『協う』2007年4月号 特集1


特集T 鼎談
『協う』の14年で大事にしてきたこと

当研究所の設立、 1993年から発行してきた研究所所報 『協う』 が100号を迎えることとなった。 本特集は、創立時から様々なスタンスでかかわってこられた3人の研究者から 『協う』 の14年を振り返っていただき、『協う』 のジャーナル活動としてのオピニオン性や研究所所報のあり方などの評価を問うた。

(鼎談者プロフィール)
若林わかばやし 靖永やすなが氏:1998年〜2002年の 『協う』 編集長、当研究所・研究委員 (京都大学大学院経済学研究科教授)
的まと場ば 信のぶ樹き氏:研究所設立時から関わっている当研究所・研究委員会代表 (佛教大学社会学部教授)
田た中なか 秀ひで樹き氏: 『協う』 読者の立場から発言、当研究所・研究委員 (広島大学大学院生物圏科学研究科教授)

『協う』のネーミング

【若林】 「くらしと協同の研究所」 発足以来、 研究所の活動、 メッセージを対外的に発信してきたのが、 総会シンポジウムと 『協う』 の二本柱なんですね。 その意味で、 『協う』 の歴史は 「くらしと協同の研究所」 の重要な歴史そのものでもあるんですね。
  冒頭、 まず的場さんにお願いしたいなあと思っているのは 『協う』 のネーミングです。 この名前にはびっくりしました。 協同の 「協」 を 「かなう」 と読むのは知らなくて、 『協う』 のネーミングの経過とか創立当初のことについて的場さんからお話をいただきたいと思います。
【的場】まず 『協う』 の名前ですが、 これは中嶋陽子先生の発案でした。 これは、 「くらしと協同の研究所」 という研究所の名称と研究所の性格付けをどう考えていこうかという議論の中から出て来ているわけです。 最初 「くらしと協同の研究所」 という名前が出たときに、 けっこう 「生協総合研究所」 みたいなのでいいんじゃないかという意見があったんですが、 「生協と地域という二本柱でやるべきだ」 ということと、 地域を広くとらえるために 「暮らし」 も漢字ではなく、 ひらがなの 「くらし」 にと言い、 この名称になったんですね。 そういう議論があって、 協同の 「協」 の字を使いたいが、 いかにも硬い。 協同とは何かとか、 地域における協同をどうつくりあげるのかとかの問題意識が反映される一方で、 それを 「かなう」 という大和言葉にしたのは 「暮らし」 をひらがなの 「くらし」 の表現にしようとしたのと重なっているのかなと思います。 ですから、 『協う』 という名前は 「くらしと協同の研究所」 の創立時の性格を反映したものです。
【若林】意味は 「つどう」 「協力する」 とかの 「協」 ではあるんですね。 しかし 「かなう」 となると、 何か 「夢がかなう」 の 「かなう」 かなと (笑)。
【的場】そうです。 議論されたとき、 「かなう」 には、 そのあたりも留意されています。 ゆるやかにということで、 研究所の 「機関誌」 ―この位置づけも問題になりますが―、 ここを 「つどう」 場所にしたいと。

『協う』のコア、研究所のコア

【田中】 『協う』 は、 研究所とは相対的によい意味で自立的で、 いわば独自のジャーナル活動をやってこられたとのことですが、 まさにそのとおりだなあと思って聞いていました。 これまでの 『協う』 を改めて並べてみて感じるのは、 一つは、 「くらしと協同と生協に関する情報誌」 という性格を持っていると同時に、 それだけでなく、 会員の発言コーナーや研究の紹介など、 会員間のネットワーク誌的な性格も持っていると思います。 意外というか、 『協う』 には 「くらしと協同の研究所」 の機関誌的性格が少ないですよね。
  それと 「くらしと協同」 に関わる内容が多いのは当然ですが、 「地域」 に関わるテーマが、 実はかなり昔からずいぶん登場しているなということにも改めて気づきました。 『協う』 地域版も幾つかの地域でつくられましたが、 これはとても意義のあるものだったと思います。 それに、 女性とか高齢者、 若者といったテーマも多く登場します。 とくに女性に関わるテーマは多いですね。
  「くらしと協同」、 そして 「地域」 など、 扱うテーマやウィングが広がっていて、 研究領域も広く、 研究者も幅広いのがこの研究所の特徴であり、 「協う」 の特徴だと思います。 でも、 逆に言えば、 じゃあ 「核」 というか 「コア」 がよく見えない、 「コア」 は何なのかという感じもしています。
【的場】コアはないかあるかというと、 コアはあると思うんですよ。 それはどういうかたちかと言うと、 この研究所が設立された1993年ころは、 生協運動が制度化する時期なんです。 つまりシステムが確立するわけです。 それに対する評価が二つあって、 これは研究所だけでなく世の中一般もそうだったと思うのですが、 制度化した新しい段階で制度化した先に展望を見出そうという考え方と、 制度化そのものを否定するというか別のところから新しいものをつくりだすという考え方があって、 研究所はこの二つの軸に葛藤しながらいままできているという側面があります。
  この二つの軸のどちらのスタンスにもはっきり立たなかった、 というのが核がないように見える、 という一つの側面だと思います。
  そういう意味で言うと、 「核がない」 というのは理論だとか運動方針とか生協の評価に関する一つの見解が出ていないという意味で言うと 「核がない」 と言えますが、 そこにある葛藤は、 この研究所の 「核」 であると言えるんじゃないか。
【田中】 研究所のあり方と 『協う』 のあり方は別ですから、 議論は別にしなくちゃいけないと思います。
  私がさきほど 「コアがない」 と言ったのは研究所のほうなんですが、 地域と地域のくらしから協同とか生協をみるというスタンスでしょうから、 そのことは大変重要だし、 いいことだと思うのですが、 そのときに中心となる、 どのレベルで集約して考えるのかなという視点が、 要するに拡散しちゃっているという気がしています。
【若林】コアが2つあるというのはどうでしょう。 「くらしと協同」 というタイトル、 「地域と協同」 でもいいのですが、 ダブルになっていることが自由度を高めていると思っているんです。 根っこに 「協同」 と言っているので、 それが 「くらしの協同」 であったり 「地域の協同」 であったりするのですが、 直接的には生協の協同組合運動としての側面とか生協の事業だとか生協論を主に議論するという領域があります。
  一方で 「くらし」 というタイトルがあるので、 「くらし」 とか 「地域」 とか協同組合運動とか生協経営とかにすくい取れない、 もっと自発的でさまざまな社会運動、 社会組織が存在しているのであって、 そういう生活の困難性とそこから生まれる協同とかのことがらが、 もう一つの柱です。 生協から出発する議論と、 くらしから出発する部分というのは重なり合う部分があるんだけれども、 お互いの射程の広がりが全然違うので、 ダブルの――二つの点を持った楕円形みたいな形での領域で活動してきたし、 そのことが近視眼――いわゆる視野が狭くなって固定的になって頭が固くなっていくということにあまり陥らずに―― 『協う』 は相対的に広く新しい動きに目配りして編集してきたんじゃないかと思います。
【田中】「核がない」 という言い方は言い過ぎかもしれませんが、 要するに地域のくらしから協同や生協をとらえるということは大事な視点で、 生協論として最も重要な視点だと思うんですね。 ところが地域やくらしの領域の研究はどんどん広がっていきますよね。 他方で協同とは何かとか、 生協とは何かという議論がその広がりをカバーしつなげていかないと、 そこを詰めていかないと――。 研究は拡散していく一方で、 協同に関する研究、 もしくは生協研究として集約されないと、 議論が集中できず、 まとまりがなくなってしまうのではないか。 要するに核となる協同論、 生協論についてきちんと議論していかないと、 研究が集中する構造を持たず拡散してしまうのではないかという危惧を持っています。

院生、組合員の参画がひろがる

【的場】いまの 『協う』 を見ていると編集委員会の体制が、 ある意味、 研究所の一番充実しているところだと思います。 院生と組合員の方が積極的に編集に関わるようになった経過というのは?
【若林】1997、 1998年のころからですね。 みんなで企画をつくり、 みんなで分担して取材にも行くし、 みんなで書く。 最終的判断は事務局が担当し、 編集長が決断するというかたちで全員参加型のチーム運営をめざしたんです。 そういう運営に、 組合員や院生、 ほかの先生方に参加をお願いするということになり、 動き始めました。
  組合員のみなさんによる編集委員会 (昼の部と呼んでいます) が毎月開かれ、 「コープ商品を見直したい」 という議論をしたら、 それを取りあげるとか、 組合員企画で自分たちが取材に行ってまとめるとか、 独自企画を反映させました。
【的場】院生とか組合員の方が入られて、 取りあげるテーマとか記事の内容ですごく変わった点とかありますか?
【若林】組合員が一人二人入ったからといって、 組合員の視点だという議論は理論的にはかなり問題があって、 多様な組合員に開かれていない組合員視点というのは存在しないと思います。 誰か一人が組合員を代表できるわけではないんですね。 その意味で、 組合員が参加し、 取材し、 自分たちの言葉で書く。 自分たちで悩む。 最終的な作品物に院生や組合員がかかわることで何か独自のものがあったかどうかは私には評価できません。 でも間違いなく、 『協う』 を編集するということは、 その編集にかかわる人たちの成長であり、 自己実現であり、 学びの機会だと思っているんですね。 組合員がこだわる点というのは、 組合員自身が悩みながらしゃべりながら、 このことを大事にしようと、 組合員自身も自分自身に問う。 自分たちの意見を反省的に捉え直す機会になっていったんじゃないでしょうか。 私は多様な人たちの参加を位置づけることで私自身も学び直し、 考え直すいい機会をいただいたと思っています。

テーマ中心の編集革新

【若林】みんなで企画、 取材、 執筆するという編集方針は、 結局のところ行き当たりばったりで編集委員会の時間がかかるばかりになってしまいました (笑)。 それでテーマを決めてそれにもとづいて企画をつくっていくというテーマ主義になりました。 テーマ主義の最大の理由は時間のロスにあったんです。 みんなバラバラでやると、 落としどころも見えなくて、 当時の編集事務局はイライラするわけです。 そのイライラを創造的に解決したのがテーマ型編集です。 それで予定が組めるんです、 先の先まで。 問題の中から創造が生まれるというか、 必要は発明の母というか、 すごく実感しています (笑)。
【田中】テーマ主義になって多角的に一つのテーマを掘り下げていて読み物としておもしろくなったと思います。 しかし、 気になる点もあります。 「コロキウム」 という欄がありますが、 これは自由な発言ができる場であるし、 この人に書いてもらうということもある。 テーマ主義でやっちゃうと、 それに関連した人、 ということになってしまって、 自由度がなくなるように思います。
【若林】そうですね。 「コロキウム」 は特集テーマ連動です。 そこで、 2007年2月号 (99号) からの誌面リニュアルで、 「コロキウム」 とは独立して、 研究活動を紹介できるような、 研究者が表に出るような 「私の研究紹介」 とか 「生協・協同組合研究の動向」 という連載が始まりましたね。
【田中】そうですか。 若手でも面白い発言とかありますからね。 あと 「視角」 という欄に関してはどうですか。
【若林】 「視角」 というのも以前は独立していましたが、 いまは特集連動になっています。 「視角」 こそ運動論的にメッセージの性格が強い欄です。 だから、 どちらかというと 「視角」 は研究者のときでも価値観の明確な議論を書いて出しますし、 実務家・運動家は自分の運動を紹介するというものが少なからずあります。
【田中】 「視角」 というのは大事な新しい切り口を出してくれる、 という感じがあり、 ときどき面白いものがありますが、 それもテーマ連動性を持ってしまうと、 逆に狭くなっちゃうのかなと。 それから 「人・モノ・地域・くらし」 というのは、 ちょっと意味がわかりづらい…。
【若林】それは、 世の中の動きを取材して紹介するページです。 人や地域、 くらし、 商品などの取材記事という理解でよいと思います。 これも特集連動でしたが、 今度のリニュアルで特集連動のものは 「探訪 くらしとコミュニティ」 となり、 もう1つ特集とは独立の連載で 「生協のひと・生協のモノ」 という生協関係者、 生協の商品などの紹介欄に変わりましたね。

研究成果を反映させる

【若林】 『協う』 でうまくいっていないのは 「くらしと協同の研究所」 の研究会の成果を反映させるという点です。 これは毎回言われていますが、 研究会の動き方と 『協う』 の編集が本当にかみあわなくて、 ほとんど関係がないわけですね。
  『協う』 から研究所が見えない、 というのはどうですか?
【田中】いや 「見えない」 ということではないと思います。 やはり 「くらしと協同の研究所」 の少なくとも一部が反映していることは間違いないわけで、 いまおっしゃったように、 『協う』 を通じて研究所を知っている人もかなりいるので――。
【若林】そうなんですね、 『協う』 が研究所だと見ている人たちもいます。 だからこそ、 くらしと協同の研究所は、 理事会指定の特別研究会、 そして自主的研究会があって、 研究活動をすすめているのですが、 そこでのせっかくの成果をもっと 『協う』 を通じて発信されるように工夫されるべきでしょう。 そのためには、 運営委員会がイニシアティブとって編集長を通じて 「この時期はこれを載せよう」 という議論をする必要がありますね。

オピニオンをめぐって

【的場】 『協う』 のオピニオンというのはどうでしょう。 みんなで企画して書くというような方向は、 オピニオンを希薄にしかねないと思うのですが。
【若林】 『協う』 の場合のオピニオンは、 『協う』 に登場する個人や団体がそれぞれ発信していることということなんじゃないでしょうか。、 けっして 『協う』 の編集委員会や編集長のオピニオンが反映されるのが 『協う』 だとは思いません。 雑誌によっては編集長の個性、 特定のメッセージ性でつくられているものがあります。
  しかし 『協う』 は 「ひろば」 だと思っているんです、 『協う』 のタイトルどおりに。 ある種の切り口で 『協う』 は編集していますから、 『協う』 の編集方針にオピニオンがないとは思いませんが、 それは強いオピニオンではなく、 そこにどんな人に声をかけてどんな人に発信してもらうかというのを集めて、 それにオピニオンが乗っていて、 それを読者それぞれが受け止めて自分なりに消化して自分の活動の中で自分の考え・意見を鍛えていくという緩やかなメディアであるのが 『協う』 らしさだと思います。
【的場】わかりますが、 そこはやはり生協の現状を反映している面もあると思うんですよ。 つまり生協自身が社会に対してどういう情報を発信しているかということからみてみると、 以前の生協と比較するいまの生協のメッセージ性は弱くなっていると思います。 そういうことが反映していると思います。
【若林】そうですね、 『協う』 のオピニオン性が下がってみえますが、 特集を計画的に組むことを通じて、 バランスのとれた、 いろんな協同の問題を広く取りあげた編集に成功している面もあると思います。 だって2007年2月号 (99号) では、 驚きましたよ、 学校給食が 『協う』 でテーマになる。 これは画期的なことで、 過去テーマになっていないと思うんですね。 学校給食の問題を取りあげるのは、 それが地域とかくらしのゆがみの表現になっちゃったからであって、 学校給食の効率的な供給形態なんて問題はテーマにならないわけですね。 『協う』 はやっぱり 「くらし・地域・協同」 の切り口で取りあげる。 その目線で広げたら、 学校給食の問題、 子どもたちの食の問題、 ここにゆがみがあり問題が上がってきているよねとサッと取りあげる。 この柔らかさはとてもすてきだなと思っているんです。
【田中】食と農の問題もそうですね。 「農」 は他のところではあまりないですね。 「農」 が出てくるというのは、 ここの研究所のカラーというものだし、 地域づくりにも――。
  ちょっとうれしかったのは、 地域版があるでしょう。 あれは広島にとってみると財産なんですよ。 あれをつくる過程でいろんなものが見えてきたし、 あれが一つのステップになったんです。
【若林】地域版の路線は改めて再認識して可能性があれば試みたいものですよね。 もちろん、 それぞれの地域の研究者、 問題意識を持つ組合員によってグループが形成されないと地域版が実質化しませんから。 逆に言うとグループ化の促進になれば・・・。
【田中】そういう契機になるんですよ。 その過程で、 こういう書き手がいるなあとか、 研究者がいるなあと。

読者と『協う』

【編集事務局】読者からの声としては、 非常勤理事の方々がよく読んでおられ、 バックナンバーも取っておられ、 時には数年後に問題意識が鮮明になった際に、 引っ張り出して再度読んでいただいたということを幾度か聞きますね。 特集型の編集で深められる読み物となっていることが好評のようです。
【若林】『協う』 はくらしと協同ということで生協にとどまらない、 視野の広い問題を取りあげアップトゥデイトに掘り下げるユニークなメディアになっていると思います。
  それに対して、 読者は生協関係者が99%占めると言ってもよい状況です。 『協う』 の主要な読者は生協の組合員理事を含めた役職員です。 研究者や組合員といった個人会員は多くありません。 ほとんど団体会員の生協を通じて配付されている分です。
  だからこそ生協の関係者が生協の方針だけを掲げて遂行するのではなくて、 地域の問題、 くらしの問題に広く関心を持ちながら、 そのなかで生協の方針がどう位置づけられるのかというところで、 生協の方針の持っている意義とか価値とかを自分なりに捉え直す。 そのことなしに生協の事業や運動にかかわる情熱とかやる気とかのモチベーションは出ないと思うので、 そういうふうに活用していただけるといいのですが。 ダイレクトに生協の役職員が直面している問題に役立つ情報が提供されているわけではないんですね。 そこが読者層と 『協う』 の内容とのギャップといえばギャップですが、 そこに思いはあります。 そういう人にこそ、 だからこそ広い視野で考えてほしいという。 そのあたり、 うまく受け止められているかどうか気になる点です。
【若林】最後にひとことあればお願いします。
【的場】オピニオン性の問題ということでいえば、 やっぱりオピニオンがあるんだということがわかりました。 やっぱり特集の組み方だとか考え方が独自ですね。
【田中】研究所というより 『協う』 のオピニオンというのは、 議論の中で自由に発言できる中で、 切り口が出ているし、 さっき 「すぐに役立つような記事じゃない」 という話がありましたが、 これは大事なことだと思います。 実は私の恩師は 「すぐに役立つことはすぐに役立たなくなる」 と――。 そこが大事だと思いますね。

 これまでの 『協う』 について、 そしてリニューアルした新しい 『協う』 について、 読者のみなさまの感想やご意見をお待ちしています。  特集テーマについても、 こんな企画をして欲しいというようなご提案をお寄せ下さい。

※ 『協う』合本V(第64号〜98号)もまもなく完成予定。