航海日誌第七話 沖縄編

ついに撃沈! 沖縄の海は冷たかった

 9月の1〜3日の間,鹿児島湾の調査のため,昨年パプアニューギニア(PNG)でもお世話になったJAMSTECの「なつしま」に再度乗船する機会に恵まれた.実は,この10日後に再びこの船に乗り沖縄航海にも参加が決まっていて今年は非常にラッキーであった.沖縄航海に備え,鹿児島湾に「なつしま」がいるうちに調査用具などを積み込んだし,また,鹿児島湾の調査はいいサンプルに恵まれ,昨年のPNGに次ぐ,すてきな航海だった.沖縄航海への期待は高まった.しかし,良いことは3度も続かなかったというのが今回のお話.


 沖縄航海の出発は9月12日,奄美大島の名瀬港からであった.今年のこのシーズンは台風に恵まれ,しかも,晩秋型の九州直撃コースをたどる台風が立て続けにきたときでもあった.奄美までは福岡から飛行機で渡ったが,台風19号の接近がニュースで報じられており,すでに暗雲が立ちこめていた.実は奄美には前日の11日には到着しており,一泳ぎしてから船に乗ろうとシュノーケルやマスクなんかを持ち込んで大荷物であったが,なんと奄美は夏休み以外は平日に海水浴場に行くバスがないらしく結局断念した.今考えると,最初からツキが無かったわけである.船に乗るチャンスを得た時点で僕のツキも尽きてしまっていたのであろう.12日正午,研究者が全部乗船したのを確認して出向.船内はすでに台風の行方を心配する声で重苦しい雰囲気であった.

 ところで,今まで触れなかったが,「なつしま」をはじめ,JAMSTECの船は揺れることで有名である.何故かというと,JAMSTECの港は横須賀にあるのだが,浅い東京湾の中でも特に浅い横須賀にありながら,桟橋の浚渫をやらずに浅い港のまま船を設計したため,とっても喫水の浅い船が出来てしまったのだ.喫水が浅いとどうなるかというと,お盆を海に浮かべたところを想像するといい.船に弱い人はそれだけでも船酔いしそうになることだろう.そう,ちょっとの波でも無茶苦茶揺れやすい船なのである.

 PNGの海は赤道無風帯だったので油を流したような静かな海で,船が動いているのか止まっているのかも分からないほど静かな航海だった.鹿児島湾内も似たようなもので全く揺れなかった.でも,今回はこれまでとはだいぶ様子が違う.黒潮を横切るときが日本の周辺ではもっとも波が高いのだが,今回はもろに黒潮を横切るコースである.それに,東から台風が追ってきている.船に弱い人はもう我慢できないほどの条件がそろっていた.

 僕はあまり船酔いしたことがない.長期の航海や外洋での航海にあまり行ったことがないのがその理由である.だから,自分はあんまり酔わないのだという変な自信があった.酔わないためには,この自信も必要である.船は出航直後から,これまで経験したことがないほどの揺れであったが,この自信のおかげで平気であった.今回の航海は10人の研究者が乗船していた.うち学生は僕を含め6名.初めて船に乗る人がこのうち4名.船は高いところの方がよく揺れるが,出港直後,ミーティングの場所がよく揺れる会議室だったため,この時点で学生4名がダウンした.僕は幸い変な自信のおかげで平気であった.JAMSTECの船はよく揺れるが食事がおいしいことで有名でもある.おいしい食事を頂いてその日は調査海域に移動するだけで,調査は翌日から始まった.

 調査1日目.この朝,すでに朝食にでてこない学生が3名.もう立ち直れないようである.まだそんなに揺れてないのに.台風はまっすぐこの船を追いかけてきてるようであるが,この日はかろうじて「しんかい2000」を降ろすことが出来た.ただ,時間がたつにつれ波が高くなり,早めに調査をうち切り様子を見ることになった.この日の「しんかい2000」の揚収風景はこれまでに見たことがないとっても危険な作業だった.荒波に翻弄される潜水艇を無理矢理船にあげたが,数回海面にたたきつけられた潜水艇は,大切な試料をいくつか海の藻屑としてしまった.

 この日上がってきた試料を激しく揺れる船内で処理する作業は僕にとっても過酷で少し気持ち悪くなったが,まだ仕事の出来る自分を見ていると,「じつは僕は酔わないんだな」という自信を増長させ,よい結果を導いた.この後のミーティングで,台風の進路を見ながら明日以降2日間調査を見合わせることを申し合わせ,乗船2日目が何事もなく過ぎていった.


 また,冗長な文で長くなってしまったので,今回はこれまで.さあ,この後山中はどうなるのでしょう.みなさんも,海に浮かべたお盆を想像しながら次回をご期待.あんまり面白く書けないのは,やっぱり苦い体験だったせいだろうな...

第八話

「朝から魚が食べられる幸せ」編


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