大阪圭吉傑作選
 大阪圭吉というと近年では国書刊行会の《探偵クラブ》叢書の一冊『とむらい機関車』しか単行本が無く、しかも、「とむらい機関車」「銀座幽霊」「あやつり裁判」「気狂い機関車」などを収録した鮎川哲也のアンソロジーも「幽霊妻」を収録した『怪奇探偵小説傑作選 全三巻』(ハルキ文庫)しか現存しない(有り体に言えば絶版)状況であった。他は創元推理文庫《日本探偵小説全集》の最終刊『名作集2』に「三狂人」「三の字旅行会」「とむらい機関車」「寒の夜晴れ」の四編のみ。(一部での)人気の割には不遇だった。
 この作家は一部の好事家の間でのみ名が流布し、僅かに『有栖の乱読』(メディアファクトリー)で国書刊行会版『とむらい機関車』が紹介され、『有栖川有栖の密室大図鑑』(現代書林)で「燈台鬼」が取り上げられて僅かに(ミステリファン内の一般的知名度(矛盾?)という意味で)命を繋ぐ、と言う状況だった。この『とむらい機関車』と『銀座幽霊』の二冊の刊行はそんな状況を打破するきっかけになるであろう。この二冊が大阪圭吉再評価の一助になるのは想像に難くない。
 創元の英断に拍手。この二冊が売れたら三冊目も有りだとかなしだとか言う話もあるが、是非とももう一冊作っていただきたい。この二冊は初出の挿し絵もあり、国書刊行会版『とむらい機関車』を読んだ! と言う人も必読であろう。挿し絵とのコンストラクトは何ものにも代え難く、まるで初出誌を読んでるかのような錯覚すら覚える。
 余談だが、今の今まで国書刊行会版『とむらい機関車』を全部読んだと勘違いしていたが、実は、全部通読はしていない。おそらく、鮎川哲也のアンソロジーなどでつまみ食い的に読んでいた故に、通読した気になっていたのであろう。
 ネット上でも大阪圭吉は根強い人気があるようで、圭吉の部屋、『銀座幽霊』収録の著作リスト作成をも手掛けた小林オーナーの大阪圭吉ファン頁宮沢の探偵小説頁内の大阪圭吉作品目録などが代表的。

とむらい機関車 解説:巽昌章 660円+消費税

 本書はやはり、表題作と巻末を飾る「坑鬼」の二作が白眉であろう。表題作の哀愁もさることながら、「坑鬼」の閉所に於ける閉塞感はたまらないものがある。賛同者は少ないと思うが「あやつり裁判」の端整さも好きだ。本書からはこの三編を推したいと思う。
 本書は小説とエッセイという豪華版。

「とむらい機関車」(「ぷろふぃる」昭和9年9月号初出)
 一人の男が語る連続豚殺事件の顛末。何度も何度も豚を轢死させる人間の正体とその動機とは?
 後続の傑作群の原型というべき作品であろう。原型ながらも、完成されたそのプロット、構成は21世紀の今読んでも全くと言っていいほど古びていない。これは驚異としか言い様がない。結末に漂う哀愁は何とも言い難いものがある。
「デパートの絞刑吏」(「新青年」昭和7年10月号初出)
 Rデパートで死体発見される。その報を聞いた青山喬介はデパートに向かう。死体の身元はデパートの宿直員。青山は意外な「犯人」を指摘し、裏に潜む「からくり」を暴き出す。
 意外な「犯人」と凶器のコンストラクトが本編の眼目。アンソロジーで読んだことがあるが、その時の衝撃を思い出した。絞刑吏の意外な正体が明かされたとき、大阪圭吉の才能が現れる。こういうのを読むと戦争で亡くなられたのがホントに悔やまれる。
「カンカン虫殺人事件」(「新青年」昭和7年12月号初出)
 造船工場に於ける殺人事件に颯爽と姿を現した青山。彼はズバリと犯人を指摘する。
 大阪圭吉というとトリックのみが言われがちだが、本編のような細かい手がかりを主軸とした作品も存在するようだ。あんたはシャーロック・ホームズか! とつっこみが入る所もあり面白い。
「白鮫号の殺人事件」(「新青年」昭和8年7月号初出)
 自家製ヨット白鮫号で殺された持ち主。その事件の謎を解くのは青山喬介。
 本編もまた犯人の指摘の仕方が眼目であろう。細かい数字を挙げていくところはにやにやしつつ読んだ。
「気狂い機関車」(「新青年」昭和9年1月号初出)
 懇意にしている警部から呼び出しを受けた青山。その事件は異様で、機関車の乗務員二人が無惨にも殺されていたのである。
 本編は殺害方法よりも異様な動機に注目すべきであろう。異様な動機という意味では表題作とタメを張る。動機の分類表があれば、真っ先に乗るべき、異様なものだと思う。
「石堀幽霊」(「新青年」昭和10年7月号初出)
 或る町で起きた殺人事件。事件の嫌疑は双子にかかり、状況物証共に双子の犯行を裏付けたものの……。
 トリックは……。んだかなあ、と言う感じもなきにしもあらず。本編も青山喬介登場作品であるが、事件のひっくり返し方は面白かった。でも(以下略)。
「あやつり裁判」(「新青年」昭和11年9月号初出)
 裁判の行方を決する証言を数多くする女性。何故彼女は証言を繰り返すのか?
 或る言葉が出た時点で本編の構図は一気に見渡せた。本編の着想は面白かったので、見渡せた真相と違ってれば良かったのに……と思ったりして。構図はきれいだ。
「雪解」(「ぷろふぃる」昭和10年3月号初出)
 木戸黄太郎は金塊に目が眩んで婚約者の父親を殺すものの……。
 戦前には珍しかったと思われる倒叙もの。犯行が暴露される瞬間はイメージが浮かんで楽しいが、ミステリ的にはイマイチ切れがない。
「坑鬼」(「改造」昭和12年5月号初出)
 海底炭坑でおきた殺人事件。犯人は誰なのか。
 一種異様なムードが漂う。本編は動機もさることながら、漂う異様なムードこそが眼目であろうか。


銀座幽霊 解説:山前譲 660円+消費税

 本書は「三狂人」「燈台鬼」「幽霊妻」の三作品が挙がるであろう。「人間燈台」の或る種の鬼気迫るところも捨てがたい。

「三狂人」(「新青年」昭和11年7月号初出)
 脳病院(所謂精神科病院)に残る三人の患者。病院の経営は悪化しつつあるが、患者たちはどこ吹く風。そんな中、医師らしき人物の死体が発見される。死体には脳みそがなかった。
 真相が明かされたとき、巧い! と思った。この為だけに状況を設定したのか、と思うと感服せざるを得ない。ただ、この話、注意深く読めば真相は死体発見時で割れるんだけれどもね(笑)。
「銀座幽霊」(「新青年」昭和11年10月号初出)
 銀座に於いて幽霊が殺したとしか思えない死体が。被害者を殺したと思われる人物は、死亡推定時刻には既に死んでいたはずだったのに……。
 トリックやその着想、見せ方自体は面白いと思うが、それだけのような気もする。枚数的なものもあるのであろうが、残念である。
「寒の夜晴れ」(「新青年」昭和11年12月号初出)
 クリスマスに起きた犯人の足跡なき殺人。犯人はサンタ・クロースなのであろうか?
 意外な犯行方法より、犯行動機の方が悲しかったり。被害者の男の子に同情してしまったりして。
「燈台鬼」(「新青年」昭和10年12月号初出)
 燈台で起きた密室殺人事件。その場所には誰も入ることが出来なかったが、燈台の外から石が投げ込まれ、その石が原因で死亡していた。誰が、どうやって。また、夜に見たという巨大で不気味な鮹の正体とは。
 巨大な鮹の正体は腰砕け、かも(笑)。だが、一種異様なムード、密室を構成するその手段。この辺はさすが、と言わざるを得ない。島田荘司を張るかに先取りした探偵小説の秀作と言っても過言ではない。
「動かぬ捕鯨」(「新青年」昭和11年11月号初出)
「釧路丸の船長」と叫んで死んだ男。釧路丸は沈み、船長も沈んだはずなのだが……。
 感がいい人はすぐネタが割れるかも。私は解決編でびっくらこいたが。大阪圭吉は機械トリックも巧かったが、こういう心理トリックも巧かったんだなあ。海を舞台にし、スケールがでかいのも良し(でかいか?)
「花束の虫」(「ぷろふぃる」昭和9年4月号初出)
 岸田直介という劇団の出資者が殺された。「花束の虫」という奇妙なメッセージが残っていたが……。
 タイトルにもなっているメッセージは或る意味他愛ない。それよりも寧ろ犯人を絞り込む過程にこそ面白さがある。
「闖入者」(「ぷろふぃる」昭和11年1月号初出)
 洋画家がつじつまが合わない奇妙な絵を残し、密室状態の中で死んでいた。絵の意味するものは?
 確か密室アンソロジーにも取られたことがあったと記憶しているが、密室のアイデアは自体は他愛ないものかもしれない。だが、絵に込められた意図が解明されたとき、本編は密室ものとしての光芒を放つ。ていうか、この趣向好きだったんだねえ。
「白妖」(「新青年」昭和年11月8号初出)
 有料道路(今で言うバイパス?)でのひき逃げ事件。現場を目撃した大月弁護士は後を追う。出口で一網打尽にするつもりが、出口に於いてその車両を目撃したものはいなかった。
 原理云々よりもちょっとしたカーチェイスが好きだったりして。クイーンの『エジプト十字架の謎』(創元推理文庫他)を思い出す。二重三重に仕掛けられた真相も好み。
「大百貨注文者」(「新青年」昭和13年臨時増刊号[新版大衆小説傑作選]初出)
 大月弁護士が依頼を受けやってきたものの、肝心の依頼人がいない。待つことにしたが、何人もの人間がやってきて大月弁護士がいる応接間は一杯に。
 何となくとぼけた感じの作品。タイトルだけから見ると百貨店の話に思えるが、実はそうではないと判明したときの所在の無さというか、なんというか(笑)。地味な一品。
「人間燈台」(「逓信協会雑誌」昭和11年7月号初出)
 息子が教えてくれた燈台守としての使命とは?
 タイトルの意味が分かったとき戦慄した。このような作品が今の今まで埋もれていたとは、意外。掲載誌の関係もあるんだろうけれども、もしかすると、大阪圭吉に限らず未発掘の傑作短編が眠っているのかも知れない。
「幽霊妻」(「新探偵小説」昭和22年6月号初出)
 一人の男が語る幽霊によると思われる殺人事件の顛末。
 遺作。謎解き(=絵解き)というスタイルではないものの、ミステリ的興味を満足させてくれる、と言うより寧ろ、ミステリの一つの典型的見本、かも。奇想天外な発端があっさりと合理的に解明される様は島田荘司の直系の先祖と言っても過言ではないかも知れない。


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