『協う』2007年4月号 生協・協同組合研究の動向

「新しい社会的経済」=社会的企業は何を問いかけているのか?
2006年発行の社会的経済に関する書籍から


北島健一
松山大学 当研究所研究員

 

1.社会的経済、 社会的企業
  民間の「非営利」目的の組織からなるセクター、すなわちサードセクターは社会的経済と呼ばれる。それは、協同組合、共済、NPO (この概念にはアソシエーションと財団が含まれる)から構成される。異なる構造の組織を一括りのものとして捉えるのは、それらの運営に、共通してある一連の原則が適用されているからである。社会的企業とは、近年の失業者や生活困窮者の拡大,福祉国家の再方向付けを背景に登場し、就労のとくに困難な人たちの就労支援や,あるいは低所得者を中心とした住民に生活上必要な社会サービスや住環境改善サービスなどに取組む、社会的目的の 「企業」を指す。社会的経済をサードセクターとしてざっくりと規定する限りでは、社会的企業はその範疇に入り、その意味で「新しい社会的経済」と呼んでもよい。しかし、組織という点から見ると、ボランティアや寄付も動員しアソシエーションのような性格をもつと同時に、 事業収入もあげ協同組合のような性格も併せ持つなど、従来、社会的経済を構成すると見られてきた三つの組織カテゴリーの枠からはみ出る。
  ところで、 この社会的企業が注目を浴びるのは、なぜなのか。あるいはまた、その現象にどのような意味を求めるのか。 このような問題を考える格好の材料となる、社会的経済にかんする二冊の重要な書籍が2006年に出版された。

2.日本社会における社会的経済の産声
  一つは、共同企画/ 〔東京・大阪・熊本〕 実行委員会『勃興する社会的企業と社会的経済』 同時代社で、これは2005年11月下旬にフランスからティエリ・ジャンテ氏を招いて東京・大阪・熊本でもたれた三つの市民国際フォーラムの記録集である。 ジャンテ氏が各都市でおこなった講演のほか、日本の社会的経済組織や社会的企業、さらには労働組合で活躍するパネラーたちの報告も収められている。ジャンテ氏は金融・保険分野の協同組合で実務経験を積み重ねる傍ら、社会的経済の運動家・著述家としてフランス国内のみならずヨーロッパレベルでも精力的に活動されてきた著名な協同組合人であり、本書に収められた講演からも、氏の豊富な実践的な知識と深い学識が見て取れる。
  この書のパネラーたちの発言を通して、いま日本社会の中でも、社会的経済を構成する諸組織が運動や事業のレベルでお互いに歩みよる姿勢を見せはじめていることが知れる。労働組合のナショナルセンターまで事実上それを支持する方針を打ち出しているのは、この運動が'70年代後半から進んできたフランスでも見られなかったことだ。

3.社会的企業に対する二つのスタンス
  さて、ジャンテ氏は、東京と熊本での講演の中で、自分は「社会的企業」 やそれとほぼ重なるフランスの概念 「連帯経済」 に懐疑的であることを率直に表明している。その理由としては、 連帯経済は 「結局のところ出現しつつある新しい社会的経済に他ならない」、「ある種のアピール」 でしかない、 社会的企業が株式会社の形態を採ってもよいとなると利潤追求に走る恐れがある点などをあげる。
  このジャンテ氏の社会的企業に対する批判的な姿勢と対照的なスタンスに立つのは、 もう一冊の書、 『社会的企業が拓く市民的公共性の新次元』 時潮社である。著者の粕谷信次教授は、 先述の市民国際フォーラムの企画へとつながっていく「社会的経済促進プロジェクト」 を柏井宏之氏 (当時は市民セクター政策機構)らとともに支えてきた理論家であり、東京フォーラムのバックグラウンドペーパーの起草者でもある。 粕谷氏の真摯な理論的格闘の足跡を示すこの書における氏のスタンスは表題に表れている。社会的企業群のダイナミックな展開は、相互のネットワークを構築して広げ、そこに 「市民的公共性」 を創り出し、ひいてはそれが拡張していき、サードセクターの革新のみならず、市場の再構築と国家システムの再構築をも迫っていくと理論化される。

4.ハバーマス理論の修正:経済とコミュニケーション的理性
  社会的企業が創り出していくという 「新しい公共性」 =市民的公共性とは何なのか。粕谷氏は、 自身の理論の基礎となる枠組みを 「ハバーマスとの批判的対話」 の中から獲得している。端的には、 市民の間でのお互いに開かれた討議、 「コミュニケーション的理性による了解、連帯」 が市民的公共性と呼ばれており、氏は、社会的企業の本質的な特徴を、メンバーが強制力を排したお互いにひらかれた討議によって相互に了解・連帯し、かつそれに基づいて経済行為= 「コミュニケーション的経済行為」 (p.59) を行っていることに見て取っている。そして、このような社会的企業は、経済全体に「生活世界の論理」 =コミュニケーション的理性を浸透させていく上で最も重要で基礎的な形態となる。これが、貨幣と権力による「生活世界の植民地化」が大きく進む現代にあって、社会的企業に与えられた意味となる。粕谷氏の念頭にある経験的材料は 「生活クラブ生協グループ」の実践であるようだ。
  一方、 ヨーロッパの研究者たちが社会的企業として分析している典型的な組織は社会的弱者の 「労働を通しての社会的経済的統合」 に取組む組織である。社会に適応できない未成年者、 長期失業者、 身体・知的・精神障害者、アルコール依存症の人、元受刑者、ホームレスなどを、 福祉の対象者としてみるというより、経済活動・労働に就くことを通して社会へと統合していこうとする組織である。大阪フォーラムでもホームレス、障害者、引きこもりの就労支援にたずさわる実践家の人たちが登場している。これを経験的材料とすればどのようにみれるのか。

5.経済を 「承認関係」 に埋め込む?
  ハバーマスの後継者アクセル・ホネットも、 ハバーマスの生活世界/システム (経済・行政) の二分法を誤りとみた。 ハバーマスのコミュニケーション理論にはコンフリクトの契機を欠くからだ。 そこで、コミュニケーションによる合意のモデルを 「承認のための闘争」 のパラダイムへと修正した。人間として普遍的に認められるべき権利を認められて(法的承認) 人間は政治共同体の一員としての自尊心をもち、 また、 価値を共有する集団の中で個性的な能力や資質を発揮し敬意を得て (連帯)人間は自分の能力に自負心をもち、さらには、友人や家族の思いやりに包まれて (愛情) 自信をもって欲求を表せるようになる。ホネットは、愛情、法的承認、 連帯という三つの承認形態こそ、人間の自己実現の条件であり、アイデンティティを形成するものであるとみた。 彼によれば、経済的な利害からではなく、アイデンティティの要求を 「無視」 (承認の否定) される体験から生じる 「怒り」や「恥」などの感情的動機から、社会的闘争が生じる。
  障害者、 ホームレス、引きこもりばかりでなく、 東京フォーラムに登場するワーカーズに集う女性たち、 大阪フォーラムに登場する琵琶湖とともに暮らし続けようとする住民たちもまた、 アイデンティティの「承認」を否定されてきた個人なり集団であるだろう。社会的企業は、 市場万能主義がはびこり、自分の力を発揮する場や人権さえも脅かし、愛着をもつ地域で暮らし続けることも難しくするまでに 「無視」 が蔓延するまでになった現代社会にあって、 経済を 「相互承認の関係」 に根付かせていこうとするイニシアチブとして理解できるように思える。

6. まとめ
  個々人が自信をもつことで自分とポジティブに向き合えないようでは、「市民的公共性」を創り出していく条件となる自由で対等な人間関係も保障されない。いま進められている雇用に関する変革は「働く人の間に階層を作っていこうとする」 ものであり、「身分によって生きる権利が変わる」 社会、「立場によって人間を軽く見る」 社会が作られようとしていると、島本氏は言う(島本慈子 『ルポ 解雇』 岩波新書)。現代の市場経済がむしろ「市民的公共性」の前提条件を掘り崩していく中で、社会的企業はこのような経済のあり方を問い直す。さて、現代の協同組合運動はこのようなグローバルな社会的なプロジェクトを持ち合わせているのだろうか。


プロフィール
北島 健一 (きたじま けんいち)
松山大学経済学部教授 (当研究所研究委員)。大阪市生まれ。専門分野は非営利組織論、社会経済学。 2001〜2004年度コープえひめ監事。