札沼線(桑園・新十津川)


最新乗車2000年夏


札沼線は、札幌の隣駅の桑園函館本線と別れて北上し、石狩川の右岸を新十津川まで走る路線である。かつては新十津川から留萌本線石狩沼田まで伸びており、線名にその名残をとどめている。北海道医療大学から南側の区間は、札幌都市圏として発展しており、高架化や複線化が図られ、列車の本数も多く、編成長も長いのに対し、北側はほとんど鉄道ファンをはじめとする旅行者しか乗っていないのではないかと思われる、寂しい区間である。また、南側にはオハフ51型客車を改造したキハ141、142、143型やキサハ144型という気動車が走っている。客車改造の気動車はここを除くと日本では山陰の米子辺りにしか走っていないので、かなり珍しい。札沼線に乗る分には全然珍しくないんだけれども。

札幌を出た列車は桑園まで、函館本線を走る。この区間は、札沼線の本数増に伴い、専用の単線が設けられて3線区間となっている。桑園で函館本線と別れて単線の高架を走り、札幌市街の広がりを眺めることができる。そんなに高い建物がないので見晴らしがいい。北海道大学も見えたらしいが、私はそのことを後で知ったので、どれが北大だったのか今となっては思い出せない。新川の手前で地上に降りていたが、高架複線化工事の完成(1999年8月22日一部供用開始)に伴い、太平の手前まで高架区間が延伸されている。また工事の完成によって、新川からあいの里教育大までは複線区間となった。朝は10分ヘッドで通勤通学列車が運転されるなど、立派な路線に生まれ変わっている。このあたり、駅の周辺こそ大規模に開発されているが、駅間はまだ田園地帯の趣を残している。いずれは開発されるのだろうか、ここはまだ札幌市内である。

あいの里公園を過ぎると1kmを超える長大な石狩川橋梁(現在河川工事に伴い架け替え中)にかかる。これでようやく札幌市内から出る。昔私の読んだことのある雑誌の写真には、この石狩川橋梁の下の河川敷で草を食む馬が写っていたのだが、私が見た限りではそのような姿は見られなかった。これも都市化が進んだからであろうか。川を渡って当別町に入ると、札幌市内と違っていくぶん住宅地は減っていたような気がする。それでも、ローカル線とは言い難い風景に変わりはないのだが。石狩太美を過ぎ、まるで首都圏の私鉄の郊外駅のような石狩当別に到着する。ここと、次の北海道医療大学で殆どの列車は折返してしまい、この先石狩月形まで8往復、浦臼まで7往復、そして終点の新十津川まではたった3往復しかない。南側が、1時間に2、3本走っていることを考えると、その差は歴然としている。これを裏付けるかのように、風景は北海道の典型的田舎に変わる。駅周辺の集落も北上するにしたがって小さくなっていく。

石狩当別を出るときは満席だった単行の気動車も、駅を1つ2つと過ぎていくうちに、どんどん空席が目立ってくる。私の乗った列車では、石狩月形で一般客がいなくなってしまった。この先、車内にいたのは鉄ちゃんか旅行者のみ。駅も、田園の中に1輌分もないような簡素なホームが1本ぽつんとあるだけとなる。右側には遠く石狩川の堤防が見え、また左側はピンネシリをはじめとする山々が連なっている。線路の周りに人家も殆どない。

私が乗車したときにできた体験としては、並行する国道にサイクリングの一団が走っていて、お互い手を振り合ったことがある。かくものんびりした路線なのである。手を振り合った後、自転車と列車、どちらが先に走っていったかは、記憶にない。やがて列車は新十津川に到着する。線路はかなり先まで行ってから途切れており、近くには鉄橋がそのまま残されている。函館本線滝川や、かつての終点である留萌本線石狩沼田へは、駅からしばらく歩いた役場のそばからバスが出ている。滝川までは、歩いても1時間以内には着けるであろう。実際、私の場合、沿道の郵便局で涼み貯金しながら30分強で着いてしまい、接続に2時間も余裕を見ていたので、さらに滝川市内の郵便局で虱潰しに貯金した覚えがある。


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