海峡線(中小国・木古内)
青函トンネル記念館(記念館・体験坑道)


最新乗車 2002年冬


海峡線は、いわずとしれた青函トンネルで本州と北海道を結ぶ路線である。1988年春に開業し、将来の北海道新幹線のルートとして全線複線電化の新幹線規格の鉄道となっている。もちろん現在は在来線の列車しか走っていないので、1067mm軌間のレールだけが敷かれている。将来は3線軌条として、在来線も新幹線も走れるようにする予定である。また、竜飛海底駅と地上の青函トンネル記念館を結ぶケーブルカーも国土交通省認可のれっきとした鉄道であるので、あわせてここで紹介する。

本州側の中小国を起点とし、しばらく津軽線の線路を走って新中小国信号場から海峡線に入る。ここから複線となり、右に急カーブして津軽線から別れ、列車はスピードを上げる。すぐに青函トンネルというわけではなく、そこそこ長いトンネルを2本ほど抜け、津軽今別を通過する。この駅の左下には津軽線の津軽二股があり、同じ場所にある駅なのに何故か名前が違う。海峡線はJR北海道、津軽線はJR東日本だからであると思われるが、国鉄のままであったらおそらく海峡線も津軽二股であったに違いない。また、この駅にはもしものときの救援車としてオハフ51が常備してあったのだが、トロッコ列車の改造種車を捻出するため、スエ50に現在は置き換えられている。やがて、短いトンネルを断続的に抜け、「まだかいな」と思い始めた頃、ようやく青函トンネルに入り、本州に別れを告げる。スラブ軌道特有の甲高い音を聞きながらトンネルを走る。53.9km先の出口は北海道である。

やがて竜飛海底。特急「白鳥」「スーパー白鳥」(以前は快速「海峡」)の一部列車が停車し、「ゾーン539カード」を持っている乗客のみが列車を降りることができる。本来は隣の吉岡海底とともに「定点」と呼ばれ、列車火災などの非常事態が発生した場合、ここに列車を停めて消火活動や乗客の避難誘導を行う駅なのである。そのため、トンネル壁面、軌道内に放水銃が設置されており、避難通路がドア毎に設けられている。ただ、新幹線を前提に施設が作られているので、列車のドアとは一致していない。そのため、壁面と車輌との間の細いホームに降りることになる。

竜飛海底駅として公開されている場所は、避難した乗客が一時待機する場所で、そのため、ベンチが数多く設けられている。ここには案内係員がその場で売り子に変身した土産物屋も出ていた。ちなみに、斜坑トンネルに続く避難所の床には、何故かレールが引いてある。見たところ600ミリ程度であるが、これはかつての工事用トロの線路で、現在は別に斜坑から鋼車がやってくるわけでもなく、係員の人に聞いたところでは排水溝として使っているそうである。

地上にある青函トンネル記念館も見学できるコースの場合、ビーッ、ビーッとまるでSFの非常時のような音が響いたと思うと、風門が開けられ、ケーブルカーの乗り場である体験坑道駅へ向かうことになる。この風門は二重となっていて、気圧の変化を最小限に押さえるためのものだという。高低差のある運河の水門のようなものか。「もぐら」と名付けられた、営業用よりも作業用に近いケーブルカーに乗る。正確な形式名称は「せいかん1」とのこと。普通のケーブルよりもかなり斜度がきつい。乗り心地も、決して良いものではない。が、現場の雰囲気が味わえていい気分である。7分で地上の記念館駅に到着。再び風門で気圧の調節が行われるのを待ってから下車し、青函トンネル記念館と、東北電力の竜飛ウィンドパークを30分ほど見学する。記念館の前には、海底駅で見た線路を走っていたのであろう車輌も展示されている。ケーブルカーで下に戻り、「体験坑道」という、トンネル内にトンネル工事の現場を再現した展示を見て、列車に戻る。

自分が乗ってきた列車が待っているわけではなく、その次の列車に乗り込む。竜飛海底を出てしばらくすると、トンネル内の蛍光灯の色が変えられているだけでなく、先頭の車輌にいると電気機関車のモーターの唸りが聞こえてくるようになることで最深部を通過したと判る。吉岡海底を過ぎる。私は前述の竜飛海底で降りたことがあるのみで、こちらで降りたことはないのだが、この吉岡海底にも見学施設がある。ただ、こちらは斜坑を公開しておらず、地上に出ることはできない。

列車はいよいよトンネルを抜ける。周囲の風景はやはり本州とは違う、北海道の風景である。ブラキストン線と呼ばれる生物分布の分断線が津軽海峡を走っているだけある。短いトンネルを抜け、知内を通過する。トンネルが断続し、やがて左から江差線が寄ってくると木古内である。ここから列車は江差線に入って函館方面を目指す。


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