《三番館》シリーズについて

 鮎川哲也には星影龍三と鬼貫警部という二大探偵がいるけれども、忘れてはならないのが本書を最初とする《三番館》シリーズ。計6冊分36編かかれたのであるが、長編はない。『太鼓叩きはなぜ笑う』の解説によると幻の長編『白樺荘事件』はこのシリーズの長編として書かれていたらしいが、その辺の真偽は明かではない。
 シリーズとしては私立探偵である「わたし」が馴染みの弁護士から依頼を受け、行き詰まってバーテンダーに助言を仰ぐという黄金パターンがほとんどであるが、後期作品にはそのパターンから外れたものも。このシリーズは星影龍三と鬼貫警部の2巨頭の陰に隠れてはいるが、2冊目までに関してはかなり高密度の本格であり、本格ミステリ短編集100選何で企画があったら入れる入れないは別として必ず検討に入れねばならないものであることは断言できる。残り4冊も読んで面白い作品であり、このシリーズが創元推理文庫から出ていると言うことは非情に喜ぶべきことであろう。なお、このシリーズは同時期に《三番館の全事件》として『竜王氏の不吉な旅 三番館の全事件1』『マーキュリーの靴 三番館の全事件2』『クライン氏の肖像 三番館の全事件3』として出版芸術社から3冊のハードカバーでまとまった。何故時期が接して刊行されたかは未だに謎というか、一部のファンはどっちを買うか迷ったものもいたというか。いずれにせよ古本屋をハシゴしないと読めないという状況が消えたのは非情に喜ばしいことである(2009年12月時点)。いつまで続くかはわからないけれども。

太鼓叩きはなぜ笑う 鮎川哲也 創元推理文庫 780円+消費税
 記念すべき1冊目。

「春の驟雨」
 身に覚えのない痴漢行為でひどい目にあった男は、気晴らしに遠出していた。運の悪いことに、その間に彼を痴漢呼ばわりした人間が殺されてしまう。アリバイを証明するのは彼が見かけた青い屋根。が、そんな屋根をした家は存在せず、筆頭容疑者としての地位が固まりつつあったのだが……。
 アリバイを証明する人が見つかったかと思えば不運の事故でそれがおじゃんになってからが本題。この辺の転がし方は鬼貫警部のシリーズっぽいところも。本編の最大のポイントは如何にして犯人の有罪を証明するか、と言うところ。そこに至る道筋が、あからさまなまでに張られた伏線を以てして一気に見えるところが本編のハイライトであろう。
「新ファントム・レディ」
 雑誌の座談会出席も要請されるプレイボーイは、何者かによって無実の罪を着せられる。あるはずのアリバイが霧散してしまい、アリバイを証明してくれる女性のみならず、訪れた中華飯店の店員も男が来ていないと証言した。依頼を受けた私立探偵はそのアリバイを立証しようとしたのだが……。
本編には大技というのはないものの、中編という分量に様々な小技が組み込まれているのであるが、その一個一個が巧い。ギミックの組み合わせの妙は名作である『りら荘事件』(創元推理文庫)でも見られる。本編でも『りら荘事件』に勝るとも劣らないものを見せてくれる、と言うと大げさであるが組み合わせ方の軽やかなところは見るべきものがあるかも。
「竜王氏の不吉な旅」
 スーパーの主任がスーパーの冷蔵施設のなかで死体となって発見される。この事件の容疑者と目された1人がスーパーで万引きを発見されてそれを種に強請られている人妻であった。彼女の容疑を晴らして欲しいと「わたし」の所に馴染みの弁護士がやってきたのであるが……。
 長編化が予定されていた作品らしい。それに、アンソロジー以外で作者個人の単行本に収録されたのは本書が最初のようだ。最後の1行がもたらすサプライズもさることながら、アリバイトリックの単純さなんかはこれが長編化されて複雑化したらどんなものになったんだろう、と想像するのだがそれもせんなきもの。それとは別に、話を進めるためにアリバイが完璧な奴が怪しい、と決めつけるのは笑っちゃったけれども。ここは用意されたつっこみどころと思うけれども、作者が鮎川哲也だからこそ強烈な印象を残す。
「白い手黒い手」
 音楽関係機器の会社の営業マンは客からかかってきた電話に飛びついて客の家を探すも見つからず、無駄足に終わる。が、その無駄足を踏んでいる途中に殺された女性の事件の容疑者にあげられ、私立探偵の「わたし」は男の無実を晴らすべく調査をするのだが……。
 タイトルの白い手黒い手は途中現れた、顔の解らぬ人物の手の色のこと。タイトルから何となくホラーっぽいイメージがあるんだけれども、言うまでもなく(?)実際はそんな気配はみじんもない。画家の利き腕という面白いクイズが1つのポイントになっており、一切の無駄を廃した潔さというか気概をも感じる。とは言え、「余裕」はあるんだけれれどもね。
「太鼓叩きはなぜ笑う 」
 強請屋の私立探偵が殺害された。強請られてていたのは4名の人間で、それが判明したのは強請ノートがあったからであるが、その中の1ページが破られていた。紆余曲折を経てその破られた所に記されていた人間が判明。畢竟疑いの目が向けられるのであるが……。
 作中の作家の手法を語る際、地の文を続けるのは野暮だからとか書いているのだが、そこに至るまで延々と地の文が続いていたのは笑ってしまった。この辺のユーモアは《三番館》シリーズを語る際あまり語られていないような。これに限らず幾つか笑える箇所はあるので、このシリーズの楽しむべきポイントはミステリとして以外にも結構ある。また、ミステリ部分も手抜かりなく、犯人が犯人たる条件を整えていくプロセスも面白い。

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サムソンの犯罪 鮎川哲也 創元推理文庫 780円+消費税
「中国屏風」
 身に覚えのない情事のテープで強請られたものの、やってもないことにお金を払うのは論外。でも、妙な噂をながされるのは……と呻吟をしていたら強請屋は何者かに殺されてしまう。そして、その殺人事件の容疑者として強請られていた人間が疑われてしまい、私立探偵の「わたし」の所に無罪を証明して欲しいとの依頼が舞い込む。
 この作品のトリックそのものは法医学的にみると下手すれば成立しない、と言う状況であり、作者が冷や汗をかいたというエピソードがあったようで、そう言う意味では興味深い。恐らく、本編のネタを思いついた元ネタのトリックがアレだからこのまま使ったと思われるのであるが、このネタ以外にも様々なネタが仕込んであり、非情に贅沢な作品に仕上がってはいる。
「割れた電球」
 ひょんなことから高利の金利のお金を借りて利息を払うのにあっぷあっぷしていた女性は、高利貸しの死体の第一発見者になって筆頭容疑者になってしまう。この高利貸しを殺す動機があるのはこの女性以外にもおり、女性の無実を証明したい弁護士はいつも通りに馴染みの私立探偵に調査を依頼した。
 何故電球が割られていたのか、と言う理由や犯人が二転したりと短編ながらも贅沢にいくつものアイデアが投入されている。このアイデアの贅沢さが初期の《三番館》シリーズの面白さの1つであるが、それにしても私立探偵である「わたし」のそそっかしさというのはどうにかならんものか、と思ったり。まあ、これがこのシリーズのユーモアの1つなのでありだろと思いはするんだけれども。
「菊香る」
 浮気調査を依頼された「わたし」は首尾良く調査を進めることは出来たものの、浮気の事実は突き止めることが出来なかった。それから後、と或る殺人事件の再調査を馴染みの弁護士から依頼された「わたし」は、容疑圏内にいる人物が先日の依頼人であることが解りアリバイを崩そうとする。
 探偵がアリバイの証人にされる、というのは割合ある話で、更に言うとそれが仕組まれたものであったというのも良くある話。本編では加えて、容疑者は双子で「わたし」が見たのは兄か弟かというのが最終的な焦点となる。そこで菊の花が重要な手がかりになるのであるが、バーテンダーが指摘する或ることは盲点であり、巧いと思わされる。
「屍衣を着たドンホァン」
 女性遍歴を雑誌で書いている作家が殺され、殺された時つきあっていた人妻が容疑者として挙がる。夫は妻の無実を晴らさんと弁護士に依頼し、「わたし」が事件調査をするのであるが挙がる容疑者に次々とアリバイが判明してどうも雲行きが思わしくない。
 大がかりなアリバイトリックが使われており、タイトルとかユーモラスな所とかにだまされるとえらい目に遭う。シンプルながらも実に見事で、アリバイ崩しの名作を幾編も生みだした鮎川哲也の面目躍如と言うところであろう。そこに至るまでも堅実に進められており、隠れた名編といえるかも(少なくとも、本編をこのシリーズの名作と書いた文章を見たことがない。
「走れ俊平」
 よんどころない事情で麻雀の掛け金の支払いを迫っていた男が殺された。現場の状況から1人の女性社員が容疑者として挙がったのであるが、馴染みの弁護士は彼女は犯人でないと言う。「わたし」は他の麻雀の掛け金の支払いを迫られていた人間を調べたのであるが……。
 新宿の大通りでストリーキングをしていた、と言う強烈なアリバイがあったり大金持ち故に造作もなく支払う奴がいたりとなかなかインパクある容疑者ばかり。1人のアリバイを崩し、女性社員の無実を証明するわけであるが、そのプロセスは堂に入ったもので、解説で霞流一が絶賛するのもむべなるかというくらい。
「分身」
 町中で知っている人間が声をかけても返事をしない。後で聞いてみると別人という。自分と同じ顔を持つ女性がいると知った後、その別人が詐欺を働き彼女は憤慨していた。その正体は何なのか、と思っている最中に交際相手が殺害されて容疑が降りかかる。
 ヘレン・マクロイの佳作『暗い鏡の中に』(ハヤカワ・ミステリ文庫・絶版)を思い起こさせるような発端ではあるが本編には怪奇幻想の血は皆無。その後の分身騒動の解決も今一つ琴線に触れるようなものではなく、その辺は残念。とはいえ、伏線は巧みであり、本編の肝は伏線の妙と言うところであろう。
「サムソンの犯罪」
 と或る売れない作家が売り出す為、自分の偽物に化けて地方で豪遊している最中に事件が起きる。事情が事情なだけに、自分のアリバイが主張できない。容疑者として取り調べを受けた彼であったが、彼の口をこじ開けた弁護士は「わたし」にこの事件を持ち込む。
 殺害現場に仕掛けられたミスリーディングの巧さと、容疑者が次々と絞り込まれていくプロセスが本編のキモと言える。消去法というのは非情に難しく、なかなか使われないと思うけれども、本編での使い方の巧さはさすがは鮎川哲也、と言うべきものがある。

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ブロンズの使者 鮎川哲也 創元推理文庫 680円+消費税
《三番館》シリーズの第3弾。以下、各編の感想。

「ブロンズの使者」
 F文学賞の受賞作に盗作の疑いが持たれた。たれ込みを受けた編集部は編集者を作者の地元に送り込み、盗作の真偽を確かめようとする。結果、盗作の真贋がはっきりしたという連絡が入ったものの、その編集者は何者かによって殺されてしまう。
 一点集中突破の作品で、その箇所も割と容易に見当がつくもの。本編のポイントは盗作を巡る悲喜こもごもであろう。何故そう思うかというと、推理作家協会発行の雑誌が初出でなおかつ元々本編は《三番館》シリーズとして書かれたものではなかったらしい、と言うことらしいからなんだけれども。
「夜の冒険」
 浮気調査を依頼された「わたし」は、持てる技術を駆使して尾行をするものの対象者が浮気をする気配は見あたらない。そんな中、対象者が殺人事件の被害者になってしまうと言う事態が起き、成り行きから「わたし」はこの事件を《三番館》のバーテンにするのであったのだが……
 タイトルはロマンチックではあるものの、内容は言うまでもなく(?)その辺のムードとはほど遠いところにある。終幕で「わたし」が馴染みの元同僚に事件解決のヒントを献上するシーンというのは結構笑えるところで、作者のユーモアセンスがここに現れていると言える。謎解きはきちんと為されており、その辺も抜かりはない。
「百足」
 宝石商が友人のパーティに赴き、商売をしようとしたらパーティで珍事がおこり、その間に時価1000万するキャッツアイが消えてしまう。それだけではなく、くだんのパーティの主催者が何者かに殺されてしまうと言う事態になったのだが……。
 何故ムカデのおもちゃがパーティに出現しなければならなかったのか、と言うことに関するロジックが秀逸。その他、何気ない描写に隠された伏線が本編でもまた巧みであり、その辺の伏線が明らかになる瞬間のカタルシスは本編でも冴え渡っている。
「相似の部屋」
 貝殻収集家が何者かによって殺される。筆頭容疑者と目されていた女性には堅牢なアリバイがあり、もう1人の作家にはアリバイがない。畢竟作家が容疑者として疑われていたのだが、無実を信じる弁護士が「わたし」の所に事件を持ち込む。
 もう一つ部屋があってそれがアリバイに使われたのである、という2つの部屋のトリックを前提として話が進むのであるが、その定型の崩し方がシンプルで面白いと思う。クイーンの有名作が念頭にあったのかな、と思ったり。それをアリバイものに持ってくるのは作者らしいといえるかもしれない。
「マーキュリーの靴」
 女流推理作家がマンションの中で変死を遂げる。現場の状況から自殺と思われていたのであるが、自殺だと保険金が下りないという遺族の依頼でこの事件が自殺ではないと言う証拠を手に入れなければならなくなったのは私立探偵の「わたし」。
 本編はアンソロジーとか作者の密室もの傑作選『密室殺人』(集英社文庫・絶版)なんかに収められている雪上の足跡ものである。シチュエーションとかタイトルなんかこの上もなく美味であるものの、明かされてみるとチョット物足りないものを感じる。先に挙げた『密室殺人』では星影龍三ものの傑作「赤い密室」「青い密室」らと同時に収録されていたのだけれども、本編が物足りないのは星影龍三ものでなかったからなのかもしれない。それは、続く「塔の女」 でも同様のことが言えてしまうんだけれども。
「塔の女」
 タワーに登った女性ボーカリストが消失してしまった。バンドが置かれている状況や現場の状況などからバンドによる話題づくりのための狂言とみなされて警察はまじめに動こうとしない。この事件を持ち込まれた弁護士は、私立探偵の「わたし」にこの事件を持ち込んだ。
 シチュエーションやタイトルがまた魅力的だ。真相もまた魅力的な部類に入るものであると思うのだけれども、どこか牧歌的な印象がある《三番館》のシリーズ故なのか、今一つ本編自体に魅力があるかというと首肯しかねる面も。いや、ミステリ的なところそのものは良くできているんだけれども。

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材木座の殺人 鮎川哲也 創元推理文庫 620円+消費税
《三番館》シリーズの4冊目となる本書は双葉ノベルスから刊行されて以降再刊はなく、この創元推理文庫版が最初の文庫化である。

「棄てられた男」
 ペンション茜荘に5人の男女が集まった。それぞれ芸能人だったりしていたのであるが、芸能人がこの時期に示し合わせてではなく集まるのは不自然。案の定彼らの内の1人に強請屋がいて、強請られていたのだ。その強請屋が殺されて……。
 伝説のNHKのドラマ「私だけが知っている」の脚本をリライトしたもの。加えて、「茜荘事件」のタイトルで星影ものとしてもリライトされている。一点集中突破系統の作品で、或る点に気づくと犯人が判明する。「私だけが知っている」の各話の尺がどの程度の長さかは解らないけれども、ショート推理ドラマとしては良くできたアイデアであろう
「人を呑む家」
 人が消えてしまう家に住んでいる男がサラ金から借金をする。利息をきちんと入れていたものの、と或る日集金の人間を呼び出すと、その人間の前で消え失せてしまった。このままでは横領犯にされてしまう、と思って駆け込んだのは私立探偵の「わたし」の所であった。
 本編は人間消失を扱った作品で、なおかつこのタイトルなので怪奇的になるかというとそう言うことはなく、市井の真っ当な(?)事件である。本編はいつもの弁護士さんは登場せず、直接事件が持ち込まれるのであるが、そう言う意味では異色作と言うべきか。消失トリック及び消失理由は巧くはまりこんでおり、シンプルながらも効果をあげている。
「同期の桜」
 と或る会社で起きた殺人事件では二人の人間が死に、容疑者として会社の人間があげられていた。このまま疑われるのは我慢ならぬ、と弁護士に相談し、その弁護士が私立探偵の「わたし」に事件を持ち込み、そして最終的には《三番館》のバーテンが事件を解く。
 本編もまた一点集中突破系統の作品だ。何気ない容疑者の一言が事件をあっさりと解決させていく。バーテンが行う或る実験は、事件はともかく、バーでそこまで気にするのか、と思ったりするのは私だけであろうか。
「青嵐荘事件」
 吝嗇な富豪が年齢的に衰えたことから甥姪を呼び寄せ、己の邸宅に住まわせる。ここに住んでいるといずれ莫大な遺産分与に与れるということで富豪の機嫌を取りつつ共同生活を送っていたのだが、各々よんどころない理由でその地位が脅かされつつあるとき、富豪は何者かに殺される。
 本編は「棄てられた男」同様「私だけが知っている」に原型がある作品。一点集中突破系統の作品で、と或る所に気づくと一気。と言うか、ミステリ的なところよりもこの富豪の人間のいやらしさがツボだったり。
「停電にご注意」
 と或る公園で発見された死体にまつわる事件は、巡り巡って私立探偵の「わたし」の所に持ち込まれる。アリバイを証明するのは1枚の写真で、それを複数の人間がアリバイを裏付けていた。この堅牢なアリバイを《三番館》のバーテンは崩すことが出来るのか。
 このシリーズ、地味なシリーズではあると思うが、その地味さとは裏腹に派手なトリックが炸裂することが少なくない。本編もまたその例に漏れず、ポピュラーながらも派手なものが用いられている。最後の一手も又巧いものであり、シリーズの隠れた佳作とも言えるかも。
「材木座の殺人」
 手厳しい論評を信条とする評論家が殺された。彼のその生前の行い故に、中堅作家と別れた妻が容疑者として浮上してきたのであるが、例によって例の如く堅牢なアリバイを持ち合わせていたのであった。
 私立探偵の「わたし」が直接事件の下調べをするわけではないものの、ちょい役で出てくる。もしかして、筆を進める内に出し忘れたのに気づいてあわてて出したのか。また、『十二人の抹殺者』と言う作品への言及があり、ホント、この作品を含めミステリが好きだったのね、と思わされたりもする。

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クイーンの色紙 鮎川哲也 創元推理文庫 600円+消費税
《三番館》シリーズ第5弾。元版は文庫オリジナルで光文社文庫から刊行されていたもの。

「秋色軽井沢」
 別れた夫が列車の中で毒をあおって死んでしまったものの、彼女には自殺とはとうてい思えない。調査を請け負った私立探偵の「わたし」は、懇意の刑事に聞き込みをするとと或る場所に赴くことになる。犯人のアリバイを崩せるのであろうか。
 写真によるアリバイであるが、この原理は割と有名かも。正確に言うと、写真のではなく××による勘違いなんだけれども。それだけに留まらず、毒を飲ませる際に於ける被害者の誘導のプロセスは非常に面白く、シリーズ後期に至ってもレベルが落ちていないのはさすがと言うべきであろう。
「X・X」
 現場に残されたダイイング・メッセージはXX。この文字に該当する奇妙な名字の人間は居はするものの、それぞれ決め手に欠けてしまう。調査の過程で1人の女性が思い当たる節がある様子を見せるが、何者かに殺されてしまう。
 ダイイング・メッセージの解釈そのものよりも、このダイイング・メッセージが別の要素の一部として奉仕しているところが鮎川哲也らしい。というか、ダイイング・メッセージの解釈はロシア語まで行くとこじつけだろ? とつっこみたくなったりもするんだけれども。ロシア語に行くところもまた鮎川哲也らしい。
「クイーンの色紙」
 EQの片割れであるリーが来日した際にもらった色紙。この話ではこの色紙が何者かに盗まれたのではないのか、という事態が勃発する。関係者は様々な憶測をするものの、いっこうにらちが明かない。そこで担ぎ出されたのが懇意にしているバーテンだったのだ。
 作者自身が出てきたり、セルフパロディというか自分自身をおちょくったりと色んな意味で異色な作品だ。私立探偵の「わたし」の登場が全くないという些末だけではなく、殺人も起きないし今までの作品以上にほのぼのとしたものが感じられるし。真相はさすがに《三番館》に持ち込む前に気づくのでは? と思わなくもないがそれは作者自身も解っていたと思われるのだけれども(だからああいう構成になるのだろう)。
「タウン・ドレスは赤い色」
 花屋を営む傍らに高利貸しをしている女性が殺された。金を貸すのは女性だけで、借金のカタにヌードを撮るというもの。犯行現場である被害者宅にはくだんの写真がなく、犯人は借金をしている面々にあると思われるのであるが……。
 ただ一点、あることに気づくことで犯人が判明するというもの。解説に於いてクイーンの《国名》シリーズの幾つかに言及があるが、さすがにこれらに比すると見劣りはしてしまう。とは言うものの、巧さというのは感じられるわけで。伏線の配置や解明の手さばきの面白さは健在である。
「鎌倉ミステリーガイド」
 鎌倉の文士案内の最中に起きた事件。犯行現場にはダイイング・メッセージが残されており必然的にツアー参加者内に犯人が居ることになる。果たして犯人はメンバーの内の誰なのであろうか。
 本編は《三番館》のバーテンに謎が持ち込まれる過程が面白い。もしかして直前までシリーズ作品にする気がなかったのではないのか、と思わされはするものの読み終えてみると《三番館》のシリーズに絶対しなければならないとまでは行かないまでもそれなりに必然性があるわけで。作中編集者が漏らす言葉は作者の信条であり、そう言う作品を求めてやまなかった作者らしい稚気でもあろうと思われる。

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モーツァルトの子守歌 鮎川哲也 創元推理文庫 600円+消費税
《三番館》シリーズ最終巻にして、作者最後のオリジナル単行本になった作品。加えて初の文庫化となる。

「クライン氏の肖像」
 音楽家のクラインの肖像画を盗む、と言う予告がありその予告にあわてふためいた音楽家が私立探偵の「わたし」の所に依頼にくる。請け負った「わたし」であるが、予告通りくだんの肖像画が盗まれてしまう。犯人は誰なのか。
 シリーズどころか鮎川作品の中でも珍しいと思われる、窃盗ものという作品。クラインなんて人がいたかどうかは定かではないが、クリスティのオークションなんて言葉があることからこれも作者の創作なのか。犯人解明のロジックというかプロセスは新味はなく、チョット期待はずれかも。
「ジャスミンの匂う部屋」
 いつも事件を持ち込んでくる弁護士の後輩が殺人事件の容疑者となってしまう。この後輩の無実を晴らす、と言うのが私立探偵の「わたし」の今回の仕事であるが荷が重い。結局首尾良くこの依頼を片づけたものの、一個だけ謎が残ってしまう。
 何故死体がクシャミをしたのか、と言う謎は強烈だ。その謎の絵解きのプロセスは非常に面白く、これを最後に残して一件落着としたのは名無しのバーテンさんに花を持たせるためのものだったのであろうか、なんて事を思ってしまったりするんだけれども。
「写楽昇天」
 写楽の絵が盗まれてしまった。現場となった美術館の周囲では雪が降っており、犯人が出入りしたのならば足跡が付いているはず。が、内部にいた人間は盗まれた絵を持っているはずもなく暗礁に乗り上げる。一方、イラストレーターが女装した格好で死んでいるのが発見されたのであるが……。
 作中開陳される、写楽=オランダ人説って本当にあるのか、と思ったり。まあ、言われてみるとあり得ない話でもないよな、と考えたりもするが本編は歴史ミステリではないわけで。写楽消失事件と関わりのある女装死事件の組み合わせ方の面白さが本編の眼目であろう。
「人形の館」
 と或る女性カメラマンが殺される。この事件に私立探偵の「わたし」が関わるようになったのは、例によって懇意にしている弁護士が事件を持ってきたからであった。調べていく内に、最も動機を持った人物は既に死亡していることが解って手詰まりになってしまう。
「写楽昇天」に続けて女装ネタを持ってきたのは何故か、と言うのはともかく本編も黄金パターンと言うことで安心して読める一編となっている。メインディッシュ(?)の前に「わたし」に依頼が来るという「珍事」もあり、それらをどう組み合わせるかが本編のミソというわけで。
「死にゆく者の……」
 推理作家が何者かに殺された際、ダイイング・メッセージを残していた。作家の友人が2000万円の懸賞金をかけてこの謎を解かんとしていたのだが、私立探偵の「わたし」はこの懸賞金目的に動くことにする。
 冒頭にダイイング・メッセージを愛した作家でもあるクイーンの一節を掲げることで、本編がダイイング・メッセージものであることを宣言をする。如何にしてダイイング・メッセージを解くか、とねじり鉢巻きするものを嘲笑うかのような真相でチョット笑ってしまった。また、私立探偵の「わたし」と太っちょの弁護士先生が活躍するのは本編が最後であり、「わたし」は続く「風見氏の受難」にちょい役で出てくるのみである
「風見氏の受難」
 会社社長である風見氏がお盆に会社に出勤してきたら強盗に襲われてしまった。運良く難は逃れたものの、彼が見ている前で泥棒は逃げ、途中行き会った人間を襲ってどこかに消え失せてしまったのだが……。
 殺人事件ではなく、強盗事件でしかも未遂というもの。とは言え、トリックを弄した本格ものであり、シリーズ作品でもある。が、やはり、ここまで来ると物足りないものを感じてしまい悲しくなってくるんだけれども。
「モーツァルトの子守歌」
 レコードが割れてしまって犯人が誰か、と言う謎を《三番館》のバーテンに持ち込んでみた。
 最後の小説作品となった本編は作者の音楽趣味が横溢する作品であるもののそれだけ、と言う印象がぬぐえない。また、最後の作品の初出が「ミステリマガジン」(早川書房)というのは、何故か何かを感じてしまうがそれは気のせいであろう。

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