学ミステリとしてこの連作を書いていくのであろうが、単行本になったときが楽しみである。
「揃いすぎ」(倉知淳)
編集者の八木沢になんだかんだ言って夕食をたかる猫丸先輩。折良くそこに居合わせた椿も相伴にあずかる。中華料理を食す三人であったが、ふと椿が昔自分が体験した体験談を語り出す。それは、四人揃って有る人物の家で麻雀をした後のことだった。
うーん、これって密室短編なのか? なんか密室の「み」の字もない気もするんだけれども。気のせい、と言うことにしておく(笑)まあ、「密室」と言う言葉は出てくるが、これは密室ミステリと言うよりはむしろ、奇譚ではなかろうか。確かに「揃いすぎ」である。
「ミハスの落ち日」(貫井徳郎)
スペインの薬品メーカーの会長に呼び出されたジュアンは、彼の元に赴く。会ったジュアンは、単刀直入に何の用で自分を呼びだしたのか聞く。それは、ジュアンの母親のことであった。ジュアンの母親と彼は幼なじみで、若い頃に再開したっきりになっていた。そして、二人の幼き日の思い出に、暗い影を落としている殺人事件があった。
「アレナル通り殺人事件」改題(笑)実は、雑誌掲載時のタイトルがこれらしい。編集部の意向らしいが、こっちの方が気が利いてるぞ、明らかに。密室トリックはハッキリ言ってバカ(笑)作者自身は、「後期クイーン」を扱ってると自分のページで述べてるが、言われないと気がつかないんじゃないのかなあ。確かに「後期クイーン」だけれども。
「使用中」(法月綸太郎)
無知な編集者との打ち合わせで新谷はストレスにさいなまされていた。ミステリのイロハも知らない編集者が増えている。そう考えながらコーヒーを口にしたが、急に便意を催す。それは、新谷を逆恨みしたウエイトレスの陰謀であった。新谷はトイレで殺害されるが……
いやあ、笑える話である。滑稽というか、パロディというか。ところで、ごめんなさい。エリンの「決断の時」読んでません。もっとも、作中できちんと内容に言及されてるので、読んでなくても影響はないのであるが。この作品は、密室と言うよりはむしろ、リドルストーリーの傑作であろう。だって、密室トリックはあって無きにしもあらずだし。ところで、冒頭の編集者のとやりとりって、じつは実話?
「人形の館の館」(山口雅也)
ここ参照
『銀の檻を溶かして』でデビューした作者の二作目。これは私の記憶が確かなら一回メフィスト賞で落とされた奴だったかも。これを改稿して出版した奴かな。今回はどのようなのか、少し期待してページをめくってみた。カナリヤは眠れない 近藤史恵 祥伝社文庫 533円妖怪三人が経営する薬局に依頼人が一人。依頼人は中学生であった。この薬局の存在は祖母に聞いたという。そして、調合して欲しい薬はと言えば……薬ではなく、人を殺して欲しいという願い。当然ながら、そのような願いは却下される。すごすごと帰る少年であったが、後日事件が起こる。少年が殺して欲しいと言った人間が段ボール詰めの死体となって発見されたのである。その様子だけでも異様なのに、死体は首と手足が切断されていたのである。事情聴取で薬屋のことを少年が喋った故に、警察がやってくるが動じる彼らではない。逆に情報を引き出したりする。薬屋三人は、事件の調査に乗り出す。事件の真相は何なのか。
前回は妖怪の影があったのに対し、今回は妖怪の影は全然見られない。私はこのシリーズに対し、妖怪と謎解きが上手く融合すれば妖怪なだけに化けると思うのであるが如何なものであろうか。それと、リベザルはともかくとして秋とザギが見分けがつかないのが気にかかる(私だけ?)。シリーズの要となるキャラだけに少しそこが気がかりである。そこら辺の欠点を克服できればホント大化けする可能性を秘めたシリーズであることは間違いないであろう。
文句ばかり言ってもなんなので。この作品の見所は各キャラクターの掛け合いであろう。ミステリ的な部分は正直首をひねりたくなるような所があるので、さほど評価は出来ないが(文句言ってないか?)、漫才のような掛け合いは好みの範疇である。この掛け合いがあるからこそ、事件の裏に潜む言い様のない救いのなさが救われているのであろう。そして、事件は発端こそ派手であるが、途中の展開はどちらかというと地味な部類に入るであろう。再度事件が起きてはいるものの、冒頭の死体発見時に比べると地味な感じである。それ故に掛け合いの面白さが光るのか。タイトルの帰結点が見えないではないが、もう少し別のタイトルが良かった気がすると感じるのは私だけか(また文句言ってないか?)個人的には現代の『硝子の光と夜明けの色』の方が良いと思うのであるが。
とりあえず三人の三つ目の事件は楽しみにしたいと思う。
近藤史恵初の文庫作品である。しかも書き下ろし。九月にデビュー作の文庫化を控え、少しは流布するかな、と言う趣。しかし、この作品の探偵役は少し恐れいった。整体師である。この設定がどこまで活かされているのか、はたまた趣向倒れに終わるのか、まずはそこに目が向いた(ひっじょうにめーわくな読者やな(笑))内容に移る。大阪のとある場所にある整体の医院。美人姉妹の受付と偏屈な整体師が営む医院だ。ふとしたきっかけで小松崎雄大は、この珍妙とも言える整体師たちと関わりを持つことになる。単に寝違えた際にぶつかった相手が受け付け嬢で、拉致されるかのごとく連れていかれただけなのであるが。整体師である合田力は、小松崎の背中を見ただけで彼の不健康を絵に描いたような生活をぴたりと言い当てる。幾度となく通ううちに、小松崎は受付嬢二人が抱えるそれぞれの暗闇を垣間見る。そして、その医院に一人また患者がやってくる。その患者は、合田が背中を一目見たときに何かを感じた。彼女は何かを背負っている、と。
従来の近藤史恵の文章とは、ほど遠いタッチの文章である。この点にまず驚いた。彼女の作品全部読んだわけではないのでうかつなことを言えないが、この作品の文章はライトタッチで、従来の作品のような湿感(とでもいうかなあ)は全然感じられない。従来の作品の文章が全然合わなかった、と言う人はかなり合うかもしれない。私はざくざくと読み進め、あっと言う間に読了してしまった。このリーダビリティ、あなどれない。厚さにもよるのであろうが、多分この作品の倍の分量でもサクサクッと読み終えたであろう。
文章もさることながら、作品の構造も結構異色かもしれない。これは近藤史恵の作品としてのみではなく、ミステリとして。通常ミステリというのは、何らかの謎の提起(殺人、密室など)を経て事件の捜査、そして解決となるのであるが(これが黄金パターン、かな?)この作品は全くと言っていいほど謎は出てこない。終幕でいきなり絵解きである。謎が出てこないのに絵解きがある。この構造はなかなかお目にかかれない、と言うか初めて。もしかしたら、短編なんかにありそうな気もするが私は思い当たらない。この構造を可能たらしめているのは、墨田茜というキャラクターに依拠するものであろう。墨田茜という人物がカード依存症だから可能な構造である。←ネタバレこの構造で絵解きさせるには、或る意味超能力者である合田でなく、普通の(能力者ではない)探偵ならば力不足でアンフェア感が先立つ。整体師という背中を見るだけで全てが(全て?)解る人間を設定することでアンフェア感を払拭している。某連作に出てくる非常識な私立探偵の透視能力みたいなもんか。
しかし、この整体師は結構腕は良さそうやなあ(笑)ここだけの話、私は何回か整体に通ったことがあるが完治した試しがない(マジで)最近も体の主要関節のうちいくつかが痛み出してるがなっかなか行きだし切れない。この作品のような整体師がいる医院なら行きたいと思うのに(いや、思わないか←どっちや)