羽越本線(新津・秋田)


最新乗車 2000年夏


羽越本線は、新潟県、山形県、秋田県の日本海岸を北上する幹線である。北陸本線や信越本線、奥羽本線などとともに日本海縦貫線を構成し、貨物列車の往来が多い。この路線に乗るなら、北上する下り列車、さらに確保する座席は進行方向左側であろう。南下する上り線は複線化に伴って作られた山側トンネルをくぐることが多く、海の眺望が効かないことが多いからである。その眺望を売り物に「きらきらうえつ」なる観光列車が最近走り始めた。また、新潟酒田間にミニ新幹線を走らせる計画もあり、これからの推移が注目される。

信越本線や磐越西線と接続する新津を出た列車は、すぐに右へ急カーブして信越本線と別れる。周囲は水田地帯となり、列車はやがて阿賀野川を渡る。東海道新幹線が開業するまで日本一の長さを誇った橋梁だけに、1229mと確かに長い。渡り終えると京ヶ瀬水原神山月岡中浦と水っぽい景色の中を走り、左から白新線が寄って来て新発田に着く。新発田を出てすぐ右にカーブして途中で途切れる線路がある。これは1984年まで走っていた赤谷線の廃線跡である。変わらず水田地帯の中を加治金塚中条平木田と坦々と走る。この辺りの海側は日本では珍しい油田地帯となっており、以前はタンク車を連ねた貨物列車がよく見られたが、今はどうなっているのだろうか。やがて米坂線の分岐駅坂町である。荒川に沿って米沢を目指す米坂線が右にカーブして別れて行き、平林岩船町と過ぎると、直流電化の終点、村上である。

村上とその次の間島の間にはデッドセクションがあり、直流から交流に電化方式が変わる。交直両用の485系電車や、EF81形電気機関車に牽引された列車はそのまま直通して行くが、直流専用車が使われる普通列車に乗っていると、通常はここで乗り換えることになる。ここから鶴岡までは普通列車は全てディーゼルカーでの運行となっている。この付近に交直両用の普通用電車が配備されていないことによる措置である。村上を出てすぐにデットセクションを通過した列車は、三面川を渡って左に大きくカーブする。上り線はトンネルに入ってしまうが、下り線はさらに左カーブを続けて三面川の河口まで出て行き、日本海と対面する。ここから下り列車は延々と三瀬まで60kmに渡って日本海岸を走る。かつて特急「白鳥」が走っていた頃、夏場はこの区間で日入を迎え、海に沈む夕日を眺めることができた。ちょっとした「トワイライトエクスプレス」気分(こちらは北陸本線から信越本線の辺りで日入を迎える)が味わえたものである。並走する国道345号線には夕日を眺めるニーズに答えてか、そこかしこに休憩所が配置されている。間島越後早川と 過ぎると、名勝笹川流れの玄関口として道の駅も併設された桑川である。笹川流れと呼ばれる奇岩が並ぶ横を列車は右に左にカーブを切りながら、今川越後寒川勝木府屋と過ぎる。並行する国道は345号線から7号線に変わる。新潟県から山形県に入るとすぐに鼠ヶ関である。念珠関所跡が近い。

相変わらず断崖の続く海岸を小岩川、特急停車駅のあつみ温泉五十川小波渡と走る。今までに比べると、上下線一体の複線トンネルが増えるので、下り列車といえどもそんなに景観は楽しめなくなってくる。さらに三瀬からは内陸に入ってしまう。由良温泉、湯野浜温泉とたどって酒田まで直進してもよさそうに思えるが、やはり鶴岡の存在は大きかったようだ。トンネルを抜けて「米どころ」庄内平野に出る。水田の広がる中を羽前水沢羽前大山と過ぎると鶴岡に到着する。かつてこの鶴岡から前述の湯野浜温泉まで庄内交通湯野浜線が出ていた(1975年3月廃止)。途中経由地の善宝寺には鉄道資料館があり、モハ3が保存されている。また国道7号線沿い(湯野浜線のルートからは大きく離れている)にここで使われていた車輌が保存(放置?)されている。この路線、鶴岡から北大山羽前大山と集落を挟んで反対側にあった)まで羽越本線と1km程度しか離れずに並行しており、もし、湯野浜線が羽前大山で羽越本線に接続し、複線状態で鶴岡まで乗り入れて おれば、湯野浜線廃止後、速やかに羽前大山鶴岡間が複線化できたのではないかと考える今日この頃である。この区間、現在も単線のままである。しかし、羽越本線は単線と複線が断続しており、また信号場がきめ細かに設けられていることから、現在の列車本数から考えるに、これ以上複線区間を増やす必要もないかと考えられる。酒田までミニ新幹線を延ばすのであれば、その際に酒田までの全線複線化(標準軌、狭軌の単線並列化)が図られるかもしれない。

鶴岡を東向きに出た列車は、やがて北東に向きを変えて藤島を通過、さらに北に向きを変えて西袋を通過する。周囲は一面に広がる水田地帯である。やがて右から陸羽西線が合流して余目を過ぎる。北余目砂越の間で最上川を渡り、東酒田を通過すると市街地の中に入り、酒田に到着する。酒田市は最上川の河口に開けた庄内平野の中心都市であり、工業も盛んである。そんな酒田港へ向けて酒田から貨物線が伸びている。酒田を出ると再び水田地帯を走る。本楯南鳥海を過ぎる頃には右手前方に鳥海山がそびえているのがよく見え始める。遊佐吹浦と過ぎると庄内平野は尽き、再び線路は日本海の断崖に押し出される格好になる。女鹿を過ぎ、有耶無耶の関の所で山形県から秋田県に入る。海岸をうねうねと小砂川上浜と過ぎるうちに、断崖はやがて緩やかな海岸線となり、象潟に到着する。象潟はかつて松島と並び称される景勝地であったものが、1804年の地震で大きく隆起してしまい、現在は水田の中に点在する、かつて 島であった丘がその名残を留めている。詳しい観光案内は象潟町観光協会ホームページを見て頂くとして、私がこの象潟でお勧めするのは道の駅象潟である。象潟の駅から歩いて蚶満寺を参拝し、その足でもう少し歩けばいいのでそこそこ駅からも近い。何がお勧めかと言うと、展望風呂である。日本海を眺めるもよし、象潟を眺めるもよしと、2通り(下を走る列車を眺めるのも入れると3通り?)の楽しみ方ができるのである。

象潟を出ると、列車は隆起がなければかつて海だった場所を走って行く。金浦を出て少し内陸に入り、再び仁賀保で海岸に出る。西目で再び内陸に入る。右から由利高原鉄道が寄ってくると羽後本荘である。列車は羽後岩谷折渡と山がちなところを走り、折渡トンネルをくぐる。小説「砂の器」で有名な羽後亀田を出ると再び海岸線に出る。もっとも海が近いといっても、砂浜から砂が線路に入ってこないように松林が続いているので、そう簡単には日本海を眺めることができない。岩城みなと道川桂根と一直線に走り、新屋を出て雄物川を渡り、秋田市の市街地に入って羽後牛島を過ぎると、右から奥羽本線(秋田新幹線)が寄って来て秋田に到着する。この先、日本海縦貫線の役目は奥羽本線に譲られる。


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