石勝線(南千歳・新得、新夕張・夕張)


最新乗車2000年夏


石勝線は、道央から道東へのアクセスを改善するべく、1981年に開業した路線である。一部に旧夕張線を流用しているほかは新たに建設され、現在では、特急「スーパーおおぞら」「おおぞら」「スーパーとかち」「とかち」が疾駆している。この路線の開業で、従来滝川まで函館本線を北上して根室本線に入っていた道東へのルートが大幅に短縮されることとなった。さらにその昔は、旭川まで北上して富良野線経由で根室本線に入っていたので、2度目のルート変更ということになる。また、新得間は、普通列車が1本も走っていない特殊な区間で、普通乗車券や青春18きっぷだけで新夕張新得の間は特急に乗れるという特例が設けられている。

北海道の空の玄関口、新千歳空港から1駅の南千歳(旧千歳空港)で、千歳線から分岐する。特急は全て札幌を起終点としており、南千歳までは千歳線を走っている。またリゾート特急の一部は、一旦新千歳空港に寄り道するものもある。南千歳を出ると千歳下り線の下をくぐって東進する。田園地帯をしばらく走り、やがて山間に入って2本の長いトンネルをくぐると再び平地が広がり、右に室蘭本線が近付き、左カーブしながらその上を跨いで追分を過ぎる。かつては、石炭輸送のジャンクションとして賑わった駅だが、今は旅客用の線路だけが生きているため、その他のヤード部分は草生している。

追分を出て、左に室蘭本線を見送って旧夕張線に入る。石勝線として整備するに当たって、ルート変更も含めた改良を行っているため、かつての石炭の大動脈の名残は残っていない。しかし幹線の風格が石勝線となることによって、辛うじて残っているといえる。それは、石炭輸送もなくなり、石勝線のメインルートから離れた新夕張夕張の間を見れば一目瞭然である。緩やかな起伏をなす田園の中を東追分川端と過ぎ、やがて夕張川の渓谷を走るようになる。このあたり、所々旧路盤が離れたり合流したり、線路改良した跡を見ることができる。夕張線時代に起点の追分から13マイルの位置にあったから駅名が付けられたという十三里を過ぎる。地名なんてそんなものなのだろうか。ここの前には、滝ノ下信号場滝ノ上という駅が連続している。

十三里を出て、トンネルをくぐると新夕張。列車本数のわりには構内は広く、2面4線もある。駅前広場は前身である紅葉山駅の跡で、石勝線開業に伴って移転改称したものである。その駅前広場から両方向に旧路盤が残っていて、さきほどくぐったトンネルの下に、旧トンネルもぽっかり口を開けている。新夕張は運転扱いの駅員は24時間詰めているらしいのだが、客扱いは昼間しかやっていないようで、夕方には窓口が閉ざされていた。こんな特急停車駅はほかにあるのだろうか(ただし、夜行列車が深夜止まる駅は別よ)。特急に乗る客も少なそうだし、追分トマムまでに車掌が検札してしまえばいいのだろうけれど。

さて、新夕張で石勝線夕張支線(以下夕張線)が分岐する。石勝線から左に回って別れ、夕張川に沿って走る。のどかな田園の中、夕張川のあまり広いとはいえない谷をすこしずつ登って行く。線路端に目をやると路盤が広かったり、鉄橋の橋脚が複線分あったりして、かつて複線だった名残を残している。まだ構内が広い清水沢を除くと、中間駅はヤードはおろか交換設備まで撤去されており、炭坑まで伸びていた線路が分岐し、貨車の入換が頻繁に行われていたとは俄かには信じられない状態になっている。兵どもが夢の跡とは、まさにこのことを言うのだろう。今は一面の草原である。冬は雪原になるのだろう、かつては蒸気機関車の熱、昼夜分たず発着する石炭列車で、雪の積もる暇もなかったらしいというのに。駅前も、かつては栄えていたのであろう町並である。

唯一の交換駅となった清水沢でタブレットを交換する。石勝線の本線はCTCによる自動閉塞化がされているが、夕張線はいまだにタブレット閉塞を用いているのである。ここを出るとしばらくして、左側を流れる夕張川を渡って夕張鉄道の廃線跡が合流する。かつて複線だった夕張線が単線になったのは、この夕張鉄道の開業により石炭輸送が集中しなくなったためという。やがて、その夕張鉄道とのジャンクションであった鹿ノ谷を過ぎる。鹿ノ谷を出ても夕張鉄道の廃線跡と付かず離れず並行し、そろそろ家並が見えてくると、巨大なスキー場併設ホテルの下、終点の夕張に到着する。かつては夕張の市街地を過ぎて、今「石炭の歴史村」のある所に夕張駅はあり、そこから2回の位置変更を重ねて現在の位置に落ち着いたという。駅前をしばらく歩くと、夕張線、夕張鉄道の廃線跡が並行して伸びている。

さて、新夕張に戻る。夕張線を左に見送ると、列車は夕張川を渡ってトンネルに入る。石勝線のトンネルは、シールド工法によるものが多いと感じたが、実際のところはどうなのだろう。普通列車の折り返すを過ぎると、人家は全く見られなくなり、無人の山の中を列車は突っ走る。トンネルや橋梁、築堤で、まるで夕張山地と日高山脈を串刺しにするような線形である。途中駅は新得まで占冠トマムしかなく、しかし石勝線は単線ゆえ、列車の擦違いや追い抜きのために信号場が数多く設けられている。忽然と山の中にホテル群が現れるとトマムである。一大リゾート地であるが、私が訪れたのが晩夏だったためか、それとも不況のためか、活気はさほど感じられなかった。再び無人の山の中を走り、新狩勝トンネルの中にある上落合信号場根室本線と合流すると、そのまま新得へとヘアピンカーブを下って行く。


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