『人狼城の恐怖』 『悪霊の館』
『吸血の家』 『地獄の奇術師』
『聖アウスラ修道院の惨劇』

人狼城の恐怖 全四巻 講談社ノベルス 
第一部 ドイツ編1100円 第二部 フランス編 1200円 第三部 探偵編 1000円 第四部 完結編 1100円

 先頃ようやく完結した本格ミステリの金字塔。この第一部が出たときの純真な青年は第四部が出る頃には邪悪な青年に変わってしまった。第一部、第二部ではドイツとフランスの山奥の城で起きた大量虐殺。その阿鼻叫喚図は想像を絶する。そこで提出される様々な謎。それだけでもう読者の心を掴んでいる。そして本編にはいる前の人狼、ハーメルンの笛吹き男などの歴史上の謎。それらについて様々な疑問点が出されたところで第三部である。二階堂蘭子が颯爽と登場し、様々な暗喩、隠喩に彩られた出来事に導かれ異邦の地に旅立つ。そこで蘭子が見たものは?
 本格ミステリ史上恐らくは最大の犠牲者数、この凶行を行ったのは果たして一人の人間なのであろうか? などと第二部迄読み終えた後は思考がぐるぐる回る。第三部で提出される様々な仮説。第三部で謎の暗闇に光明がさしかけるかと思いきや一向に暗闇は晴れずかえって混沌に突き落とされる。そして第四部。ここで出される解明のフルコースは読んでいてミステリを読み始めた頃のあの新鮮な驚きを思い出させてくれる。そして瞠目すべきは第四部の全509頁のうちのほとんどを解明に費やしている点である。そこには水増し的なものは見られず、必要最低限のものしか書き込まれていない。読み終えたあとは充実感が残る。そして失踪した蘭子。その行方は? 蘭子シリーズはまだまだ目が離せない。

BOOK case! 98/10/22号への私の投稿文より。
もっと詳しいのは独り言の間収録の『人狼城の恐怖』

悪霊の館 立風書房 2400円(立風ノベルス版もあり)

 「別冊シャレード3 二階堂黎人特集」のインタビューでは副題に「甲冑殺人事件」とつけるかも、と答えていたが結局つけられなかったというエピソードがある作品。現在までに(九十八年十二月現在)発表された蘭子シリーズ中過去の作品へのオマージュの凝縮度と言う点ではずば抜けてる作品と私は思うのであるが。とりあえず内容を紹介しよう。

 昭和四十二年九月三十日、今ここに一族の命運を決する遺言状が読み上げられようとしていた。遺言の中身は、財産譲渡は志摩沼卓也と美園崎美幸との結婚が前提条件というもの。遺言状執行前に結婚をしなければ、志摩沼家の莫大な遺産は国家に寄付される。しかし、卓也はその席で矢島茉莉との婚約を発表する。その席の後に不慮の事故で遺言状を読み上げた田辺善行は死に、その娘の好子は顔に深い傷を負ってしまう。
 志摩沼加屋子の二階堂陵介を呼べ、の言葉に従いその悲劇の約一年後、田辺義行の娘婿の田辺京太郎は二階堂蘭子らの元を訪れる。そして田辺京太郎の口から驚くべき事実が話される。志摩沼伝右衛門にはそれぞれ別々の女性に生ませた昌子、徳子、宮子の三人の娘の他にもう一人別の子供がいたという。そして志摩沼家の屋敷《アロー館》、通称《悪霊館》に伝わる幽霊の話………
 そしてとうとう奸智に長けた恐るべき犯人の手によって一人殺される。矢島茉莉の部屋で、四体の甲冑に囲まれた首無し死体が密室の中から発見されたのである。その現場の床には五芒星が描かれていた。警察の必死の捜査を嘲笑うかのように第二、第三の犠牲者が……。そして二階堂蘭子にも犯人の魔の手がのびつつあった。

 遺言状の開封から幕を開けるところ、莫大な遺産、一つの屋敷の中での複雑な、あまりにも複雑な血縁関係(ここら辺は『犬神家の一族』(角川文庫)を彷彿させる)、首無し死体(横溝作品で執拗に繰り返されるテーマ)……これらはまさに横溝正史の傑作群を彷彿させ、これらの意匠はどこをどう切っても横溝正史! である。だからこの作品が乱歩的と言う評を読んだときは「何故?」と頭を捻ったが今回読み返してみてなるほど! と疑問が氷解した。犯人設定である。この作品の犯人の設定は江戸川乱歩の『魔術師』(創元推理文庫)、『地獄の道化師』(春陽文庫)などのいわゆる通俗長編といわれる傑作群の犯人の怨念そのまま、というと語弊があるがそれらに通じる怨念を感じた。
 いくつもの首無し死体という猟奇的なオブジェ、甲冑と五芒星で飾り立てられた魔術的な密室、呪われた血縁関係、夜な夜な現れる幽霊、そして魔女。西洋甲冑とか五芒星と言った魔術的意匠はカー作品への憧憬を表すものではなかろうか。幽霊は言わずもがなである。ざっとこれだけ抽出しただけでも過去の作品のオマージュの凝縮度は測りきれない。

 この作品の目玉の一つは密室講義。カーの『三つの棺』でなされたこの分類を事細かに分類しているが、一個疑問、と言うよかつまらない妄言なんだけれども、推理小説を使った密室の分類を静かに拝聴する刑事の図というのは、想像すると結構滑稽かも(笑)いや、密室の構成方法がわからず四苦八苦してる作品中の状況を考えたら不思議でも何でもないんだけれどもさ。ここだけ抽出したら……なんか笑えるかも。今の所(現実レベルでの)密室の分類では一番良くできてると思う。今後はメタレベルの密室(「言語と密室のコンポジション(柄刀一)」とか『ローウェル城の密室』(小森健太朗/ハルキ文庫)とか)を付け加えるだけかな。

 ふとおもったのであるがこの二階堂黎人という作家――こう感じるのは私だけと思うのであるが――読者に足払いをかけるのが好きなんじゃないのかなあと思う。この作品では真犯人の出し方にそこを感じた。他の作品で言えば『聖アウスラ修道院の惨劇』に関して言えば「文書庫の謎」に関してである。『吸血の家』では足跡の密室とかね。

 やはりこの作品は(も)傑作である(私が言うことだから当てにならないって?)。横溝正史、江戸川乱歩通俗長編を好む読者ならば琴線に触れないはずがない。逆にそこら辺をあまり好まない読者には時代設定からして敬遠されそうなんだけれども。もし、時代設定が古いからいややと言う読者がいたならばとりあえず読んでみて欲しい。時代の古さは感じないはずだから。


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