室蘭本線(岩見沢・長万部、東室蘭・室蘭)


最新乗車2002年冬


室蘭本線は、かつては重量石炭列車で賑わい、かつ1975年12月14日には日本最後の蒸機牽引の定期旅客列車が走った路線であるが、現在は特急「スーパー北斗」「北斗」や本州への高速貨物列車、寝台特急が走り、一部区間は電化もなされている沼ノ端長万部間と、かつて石炭街道として活躍したものの、今は臨時列車以外は優等列車もなく、ローカル線然としている岩見沢沼ノ端間に2分され、その明暗ははっきりしている。

岩見沢を出た列車は、函館本線に沿って岩見沢のヤード跡地を左に見て走る。かつては、そのヤードを挟んで反対側にも線路があって次の志文まで複線運転を行っていたのだが、列車本数減によりまず現在線(通称岩北線)を廃止し、単線運転となった。その後、ヤード跡地の基盤整備のため、岩北線を復活して本線とし、従来の線路が廃止されて現在の形となっている。函館本線を右に分けると国道12号線を跨いで旧線と合流し、志文を過ぎる。この辺りのどかな田園地帯で、ちょうど東北のローカル線のような雰囲気である。栗沢栗丘栗山と「栗」の付く駅名が連続する。なんでも栗の名産地だったからとか。このうち、栗丘栗山間は1969年に複線化されたのだが、その時に増設された線路のトンネルが1990年に崩壊して放棄され、現在は単線に戻っている。放棄された線路は、どうやらその直前に整備されていたらしく、PC枕木がほとんど汚れないまま赤錆びたレールを支えていた。それにしても、新しいトンネルが崩壊してしまうとは困ったものである。

栗山は、かつて夕張野幌を結んでいた夕張鉄道とのジャンクションであり、現在も廃線跡にその片鱗を見ることができる。ただ、私が訪れたときにはエレベーターまで備えた橋上駅舎に改築中で、現在はそちらに切り替わっていることだろう。再び車窓は田園地帯となる。線路はほぼ一直線で、私の乗った列車が交換のために小休止した古山では、交換列車のヘッドライトが駅に入る前から見えていたのに、なかなか近付いてこないという体験をすることになった。交換列車もトロトロ走っている風もなかったので、いかに線路が平坦で一直線であるかを示しているといえる。

左から石勝線が近付くと、右にヤードの跡地が広がって追分である。国鉄の蒸気機関車終焉の地である追分機関区も、今はただの草地となっている。駅前も、かつては鉄道官舎で賑わっていたのかもしれないが、建物も歯抜けになっていて寂しい。駅舎も大きく、駅前広場も広いだけに、その寂しさが余計際立つ。今は基本的に旅客用の施設だけが残り、特急列車が数本停車し、分岐駅だけに普通列車の分割併合も行われているようだが、それをもってしても駅設備を持て余しているように感じられる。

追分を出ると石勝線が高みを増して室蘭本線をまたぎ、右のほうへ消えて行く。1つ手前の三川から複線となっているが、擦違う列車もほとんどなく、今までと同じような田園を走る。牧場も見受けられる。また、右側には林が続いている。馬追丘陵と呼ぶそうである。線路は相変わらず一直線。やがて千歳線の下り線をくぐり、上り線と合流して、やがて沼ノ端である。ここから、札幌函館を結ぶ幹線ルートとしての使命を帯び、電化区間にも入る。さらにこの沼ノ端から白老まで29kmに及ぶ日本一の直線区間が始まる。とはいえ、駅構内にある細かいカーブは無視されているので、あくまで地図上ということになろう。日本2番目が中央本線の東中野から立川までの24kmというのだから…。

左から日高本線が合流すると、同じく左側に苫小牧貨物駅が広がる。最近、機能強化を図られて改装されたが、その際に貨物駅のはずれにあったキハ22の廃車体が撤去されてしまったようだ。このキハ22、2000年夏の段階では線路には載っているものの床下機器は全て外された状態で放置されていた。この車輌が動けるような状態だったら、映画の撮影用にキハ12-23なんていうゲテモノは出てこなかったのだろうとは思う。やがて苫小牧。岩見沢以来の「街」である。製紙工場のお膝元として発展してきた町だが、近頃大規模開発に失敗してとんでもないことになっているらしい。苫小牧には留置線もあって、711系電車や日高本線用のキハ130(当時)が休んでいたりする。

苫小牧を出ると、左に海岸線が見え隠れするようになる。ここから長万部までは同じような景色が延々と続くことになる。しかし、この辺りでは海もさほど近くなく、線路の周りには田園や牧場が広がる。白老で最長直線区間は終わるが、岬を回り込むところ以外は基本的に真っ直ぐ線路は敷かれている。温泉とクマで有名な登別を過ぎ、(すみません、この区間「スーパー北斗」と「トワイライトエクスプレス」でしか昼間に乗ってないので記憶が薄いんです)JR貨物に所属するDF200やDD51といったディーゼル機関車の基地である鷲別機関区を過ぎると東室蘭である。実質的な室蘭市の鉄道の玄関口といえ、駅構内はかなり広い。ただ、いかんせん乗客は少ないようで、改札が1通路しかなかったのが印象に残っている。列車別改札も影響しているのだろうか。

東室蘭で線路は室蘭港を挟んで二手に分かれる。室蘭までの線路と、長万部に向かう本線である。まずは室蘭に向かう。留置線が尽き、JR貨物の輪西車輌所を過ぎると製鉄所の壁を右に見て走る。やがて輪西、この駅は室蘭YHの最寄駅で、チキウ岬の最寄駅でもある。ただ、そこに向かうには、駅前から延々と坂を登らねばならない。この坂がかなりきつい。室蘭新道という道路と絡み合いながら製鉄所(?)の横を御崎母恋と過ぎる。やがてトンネルを抜けると真新しい室蘭駅に到着する。かつてはこの先、右にカーブしたところに室蘭駅があったのだが、再開発の絡みもあって1998年に路線を短縮して移設されたのである。規模こそ違えど、夕張駅とよく似た境遇である。かつての重厚な駅舎はそのまま残されているようなのだが、ここで全線完乗を果たした私は浮かれていて旧駅を訪れるのを忘れていたので未確認である。駅前から、同じく1998年に開業した白鳥大橋も見ることができる(多分そうだったと思う、少々自信なし)。

東室蘭を出て、左に室蘭への線路を分けると、複線のまま非電化区間に入る。岬を縫って走るようになるため、それまでと比べてカーブが途端に多くなる。281系や283系といった振り子式車輌の本領が発揮される区間である。室蘭港を左に見ながら本輪西を過ぎると工業地帯を抜ける。貨物の引込線も分岐していく。工業地帯は港の対岸に延々と並んでおり、白鳥大橋がその先に見える。白鳥大橋は室蘭港の入り口を短絡するべく建設された吊り橋である。室蘭駅側の橋のたもとにある道の駅「みたら室蘭」には白鳥大橋記念館なるものもあるらしい。トンネルを何本か抜けるうちに白鳥大橋は後に遠ざかり、噴火湾の水平線を左に見ながら海岸線を延々と走る。

線路は複線と単線を繰り返し、所々複線化に際して線路改良がなされていて、岬を回り込んでいた旧線の路盤が急カーブで離れては複線断面のトンネルをくぐったりする。擦違う列車に貨物列車が目立ってくる区間である。「スーパー北斗」や「北斗」も同じくらい走っているはずなのに目立たないのは、列車長の違いだろうか。久々に町らしくなって伊達紋別を過ぎ、再び海岸線を走って洞爺湖の入り口である洞爺。この辺りから海岸線は険しくなり、トンネルも多く、そして長くなる。小幌というアクセスできるまともな道が全くないという謎の駅を過ぎ、やがて海岸線が再びなだらかになると右から函館本線が寄ってきて、長万部に到着する。列車はこのまま函館本線へと進むものが多い。


北海道編目次へ戻る
ホームへ戻る