津軽鉄道(津軽五所川原・津軽中里)


最新乗車 1997年冬


津軽鉄道は、五能線五所川原から分岐し津軽半島の背骨の西側を北上するローカル私鉄である。近頃、新潟鐵工製NDC「走れメロス」の投入により車輌の近代化が一挙に進んだが、観光用とはいえストーブ列車が冬季のみ残っており、全国的に見ても稀有な存在となった普通客車列車を見ることができる。細かく言うと、全国唯一(?)の気動車準急や客車準急まで走っている鉄道である。

JRと接続しているだけでなく、津軽鉄道の車庫を併設しているため津軽五所川原の構内はかなり広い。また跨線橋は乗り換えの便を図ってか、JRと共用しているものの津軽鉄道の駅舎改札は別に用意されており、津軽鉄道に乗るにはJR駅舎横のこじんまりした改札を通ることになる。ちなみに、津軽鉄道を乗り潰す際のアドバイスとして、津軽鉄道の本数が五能線の倍近くあることから、時間を節約したい方は五所川原駅向かいのバスターミナル(この中のラーメン屋にウド鈴木のサインがあったのを妙に覚えている)に発着し、弘前と結ぶ弘南バスを利用することをお勧めする。所要時間が五能線の倍近くかかる上、弘前のバスターミナルと弘前駅は歩いて20分ほどかかるが、特にデータイムなど無理に五能線列車を待つよりも時間を有効に使うことが出来る場合がある。五能線とはまた違う沿線風景を楽しむメリット(?)だってある。

津軽五所川原を出た列車は五能線を左に分け、五農高前から北上する。東側になだらかな丘陵を眺める田園地帯である。丘陵の反対側には津軽線が走っている。最近まで津軽飯詰には軽油の積み替え設備があり、道路事情が悪くタンクローリーが直接入れなかった津軽五所川原までタンク車が運転されていたが、津軽五所川原付近の道路事情の改善に伴いこの取扱は解消されている。津軽飯詰毘沙門嘉瀬(私が参考にした道路地図には津軽飯詰の次に1943年に廃止されたはずの下岩崎が載っている、地図は1995年発行なのに何故?)と左に広がる溜池を眺めながらさらに北上し、太宰治の生誕地である金木へと入る。津軽五所川原からストーブ列車に乗っていたツアー客はたいがいこの駅で下車し、車内は閑散となる。斜陽館など金木町の観光地は金木町のホームページを見ていただくとして(手抜き)先に進む。次の芦野公園には先代のストーブ列車に使われていた元国鉄オハ31であるオハ311が 保存されている。再び田園地帯に入り、しばらくすると丘に遮られるように終点の津軽中里に着く。

私が訪れたときは、車止めの付近に留められた有蓋貨車が客車用ストーブの石炭置き場となっており、機回しの間に車掌が取りに行っていた。また、これはさすがに今はなくなっているかもしれないが、近距離乗車券を窓口で買い求めると運賃が「20円」と印刷された硬券が出てきたという珍事(?)があった。自動券売機による発券をメインにはしているが、余った硬券もなくなるまで旧運賃の切符に訂正印を押して売り続ける方針だったようだ。


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