『妖異金瓶梅』 『生ける屍の死』
『五つの時計』

妖異金瓶梅 山田風太郎 廣済堂文庫 700円

 数ある山田風太郎ミステリの中では一、二位を争う傑作ミステリ短編集。今はもう完結したようであるが、「山田風太郎傑作大全」のシリーズの一巻目でもあった。中国の奇書『金瓶梅』の翻案ミステリとして、その方面の学者からもそれなりに評価を受けている。舞台は梁山泊らが跋扈する時代、そして場所は期待の大色家西門慶の家。この西門慶は何人もの妾を抱える大金持ち。そして潘金蓮に惹かれる応伯爵。それらの人間関係が生み出す奇妙な構図。とりあえず各編紹介しよう

「赤い靴」
 足が大きい小さいだのと、周りの男から見ればどうでもいいことであるがそんなことにムキになる女性たち。女の性(さが)か、西門慶は笑っていたが。悪口を言い合ってはいても仲がいいのであおるか。ひとしきり言い合った後は死刑囚の死刑執行を一緒に見に行く。案外仲がいいかもしれない。使用人の中に、靴フェチがいたが、ある日、妾が二人殺される。足を切り取られて。犯人は靴フェチの使用人なのか
「美女と美童」
 西門慶は女道楽だけではなく、衆道(いわゆるホモセクシュアルのこと)まで色の道を究めるようで、二人の美少年をも囲っていた。ある日、男と女ではどちらが尻が美しいかと言う議論で、全員尻を出させたのであるが、その後日。潘金蓮と美少年の片割れ琴童の不実が発覚し、琴童は西門慶に局部を切られ、宦官になってしまう。そして潘金蓮との不実を密告した画童に琴童は復讐を試みるが……。
「閻魔天女」
 西門慶の娘が故あって婿と一緒に家へ帰ってきた。しかし、娘の体調は一向に優れない。それはどこ吹く風、西門慶は応伯爵と色談義にふける毎日。ある日、女性の魅力は何かという話題になり、西門慶は声だ、と言う。あの時の声が女性の魅力である、と。そう言う話をしている中娘婿の陳敬済が第七婦人である朱香蘭と外に出たいという。朱香蘭は陳敬済が連れてきた侍女を西門慶が妾にしたものであった。
「西門家の謝肉祭」
 西門慶と知県閣下婦人の林黛玉と意気投合し、ある日西門慶を訪ねてきた。夫の方は長期出張でいない。やってきた林黛玉は食い道楽で西門慶とのウマがあっていたために、食べきれないほどのご馳走でもてなしをする。それからは何日間かは訪れていたわけであるが、不慮の事故が起こり林黛玉は死んでしまう。死体を始末せねばならぬが、どうしたものかと方に暮れてると潘金蓮が任せろと言う。
「変化牡丹」
 画家を招いて妾の絵を描かせる。美人から順番に書いて欲しいと、西門慶はリクエストを出したが、潘金蓮は後でいいという。画家は艶芳を選び絵を描く。潘金蓮は艶芳に花を持っていては如何と言って渡すと、その花の中には蜂がいて、艶芳は顔を刺されてしまう。怒り狂った艶芳は潘金蓮の髪を切ってしまった。そして艶芳は何者かに毒殺されてしまう。その葬式に潘金蓮は出席しなかった。
「麝香姫」
 ある日、西門慶の家に柩が届けられた。中国には死人が出る前に柩を用意し、安心させるという風習があるが、その柩にはいる予定の人間は李瓶児であった。体調が思わしくない。そんな中、潘金蓮の前夫の弟である武松が出所したという噂が流れる。潘金蓮は西門慶からもらった薬で夫を毒殺したという前歴があるから、西門慶は恐れを為す毎日。そして武松が西門慶と潘金蓮を探しにやってきた。
「漆絵の美女」
 李瓶児が死に、悲しみに暮れる西門慶。西門慶は生きてる妾たちには目もくれず、李瓶児の絵を見て泣き暮らす毎日。それを見た潘金蓮は琴童の妹である春燕にむかって、琴童が死んだ時はここまで悲しまなかったのに、と西門慶の皮肉を言う始末。ある日、西門慶は不意に春燕を殺してしまう
「妖瞳記」
 鏡には鏡の精がいて、あまり美しい瞳で見つめると鏡が焼き餅を焼いて割れてしまうと言う。西門慶が劉麗華と一緒に来た鏡を潘金蓮の部屋以外の所に置いたのはそう言う理由からである。どうも西門慶は潘金蓮との情事を鏡に映して楽しみたいようであるが。劉麗華が夜潘金蓮の部屋を通りかかると、そこには覗き穴があり、誘惑に耐えきれずにそこから覗き見してしまう。それが何者かの計略とも知らずに
「邪淫の烙印」
 西門慶の妾は中国人ばかりとは限らず、中には異人もいる。ゾオラ姫はタージからきた女性であった。ゾオラ姫の母親は、放蕩の限りを尽くした報いか、背中に十字架の痣が浮かび上がったという。ゾオラ姫と一緒にやってきた怪僧は、西門家の淫蕩な雰囲気に耐えきれずにゾオラ姫と共にこの家を出ようと言う。そして、ゾオラ姫の背中に、母親と同じく十字の痣が浮かび上がる。だれもゾオラ姫に近づいていないにもかかわらず。
「黒い乳房」
 麻雀に勝ち続ける西門慶。おかしい、麻雀は弱いはずなのに。応伯爵が聞いてみるとそこは希代の大色家西門慶。女性の肌触りで鍛えたという。五感のうち、重要なのは触覚だというのだ。視覚でも、聴覚でも、ましてや嗅覚や味覚でもない。触覚。さすがは西門慶。ある日、自分の目を潰したのは潘金蓮ではないか、と感づき、潘金蓮の侍女の春梅に詰め寄る。そして潘金蓮への復讐を思い立つが……。復讐劇の行く末は?
「凍る歓喜仏」
 武松再び。このところ、西門慶は自分の家で死んでいったものたちが夜な夜な出ると言って痩せこけて来た。応伯爵の薦めで魔除けのために雪澗洞に行く。そこにやってきた武松を含む梁山泊の面々。潘金蓮は体を張って西門慶を守り抜くが、もはや西門慶の命は風前の灯火。女性が梁山泊の一人燕青に見え、恐慌をきたしているのである。潘金蓮はある一大決心の下、西門慶を雪澗洞に連れていく。
「女人大魔王」
 西門慶死す。西門慶の葬儀はならか寂しいものを感じさせた。時代の終わり、と言うものも。荒れる西門家。西門慶の元妾と元使用人の不義が発覚し、その二人は牢獄に閉じこめられた。そして何者かに殺される。一方、潘金蓮は殉葬を提案する。その提案に西門慶と一緒に土の下に埋まる、と申し出たのは孫雪娥と劉麗華であった。二人とも世をはかなんでのことであろうか。かくして殉葬は執り行われた。
「蓮華往生」
 次々と西門家を出ていく元妾たち。潘金蓮もその例外ではなく、周守備の所に行くことになった。そんな中、春梅は武松と遭遇する。潘金蓮の命を奪いに来たと。春梅からそのことをきいた潘金蓮は一世一代の大勝負を武松とすることにする。その為に用いる毒薬は悪魔の媚薬。蠱死膠という究極の媚薬。それを持って武松と対決することにした。前方の虎、後方の狼。潘金蓮の運命は?
「死せる潘金蓮」
 潘金蓮死す。周守備の元には潘金蓮の侍女春梅が行くことになった。ある日、酒場で、元妾たちが争ってるのを見かけた春梅は、元正妻に仲裁するよう申し出る。そして、町は男どもが減り、やがて異民族が侵入し、女子供、老人どもを襲い出す。これは、何者かの陰謀なのであろうか? 死せる潘金蓮、町を襲うの地獄絵図。

 と、以上十四編であるが、「赤い靴」から「黒い乳房」まではある趣向が凝らされてるが、それを度外視すればごく普通の短編集であるが、「凍る歓喜仏」からその様相は様変わりし、、一気に長編と化す。この様変わりの激しさ、転換の目まぐるしさがこの作品の一つの眼目であろう。脱兎のようなラスト。ただ、最大の欠点がここにもあり、「黒い乳房」までごく普通の(ある一点を除けば)短編集であるがために、「凍る歓喜仏」以降との整合性が若干ではあるが崩れてしまっていることである。無論、辻褄が合わない、といったそう言ったところではなく、連作短編集としての美しさが若干ではあるが失われている、その点である。しかし、その欠点すら飲み込んでしまう、怒濤の展開の前には欠点すらそこにひれ伏すしかない。この短編集が様々なところで賞賛されてるのはそこにも所以があるのであろう

 先に普通の短編集である、とかいたが、各短編を見てると、この普通の短編集という言い回しが如何に的外れであるか、わかる(自分で言っておいてあれなんであるが)。「赤い靴」に秘められた動機。それ以降も踏襲されるその意外な動機。この動機形成と世界構築の合致、離れ難い有機的な結びつきこそ先の理由と共にこの作品を殿堂入り的作品にしている所以である。それ以外見てみると「赤い靴」は形を変えた首のない死体であり(この組立方は『刺青殺人事件』(高木彬光/光文社文庫)をなんとなく彷彿させる)、「美女と美童」「妖瞳記」における犯人の行動はこの時代ならではのもの。「西門家の謝肉祭」においては山田風太郎が執拗に追い求めてきた或る主題(人肉食テーマ)の一つの到達点といえるであろう。そして名探偵と名犯人飽くことのない対決。この『妖異金瓶梅』は今執拗に様々な作家がアプローチしている名探偵論を、その設定故根底から覆すものでもある。

 様々な方面からのアプローチに耐えうる、空前の大傑作。未読の人間は読まないと人生の損であろう。

生ける屍の死 山口雅也 創元推理文庫 980円

 現代本格ムーヴメント第三の波において『十角館の殺人』(綾辻行人/講談社文庫)や『姑獲鳥の夏』(京極夏彦/講談社文庫)と共に記念碑的作品であるこの作品は一九八九年に発表され、その後様々なところで高い評価を受け、『本格ミステリベスト一〇〇』及び「このミス」の十年のベストでは一位という破格の評価を受けている、というのは今更私が言うことではないであろう。この作品を始めて読んだとき、その世界設定の無茶苦茶さにしびれた覚えがある。とりあえず、内容の紹介に移ろう。

 アメリカのニューイングランドの片田舎。トレイシー警部は、事件現場で自分の推理の完璧さに酔いしれ、今ここに犯人の告発をしていた。抗議をする犯人に有無を言わせぬ証拠をたたきつけようとしたその瞬間、信じられない現象が起きた。死んだはずの人間がむくりと起きあがって、すたこらさっさと逃げ出したのである。この様な死体の蘇生現象とでも言うべき事態がアメリカの各地で起きていた。
 そのような黙示録的世界の中で、スマイリー霊園は揺れていた。スマイリー霊園の創始者であるスマイリー・バーリーコーンが死を迎えようとしていたのである。癌に冒され余命いくばくもないが、せめて葬儀屋の意地として自分の死はベッドの上ではなく、自分の家で、と言う意思のもと、スマイリーは臨終を自分の家で迎えることにした。死を目前に控え、己が自身の放蕩に反発して家を出て日本人女性と結婚した息子の一人の息子、すなわち孫であるフランシス(グリン)を探し出し、自分の元に置くことにした。血筋のせいか、バーリーコーン一族の定めか、フランシスは「死」については人一倍もの関心を持っていた。
 スマイリー一族定例のお茶会の後、スマイリーにフランシスは呼び止められる。お茶会用の菓子を持って帰らないか、と。その菓子を受け取り食べたフランシスは、含まれていた毒により死を迎える。しかし、「生ける屍」となりフランシスは甦った。自分自身の体にエンバーミングを施し、誰が、何のために菓子に毒を入れたのか? それを調べる。そしてそんな中スマイリーは自殺し、晴れて新しい支配人となったジョンが何者かによって殺される。そしてジョンも生き返った。そして逃げ出す。
 死者が甦る魑魅魍魎の世界で本格ミステリが成立しうる事を証明した山口雅也のデビュー長編

 死者が甦る世界における殺人事件というアクロバティックな設定。この作品が発表されたのが八九年ということはもう十年ぐらい前の作品、と言うことになる。ミステリ界はこの十年で様変わりし、現在は百花繚乱と言う言葉がふさわしい、魑魅魍魎的感じもするのであるが、この作品の里程的地位は決してびくともしないし、これからも揺らぐことはないであろう。この作品が文庫化されたときに初めて読んだわけであるが、先にも述べたように、本当にこの世界設定にはしびれた。ぶったまげた。文庫の初版刊行から三年経た現在(九九年)、本格ミステリに置いてこの様な異様な、異形の世界でミステリを展開しようとしている作品と言えば、西澤保彦氏のSFパズラーがあるが、本格的にぶっ飛んだ世界設定でミステリを展開しはじめた『人格転移の殺人』(講談社ノベルス)が発表されたのが文庫版の初版刊行以降なので、免疫がなかったからであろうか。(『人格転移の殺人』の前に『七回死んだ男』(講談社文庫)があるが、設定の突拍子のなさは私は前者が上だと思う)。その前には『ローウェル城の密室』(小森健太郎/ハルキ文庫)で少女漫画の世界という、SFパズラー群に匹敵する世界設定作品があるが、私が読んだのはこの『生ける屍の死』が先であった。それ故、如何にこの作品の世界設定が私にとって衝撃的だったか。これは、文庫化の前にこの本を読んだ方も同じであろう。余談であるが、この作品が泣く子も黙る鬼の集団(をいをい)SRの会の年間ベストで『私が殺した少女』(原潤^早川文庫JA)や『空飛ぶ馬』(北村薫/創元推理文庫)を差し置いて一位になっているが、そこからもいかにこの作品が名作か伺えよう。

 死体が甦る世界設定を除けば、謎解きはどこをどう切ってもごく普通の(というのは語弊があるが)本格ミステリであるが、この「死者が甦る」という設定――ルール――が謎解きの根幹を成し、核心に食い込んでいる。ミステリというのは――多少の例外はあるが――本質的に死の文学である。人が死に、その事件から派生する謎を探偵が解く。この形式は始祖ポオの「モルグ街の殺人」から綿々と受け継がれてきたものであり、今後も必ず、絶対に受け継がれていくものである。チェスタトンのブラウン神父然り――この作品の舞台が葬儀屋というのはブラウン神父と無関係ではないであろう。しかし、この作品に置いて前提となる「死」という要素は見事なまでに抜け落ち、そこにいるのはゾンビとなった生ける亡者たち。探偵役のグリンでさえ死んでしまうのだ。ところで、グリンの本名であるフランシスというのは死体となって朽ちていく探偵と言うことで「腐乱死す」のもじりであろうか? いやそんなことはないであろう。閑話休題。様々な死の裏返しとしての甦り、すなわち死してなお生きるという死ねない哀しみ。甦り謎を解く羽目になるグリン。作中「性(エロス)と死(デス)は兄弟」と言うフレーズが出てくるが、性はこの作品に置いては特に生と置き換える事も可能であろう。連綿と受け継がれていく遺伝子としての「生」。自分の子供を持つと言うことは自分自身の分身が存在すると言うこと。死者が甦るという事の他にこの「生と死は兄弟」というのも物語の根幹に関わっていてタイトルの意図を補強している。

 『ミステリー倶楽部に行こう』(国書刊行会)に収録された名コラム「プレイバック」の書き手ならではの過去の名作の様々な意匠。密室、バルーンストン先行法(顔のない死体)等々、ミステリのパーツを「甦る死者」を軸に縦横無尽に組み合わせ、その世界ならではのロジックで解体していく。山口雅也氏の長編は、『生ける屍の死』をの除けば、この作品の前に書かれたゲームブックを改稿した『十三人目の探偵士』(東京創元社)一冊のみ。正確に言えばこれも若干長編ミステリとは言い難い気もする。笠井潔は第三の波の歴史的意義を論じた長編評論『探偵小説論II 虚空の螺旋』の後書きで「ブラックホールにも比喩されるだろう、第四の「アンチ・ミステリー」巨編を残し、第三の波は歴史的に消滅するのか」と書いている。第三の「アンチ・ミステリー」巨編である『虚無への供物』(講談社文庫or創元ライブラリ)の作者である中井英夫は処女長編の『虚無への供物』しか長編ミステリを書き得なかった。彼の著作を全部把握してるわけではないが、彼は長編は『虚無への供物』しかないという。もし、この『生ける屍の死』がいわゆる「アンチ・ミステリー」巨編である場合(笠井氏はそうとはいってはいないが)、山口雅也はこれ以上長編ミステリを書き得ないのであろうか。何を言ってるか若干訳わからなくなってきたので整理しよう。中井英夫は処女長編に『虚無への供物』という傑作を持ってきたために、それ以降プレッシャー、呪縛故に長編を書くことが出来なくなっていたという。山口雅也もデビュー長編にこの様な大傑作を持ってきたことで、なんらかのプレッシャー、呪縛を背負ってしまったのでは無かろうか。以降の活躍が中短編になっているのが傍証というのは牽強付会であろうか? 是非ともこの傍証を覆す長編ミステリをものにして欲しいものである。

五つの時計短編傑作選I 鮎川哲也 創元推理文庫 920円

 『鮎川哲也読本』も昨年(九八年)刊行され、ハルキ文庫からの復刊も始まり(?)再評価の気運が高まりつつある本格の驍将の傑作短編集。この作品集の底本になったのは過去に光文社文庫から刊行された『時間の檻』(絶版)である。『時間の檻』収録された作品を増補した体裁のこの作品集。同じ趣向で『下り“はつかり”』も第二集として刊行予定である。とりあえず各短編紹介しよう。

「五つの時計」
 朱鷺子が鬼貫警部の大学時代の恩師の紹介状を携えてやってきた。婚約者にかけられた殺人容疑を晴らして欲しいという。しかし、動機がある人間でアリバイがないのは朱鷺子の婚約者の二階堂だけ。もう一人の容疑者には鉄壁ともいえるアリバイが五重にも連なっているのである。しかし、そのアリバイのあまりにもの完璧さ故、鬼貫はそのアリバイを崩そうと試みる
 完全アリバイがどうして破られたか? というのはこの作品の冒頭に掲げられた乱歩の言葉である。タイトルにもあるようにこの作品の眼目は五重のアリバイをいかにして崩すかという点にあり、犯人が誰か、ということではない。その崩し方の緻密さを味わうのが最良の読み方であろう。どこかでこの作品のトリックを一部差し替えたというのを鮎川哲也本人がかいているが、どのトリックだったんだろうか。
「白い密室」
 超能力否定論者の大学教授が自宅で死亡。大学教授殺害される、の記事を書いた峯が第一発見者であった。ディクスン・カーの『白い僧院の殺人』に比される雪の密室。足跡は大学教授の元を訪れた女子大生一人のもののみ。果たして犯人は峯なのであろうか。捜査も暗礁に乗り上げ、お手上げの状態になった田所警部は貿易商の星影龍三の元へ赴く。星影は妙な事を口走った。
 鮎川哲也の三大密室のうちの一つ。のこりの「赤い密室」は『下り“はつかり”』にも収録されるが、「青い密室」は出版芸術社から出ている『青い密室−星影龍三全集II』に収録されてるので興味のある方はどうぞ。様々な細かいトリックを組み合わせて一つの不可能状況を組み立てる。これぞミステリの醍醐味としか言い様のない精緻な密室である。今気がついたが、この作品の星影が何となく御手洗っぽく見えるのは気のせいであろうか。
「早春に死す」
 この事件はアリバイ崩しの雄、鬼貫警部が犯人に敗北しかけた、かなり難易度が高い事件であった。それは、早春のまだまだ寒い一月九日のこと。第一発見者は工事現場の監督であった。すぐさま捜査の手が容疑者に向かうが、そのアリバイは崩しようがないほどの鉄壁以上のダイアモンドのアリバイであった。
 アリバイ崩しの基本概念を覆す傑作、という一言で他の言葉は不要、という短編。アリバイ崩し短編がさほど好きではないと言う人にお薦めである。
「愛に朽ちなん」
 のどかな或る日、家具を積んだトラックが盗まれた。追跡の結果捕まえるが、家具は水の中に沈んでしまった。引き上げはするが、その家具の梱包の中には家具ではなく人間の女性の死体が包装されていた。箱による鉄壁のアリバイに鬼貫が挑む
 昭和三十三年の三月に旧「宝石」に掲載されて以来『時間の檻』に収録されるまで幻とされていた短編であるが、作品の根幹に一般では使われない単位が使われているから、というのはもう私が言うまでもない。しかし、作中でもきちんと説明されてあり、短編集への収録がためらわれるほどの作品でないことは北村薫氏もわかっておられる。鮎川哲也の潔癖さが伺われるエピソードである。
「道化師の檻」
 楽団の取材のために楽団員が住む不二見荘に赴く取材陣。和気藹々と取材は滞りなく終わるが、その途中で気がかりな事件があった。ボーカルの瓜原まゆみと網代が口争いをやったのである。その後、まゆみは風呂場の浴槽で死体となって発見され、お手伝いは縛られていた。お手伝いを縛ったピエロが犯人のはずであるが、ピエロが通ったというトンネルの先では事故があったが、トンネルから出てきたピエロを見たものはいなかった。消えたピエロの謎に星影が挑む。
 北村薫氏はこの作品を鮎川的な密室と評しているが、それはこの道化師消失が物理的にではなく四次元的に解体されるからであろうか。よくアリバイものの作品は四次元の密室と言われることがあるが、一見ばりばりの人間消失ものに見せかけて実はアリバイ崩しというのはアリバイ崩しの雄鮎川哲也らしいといえば鮎川哲也らしい。不可能状況が事件の解明の鍵になるところはさすがである。
「薔薇荘殺人事件」
 「道化師の檻」を書き上げた私(鮎川哲也のことであろう)は真鶴にある薔薇荘へ、その別荘の主人である田代に薔薇荘で起きた殺人事件の公表許可を求めるために赴いた。薔薇荘で起きたその事件は、陰惨きわまりない事件で前途ある若者二人の命がそこで失われたのである。私はその事件の記録を詳細に日記に付けていた。思えば星影に誘われて横浜見物に行ったのが事の始まりであった。
 読者への挑戦状付きフーダニット。この創元版には花森安治という人の解答編があるが、これがまた実に見事に真相を当てている。これは鮎川哲也のフェアプレイ精神がなせる技であろう。まあ別の解答(解釈)を作って欲しかったという贅沢な願いがないわけではないが。この作品に仕掛けられたある趣向は最初に『ヴィーナスの心臓』(集英社・絶版)で読んだときは目を剥いた覚えがある。メチャメチャ大胆やんけ、と。きちんとロジックで割り切れる傑作犯人当てミステリ。
「二ノ宮心中」
 丸山食堂のあきが、小説家の家に出前に出かけたときのことであった。いつも通り声をかけると返事がない。それもそのはず。その小説家は、首にタオルが巻かれていたのであるから。絞殺である。すぐに警察に通報され、捜査本部設置。早々に容疑者が逮捕されたがもう一人容疑者が浮上した。その容疑者は死亡推定時刻に心中を企てていた。
 光文社文庫から出ていた『見えない機関車』(絶版)というアンソロジーの表題となった作品を原題にもどしたもの。集中では小粒な印象がするが、いかがなものであろうか。タイトル的にはこっちの方が叙情的で粋な感じがする。
「悪魔はここに」
 牧良介氏の六十一歳の誕生日に招かれた私は、殺人事件にまたもや巻き込まれる。そして崖崩れにより孤立無援のまさに嵐の山荘と化した山荘で起きる悪魔的な事件。犯行現場は何もかもひっくり返されていた。三件もの殺人事件が起きた後に私は貿易商の星影龍三に助けを求める。状況を詳しく説明するが、それ以降星影からは何ら音沙汰がない。道が開けてから、星影は森警視とともにやってきた。
 「薔薇荘殺人事件」同様の犯人当てフーダニットである。読者への挑戦状こそはないが、我こそはと思う方は九章が終わった段階で一旦本を閉じて考えてみても良いかもしれない。すべてが逆さま、というのはクイーンの『チャイナ橙の謎』(創元推理文庫or早川ミステリ文庫)を思い起こさせるが、この作品の内容をよく覚えていないので話にならない(笑)ヒントを一つ言うならば木の葉を隠すなら森の中である
「不完全犯罪」
 帳簿にあけた大きな穴を共同経営者の田沢に見つかり、それを早急に埋めろといわれたことがきっかけで丸毛は彼を殺すことを決心した。完全ともいえるアリバイを作り、下調べ、準備も滞りなく済んでいざ実行あるのみ、という段階で丸毛はへまをやらかした。田沢の攻撃でダメージを負い、アリバイの小道具を血で汚してしまったのである。田沢は死んでしまった以上後戻りは出来ない。急な機転でその場の難は逃れたが、そこに大きな罠が潜んでいた。
 集中一番笑える落ちかもしれない。自らの吝嗇癖がすべてを無駄にしてしまう。犯罪を行うときは、時には気前良くやらねばならないと言う警句である(なわけないか)。倒叙ものであるが、アリバイががらがらと崩れるその瞬間は鮎川短編の醍醐味。鮎川哲也の短編には倒叙ものが数多くあるが、その倒叙ものの短編の醍醐味はこの作品のように完全犯罪が音を立てて崩れ去るその瞬間である。
「急行出雲」
 雑文書きの三田稔は本業を干され、恐喝に手を出したが、その副業が難を招き三田は殺される。その容疑者として妹が恐喝されていた唐沢が取り調べを受けた。唐沢は強硬にアリバイ主張したが、そのアリバイの要となるはずの列車に乗った人が一人もいないのである。唐沢を三田という人は一人もいない。唐沢は本当に嘘をついているのであろうか。
 アリバイ崩しならぬアリバイ探し。著者の解題にもあるようにこのような趣向はあまり類が見られず、アイリッシュの『幻の女』(早川ミステリ文庫)などが思い浮かぶぐらいである。いかにして真犯人がアリバイを奪ったか、そのトリックの大がかりさでは集中随一であろう。

 以上十編であるが、各作品に関してはもう言うことはないが、最後の鼎談のところで思ったことが一つ。山口雅也氏が今では入手困難な『冷凍人間』を入手したエピソードを読んで思ったのは「なんて邪悪なんだろう(笑)」ということである。うーん、貸本屋自体もうないが、私には真似できないな。とりあえず、『下り“はつかり”』もこの項に収録予定である。


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