『緋の楔』 『プリズム』
『夜想曲』 『青の炎』
『俳優』 『六番目の小夜子』
『乱歩の幻影』

緋の楔 吉田直樹 祥伝社 1900円

 宮部みゆき、高村薫、天童荒太といった実力派たちを多数輩出した日本推理サスペンス大賞の七回目の佳作を『ラスト・イニング』(新潮社)で受賞した人の三番目の長編。短編は昔読んだことがあった気がする。長編は初めて読むけれども。どなたかの(誰か忘れた(笑))のお薦めで、なおかつ図書館に鎮座していたので読むことにした。舞台は少女漫画の世界。業界ものというのは珍しくはない気もするが、漫画業界を書いた小説というのは聞いたことがない。内容に移る。

 バブル末期に不動産屋が始めた漫画雑誌は、頭打ちだった業界の中でも部数は結構上を行っていて、なおかつ販売率も七割五分と上々。しかし、不況の波は意外なところで押し寄せてきた。本業の不動産部門がふるわないので切られたのである。折口夏奈は雑誌草創期にヘッドハンティングされ、やり手の編集長としてなんとかやってはいたが、突然の雑誌廃刊はまさに青天の霹靂であった。各作家へのお詫び回りも終わり、一息着いていると知り合いの他社の編集者から頼み事をされる。上村ルイの突然の執筆拒否の原因を本人から聞き出して欲しいと言うのだ。仕方なく上村ルイの家に赴くが、そこで転落した相棒の娘を捜して欲しいと上村ルイに頼まれる。相棒は往年のヒット作『プリティー・ジョディー』の原作者であった。しかし、『プリティー・ジョディー』完結の前に相棒姿を消していた。幼い娘を連れて。否応なく調査を始めた夏奈は何者かに脅迫される。しかし、脅迫にも屈せずに着実に調査を進めていった。

 なんだか、裏表紙に刷り込まれた池上冬樹氏の推薦文がこの作品の魅力を全て言い表してる気がするが、屋上に屋根をつけることを恐れずに書いていこう。先にも述べたが、実際問題漫画業界を書いた小説は非常に珍しい気がする。漫画業界に限らず、小説の業界も少ない気がする。ミステリ業界の一面を書いた竹本健治氏のウロボロス連作(笑)や『死者を笞打て』(鮎川哲也/講談社文庫)があるが、これは非常に希有な例なのであろう。『Miss You』(柴田よしき/文藝春秋)も小説業界を書いた作品のようであるが、現時点では未読。筒井康隆氏の作品にもあった気がするが。『推理文壇戦後史』(山村正夫/双葉文庫・絶版)などのようにノンフィクションとしては(その他の業界も)結構ある気がするが、フィクションとしてはあまり類例がない。つまり、業界の人が業界の内幕を舞台にした作品を書かないのは、あまりにも身近な世界だから興味が湧かないからなのか?

 少女漫画のことはよくわからないので、作品に出てくる漫画家のモデルが誰か――モデルが居そうな感じであるのであるが――全然解らない。しかし、そんなことが全然解らなくても、言うまでもないと思うが、楽しめる。それ故に、「ああ、この人がモデルやな」とピンと来る人なら倍楽しめる可能性はある。しかし、「プロットよし、人物よし、トリックよし」という池上冬樹氏の言葉通りではあるのであるが、破天荒な作りの作品ではなく――登場事物が漫画業界の人が多いと言う点を除けば――皆普通の人間(というのは若干の語弊があるが)なのでもの足らない人間もいるかも知れない。派手な意匠が強調されることが多い本格ミステリの読者向けではない。どちらかというとハードボイルド系読者向けなのかもしれない。或る意味破天荒なトリックはあるものの、本格ミステリの要素としてのトリックと言うよりは、物語を引き締める要素としてのトリックの意味合いが強い。トリックだけ抜き出せば本格ミステリっぽいが、プロットが本格ミステリになることを拒否しているように思える。本格ミステリになることを拒否しているように見えると書いたが、往々にして広義のミステリーにカテコライズされる作品を読んでると、本格ミステリになることを拒否してるような作品に出会うことがある。具体的な書名が思い出せないのがアレなのであるが。とりあえず、この作品がそうだ、と言うことを忘れないようにしよう。

 文句を言ってるようであるが、結構面白かったので実はそれなりに気に入ってたりするのであるが他の作品を読むかは未定である。

プリズム 貫井徳郎 実業之日本社 1600円

 「週間小説」に不定期連載されていたものをまとめたものである。本書はバークリイの『毒入りチョコレート事件』(創元推理文庫)やコリン・デクスターのモース警部ものの嫡流に当たる作品ということか。一つの事件に対して様々な仮説が構築され、そして崩されていく。作者が後書きでも述べているが、なるほど、『毒入りチョコレート事件』の源流はポオの「マリーロジェの謎」までさかのぼることが出来よう。内容は簡単なものである。

 小学校の女性教員が殺された。被害者の胃の中からは睡眠薬が検出される。そして、彼女に送られてきたチョコレートの中からも睡眠薬が。送り主は彼女の同僚の教師であることが判明した。そして、事件に時期を接して強盗事件も起きていた。殺害された女性教師にゆかりのある様々な人間がそれぞれの立場から事件に「推理」もしくは「解析」の光を「事件」という名のプリズムに入れ、様々な「真相」が照らし出される。

 『プリズム』というタイトルが示す通り、そして帯に記されてる通り、先に述べた通り「事件」は「推理」や「解析」という光を通す「プリズム」でしかない。しかし、それはこの作品に限ったことではなく、事件→発見→解明というプロセスをたどる様々なミステリにもいえることであろう。そのプロセスをくっきりと浮かび上がらせていく。その様はまさに「本格ミステリ」としか言いようがなく、いくら帯に「実験的アンチ本格ミステリ」と書かれていようと私はこの作品をアンチではない「本格ミステリ」と呼びたい。しかし、「アンチ」が付く所以はわからないでもない。「真相」の扱い方である。ネタばれになるので後述するが、考えつくは易し、成立させるは難しである。

以下本書『プリズム』と『妖異金瓶梅』の内容に触れます。両方既読の方のみ反転させてください。
 この『プリズム』の最大のキモは、構築されては崩される一つ一つの「真相」もさることながら、犯人の循環であろう。すなわち、最後の章である「感情の虚飾」で(名目上)指摘される犯人が、最初の章である「虚飾の仮面」で(その章での中の)「真実」を(しかし、事件の真相か否かはわからない)指摘する少年であるというのは、二章である「仮面の裏側」の「解析者」が「虚飾の仮面」で指摘された「犯人」であることが判明した時点でおおよその見当が付いてしまった。最大のキモを犯人の循環という点に置くのであれば、各章の章のタイトルの付け方はまずいと思うが如何なものか。私の場合「仮面の裏側」を読んだ時点で各章のタイトルを確認し、確信したのだから。もしかしたら、章のタイトルを見ただけで気が付く人がいるかも。
 しかし、この作品の凄いところは着想もさることながら、着想のアクロバットを難なくやってのけていることであろう。連作における犯人の循環という着想は、もしかしたら思い浮かんだ人は過去にも何人か居たかもしれない。しかし、読めばわかるであろうが、その着想を巧く着地させるのは至難の業と言っても過言ではなかろう。先に「難なく」と書いたが、その苦労は並大抵のことではないかもしれない。
 前の章で指摘された「犯人」が次の章で「解析者」となるという趣向は読んでて犯人及び動機が皆同じという『妖異金瓶梅』を思い出した。もしかしたら、この作品は或る意味山田風太郎へのオマージュもあるのかもしれないというのは牽強付会か。いや、牽強付会であろう。多分。
 この作品が「アンチ」たる所以は「作者が決めた堅牢な真相が存在しないこと」であろうが、作者自身も後書きで書いてるが、私も新たな「真相」が書かれるのを期待してやまない。ならお前が書けよというつっこみはあるだろうけれども。

 1999年の本格ミステリシーンの最大の収穫かもしれない。恐らく「本格ミステリベスト10」では上位に行くであろう。行かないときは単に投票者が読んでないか、見る目がないだけであろうから

夜想曲(ノクターン)  依井貴裕 角川書店 1800円

 『肖像画(ポートレート)』(東京創元社)以来久しぶりの新刊である。ブランク四年。その間作品の発表がなかったようなので『消失!』(講談社文庫・品切れ?)の中西智明氏のように消えちまったかと思ってたが、「このミス」の隠し球でこの作品の告知をされていたので楽しみに待っていた。ペンネームにEQが刷り込まれていることからわかるように(音読みすると「いいきゆう」だ。といっても依井作品を読んでる人には周知の事実か)、クイーンの呪縛は強いようである。久々の新作を堪能させていただいた。内容は至ってシンプルなのであるが。

 俳優の桜井の元に送られてきた一束の文書。そこには或る事件が記されていた。ペンションで起きた連続殺人事件。桜井が俳優になる前につとめていた役場の同期の集まりで事件は起きた。起きた事件は三件。そして、原稿の束には克明に事件の詳細が。事件の記憶がごっそりと抜け落ちている桜井には、人を殺したかもしれないと言う感覚が残っていた。原稿には犯人の名前が記されてあるのか、そして犯人は桜井なのであろうか。桜井は原稿を読み始めた。

 非常にデリケートな作品としか言いようがない。ロジックという観点のみで見ると少しものたらない気がするが、最大のアクロバットを成立させるためには仕方がないことであろう。これ以上複雑にしたら、作品が成立しなくなるかもしれないのであるから。恐らく、この作品のロジックの切れ(という表現が適切かはさておき)はロジックの神様であるエラリー・クイーンを凌ぐといっても言い過ぎではないと思う。なんと表現すればいいか考えあぐねるが、事件に対するロジックである。ロジックがメタレベルまで踏み込んでいて興味深いというべきなのかなあ。メタレベルまで踏み込んだロジックだからこその破壊力とでもいうか。プラスアルファ最近流行の或る趣向も組合わさり、意外な「真相」が三度も提示される。いや、三つの衝撃とでも言うべきか。

以下ネタばれではないと思いますが、一応念のために伏せておきます。出来れは『夜想曲』を読み終えてから読んでください。
 本書の最大のキモは「このミス」の作者自身のコメントにあるように、同じ手がかり、同じロジックを用いて一度指摘した犯人と違う人間が犯人だろ論証できるかであるが、鮮やかに決まっていて心地よい。『歳時記(ダイアリー)』において大業を披露してくれたが、この作品の大業は『歳時記』以上である。或る意味もの足らなさすぎるロジック、論証であるが、それが真相のカタストロフ大いに貢献していて構成の巧みさに舌を巻かざるを得ない。二階堂黎人氏は「KADOKAWAミステリ」創刊号のコラム「論理の聖剣」の中でこの作品を「テキストレベルのパズル性」と述べてるが、パズル性を越えた作品で有ることは間違いないであろう。

 『プリズム』と共に、1999年の下半期の本格ミステリの中で注目されるべき作品である。多分。いずれにせよ、四年間待たされた甲斐がある作品であることは間違いはない。

青の炎 貴志祐介 角川書店 1400円

 『クリムゾンの迷宮』に続いて今年はこの作品で二冊目である(って、私が言うことではないか)。「このミステリーがすごい!」の99年度版の「私の隠し球」で予告されてた作品である。初のミステリ、かつ倒叙ものと来れば、読者側の期待というのはいやでも高まるであろう。作者自身は熟成しすぎて酢になってるかもしれないのだがといってるが、果たしてどーか。

 高校生の櫛森秀一は悩んでいた。人を殺すべきか否か。彼の家にはつい十日前に転がり込んできた男が約一名。母親の元夫。元再婚相手。払ういわれのない慰謝料を払ってまでしてようやく離婚したにもかかわらず、祖父が死んだのを聞きつけて居座ってしまう。このダニみたいな男を生かしてても百害あっても一利なし。秀一の頭はフル回転で殺害計画を練り始める。やがて殺意は明確なものになり、計画は血肉を得始める。そして、計画は成功したかに見えたが?!

 犯罪を犯す人間の側から描く倒叙ものである。それは確かなのであるが、「倒叙ミステリか?」という問いには少々考えあぐねる。真犯人である櫛森秀一は殺害に当たって割かし複雑なトリックを考案していて、捜査陣によってそのトリックが崩される様は、確かに倒叙ミステリならではのものを感じる。しかし、この作品の主眼はトリックは崩されるカタルシスにあるのではないじゃないのか? 主眼は犯罪者の心理。犯人がどうして犯罪に至らざるを得なかったのか? そして犯行後の心理は? というところにあると思う。

 櫛森秀一が犯行に至るまでの心理のプロセス、犯行後の心理はそこだけ抜き出したら申し分がなく、かなり興味深く読めた。ただ、今日日高校生のガキにここまでの計算が出来るか否かというのはかなり疑問点が残るが(見くびりすぎ?)。しかし、貴志祐介の倒叙ミステリということで、どのようなものが出てくるのかと期待に胸を膨らませて読んだのであるが、「警部補古畑任三郎」とか「刑事コロンボ」みたいなのり(すなわち完全犯罪崩壊のカタルシス)を予想していたのは期待にそぐわなかったとしか言いようがない。この点は各々の趣味趣向によるから一概に言えないのかもしれないのであるが。

 俗に三大倒叙ミステリといわれる作品を一冊も読んでなく、倒叙ミステリというと先述の「警部補古畑任三郎」とか「刑事コロンボ」、鮎川哲也の倒叙もの(結構倒叙ものが多い)しか頭にない私には少し肩すかし気味だった。これらの作品に共通するのは「意外な」犯罪暴露(という言い方で良いかはさておき)の瞬間である。確かに、この作品でも「意外な」犯罪暴露の瞬間有るには有る。しかし、私が期待したハードルが高すぎたのか、犯人の心理描写が面白すぎてバランスが悪かったのか、いずれにせよ期待にそぐわなかったことは確かではあるが。

 あと、『クリムゾンの迷宮』や『天使の囀り』系の従来の(?)作風を期待すると肩すかしを食うかもしれない。例えるならば、『黒い家』(角川ホラー文庫)を裏側から描いたものか(少し違うか)。

 好みが非常に分かれる作品であろう。

異形コレクション(13)俳優 井上雅彦監修 廣済堂文庫 762円

六番目の小夜子 恩田陸 新潮社 1400円

 復刊されるまで永らく間伝説の作品とされていた本書は、98年8月に綾辻行人氏の解説付きで復刊された。このような作品を絶版にしてたことは新潮社の大失態である。しかし、一度絶版になった故に改稿の機会が与えられたので功罪相反するというところか。ところで、この元版の新潮ファンタジー文庫版って古書価値いくらぐらいだろうか。結構気になるものがある(持ってたりして(笑))。ジグソーハウスでは7,800円ぐらいだった気が。第3回ファンタジーのベル大賞の候補作だったらしい。内容を紹介する。

 田舎の進学校に伝わる小夜子≠フ伝説。それは誰が始めたともしれない、三年に一度の行事。その年の小夜子≠ヘ前の小夜子≠ゥらメッセージを受け取る。そして次の代の小夜子℃けるときは教室に赤い花を活ける。そこからその年のゲームが始まる。そう、小夜子≠ニは一種の犯人探しのゲーム。決して悟られてはいけない。そして六番目の小夜子の年、小夜子≠ニ同じ読み方の名前の転校生、津村沙世子が来たその年に奇妙な出来事が起きる。津村沙世子を中心にして。津村沙世子が来た年は、様々な暗喩、隠喩に満ちた一連の事件が起きた年でもあった。六番目の伝説が、今始まる。

 なんか持って回った言い方だが、それ以上踏み込むとどうしてもネタバレになりがちなのでしょうがない。この『六番目の小夜子』は、解説で綾辻氏が述べているように、ホラー、ミステリ、学園小説の三側面から見ることができ、どの側面も魅力的なものになっている。その魅力の源はやはり言うまでもないが小夜子≠フ存在に他ならないであろう。小夜子≠ニいう一種のフーダニットの犯人的な存在があるからこそ三側面が上手く際だつのだ。
 春の章、夏の章、秋の章、冬の章と季節は一巡する。その季節事に見せ場、エピソードがあり、そう言った意味では若干牽強付会であるが、連作短編集と見ることもできよう。無論それを繋ぐバックボーンは小夜子=B

 『ニューウエイヴ・ミステリ読本』の千街氏のレビューで本書に触れた際に、学園祭のシーンをモダンホラー史上屈指の名場面と評しているが冗談じゃない。このシーンはモダンホラーといわず、エンターテイメントと置き換えるべきであろう。初読の時は、読んでいてゾクゾクし、ある意味震えが来た。暗闇の中で一人一人フレーズを読み上げていくシーンは、そういったある種の恐怖感の他に、もう自分が戻ることの出来ないあの頃へのノスタルジーをも喚起させ、その渾然一体となった感じを味わわせてくれる。そう、郷愁と恐怖のハーモニー。もしかしたら、自分はこんな高校生活を送りたかったという羨望も混じっているのかもしれない。

 ところで、この『六番目の小夜子』であるが、『吉祥天女』(吉田秋生/小学館文庫・全二巻)という漫画との符号というか、共通項というのも気にならないではない。『吉祥天女』も女子生徒が転校してくる。生徒の名前は叶「小夜子」。津村沙世子と叶小夜子の二人の「サヨコ」の造形は似てなくはない。たたえている空気、物腰。しかし、この二人は根本的に違う。叶小夜子は男を破滅させる魔性の女であるのに対し、津村沙世子は事件を呼び起こす触媒でしかあり得ない。叶小夜子は全てを見透かす「天女」であるが、津村沙世子は実は操られる傀儡でしかなく、把握してるわけではない。「サヨコ」と言う符号の他にも、津村沙世子を巡る人間関係の相関図は、似たような雰囲気があるように思える。実際、再読の際は『吉祥天女』の登場人物が次々と頭に浮かんだ。冷静に考えれば、いや、考えなくても上記の考えは的はずれなんだろうが(じゃあ書くなよ)、元版の文庫の表紙を思い出すと考えざるを得ない。表紙の絵を描いたのは吉田秋生であった(と思って確認したら全然違う人だった(笑)名前の暗合故に上記のことを考えたのであるろう)

 とにかく傑作なので、未読の方は騙されたと思って是非とも手にとって読んで欲しい。

乱歩の幻影 日下三蔵編 ちくま文庫 1000円

 ――江戸川乱歩。ミステリ界の大巨人。この人を越える存在が出てくるのか否か疑わしい、というぐらい大きな存在であることは誰も否定できないであろうし、否定しようとも思わないであろう。日下三蔵氏が編纂したこのアンソロジーは、乱歩に関する小説を収録している。乱歩=ミステリの巨人故にミステリを期待するのが人情なのであろうが、幻想小説あり、ミステリあり、ポルノあり、伝記小説ありと種類豊富千差万別博覧強記驚天動地焼肉定食(ん?)。バラエティに富んだアンソロジーになっている。
 好みから言えばベストは、読んだ人は意外に思うかもしれないが、「伝記小説 江戸川乱歩」かも。「小説 江戸川乱歩」も捨てがたいし、「屋根裏の乱歩者」も嫌いではない。皆好きなんだけれども。出来れば乱歩小説アンソロジーの第二弾をやってほしいもんだ。各編紹介しよう。

「小説 江戸川乱歩」(高木彬光)
 平井太郎と名乗る男が青森にある旅館にやってきた。旅館の若主人は何か気になる様子。よくよく考えてみると、敬愛する江戸川乱歩の本名ではないか。乱歩か否か尋ねてみると、本人であると言う答えが。若主人は有頂天になり、近くで起きた一風変わった事件の話をするのであるが……
 一回単行本に収録されたっきりの奴らしい。トリック自体は某有名作と同じ原理であるが、なるほど、ミステリを読み慣れてない人間はビックリするであろう。若主人の友人が太宰治だというのも結構にやりとさせられるかも。神津恭介の生みの親である高木彬光ならではの好編であろう。
「伊賀の散歩者」(山田風太郎)
 伊勢の津の老公が連れ帰った新たな妾。周りの者は皆目を見張った。老公は、若い頃に戻ったかのごとく女遊びに耽るがくだんの妾は自分の器量の無さや若くないのを自覚してのことか、身ごもった子供の将来を憂い、弟に相談するが……
 乱歩自身の経歴、乱歩の著作を小道具(ガジェット)として奉仕させ、一つの小説に仕立て上げている。それこそ三重が乱歩の出生地であることや、解説でも指摘されてる探偵小説論争を踏まえた俳諧論などなど。これだけのガジェットを組み込ませた力量は感服せざるを得ない。
「沼垂(ぬたり)の女」(角田喜久夫)
 友人を訪れる為に新潟行きの列車に乗った私は、一人の女と出会う。新潟に着き、途方に暮れた私は女に世話になることにしたが……。
 うーん、オチは意外と言えば意外だし、ありきたりと言えばありきたり、みたいな。しかし、作中漂う雰囲気の異様さは尋常ではない。その尋常の無さを味わうべきかもしれない。
「月の下の鏡のような犯罪」(竹本健治)
 私は、妻を寝取った男を殺すために、ここ不忍池(しのばずいけ)の近くにある秘密の隠れ家にやってきた。
 なんか、文字に起こすのに困る作品とでもいうべきか、私に乱歩の教養がないからなのか。視点の虚実が曖昧になり、何がなんだかわからなくなる。どことなく、『匣の中の失楽』(講談社ノベルス)に通じるかも、というのは的はずれか。
「緑青期」(中井英夫)
 中井英夫と思しき人間の半世紀。作者の逝去により未完。
 未完に終わったのが悔やまれる作品になったか、それとも未完に終わって良かった作品なのか本書に収録されてるところまででは判別しかねる。が、文章は心地よい。それ故、『虚無への供物』(創元ライブラリ)しか中井英夫の作品は読んではいないが、同じ創元から出てる『とらんぷ譚』が何故か読みたくなった。
「乱歩を読み過ぎた男」(蘭光生)
 成功を収め、50を過ぎるまでまじめ一徹だった男の豹変。乱歩の『人間豹』の恩田のようなことをしたいと、切に思うようになる。そして、人伝に聞いたある業者に美女一体を注文するが、その業者の正体は意外な人物であった。
 蘭光生のポルノ小説。途中乱歩の『人間豹』の引用がたびたび為される。ポルノ小説の体裁をとりながら、乱歩のエロティシズム解析を行ってると思うのは穿ちすぎか。しかし、ポルノ小説とは言いつつ、そのエロ描写は最近のエロ漫画に比べたらかわいいもの。しかし、それ故か、それだけにか判別しがたいがなおさらエロティックなのかも。
「龍の玉」(服部正)
 名探偵明智小五郎と小林少年、そして明智の生涯最大の好敵手二十面相との出会い。三人の出会いは、甘美な予想を裏切ることはなかった。そう、明智小五郎と二十面相最初の事件。それは、二人の過去に遡ることになるのである
 私のように「少年探偵団」の読書体験がない不幸な読者には、この作品がもつ甘美さは気が付くことが出来ても味わうことが出来ないのではないのか。甘美さを味わうことが出来ず、結構悔しかったりするのであるが。
「屋根裏の乱歩者」(芦辺拓)
 乱歩の小説「屋根裏の散歩者」が映画化される。郷田の役を乱歩自身がやることになったのであるが、撮影の途中にトリックの案を記した命より大事とも言えるノートを紛失してしまった。
 博覧強記の芦辺氏による乱歩小説。様々な存在した人間が一堂に会すところは虚構ならではの愉しみがある。ミステリというよりは乱歩視点の乱歩小説というべきなのであろうか。
「乱歩の幻影」(島田荘司)
 幼き頃の記憶。父親が営んでいた写真屋に一人の女性が訪れ、現像を依頼するが取りに来ない。父親は住所まで足を運んだのであるが、その家はもぬけの殻。現像した写真は保管することになった。時は流れ、写真屋であった父親は死に、娘は或る本に出会った。その出会いが奇妙な出来事の元凶だったのかもしれない。
 島田荘司の乱歩小説。『本格ミステリー宣言』(講談社文庫)で語られる少年時代の乱歩体験が、主人公の女性に如実に現れてるような気がする。島田荘司にしか書き得ないのかもしれない、ある種のファンタスティックな光景が或る意味眼目か。乱歩小説書いても島田荘司というべきか。
「伝記小説 江戸川乱歩」(中島河太郎)
 小酒井不木死す。小酒井は乱歩を見出した一人でもあり、乱歩は打ちひしがれていた。デビューまでの、そして世に出てからの想い出がことごとく頭に浮かぶ。
 『死仮面』(横溝正史/春陽文庫)のカドカワノベルス版において散逸分の加筆を横正の死後行った人故に、もしこの人が本気で小説を書いたらどうなるんだろうと常日頃思ってた頃もあったが、出てきたのは純然たる伝記小説。少し残念であるが、読めたことは喜ばねばならないであろう。


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