阿武隈急行(福島・槻木)


最新乗車 1993年冬


阿武隈急行は、その路線自体は明治時代から計画されていたのだが、着工されたのは東北本線の輸送力増強にかられた1964年のことであった。しかし丸森槻木間が丸森線として開業した1968年の前年に、東北本線の福島槻木間の全線複線化が完成して輸送力不足も一段落したためか、残りの福島丸森間の建設は凍結されたままになっていた。盲腸線として取り残された丸森線は国鉄の廃止対象路線となり、1986年7月に非電化のまま阿武隈急行に転換、国鉄よりキハ22を借り受けて使用していた。その後1989年に残りの福島丸森間を開業させて同時に全線電化開業し、現在のAT8100系交流電車を使用開始している。現在、数往復が仙台郡山に乗り入れているほか、遠く黒磯からJR701系も乗入れてくる。現在も東北本線の福島槻木間には急勾配は残ったままで、貨物列車を勾配も少なく高規格の阿武隈急行に回せないものかと思うのだが、いわて銀河鉄道や青い森鉄道で特に費用負担の問題からさんざん議論になっただけに、難しい問題なのだろうか。

福島交通(阿武隈急行の筆頭株主でもある)とJRに挟まれた福島駅ホームを出た電車は、しばらく東北本線の線路を走る。東福島の手前にある矢野目信号場で東北本線と別れ、東北新幹線をくぐって中央卸売市場や卸売団地の中の卸町に着く。続いて福島学院前瀬上と福島市の郊外を走り、阿武隈川を長い鉄橋で渡って向瀬上を過ぎる。ここからは阿武隈川によって形作られた平地の端に沿って高子上保原保原大泉二井田新田と走る。車庫のある梁川、駅前からSL(やながわ希望の森公園の公園施設である)も出ているやながわ希望の森公園前を過ぎると平地が狭まり、阿武隈川が近付いてくる。富野を出るといよいよ谷が狭まり、阿武隈川の渓谷美を左の車窓に楽しみながら電車は走る。からはトンネルが断続するようになり、福島県から宮城県に入って、長い羽庭出トンネルを出るとあぶくまである。

あぶくまを出ても短いトンネルが断続し、谷はまだ深いままである。やがて阿武隈川を渡って右岸から左岸に移ると、急に周囲が開けて丸森に着く。ここからかつて国鉄丸森線として開業した区間に入り、北丸森を出ると水田の中をほぼ一直線に南角田角田横倉と走る。東船岡の間の左には航空宇宙研究所や陸上自衛隊船岡駐屯地が広がる。やがて左から東北本線が近付き、立体交差でその上下線の間に割り込む。そのまま白石川を渡ると終点槻木である。


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