弘南鉄道大鰐線(大鰐・中央弘前)


最新乗車 1997年冬


大鰐線は、大鰐温泉にある大鰐から、弘前の中心街に近い中央弘前までの間を地元名産のリンゴ畑を縫って走る路線である。元東急7000系ステンレスカーが主力として活躍しており、他に元東急6000系や元南海1521系も所属しているが、元南海1521系は私が訪れた時点でも滅多に動いていないようであった。以前はデータイム30分ヘッドだったと思うのだが、乗客の減少が著しいためか、現在は40分ヘッドと減便されてしまっている。

JR奥羽本線大鰐温泉の裏手にある古風なホームが大鰐線乗り場で、通常、電車が発着するJR線側の線路の反対側には冬季にラッセル車+機関車が常備されている。大鰐を出ると、平川を渡って左岸に入る奥羽本線と分かれて右岸の集落の中を走る。と、すぐに宿川原。ここを出ると右に東北自動車道と国道7号線が並行するようになって交換駅の鯖石、平川を渡って石川を過ぎると高架橋に入り、奥羽本線を跨ぐ。この高架橋は1952年の開業当初からのもので装飾もあり、古風な雰囲気を漂わせている。奥羽本線を跨ぐところで右にJR石川駅が見えるが、大鰐線の石川からは遠く、次の義塾高校前の方が近い。続いて車庫のある津軽大沢、大鰐線の主要駅とも言える駅である。

松木平小栗山と左手に岩木山を眺めながらリンゴ畑の中を走り、徐々に沿線が建て込んできて千年城南と過ぎる。弘前市の文教地区にあり、周囲に大学や高校が点在する西弘前弘高下を経て、土淵川(いかにも都市内河川で細い)に沿ってくねくねと市街地を走ると、どん詰まる形で中央弘前に着く。ホーム1本に線路1本の簡素なターミナルで、駅舎もコンパクトである。JR弘前駅よりも弘前の市街地や、桜で有名な弘前城跡に近く、また弘前駅へは迷わなければ歩いて15分くらいで行くことができる。ただ、私が中央弘前弘前と歩いて乗り継ぎをした際、弘前駅を示す看板が見当たらず少々苦労した(雪のせいもあろう)ので、現地の詳細な地図を持っていくことをおすすめする。


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弘南鉄道弘南線(黒石・弘前)


最新乗車 1997年冬


弘前と、その郊外都市で温泉郷の玄関口でもある黒石を結ぶ弘南線である。弘前市と黒石市の間は国道102号線が一直線に結んでいるだけに、大きく南に迂回して平賀町を経由する弘南線の分は(弘前市、黒石市間の直通旅客で見るなら)悪い。大鰐線と同じく、リンゴ畑の中を走っている。

車輌は元東急7000系と元南海1521系。こちらも大鰐線と同じく以前は30分ヘッドだったのだが、朝ラッシュ後の午前中一杯が45分ヘッドに減便されている。高校を卒業した人間(要は車を運転できる)に乗ってもらえない地方鉄道がいずこも苦しいのは同じか。この鉄道も高校前という駅が3つもあることがそれを物語っている気がする。

黒石を出た電車は左に大きくカーブして境松を過ぎると浅瀬石川を渡る。田舎館の前後で国道102号線の旧道と黒石バイパスと交差し、尾上高校前を経て津軽尾上に着く。開業時から1950年の黒石延長までこの路線はここが終点となっていた。津軽尾上の近くには盛美園というそこそこ有名な庭園がある。

柏農高校前を出ると、乗降客も多く車庫も存在する弘南線の主要駅平賀である。駅舎はJAと一体となった立派なものである。平賀を出て右にカーブし、一直線に館田新里運動公園前と過ぎ、右にカーブした駅である東工業高前に着く。この先で奥羽本線とぴたり並行するようになり、弘前に到着する。JRのヤードの中に無理やり割り込んだようなホーム位置である。


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弘南鉄道黒石線(川部・黒石、現在廃止


最新乗車 1997年冬


1998年3月31日限りで廃止されたこの黒石線は、かつて国鉄黒石線として運行されており、国鉄末期の赤字ローカル線の切捨てに伴い1984年に弘南鉄道が引き取った路線であった。転換当初は国鉄払い下げのキハ22で運行されていたが、途中から、旅客営業を廃止した小坂精錬(←同和鉱業)から譲渡されたキハ2100が加わっている。

奥羽本線五能線川部から出発した列車は、右に弧を描いて奥羽本線から分岐する。田圃の中を一直線に走り、途中駅は前田屋敷があるだけである。終点の手前で列車は急なS字カーブを切り、弘南線と合流して黒石に着く。国鉄当時の黒石駅は先程のS字カーブを曲がらずに真っ直ぐ行ったところにあり、転換に合わせて弘南鉄道の駅に乗り入れるよう線路変更されたものである。

現在も黒石駅構内に黒石線用の車庫が残されており、その中にキハ22が保管(放置?)されているという。


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