2001年12月

12月1日(土)
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市川尚吾さんぶこうさんのやりとりは毎回興味深く読んでいるのであるが、プロ/素人(と言うよりアマチュア)の境目について思ったこと。
 読み方より寧ろ、発言の仕方に境界があるのでは? と思う。自分の発言の影響を考えて商業誌で発言する人はプロ、なんも考えず、感情だけで書く人はアマチュア。影響力、というとなんかイヤらしいので別の言い方に変えよう。きちんと論理的に自分の意見を正当化できる書き手がプロ、それが出来ないのはアマチュア。商業誌という場で書く以上、影響力というのは多少なりとも有るわけだし。
 商業誌に於ける発言の場というのは沢山あり、それこそ小さなコラムや、「小説推理」の『探偵小説美味礼賛』の連載のようにかなりのスペースを割いたもの迄多岐に渡るし、枚数の制限、事情なども加味しないといけないが、所謂「プロ」と思う人は、きちんと己の意見を(何らかの形で)正当化できている人と思う。それが出来てなければ、たとえキャリアが長かろうが、発言力(ヒエラルキー?)が強かろうがアマチュア、と思ったり。商業誌で書いていなくて、自分のホームページでの発言に於いてもそれが言えるのではなかろうか。つまり、自分の言葉で自分の意見を論理的に正当化する発言をしてる人はセミプロ(ま、原稿料もらってるわけではないし)。でなければアマチュア。お前はどうやねん、とうつっこみは無しの方向で。
 また、解説などに於いても同様のことが言えると思う。評論家として作品小論が書ける人はプロの評論家、出来ない人はアマチュア。解説は作品小論でなければいけない、という決まりはないし、極論を言えばエッセイでも良いかもしれない。一概に言えないが、少なくとも、「評論家」という肩書きがついているなら、肩書きに「評論家」とつく以上その人が書く解説は作品小論でなければならないと思う。
 私の場合、プロとアマチュアの境目は読んだ量や読み方より寧ろ、書き方、発言の仕方に還元される。だから、例えば、私の中では有栖川有栖はプロ評論家のイメージもあり、そのイメージが某所で書いた「論客アリス」というのに結実したりして(今の所UP予定無し)。尤も、『有栖川有栖の密室大図鑑』とか『有栖の乱読』のイメージもあってすっと浮かんだ、というのもあるのだけれども。どっか解説集成ださないかなあ。売れるか否かは解らないが、私は確実に買います(笑)。
 まあ、評論家とレビュアーと違うから、という意見もあるだろうが。だから、正確に言えば
プロ/アマチュア/レビュアー(紹介者)
 という三つの図式分け、というか領域分けをしなければいけないのかもしれない。この話続く……か?
●上記の解説集成で思い出したこと。例えば、個人全集などで別巻として書簡とかその人の評論なんかを増補する事があるけれども、その人の作品に関する他の人の解説や評論の集成の巻と言うのを作ろう、と思い立つ編集者とかはいないのかなあ。尤も、近年個人全集はほとんどなく(例外は創元の天藤真全集や中井英夫全集、ちくまの奴とかだが、この辺は本当に例外中の例外であろう)、全集自体が売れない、というのもあるんだろうが。もし、十年後か二十年後にハードカバーで山田風太郎全集が出るなら(数年の内は無理だろう)、是非とも考えて欲しいかも。全集買う人は大体全部買うだろうから、その巻だけ買わない、と言う人は少ないだろうし。ミステリ編、時代小説編、忍法帖編の区分で是非とも。
 だが、例えば、乱歩なんかで同じ事をやったらそれだけで3、4巻になったりするんだろうなあ(笑)。山田風太郎も然り、かも。へたすりゃ全集の1/10は解説評論集成になったりして(笑)。
●長らく積読になってた『夜のフロスト』読了。前作と相変わらずのフロスト節は非常に楽しめる。笑いながら本を読むのは久しぶりかも。

12月2日(日)
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●昨日は更新後に『クロノス・ジョウンターの伝説』を読了。傑作です。二話目は泣きました(笑)。
●久々にゆっくりと養生した二日間。疲れは概ねとれたと思う。諸々は明日以降、と言うことで。

12月3日(月)
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●『ベルゼブブ』読了。エピローグは蛇足だったかも。
ぶこうさんの11月14日の発言について、ちと引っかかったこと。
 本格ミステリ作家クラブや大賞などに対して「城」を作る行為、と述べているが、この比喩は巧いかも。でも、その行為のどこが悪いのか、と疑問。本格ミステリ作家クラブの威光を笠に着て「本格でなければミステリに非ず」な発言をする輩が出て来たり、それこそなれ合いで、どっかの海外の賞みたいに持ち回りで大賞受賞(そう言う賞があると小耳に挟んだことがある)、なんて事態が出てくれば「「城」を作るに腐心するあまり……」と言われてもしょうがないが、現段階では誹られるような所は無いと思う。寧ろ、冒険作家協会みたいなものが今まで無かったのが不思議なくらいだと思ったし。べつにコンプレックスの現れだとか、そう言うものではないと思う。寧ろ、防衛のため、本格の灯火を絶やさないための手段の一つではないか。二十数年前のような本格冬の時代が来ないようにする為の。無論、本格ミステリ作家クラブを作ったからと言って冬の時代が絶対に来ないという保障はないし、何が出来るかとか具体的に答えられないが(そもそも関係者ではないし)。
●「本格ミステリベスト10」のランキングが全て納得行くものか、という問いに対する答えとしては「私も100%納得してない、できるわけないでしょ」というのが率直なところ。確かに面白いけれども、本格として評価できるかは別、と言う所。例えば『壷中の天国』とか。この辺の話は明日以降。

12月4日(火)
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●『とむらい機関車』読了。感想は『銀座幽霊』と纏めて一緒に。
●「本格ミステリベスト10」の順位に関するのは置いておいて、とりあえず今回は『壷中の天国』『火蛾』に対する私のスタンスを書いておこう。
 ぶちあげたはなし、『壷中の天国』が一回目の本格ミステリ大賞だったことが後年どう見られるか、というのは興味深い。本格ミステリ大賞の歴史を見て「これを参考に本格を読もう」と思った人が一回目から順に読んで一回目からこけないか? とか意地の悪いことを思ってみたり。『壷中の天国』は面白い作品で、広義のミステリとしてみた場合はそれなりに評価できるが狭義のミステリ、すなわち本格としてみた場合犯人の提示の仕方に問題があり(プロットや構成、ミッシングリンクもの等要請上しょうがないと言うことは解った上で)、本格としては評価できない。『火蛾』は京極の『鉄鼠の檻』と並べ、手法上の点で評価するものの、全面的な「賛」ではない。収穫とまでは行かないものの、こういうのもありかな、と思う程度。個人的には『火蛾』はSFミステリとしての評価が高いかも。異世界構築手段なんか。
 あくまでこの辺は私の考えであり、当たり前の話であるが、同世代の人間の総意という訳ではない。こういう人間もいる、と言うことで。
 ぶこうさんが11月29日の末尾に

たとえば『壺中の天国』『火蛾』を現代本格の収穫とする意見にまったく付いていけない私なんかは、はたして旧式の物差しか持っていないのか、それとも物差しの使い方を間違えているのか。そのどちらにしろ、理解が足りないことは事実なわけで、最近はそのことで物凄い戸惑いを感じています。この戸惑いが解消されない限り、深い議論には踏み込めません。
 と述べているが、思うに、それは、旧式の物差ししか持ってない、物差しの使い方が間違っているの両者ではなない。物差しの数が足らないということではないか。。『壷中の天国』『火蛾』を現代本格の収穫とする為の物差しを持っていないだけの話。
 評価のための物差しについて、以前評価軸に関して書いたところと重複するところもあるがご容赦を。例えば、普通小説の物差しでミステリを測ると測りきれなく、トンチンカンな評しかでてこないこともある。それ故に、ミステリはミステリの、普通小説は普通小説の物差しで測らないといけない。同様のことが本格ミステリでも言える。本格ミステリと一口に言っても殺人事件を扱ったものから日常の謎を扱ったもの、トンでもない奇想が現実レベルに解体されるもの、ロジックごり押しのハードパズラーなど多種多様で、それぞれ物差しが違う。
 私の場合、『火蛾』はSFミステリの物差しで測ったから全面的にではないが「賛」であり、ミッシングリンクものの物差しで『壷中の天国』を測った結果本格ミステリとして評価していない。
 ただ、評価の物差しが足らない=評者が無能とは単純に繋がらないと思う。その人の読書遍歴、嗜好の問題まで還元されるので、物差しの本数=評者の優劣に結びつくわけではない。
 と纏まらないところで明日に続く。

12月5日(水)
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●評価の物差しの話、続き、と言っても、昨日の記述でほぼ言い尽くした気が。
 つまり、今は『壷中の天国』や『火蛾』といった従来のミステリの物差しでは測りきれなくものが多い、と言うことで。物差しを増やせるか否か、というのが近年の本格ミステリを本格として楽しめるか容認できるかと言うのに直結しているのかも知れない。まあ、私はいくら甲羅を経ようが『壷中の天国』を本格として評価できない気がするが。だからといって、本格ミステリ大賞の結果に異を唱える気はなく、『壷中の天国』に投票した人は『壷中の天国』を本格として評価する物差しを持ってる人なんだろうな、と思うだけだし。多分、この辺、私は保守的なんだろうと思う。昨日も書いたとおり、本格ミステリ大賞の一回目が『壷中の天国』なのが後年どう影響を及ぼすか、興味あるところ。思うに、選考に関する諸事情をどこかに纏めれば、後年の無用な憂いは減るのではないか。いきなり大賞を並べるだけでは無用な混乱を後年起こしかねない、そんな気がする。本格ミステリ作家クラブは一般の本格読者とは価値観をまったく異にする集団だ、と囁かれるそんな混乱を(多分、本格観を会員それぞれに語らせたら一般読者のそれとあまり変わらない、そんな気がする)。
 話は飛ぶ(と言うか、変わる)が、多分、『姑獲鳥の夏』に戸惑った評者は『姑獲鳥の夏』を本格ミステリとして評価することに戸惑いを覚えた評者は『姑獲鳥の夏』を評する物差しを持ってなかっただけ。『姑獲鳥の夏』評価論者全員にどこを本格ミステリとしたとき評価するか、それを聞きたい気がする。私?――これを書くのは地雷な気がするが――余りよく解りませんでした(笑)。ムードが好きで評価してはいますが、本格としてみた場合、説明できません。また、憑き物落としも、システム的には名探偵の謎解きに装飾を施しているだけ、という認識しかなかったり。蘊蓄がそのまま謎解きに直結してる点はミステリ的に良かったかなあ……(記憶曖昧)。
●『甲賀忍法帖』読書中。なんなんですか、この面白さは!

12月6日(木)
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●『甲賀忍法帖』読了。今まで読んでなかったのがもったいない、そう思う作品。忍法帖は読まねば! 熱狂的なファンがつくのも納得な、高純度エンターテイメント。未読忍法帖の山脈がそびえている私は幸せ者でしょう。
『たったひとつの』も読了。変な作品だ。チェスタトンをファンタジーにしたような……。ファンタジーなのは雰囲気で、本書はまごうことなきミステリなんだけれども。
●眼鏡が毀れたので応急処置。この眼鏡、足掛け8年はかけてるからなあ……。
●眼鏡が毀れたショックで昨日の続きは明日以降。

12月7日(金)
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ぶこうさんの日記の11月28日の記述で思ったこと。以下は若干重箱の隅つつき的なのも混じってるかも知れません。

>既存の賞である推理作家協会賞では、本格ミステリばかりでなく、ハードボイルドも冒険小説も(時としてSFも)全てひっくるめて評価するというところに、問題がある──いや、それはそれでいいと思うんだけど、でも賞がそれだけしか無いというのは、本格作品にとってみたら、不充分だとは思いませんか?(引用者註:ぶこうさんによる市川尚吾さんの11月23日の日記の引用)

 充分では。男の腐ったような主人公がドタバタやっているハードボイルドもどきに「負ける」ようではだめですよ。「推理作家協会賞が取れないから自分達の賞を作った」なんて(私にはそう思える)、私が「本格」の父親だったら間違いなくぶん殴っていますよ。「本格」って、推理小説の「根幹」「背骨」ではなかったのですか? いつ「本格」はミステリ内の1ジャンルに成り下がったのでしょうか。そんなポジションに甘んじてほしくない、だからこそ意地をはってでも「推理作家協会賞は俺達の賞」とツッパリ続けて欲しかった。本格から受賞作が出なかったなら、ジタンダふんで翌年の糧にしてほしかった。だけどもう手後れか。「これからはミステリの1ジャンルとして頑張ります!」って宣言しちゃったからね。ちなみに私は国産ハードボイルド大好きです。でもミステリの「根幹」は「本格」だと思っています。

 まずは細かいところから。「推理小説」か「ミステリ」かどっちかに統一すべきと思う。恐らくこの文脈では「推理小説」=「ミステリ」なんだろうけれども。ここは重箱の隅つつきなのだが、なんでこういうことを書くかというと、私の中では「推理小説」≒「ミステリ」であり、イコールではないのだ。簡単に私の中での定義付けをすると
推理小説:本格を中心とする小説群。内田康夫、西村京太郎なども内包する。
ミステリ:本格も入るが、冒険小説、ハードボイルド、人によっては普通小説もはいるかも。つまり、広義の意味。「ミステリー」と言った方が正確か。宝島社のムック「このミステリーがすごい!」の「ミステリー」が指す小説群。

 と言う風になる。
 つまり、私の中では本格ミステリはミステリの一ジャンル、という認識なので引用したの記述には(バリバリの本格派と自認してるにも関わらず)「本格ってそんなに偉いのか?」と疑問に思った。確かに「本格」というのは「推理小説」の基本だし、「本格」のスピリットがない「推理小説」は読みたくない。でも、「ミステリ(ー)」となった場合、果たして「本格」は基本で根幹なのであろうか。私はそうは思わない。「本格」のスピリットがない「ミステリ(ー)」の中には好きな作品もある(ウィンズロウのニール・ケアリーシリーズとか)。この辺はタームの使い方の違いによる見解の相違なのであろうが。
 現在の推理作家協会賞は、昔の探偵作家クラブ賞の頃ならいざ知らず、完全に広義のミステリの賞になってしまっている。乱歩賞も同様。無論、それは広い目で見れば歓迎すべき事なのであろうし、時代の流れだと思う。それが悪いこととは思わないし、協会賞受賞作は(読んだほとんどが)傑作ばかりだと思う。候補も然り。それは、本格という狭い枠ではなく、エンターテイメントとしてであるが。
 私は、推理作家協会賞を本格が獲れないからとぐじぐじと言い続けるより、今みたいに自分らの賞を作る方がよっぽど建設的と思う。また、カタログ的な意味でも長い目で見れば後発の本格ファンに対して有効だろう(選考に関する諸々を付す、という保留付き)。無論、今後推理作家協会賞の候補から本格を外す、という事はないと思うので獲れなかったら翌年の糧にするというのは大事だけれども。そこはそれとして。
「このミステリーがすごい!」によって「ミステリ(ー)」というタームが持つ意味の範囲が完全に広がりきり、拡散しつつある(いや、してしまったのか?)。元々語感的にかっこいいからと言う理由で、推理小説の英訳として「ミステリー」が使われ(予想)、現在では本来の意味から脱線し、和製英語として根付いたと思う。そもそも推理作家協会自体が推理小説作家だけの団体ではないし。
 推理作家協会賞=本格ミステリの賞と突っぱねるのは「ミステリ」というタームの意味が拡散している今、時代遅れだと思う。つまり、「ミステリ」の意味が拡散してるからこその本格ミステリ作家クラブであり、本格ミステリ大賞なのではないか。
 以上がぶこうさんの11月28日の記述を読んで思ったことであり、現状に対する私の認識だったりもする。多少きつい物言いが混じってますが、悪意はありません。念のため。

12月8日(土)12月9日(日)
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●土曜、『鏡の中は日曜日』読了。『黒い仏』の後だけに、普通に見えてしまう(笑)。
●というわけで、8日。関ミス連in大谷大学。ゲストは北村薫。
 講演は冒頭のつかみにやられました(笑)。ルルーの『ガストン・ルルーの恐怖夜話』が何故関西で売れるのか? という理由が……(以下略)。事前に募集した質問を軸に講演をされたのであるが、途中、さすがは元演劇部顧問! と言うものを見せていただき、唖然とすると共に聞き惚れる。細かいところは他のサイトで……。
 色々と挨拶をしたり話したりであっちゅう間に終了。オークションはめぼしいものがなさげだったのでほとんど参加する気はなかったのであるが、
『照柿―第1章 女―上下』(村薫原作、久保田眞二画/リイド社)100円
『フィリップ・マーロウより孤独』(平石貴樹/講談社・絶版)100円
 を落札。『照柿』は上下巻だろうから完結してるだろうし、原作読まずに横着しよう、と思ってたら甘かった(笑)。読了したら古本屋行きほぼ決定(爆)。山田風太郎『忍法黒白草紙』と飛鳥高『崖の下の記憶』の二冊はせり負ける。1000円で下りました。前者は梅田古書倶楽部で1000円前後で転がってそうだし、後者は(私が読んだ中では)長編は当たりはずれでかいので1000円以上出す気になれなかった故に。ま、本当に面白ければ《昭和ミステリ秘宝》で出るでしょうし。
その他、別口で
『姿なき怪盗』(甲賀三郎/春陽文庫・絶版)500円
『飛弾忍法帖』(山田風太郎/講談社山田風太郎忍法帖全集・絶版)500円
『完全脱獄』(ジャック・フィニイ/早川HM文庫・絶版)500円
 購入。あと、
『探偵小説の饗宴』(山下武/青弓社・図書館くずれ。絶版?)
 を頂く。オークション後のキーワードは思いつく端から、適当に、今度しらふで言ってね(笑)、からまれました(笑)、金髪になったのね、しらふで飛ばさないでくださいと怒られました(笑)、意外な身内の読者、チョット飲み過ぎ、円町から徒歩で帰宅、着替えてすぐに寝ました、間に合うか否か心配、開始30分遅れ……って、ほとんど身内ネタばっかやん(爆)。
●9日。散髪に行き、さっぱり。ようやく「ハンニバル」を借りることに成功する。見るのは明日以降。
●昨日届いた「2002 本格ミステリベスト10」を読み、思ったことはまた明日以降。

12月10日(月)
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●『くノ一忍法帖』読了。これは所謂フィニッシング・ストローク系でしょう。
●投票させていただいた「2002 本格ミステリベスト10」国内編は31冊中27冊既読、海外は10作品の内3冊既読。この辺は例年通り、かも。
 ところで、某ミス研名義で「このミス」の方にも投票したことがあるが(正確には某ミス研の仕事をやったと言うことだが)、「本格ベスト」と「このミス」では圧倒的に「このミス」の方が書きやすい。理由は、「このミス」は遊べるから。私の中で「ミステリ(ー)」という語が持つ射程が広いので、例えば今年なら1位に《日下三蔵今年度の仕事》とかいうのを推せるが、「本格ベスト」ではそれが出来ない。誤解を招きそうなので釈明しておくが、別に遊べないことが悪いというわけでもない。また、「遊ぶ」というのは不真面目な意味ではなく、狭義の意味では推せないが、広義の意味なら推せる、というだけの話。まじめにやりましたよ。「このミス」の時も。尤も、「個人」での責任がない分肩の力を抜いて気楽に出来た、と言うのはあるが。今回の「本格ベスト」は「嵐山薫」の名で書くので結構肩の力が入りまくってた気がする。それ故、送信時には、国内は「ああ、普通すぎるのになったなあ」と思ってたけれど(紐解いてみたら思ったより普通じゃなかったかも)。海外は読書量が少なかったけれど、絶大の自信で一冊だけ推したから或る意味目立ってるが。
「このミス」は広い意味での「ミステリ(ー)」の物差しだが、「本格ベスト」は言うまでもなく「本格ミステリ」の物差しでやらなければいけない。その分「本格」と言うのが枷になり、視野が狭くなってしまった気がする。だからと言って、どう考えても本格じゃないでしょ? と言うのを堂々と入れてるようなスットコドッコイな投票が良いというわけではないが。もう少し視野を広げるべきだったかなあ……と今は少々反省モード。だからと言って、アレを推せば良かった、とか言う代替案があるわけでもないが。でも、投票後読んだ『たったひとつの』は投票前に読んでいたら入れるか否か迷ったかも。
 ちなみに、楽屋話になるが、『ミステリ・オペラ』は順位に入れるか否か散々迷った。理由は
1:他に推す人が沢山いるだろうと言うことが容易に予想できた。
2:いろんな意味で圧倒され、今年度の本格ミステリの中では圧倒的なパワーを持ってはいたものの、自分の本格ミステリ評価の物差しに於いて本格と断言できる作品なのか?
 の二点。特に二番目が。だが、圧倒され、帯にも刷られている『ミステリ・オペラ』の魅力の一つである「探偵小説でしか語れない真実もあるんだぜ」と言う言葉が嘘偽りではないと思った故に入れることにした。私の中で「探偵小説」≒「本格ミステリ」という方程式が成り立つ故に。そうなると1、2、3はスパッと、あっさりと決まり、4、5をどれにするかギリギリまで迷った……と言うことである。しかし、自分でも1位に推しておいてこういうのもなんだが、『ミステリ・オペラ』を1位にした人ってこれしか1位に推せるものなかったの? と聞きたくなってきたりして(笑)。だって、集計結果はダントツの1位で2位を160点以上引き離してるからねえ。1位に推した人ばかりだったんでしょう。
 多分、続く。

12月12日(水)
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●昨晩は『ボーイ・ソプラノ』読了。完全にSFとは言えない作品になってます(笑)。辛うじて舞台設定などがSF的なだけ。この人、SFノワールの書き手になるんでしょうか。
●一昨日の続き。
 或る意味「このミス」のアンチテーゼとして発足した面もある「本格ベスト」であるが、実際問題として、どこまでが本格なのか投票者の面々の「良心」を信用するしかないであろう。本格ミステリの物差しは各人各様で、或る人のは人によってはスットコドッコイなセレクションでも本人は大まじめだったりする可能性もあるわけで(それを説明するにはあのスペースは少なすぎる、という欠点はある)。そう考えると、投票コメントはいろんな意味で興味深い。尤も、方々で指摘されてる一冊しか読んでなくて、というのはどうかと思うが(他を読んでも1位というのは不動、というならOKだと思う)。
 しかし、去年と違って版元がバラバラで面白い。去年は講談社の独占市場だったし(笑)。原書房《ミステリー・リーグ》も20位内に4冊中3冊がランクインし、レーベルのブランドを挙げたのではなかろうか。個人的には20位以内に『共犯マジック』がなくて残念。真相の「衝撃」は少ないが(というか、大部分の人は初期段階で読めると思う)、構図のきれいさは本年度の作品の中でぴかいちと思う。『恋霊館事件』もランクインしてなくて残念。作品構造を活かした悪戯が好みで、しかも、テーマとの結びつきはデビュー作『未明の悪夢』に勝るとも劣らない出来と思うし。
 ところで、海外物座談会の千街晶之のコメントで引っかかるのが。クラシックミステリファンと現代ミステリファンの乖離を嘆き、両方に目を向けない人は除外して喋ってます、という趣旨の発言をしているが、カーの『九人と死人で十人だ』(確か一昨年刊行)の解説で絶版カー作品をネタバレしている人が言うべき発言ではないでしょ。こういう愚行(敢えて言ってしまおう)は新規ファンを明らかに切り捨てる行為だとおもうのであるが。
 一個余談。「本格ベスト」ではなく、「このミス」であるが、某G原のコメント。赤川次郎や西村京太郎、内田康夫にあって他の作家にないものは何か? と散々偉そうなことぶっこいていながら投票作品にこの三人の作品がないのはアホの証拠と言うべき愚行と思う(笑)。そろそろこのアホに仕事を依頼するのを辞めよう、と考える人が出てこないものか(しかし、最近このアホの解説を見なくなったな。やっぱ同じ事考える人がいたのか?)。

12月13日(木)
http://ha1.seikyou.ne.jp/home/arasiyama/diary0112.html#13
●『ジャンピング・ジェニイ』読了。投票前に読んでたら二位には確実に入れたな。オチのブラックさは笑える。
●特にネタは無し。

12月14日(金)
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●『孤独な共犯者』読了。多岐川恭に求めるものはなかったものの、今でもそこそこ通用しそうなテーマに脱帽、かも。
●先日のことである。書店で店員と客が問答していて、背表紙の色がどうのこうの言ってるようだ。ソノラマ文庫の所。客は「いつの間に緑から白になったんですか!」と驚いていたのであるが、通りすがりの私からしてみれば「十数年ぶりの現役復帰ですか?」と驚きだったりして。どう見てもいい年ぶっこいたおばはんだったし。しかし、こういう背表紙の変遷というのはどうにかならんのかねえ。背表紙の色変えたくらいで売り上げが倍増する訳でもなかろうし、それにかかるコストを考えれば、その分安くできるだろうに。

12月15日(土)
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『信玄忍法帖』(山田風太郎/講談社ノベルス・絶版)318円
『ありんす国伝奇』(山田風太郎/富士見時代小説文庫・絶版)500円
 購入。後者は結構難航するだろうな、と思ってただけに嬉しい。
●上記の本を古本屋で買い、堂島のジュンク堂で集英社文庫の山田風太郎の棚を見てため息を付き(笑)、某畸人郷例会へ。忘年会。鍋物で、いつもより当社比1.5倍くらいは喰ってたきがする(笑)。少々しんどかったんで(昨日も飲んでたし)、早々に帰宅。
●行き帰りの電車で『花の旅 夜の旅』読了。ここまで企みに満ちた作品が今まで埋もれてたのが不思議。

12月16日(日)
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●『銀座幽霊』読了。3巻目の刊行希望。って言っても、『とむらい機関車』『銀座幽霊』のアベレージに比べりゃアレなんだろうが。
光文社の大バカ野郎! このすっとこどっこいが! 責任者出てこい!
 絶叫終了。2ちゃんねるのミステリ板、山田風太郎スレッドで《山田風太郎ミステリー傑作選》第二巻『十三角関係<名探偵篇>』で傑作「帰去来殺人事件」が再版分から削除されている、という噂を聞きつけ(この場合、見るか? どうでもいいけど)、昨日実物を確認したのだ。最初はどうせガセだろう、と思ってたが、実物で確認した日には……。無論、製本上ミスではなく、確信犯。解題でも削除されてるし。おそらく、差別用語の問題であろう。山田風太郎に差別の意志は皆無だったと思うし、また、差別用語がトリックの根幹を形成しているからと言って差別を助長する、とまじめに思ってるのか。それとも、抗議がきたのか。こういう言葉狩り的なものを出版社が助長するのは如何なものか。この調子だと、あの不朽の傑作とも言うべき『獄門島』がこの先永遠に再刊の機会を失うことになるぞ。『獄門島』「帰去来殺人事件」は翻訳しにくいトリック故に、日本人(或いは日本語学習した外国人)だけの財産というべき作品なのに。
 しかし、こんなのがまかり通るようになったら、乱歩の作品も再刊されなくなるだろうし、なんと言ってもフリークス趣味全開と言うべき山田風太郎の忍法帖も(読んだ中では『甲賀忍法帖』あたり)永遠に再刊されない、と言うことになるぞ。そもそも、差別用語なんて誰が言いだしたんだか。小説に於いて差別を助長する目的でその用語を使った作家は――皆無とはさすがに言い切らないが――ごく一部だし、文脈からでも明らかであろう。
 最後に断り書きをつけてもダメなのか。こうしてエンターテイメント出版(主に再刊部門)は先細って行くのか。近年の復刊ブームで欣喜雀躍している私としては暗くならざるを得ない。

12月17日(月)
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●「九日間の不思議(仮)」更新。別名義で書いた評論「この闇と光―怪盗/怪人試論―」のHTML化。森博嗣の『すべてがFになる』、トマス・ハリスの『羊たちの沈黙』、ポオの「赤死病の仮面」の未読の方はご注意を。しかも、少々長いです。原稿用紙換算30数枚くらいはあるかも。来年は停滞中の「館ミステリ試論」の続きに着手したいなあ……。「館ミステリ試論(2)」のベースは既にあるので割と早い時期にUP出来ると思う。余談ですが、これに関連してトップにちょいとした仕掛けを施してたりして。怒らないでね(笑)。
(註:下線タグとリンクの色を組み合わせた非常にお茶目な仕掛けです(笑))

12月18日(火)
http://ha1.seikyou.ne.jp/home/arasiyama/diary0112.html#18
●『模倣犯』読了。圧倒的迫力を誇る「小説」だと思う。少なくとも本格ではないと思うぞ、これ。「2002 本格ミステリベスト10」で9位だったが(獲得点数60点)、なんと、投票した6人が1位に挙げているのだ。この辺興味深い。このあたりは明日以降少々書くと思う。
●「九日間の不思議(仮)」ファイルを転送し忘れていたことに気づく(笑)。転送しましたので是非とも。なお、これが仕掛けではない。

12月19日(水)
http://ha1.seikyou.ne.jp/home/arasiyama/diary0112.html#19
●『江戸忍法帖』読了。普通の時代小説ですね、これ。でも面白い。
●『本棚探偵の冒険』(喜国雅彦/双葉社)★★★★☆
 古本野郎の、古本野郎による、古本野郎のための古本エッセイ集(笑)。いやあ、読んでいて笑いっぱなし。特に初っぱな。乱歩邸の話とか、我孫子邸の話とか。後古本の街の話、古本の先生や鮎哲本棚とか。巻末座談会も有りと豪華絢爛。装丁は新刊書店では思いっ切り浮きそうな、古本屋(しかも昔ながらの)の片隅にあるのが自然な感じ。ここはもう計算通りだろうな、と言うくらい。
 読んでいて「ああ、そうだよな」とか「それはやりすぎ」、「そこまでやらんやろう」と思いつつ毎度毎度笑う。しかし、これを読むとまだ自分は大丈夫、と思う。古本屋で買うのは読む為だし。概ね。9割9分9厘。て、こういうこと言ってる時点でもうダメですか、そうですか。とにかく、古本屋通いをする人必読。しない人も必読。
 次巻『本棚探偵の回想』の座談会は是非とも「魔道に足を踏み入れさせられた犠牲者座談会」と言うので。出席者は……誰でしょ。
●他の話は明日以降。

12月20日(木)
http://ha1.seikyou.ne.jp/home/arasiyama/diary0112.html#20
●『模倣犯』を読み、私の中の物差しでいえば全く本格ではないと思った。広義のミステリとしても詰めが甘かったりご都合主義的なところがあり、本格でなくても頂けないところはままあるけれども。だが、圧倒的迫力と言う意味では21世紀初頭を飾る傑作と言ってもおかしくはない。確かに、この迫力の前には本格か否かどうこういうのは無粋だ。だが、無粋を承知で言わせてもらう。私にとって『模倣犯』が「本格ベスト」で上位に来るほどの本格度があるかと言えば、皆無。
「本格ベスト」で『ミステリ・オペラ』ダントツの1位であることに対して(本格への)新規のお客さんが逃げるのではないか、という疑問があった。私は寧ろ、『模倣犯』がベスト10入りしたことの方がアレなのではないのか、と。非常に失礼な言い方であるが、山田正紀と宮部みゆきでは知名度が全然違う。『模倣犯』と『ミステリ・オペラ』があった場合、多分、一般読者はまずは『模倣犯』を手に取るのではなかろうか。知ってる宮部みゆきの本格ならば読んでみようか、と(多分、こういう動機で手に取る人は宮部作品はある程度読んでるだろうが。いきなりこれを読むとは思えないし)。で、最近の本格はこんなものか、と帰っていく。無論、1位に投票した人はこの作品が「本格だ」という物差しを持ってるから投票したのであろうし、結果が出た以上あれこれ言うのは非建設的なのだが。まあ、『ミステリ・オペラ』への援護射撃、と言うわけで。
 ただ、一個だけ言えるのは、この状態がもう3、4年続けば「本格」の意味が拡散してしまうかも知れないと言うこと。内部ジャンルの定義が拡散するのは正直言ってよろしくないと思うし。て、言っても遠吠えにしかならないんだよね。
 思うに、単純集計というふうにしないで、投票者数が多かった作品からどうみても本格度がない作品をより分ける……というのはまずいか、やっぱ。こういうランキングというのは難しいものである(だから色々と議論が起こるのであろうが)。
12日の日誌の補足。
 千街晶之の発言の言葉尻を捉え、『九人と死で十人だ』の解説で絶版カーをネタバレで取り上げてる故に新規ファンを明らかに切り捨ててるよね、というような事を書いた。何が言いたいのかと言えば、最近読み始めた読者は当然ながら絶版作品は(九割は←根拠無し)読んでないであろう。解説を読んでから読むか否か決めようという読者が少なくないと思うが、絶版作品を挙げられた日には読む気が失せる(と思う)。その結果お帰りする読者の存在を考慮に入れてないのではないのか? そう言う人が切り捨てる云々いうなよ、と言う意味で。そう言う人が現代物のみにはしるのではないのかな、と。
 ……というか、果たして、国書刊行会の《世界探偵小説全集》は新規のファンのどれくらいが手を出してるのかなあ。結構少なくはないパーセンテージでいると思うけれども。買うには少々高いのに目をつぶれば下手な絶版古典を探すよりずーっと手軽だし、訳が新しいから読みやすいし。新規の海外本格好きにもやさしいような……。まあ、いいか。深く考えるのはやめよう。

12月21日(金)、12月22日(土)
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●金曜。色々ありました(笑)。ま、そう言うことで。某所で徹夜。徹夜明けにはゲームキューブソフト「ピクミン」で。初ピクミン。ていうか、やはり、私はゲームをしてはいけないと言うことをヒシヒシと思い知らされる。はまりすぎて歯止めが利かないし。「ピクミン」かなり面白かったけれどもね。今日も〜運ぶ〜戦う、増える〜そして食べられる〜♪(余談だが、最後の「食べられる〜」は最後は「↑」だとおもってたが、コンビニで流れるのを聞いてたら「→」だった。CMでは「↑」だった気もするが)
●少々寝て飯喰ってのんびりして。忍法帖と並ぶ密かなマイブームの一つ『パタリロ!』を読んだり、資料を読んだりと暇そうで暇ではない。本日は山田正紀の《女囮捜査官》シリーズのドラマ化第四弾が放送される。見ようか否か荒井注、もとい、迷い中。

12月23日(日)
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●結局昨日は「女囮捜査官」は見ず。
●『パタリロ! 29巻 ミステリー編』(魔夜峰央/白泉社文庫)★★★★
「だーれが殺したクック・ロ〜ビン♪」というフレーズで一世を風靡した『パタリロ!』の選集。この文庫版選集29巻はミステリ編と銘打たれていることからも伺えるように、バリバリの本格ばかりを集めたもの。吸血鬼伝説が残る国で起きた密室殺人「ドラキュラの鏡」、6人の男を手玉に取った女性が殺害される「一週間は七日」、衆人観衆による物体消失「ギリシャ聖像の謎」、意外な真犯人「魔性の眼」等々。ミステリファンを満足させる(或いは怒らせる(笑))仕掛けに満ちたものばかり。
 11編の内、最後の「パタ迷惑」と大岡裁きならぬ「パタリロ裁き」がお気に入り。この二編、特に後者はミステリの味は薄いが、オチの付け方が良かった。また、この二編に限らず全編どたばたのギャグ満載で笑えること請け合い。
 余談だが、文庫版選集17巻は犯罪芸術家デュランとパタリロ一味がやり合うものであり、29巻とセットで楽しむのも一興。17巻の話はまた別の機会に。なお、本書以外でもミステリ味が強いのは(まだ文庫選集を数冊読んだだけであるが)何編か存在する。結構はまり込んでしまったので、文庫選集を読み尽くしたら本編の漫画単行本に手を出しそうな気配。うう、置き場所が(泣)

12月24日(月)
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●指摘受けた箇所の修正。何処かは秘密ということで。
●特にネタはなく、2001年の更新も後数回、ということで。

12月25日(火)
http://ha1.seikyou.ne.jp/home/arasiyama/diary0112.html#25
●『噴火口上の殺人』読了。
●来年一発目の更新でUPする予定の「私家版2001年ミステリベスト」に着手する。「本格ミステリベスト10」の奴とどう差別化を図るか思案のしどころ。
●所用で京都駅へ。距離的に近いはずなのでもう一個済まそうと思ったが、疲れがたまってたのでやめにする。多分、来年に持ち越し。
●今月は前半飛ばしすぎたので後半は結構息切れしてるかも(笑)。

12月26日(水)
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●多分2001年最後の更新。次回更新は1月4日予定。
●今年も色々ありましたが、まあ、とりあえず……。どれもこれも無事片付いてよかったな、と。その過程で一個大嘘ぶっこいた気もするが、そこはそれ。そのうち白状します(笑)。どれかは秘密と言うことで(尤も、このまま黙っていても大局に影響はないし、誰も被害は受けないはず……と思う。甘いか?)。来年以降の課題は、突発的状況に対して如何に上手く立ち回るかということ。突発的状況には、概ね、一旦あわてふためいて初期段階で正確な判断が下せないようで(苦笑)。故に回想すると冷や汗ものなのもあったり。
 その辺は置いといて。しかし、いろんな人がこのページ見てるんだねえ。下手なことは書けません、と言うか、今まで通りの方針を崩すつもりはないが(元々そんな人様に失礼なことは書いてないし。つっこみは却下)。
 今年は「本格ミステリベスト10」に投票の誘いを頂いたり、「五十円玉二十枚の謎」へ解答を応募したもののまだ未決定だったり。とりあえず、マイブームの多岐川恭と山風は来年も続行。復刊もまだまだされる状況なので積読は消化されず積まれていく(笑)。来年は二十冊くらいは減らしたいなあ(て、毎年思ってる気がするが)。読了数は現時点で218冊。多分、年内に3、4冊は読むと思うので今年は約220冊弱。例年より少し多いくらいかな。ホラー関係はあまり読まなかったなあ。やはり、復刊されたものに目がいくしね。その辺はまた別の機会に(って、ねえよ)。
 しかし、返す返す社会性とは無縁なページだな(笑)。テロの話や小泉正拳もとい、小泉政権についてなーんもふれてないしさ。
●なにはともあれ、来年もこの「嵐の館」をよろしくお願いいたします。

12月27日(木)〜12月31日(月)
http://ha1.seikyou.ne.jp/home/arasiyama/diary0112.html#27_31
●帰省。この間の読了本は『プラチナ・ビーズ』(も少し早く読めば良かった、かも)『刺青殺人事件』(やはり面白いが、ミステリ読みとして甲羅を経すぎてるせいか、多少もの足らない、かも)『依存』(初読で見えなかったところがいくつか見えてきた)
●特に変わったこともなく、平和に年が明けたのであった。マル。


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