仙石線(あおば通・石巻)


最新乗車 2000年夏


仙石線は東北地方では珍しい直流電化路線である。かつて宮城電気鉄道という私鉄だったが戦時中に国鉄に編入され、そのまま経営母体がJR東日本に移って現在に至っている。直流電化路線だけあって、国鉄に買収された直後から首都圏で使われていた電車をお下がりで使用しており、11形電車も、73形電車も、103系電車も、新顔の205系電車もみーんなお下がりである。この辺、大阪近辺と事情は似ているが、103系の全廃が決まった分仙石線の方が進んでいる気がする(笑)。ところで、この路線には快速電車「うみかぜ」が多数運転されているのだが、途中待避のできる駅が多賀城東塩釜くらいしかないため緩急結合は基本的に行われておらず、「うみかぜ」が「ただの速い電車」としてしか機能していないのが残念である。

地下鉄南北線と接続するあおば通を出た電車は、すぐに東北新幹線や東北本線をくぐって仙台に着く。あおば通から苦竹までは2000年3月に地下新線に移設され、建て込んだ中をくねくね走っていた従来線は廃止された。ところで宮城電気鉄道がこの路線を開業した当時、仙台駅は地下駅であった。地上時代に東北本線ホームと仙石線ホームを結んでいた地下道(松島などの地図が壁に描かれていた)が開業時のホーム跡で、さらに開業は1925年6月と、日本最初の地下鉄と「される」営団銀座線の開業(1927年12月)より2年半も早く、これが正真正銘日本最初の地下駅でもあった(本当の日本初の地下鉄は1915年5月に東京中央郵便局、東京鉄道郵便局間に開業)。しかしホーム1面に線路が1本と手狭であったため、1952年6月に1面2線に増強した際に地上に移設されてしまった。それが再び地下に移ったわけで、地下→地上→地下と移動する駅も珍しい。

榴ヶ岡を出ると高校野球で有名な仙台育英高校の最寄、宮城野原である。この辺りは新線と旧線は大きく離れており、例えば宮城野原の旧駅は仙台育英高校を挟んだ反対側にあった。かつて車庫のあった陸前原ノ町から新線は旧線の直下を走り、宮城野貨物線と交差したあと地上に出て苦竹である。東北本線東仙台にも近く、右側には自衛隊の駐屯地が広がっている。S字カーブを抜けて直線区間に入ると、やがて水田地帯から宅地や工業用地に代わろうとする地域を走る。国道4号線仙台バイパスをくぐると左に宮城野電車区が広がる。ここに車庫があるためあおば通苦竹間の区間電車も設定されている。電車区が尽きて右カーブすると福田町である。七北田川を渡ると、いかにも宅地と農地が断続するいかにも都市近郊の風景の中を陸前高砂中野栄と走る。中野栄を出ると、陸前山王で東北本線と分岐した仙台臨海鉄道を跨ぎ、多賀城に着く。多賀城址へは東北本線の国府多賀城の方が近く、こちらは住宅街の中の駅である。緩い左カーブが続いて下馬を 過ぎ、塩竃市に入る。

左に塩釜線の廃線跡が並行し、そのまま西塩釜を過ぎる。電車は高架線に登り、塩釜線の廃線跡が仙石線をくぐって右の塩釜港へ離れて行くと高架駅の本塩釜である。塩竃の街中をうねうね走ると東塩釜で、ここから線路は単線となる。東塩釜を出て3本目のトンネルから左に東北本線が並行するようになる。どこだったか、この東北本線の並行区間には保線車輌用の渡り線があり線路が繋がっている。なお、仙石線電車が検査で郡山工場などに入場する場合はここの渡り線を用いることはなく、石巻から石巻線、東北本線を経由して機関車に牽かれて行く。これは西の筑肥線電車が小倉工場に入場する場合とよく似ている。右に松島湾を眺めがら陸前浜田を出ると東北本線をくぐって山側に出る。東北本線を跨いで再び海側に出ると、松島観光の中心松島海岸である。国道45号線を挟んだ反対側には遠く松島の島並みを望むことができる。並行していた東北本線が松島駅で左カーブして別れ、こちらは高城川を渡って高城町を過ぎる。なお、高城町松島は意外と近 く、30分もあれば歩いて乗り換えができるようだ。

手樽陸前富山と過ぎると、右に松島を眺めながら電車はカキの養殖イカダの並ぶ海岸線を走る。海岸線どころか海の中(もちろん線路は築堤や橋梁の上)を走る区間だってある。陸前大塚はまさに海に面した駅である。東海道本線由比辺りで、東名高速道路が海の中を走っているのと同じ感覚といえばよいだろうか。で、そんなことを言っていると東名なんて駅があったりする。その東名から海は見えなくなる。やがて奥松島観光の拠点で快速停車駅の野蒜。1996年に改築された三角屋根の駅舎が乗客を出迎えている。私は駅前からしばらく行った所にあるパイラ松島YHに泊まったことがある(私が初めて泊まったYHだったりする)のだが、このYH、YHらしからぬ設備の良さを誇っていたような…。

野蒜を出ると、電車は左カーブして吉田川と鳴瀬川に沿って走り、今度は右にカーブし近代的なコンクリート橋でこの2本の川をまとめて渡る。左には最近まで使われていた旧線の緑色のガーダー橋が残っていたが、今は撤去されただろうか。この橋の架け替えで仙石線の風に対する耐性が向上したと聞く。渡り終えると陸前小野で、ここから電車は水田地帯の中を走って行く。鹿妻から矢本にかけて右に広がるのは航空自衛隊の松島基地。宮城電気鉄道の買収理由はこういうところにあったのだろうか。東矢本陸前赤井蛇田と過ぎ、右から石巻港からの貨物線が合流して陸前山下である。この辺りから周囲は建て込んで来て、左から石巻線が合流すると終点石巻に到着する。かつては左側の駐車場になっている辺りに宮城電気鉄道以来のホームがあり、駅舎も別だったが、利便性向上のため1990年に石巻線ホームに隣接した現在地に移設されている。


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