『ゼームス坂から幽霊坂』 『殺しにいたるメモ』
『スコッチ・ゲーム』 『冤罪者』
『今はもうない』 『柚木野山荘の惨劇』
『密告』

ゼームス坂から幽霊坂 吉村達也 双葉社 「小説推理」1〜3月号連載分

 個人的な見解を言わせてもらえば最近の吉村達也はトリッキーなシリーズであるはずの氷室ものでさえ初期のトリッキーさが失われ、少々飽きが来ていた。だからたいした期待感もなく「小説推理」紙上に連載されたのを読んだのであるが、意外な拾い物。面白いじゃないか。
 事故死した翠との思い出を引きずったまま美子と再婚した宮島。様々な事情で結局は前妻の想い出が詰まった幽霊坂のマンションに住み続けることになる。宮島は翠の思い出を振り切ったかのごとく見えるが結局振り切れておらず、ある日そのことを確信した美子は慄く。それに宮島は翠の幽霊を見たというのだ。そしてその夜美子は発狂する。宮島は大学時代の同級生で詩人の桑井に相談をするのであるが……。
 本格ミステリというよりはむしろ心理サスペンスといった趣であるが、読んでてノンストップであった。吉村達也お得意の日本人論(これは島田荘司の専売特許ではない)も健在であるし、なんといっても桑井の過去には本当に戦慄した。並のホラーが霞むほどの戦慄である。桑井が体験したような事を経験すると私ですら髪の毛が真っ白になるであろう。

 ただ難を言えば翠の過去を語る際の唐突さや結局桑井が最後にからんでこなかった点などが挙げられる。読んでて非常に面白かったためにこの辺は少し残念。この点は単行本になる際に直されるのであろうか? うざい温泉シリーズ(全部読んだわけではないのであるが)ではなくこういった心理サスペンスをもっと書いてほしいものである。もっと欲を言えば初期のトリッキーな作風に回帰して欲しいのであるが。採点は大甘の8点だが、これは私が吉村達也ファンであることに起因する

 まだ単行本にまとまってはいないが、本になるときはたぶんハードカバーだと思うので図書館や古本屋でみかけたら是非とも手にとって下さい。でも、ファンの方なら単行本にまとまったらすぐに買って読みましょう。

殺しにいたるメモ ニコラス・ブレイク 原書房 1900円

 『野獣死すべし』と並んで称されるらしい。『野獣死すべし』はマイベスト10にはいるだけに期待していた。しかし、この作品であるはそういった意味では期待外れであった。

 時は第二次世界対戦前、第一次世界対戦終了前後か。探偵ナイジェル・ストレンジウェルズは軍部の戦意昂揚広報宣伝局に勤めていた。戦死したと聞いていたかつての同僚チャールズ・ケニントンが戻ってくる。チャールズはドイツで活躍していたらしい。しかし、彼を迎える即席の歓迎会で殺人が。毒殺である。彼が持ち帰ったナチスのカプセルが使われたのか? そして第二の事件が起こってしまう。さあどうなる?

 『野獣死すべし』は子供を失った父親の鬼気迫る物語でサスペンス寄りであったのに対してこれは思いっきりパズラーである。純粋理論のみによる推理はたしかに読んでて面白く、途中だされる手がかりの表に至っては作者の気迫すら感じる。だが、毒殺ものが私にとっての鬼門であることに加え、期待が大きすぎたことで評価は若干下がってしまった。

 だが、過剰な期待を抱きさえしなければ決して楽しめない作品ではないはずである。

スコッチ・ゲーム 西澤保彦 カドカワ・エンタテイメント 920円

 今回の主人公もタカチこと高瀬千帆である。ただし謎をとくのは匠千秋であるが。今度は前の事件でも語られていたタカチの恋人の死について。

 高校生のタカチは卒業し終えたあとでもまだ寮に居座っていた。二月の下旬まではまだ寮に住めるのだ。ある日タカチが深夜の外出から寮に帰ると人だかりが。血相を変えて部屋の戻るタカチ。そこはルームメイトが殺されたあとの現場検証を行なう係員で埋まっていた。だれが彼女の同性の恋人を殺したのか? そしてまた殺人が……。スコッチの匂いをぷんぷんさせる謎の男。その人物はなぜか川にスコッチウイスキーを捨ててていたという。それをタックこと匠千秋が推理することになる

 テーマ性というか、事件自体は決して軽くないと思う。しかし、それを全くといって感じさせないのは西澤保彦のあの文体のせいであろう。事件の真相の手がかりはACT4までで出ているのでそこまで読み終わったら西澤保彦からの読者への挑戦(挑戦状こそないけれど)を受けてもいいかもしれない。フーダニットとして楽しめる佳作である。にしてもネタかぶったぞ。どうしよう。

 全然関係ないが、タカチの故郷ってどこだろう。雪国というとこしかわからなかったが。余談であるが、中学時代2年間過ごした母校の寮に比べればタカチが過ごした寮は天国である。思わず回想してしまった(笑)

冤罪者 折原一 文藝春秋 2000円

 直木賞にもノミネートされたらしいが、それはテーマ性だからであろうか。しかし、腐っても折原一。普通の社会派で終わるわけがない。社会派的テーマを扱いながらその素材を十分に生かし切っている。

 河原輝雄には婦女暴行殺人の罪で無期懲役の判決が下されていたが控訴を続けていた。そんなある日のこと、事件の被害者の舞の婚約者であった五十嵐に河原からの手紙が届く。彼は舞を殺していないと切実に訴える。五十嵐はその訴えになにかを感じ調査を開始する。物語は前半は過去の連続婦女暴行殺人事件の回想や五十嵐と小谷ユカとの電話、そして彼の叫びとその手記等で費やされ、後半は無罪を勝ち取った河原が狂気にとらわれていく様を描き、なおかつ結局過去の事件の犯人はだれだったのかというフーダニット興味で引っ張っていく。

 インターネットのホームページといったものを使い徐々に物語を盛り上げていくのであるが、ネタが途中でわかってしまった。しかし、ネタが一部途中で割れたが、それをどう終息させていくかに興味が行きなかなか読ませてくれた。なるほど、期待どおりの折原一的展開である。『異人たちの館』や推理作家協会賞受賞の『沈黙の教室』などに匹敵する面白さであるった。

 千街氏が結末の恐ろしさを指摘しているのであるが、これは恐ろしさというよりはどんでん返しと言った方が正確かもしれない。少なくとも私にとっては恐ろしさはいささかも感じず、ははぁ、こうきたかと感心した程度にとどまった。無論こういう結末に恐怖を覚える人もいるかもしれないから否定するつもりはないのであるが。

 元ネタとなったらしい小野悦夫の事件は全く知らなかったがこの事件、『'98 本格ミステリ・ベスト10』での紹介によれば結構興味深い事件なので調べてみたら面白いかもしれない。

今はもうない 森博嗣 講談社ノベルス 880円

 季刊森博嗣春号・『今はもうない』である。

 今回は山荘ものということで読んでみた。実を言うと『封印再度』のあるトリックに激怒して「もう森作品は読まない」と思っていたのであるが、『まどろみ消去』は短編だから、『幻惑の死と使途』はマジックが小道具みたいだから(『人形はなぜ殺される』みたいのを期待した)『夏のレプリカ』は誘拐ものだから読んでみたのであるが、『夏のレプリカ』の犯人設定はいささか面白く感じたが何故か琴線に触れなかった。しかし、今回はクリーンヒットである。

 先にも書いたが今回は山荘ものである。確かに初めは嵐の山荘ものの様相を示すがあっさりと警察がやってくることでクローズドサークルの要素は消える。森流クローズドサークルミステリーを期待していたためそこは期待はずれであった。

 笹木が招かれていた別荘の近くを散歩していると叔母と喧嘩をしたという西之園嬢と出会う。叔母は西之園嬢に無断でお見合いの話をもって来てその相手までつれてきたのだ。西之園嬢が怒るのもむべなるかな。途中雨が降ったために濡れてしまい、二人は笹木がいる別荘に戻る。西之園嬢は橋爪氏が招いた客としてその別荘に泊まることになるが台風が近づいたその夜事件が起こり、密室の中から二人の死体が発見される。二人に捧げるように上演された映画、そして手帳に残されたPPの文字。何通りもだされる推理たち。はたして真相は如何に?

ここからネタにふれるので読み終えた人は反転させて下さい
 途中挟み込まれる犀川と萌絵の会話は一見ファンサービスのごときに見えるが実はこれは巧みなミスディレクションで第一幕から最終幕までが萌絵が体験した話のように見せ掛けるための罠であったとは。
ここまで

 スコーンと騙され、久々に騙される快感を味わった。もう事件の真相なんてどうでもいいやと思ってしまった。

 半ば惰性で読んできた森作品であるが夏号は首切り殺人らしい。犀川&萌絵シリーズも残すところあと2冊。ここまで読んだのだからこれは最期まで見届けないと損であろう。

柚木野山荘の惨劇 柴田よしき カドカワ・エンタテイメント 840円

 猫の正太郎は同居人の作家桜川ひとみに睡眠薬を一服盛られてひとみの友人鳥越裕奈の結婚パーティに連れられてきた。二人は同じ新人賞の佳作と正賞であった。しかし佳作を受賞した裕奈が売れてるらしいとは皮肉である。場所は辺鄙な山の中の山荘。編集者の糸井とともに山荘に辿り着いたひとみは裕奈から盗作のことについて相談をされる。裕奈が過去に応募した作品で箸にも棒にも引っ掛からなかった作品がそのまんま盗作されたという。しかもそれを横流ししたとおぼしき人間が山荘の中にいるとかいないとか。裕奈はひとみに一芝居うってくれるように頼む。一方、土砂崩れで山荘は孤立。そこには人為的なものが……。そしてお約束どおりに事件が起こる。

 猫の一人称というのは宮部みゆきの『パーフェクト・ブルー』を彷彿させ新味はないもののその語り手自体があるトリック(叙述トリックではない)の解明に一役買っていてそこに非常に感心した。

 ただ、唯一不満なところといえば緑子シリーズのような独特の間のとり方や硬質な、いかにもハードボイルドな攻撃的な文体が全くなくそこは期待外れであった(というより猫の一人称という時点でそれを期待するのが間違ってるのかもしれないが)。

 ライトミステリーとでもいうべきか。軽いタッチで描かれており、今まで緑子シリーズは文章が合わなかったとか軽いミステリーが読みたいという人にはうってつけである。緑子ものと文章が全然違うので本当に驚いた。でも猫のハードボイルドともとれなくはないのであるが(笑)

 全然内容に関係ないんだけれど98ページの川内の「主人公はみんな女でしかも離婚経験者ばかり、子供をほったらかして仕事して、(中略)刑事や探偵まで女と来てるじゃないか」という台詞。これは作中での雑誌特集に対する暴言だがもしかして緑子シリーズにそう言う酷評受けたんだろうか。そうなら自虐過ぎ。

密告 真保裕一 講談社 1700円

 通商危険な小役人シリーズの最新刊。主人公は警察官である。しかも捜査官ではなくてデスクワーク中心の仕事である。これはどんなものであろうかと思い読んでみたがまずまずの出来。役人というと市役所の人や大蔵省の人とか思い浮かべるが警察官もやはり役人なのである。文中もそう言った趣旨の言葉が頻出する。

 とりあえず粗筋を紹介してみる。特練員だった萓野は過去にはオリンピック出場もまんざら夢物語ではないほどの腕前であったが、その前に立ちはだかる人間がいた。矢木沢であるである。矢木沢がいるかぎり萓野はオリンピックに出場できない……。そう考えた萓野は矢木沢の悪行(?)を密告する。結果矢木沢はオリンピック出場の権利を剥脱される。そして……。八年後、矢木沢は萓野以外の何ものかに密告される。しかし前科がある萓野が疑われ、萱野は四面楚歌の状態に。濡れ衣を晴らすため、単独調査をはじめた萓野に様々な災難が振りかかる。裏に潜む黒幕はだれなのか?

 文章的にはわりと低いトーンで『奪取』みたいな一気読みのトーンではなかったもののぐいぐいと読ませる。では内容的にはどうか? 次々と萓野が動いてくれて読むものを飽きさせず、矢木沢の美菜子と萓野の関係やその苦悩、萓野に思いを寄せる幸恵とその父親堀越の心配などなど人間関係が浮かび上がるときにでてくる様々な構図。密告者の意外な正体や裏に潜む黒幕の正体など意外にミステリの骨法を押さえていて憎いねこのぉ(笑)といった感じである。それにしても一応腑に落ちることは落ちるのであるが、いまいちのどに骨が引っ掛かるような読後感がするのは何故なんだろう。恐らく中途半端なハッピーエンドで終わってるせいなのか。

 『防壁』と比べて警察という素材自体の濃度は少々薄いような気がする(というより『防壁』が濃すぎるだけかも)。しかし冗長というわけではなく射撃という要素を加えることで深みを増し、相乗効果でデスクワークの警官という素材にも関わらずSP(セキュリティー・ポリス)を扱った『防壁』以上の出来になっている。だが、真保裕一をこれから読もうという人には不向きである。『連鎖』や『奪取』を読んでから取りかかった方が無難であろう。


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