『協う』2007年4月号 特集2

特集U 若手研究者が読む『協う』


  『協う』 が100号を迎え、 創刊から14年が経過した。 この間、 社会のあり様が劇的に変貌したことは疑いようもない。 それぞれの瞬間において 『協う』 各号は、 いかなる問題を捉え、また同時に未来をいかに描いたのであろうか。 この点を研究所事務局に加わる3名の大学院生が、それぞれの視点から報告させていただくことにした。

食・農・地域をめぐる『協う』のあゆみ
京都大学大学院経済学研究科 博士後期課程 名和 洋人(『協う』編集委員)

『協う』 が創刊された1993年は、その数年前に崩壊したバブル経済の影響が次第に認識されるようになった頃である。 同時に、経済のグローバル化を推し進める制度的な骨格が、 わが国に形成されつつあった時代でもある。その後、グローバル化は一層進展して今日に至り、 わが国の各地域、 各産業、また私達のくらしは、こうした動向に強く規定されるようになったのである。
  もっとも、『協う』がこうした事態を座視していたわけではなかった。以下では、この視点から重要と思われるバックナンバーを抽出して、その歴史を掘り起こしてみよう。

進む農産物市場の開放

 1993年、ガット・ウルグアイラウンドが妥結して、コメの部分開放・その他農産物の関税化への道が定まった。また、1993年はコメの作況指数が74にまで落ち込む大凶作の年としても記憶されている。翌1994年に入るとコメの緊急輸入が不可避となった。1995年にはWTO体制が発足して、わが国農産物市場の開放が一段と進むことになった。
こうした中で、7号(94年3月)では、「どうつくる協同 コメをつくる人と食べる人:最後の砦がくずれるとき」 をテーマに、 コメの生産県である滋賀県の生産者、 農協、 生協、 研究者、 また大阪の米穀卸業者を訪問して意見を聞いている。
  この中で特に印象的なことは、 多くの関係者が、自給率の下落を懸念し上昇させるべきであると考えていたことである。 同時にコメに関しては、単にミニマムアクセスの開始を憂慮しただけでなく、一定期間経過後の一層の自由化を予見したうえで強い危機感を表明していたことであろう。 昨今の米価の急落に顕著に現れているが、当時の懸念が現実のものとなったことは周知のとおりである。『協う』 創刊当初の時期は、わが国における農産物の市場開放が一段と進展した時代と重なりあっていたのである。
  その半年後の14号(94年10月)では、転換なるか?瀕死の日本農業・食料の他国依存」 とのタイトルで、 3人の論客が鋭い分析を披露している。増田佳昭は、 凶作に伴って緊急輸入された外国産米に対するわが国の消費者の過剰な拒否反応の裏で、カリフォルニア米・オーストラリア米・中国米が、 国産米にある程度匹敵する高い評価を得て、外食産業や食品製造業は 「結構使える」 との認識を持ったのではないか、との見方を示した。また、小池恒男は、輸入農産物による国内農業の圧迫は、コメ、牛肉、オレンジ、果汁といったメインの農産物にとどまらず、中国、台湾等からのレンコン、ニンニク、タケノコ、シイタケ、ショウガなどの作物による影響が各地の農業に及んでいることを指摘した。同時に、 耕作放棄地の拡大問題にも言及している。渡辺信夫は、 食品安全基準や作物防疫基準に見られるような国際食品規格の採用問題を指摘した。以上のような三者の見解はその後13年を経過した今日の状況を見るに、実に的を射たものであったと言わざるを得ない。
  そのほか、わが国農業の後退に対処する提案も各論客から出されていた。しかし、その後のわが国の経済政策運営は市場原理ばかりをとりわけ追求し、 想像以上に厳しい環境が続いた。そのため、こうした提案が逆風をはね返すまでのものにはならなかったように見える。これは私だけであろうか。

厳しさ増す日本農業と生協

 1990年代後半に入ると、わが国農業を取り巻く動向は一層厳しさを増す。37号(97年4月)では、 村田武、増田佳昭、青瀬剛の三名が「日本の農業・食糧問題と生協の役割」とのテーマで鼎談を行っている。
  その中で村田は、少数の巨大多国籍アグリビジネスが国際農産物貿易で圧倒的なシェアを持ったうえで世界の農業と食糧の構造を規定し、農産物の完全自由貿易体制と世界的な農業分業体制の構築を推進してきた点を指摘した。その上でこれらの動向に起因する、日本を含むアジアまたアフリカ各国の食糧自給率の低下を危惧している。こうした事態を踏まえ、大型量販店の価格破壊競争に対抗することを第一目的とした商品開発に疑問を呈している。加えて、もしも生協が海外商品調達を行う場合には、国際的なフェアトレード運動の一環としての事業を推進すべきであると提言した。すなわち、協同組合が日本と世界の農業・食糧問題に如何に関与していくべきか、問われたのである。しかし、その後の経過をみるならば、こうした10年前に提起された課題はいまだ完全には乗り越えられていないように私には見える。フェアトレードにしても、一部に積極的な動きが見られるものの、 生協全体としては発展途上段階にとどまっているように思われる。 今後、 より一層大きな運動にしていく必要があるのではなかろうか。
  21世紀に入ってからは、コープかごしまが生産者と共に「セーフガード」の発動を求めて、地域農業を守ろうとする事例が65号(01年6月)で報告されている。そのほか90号(05年8月)では、日本生協連の「農業・食生活への提言」 検討委員会からの答申 「日本の農業に関する提言」をとりあげている。そこでは、「消費者が農業保護のコストを負担している」という問題意識から導き出されたであろう、「@担い手農業者への直接支払制度の導入」と「A農産物の関税引き下げ」 を求める答申の主張を、批判的に検討して疑問を投げかけた。生協運動がいかなる形で日本農業に関わるべきなのか、独自の視点で『協う』は発信しつづけてきたのである。

翻弄される地域経済

 以上のような経済のグローバル化は、わが国の地域経済さらには人々の生活にまで深刻な影響を及ぼすようになった。『協う』 は45号(98年6月)において「座談会:地域経済の視点から地域をみる(想像をこえる京都市の凋落と農山漁村の厳しさ)」を開催している。若林靖永が司会を担当し、岡田知弘、二場邦彦、福田善乙の3名が参加した。
当時、京都市では和装繊維産業を中心として製造業、卸売業で大きな落ち込みが観測されているとの報告がなされた。 その理由として、グローバル化の進行に伴って、中国などアジア各国の低賃金労働力を基盤とした製品との競争で深刻なダメージを被り、事業所数を減らしていたことが挙げられていた。 なお今日に至り、こうした問題は新たな問題へとつながっていった。京都市中心部における当該事業所の閉鎖は、各種の規制緩和とあいまって、その跡地でのマンション等高層建築の乱立へと結びついた。その数は決して小さなものではない。当事者にとっては負債償却を意図した不可避的な行動であったと思われるが、 京都市内には無秩序な高層建築や町並みが目立つようになり景観面また地域コミュニティの面で難問が生じるようになったのである。現在、京都市は「新たな景観政策」 の導入を急がざるを得ない事態に追い込まれている。
  あわせて、 農産物自由化の影響により農山漁村が極めて深刻な事態に直面していることが、高知県の事例を通して紹介された。高齢化の進展と伴に、人口減少から集落の消滅へ至るほどの事態が生じていたのである。現在、こうした動向は一層深刻な形で進行中といわざるを得ない。いずれにせよ、その後のわが国の経済政策運営を見るに、現在、地方の状況は座談会当時よりも深刻化したと見て間違いなかろう。財政危機に瀕した政府は市町村合併を半ば強制し、痛みを伴う一層の構造変化を地方に押し付ける事態も生じてきたのである(83号:04年6月)。

噴出する矛盾と対抗軸の模索

 以上で見てきたような経済のグローバル化、また厳しい市場競争環境の中で、食に対する不信感を増幅するような事件あるいは現象が生じたことは比較的記憶に新しい。近年、これらの問題についても『協う』は随時発信してきた。
  最初に挙げるべきは、BSE問題であろう。農産物や食品さらには飼料の流通が世界規模で広域化し複雑化したことが、こうした新たなる問題発生の土壌を作り出したのである。『協う』においても、これまでに68号(01年12月)、92号(05年12月)においてこの問題を取り上げてきた。わが国へのアメリカからの牛肉輸入再開問題は、はなはだ疑問のある形で決着してしまったが、『協う』は消費者の関心を喚起する役割を果たしてきたと言えるのではなかろうか。
  また、経済のグローバル化は食のグローバル化となって現れ、わが国の伝統的なバランスの取れた食生活に巨大なインパクトを与えている。加えて近年、 厳しい競争環境の中で労働時間がますます長時間化したことも要因であろうか、「外食」や「中食」の占める位置が拡大しつつある。こうした食生活上の変化が 「食の乱れ」へとつながっているとの指摘も相次いだ。 2005年6月には 「食育基本法」 も成立して、 この問題への関心は高まりつつある。 『協う』 はこのような問題にも積極的にアプローチしてきたのである(80号:03年12月、 99号:06年2月)。
  そのほか、「雪印食中毒事件が問いかけたもの」 とのタイトルで62号(00年12月)の視角が取り上げている。 次いで71号(02年6月)の「食品偽装表示と生協産直」は、生協産直が食品偽装の被害を受けた問題を手がかりとして、生協産直の現実を描写して読者に訴えた。しかし昨今、不二家をはじめとして、食品各社の表示偽装事件がまたも露呈した。食品産業界全体を見るならば、この問題に関して、この間、進展や改善がほとんど皆無であったといわざるを得ない。偽りのない食品を適切に確保するという課題は、 今後も注視しつづけざるを得ない、古くて新しい問題なのである。

 

店舗事業とマネジメント分野をめぐって
京都大学大学院経済学研究科 博士後期課程 林 美玉 (『協う』 編集委員)

 伊勢丹と東急百貨店の業務提携が3月27日に正式決定された。伊勢丹の幹部社員2人を東急百貨店の役員として送り、経営を支援するとともに、商品の共同開発や営業面をてこ入れする。 商品や顧客データを管理する情報システムも数年以内に統合する。百貨店業界では、大丸と松坂屋ホールディングスが9月に経営統合することを決め、阪急百貨店と阪神百貨店も10月の経営統合を発表する方針で、大手百貨店を軸にしたグループ化が加速している。このような生き残りをかけた小売業界の戦いは、生協の店舗事業部門にも押し寄せてこよう。店舗事業やマネジメントに関連する 協う』 のバックナンバーを振り返り、人口減による小売市場の縮小や競争激化の中での、生協の店舗事業の現状と今後のあり方を考えてみよう。

ヒトに頼る組織

 そもそも、 地域とのかかわりや消費者運動、環境問題など、社会的問題を取り上げた『協う』 記事に比べると、店舗事業の経営やマネジメントに関連するものは少ない印象を受ける。 さらに、 それさえも1998年以降に集中している。 また、 店舗事業の経営やマネジメントに関連する問題意識は、 おおむね3つのキーワードに結びつけることができよう。
  第1に、生協という組織の組合員や生協職員などの組織を構成するヒトを取り上げる記事が多く見られる。 たとえば、 生協における非常勤理事の役割 (21号:95年5月:コロキウム)、 チェーンストア理論における人材育成の重要性や生協のあり方 (43号:98年4月:特集)、 経営危機に陥っている生協の再生を目指すミッション、 組合員組織、 経営組織、 生協職員をめぐる議論 (58号:00年6月:特集、 60号:00年8月:特集) などなど。 第2に、1995年阪神大震災から復興に向けてのコープこうべの活動 (20号:95年4月:特集) をはじめ、 コープおきなわ店舗運営の秘訣 (52号:99年8月:特集) やいわて生協の改革事例 (62号:00年12月:特集) など、 生協運営における成功事例を紹介するものが取り上げられている。 第3に、 チェーンストア理論と店舗運営 (9号:94年5月:コロキウム)、 単品管理 (42号:98年2月:くらし発見の旅)、 生協にとってのIT革命と情報化の意義 (61号:00年10月:特集) など、 店舗運営の技術的な面に関する検討も興味深いものとなっている。
  店舗事業の経営やマネジメントに関連する 『協う』 の記事を3つのキーワードで抽出してみたものの、 その内容は、 店舗事業の運営や効率性を改善するための専門的なものであるというより、 組合員および生協職員など、 ヒトの営みを第一に取り上げている点で共通する。

店舗事業の再生

 2000年に入ってからは、生協の店舗事業や生協運動の再生に関連する特集が頻繁に組まれている (58号:00年6月:特集、60号:00年8月:特集、62号:00年12月:特集)。なお、同様の問題を取り上げた特集は、1995年にもある。当時、生協総研で実施した単協トップへの緊急アンケートによると、その95%が 「相当努力をして経営・運営改善をしないと、21世紀に生協は生き残れない」、組合員の6割が「生協の利用を控えている」、共同購入の64%、店舗の52%の組合員が 「生協は安くないと感じている」という意識調査の結果が示され、店舗事業への強い危機感もあらわされた(第3回総会シンポジウムにて、27号:95年11月:特集)。そして、こうした生協の店舗事業での低迷を克服すべく様々な角度から議論を重ね、問題提起されていた。

小売業における生協の位置

 生協の店舗事業の売上高は、 深刻な状態にあるのだろうか。以下では、小売業全体における生協の位置を把握したうえで店舗事業に迫ってみよう。
2005年度の小売業ランキング(日経MJ2006.6.28)を見ると、生協の売上高(供給高)は、他のスーパーマーケットや専門店、百貨店に比べ勝るとも劣らない。売上高上位100位の中に5つの生協が含まれていることも事実である。

 詳しくみてみると、コープこうべが37位に、コープさっぽろが58位に、コープとうきょうが71位に、コープかながわが76位に、さいたまコープが96位にランキングされている。 各生協が一圏域をエリアとする売上高である一方、イオンは全国に及ぶ店舗展開からのものである。 ちなみに全国の生協の総購買事業高は約2.9兆円 (2002年度) であり、日本の小売市場の2.9% (食品小売市場の5.2%)のシェアを持っていると想定されている。すなわち、 全ての生協が地域、消費者から支持を失っているわけではない。改革に成功し活気を取り戻している生協がある一方、依然、改革に苦戦している生協もある。したがって、店舗事業の再生に対する問題提起にあたっては、各生協の異なる地域や組合員加入状況を考慮し、それに見合った対策が講じられるべきであろう。客観的なデータの分析は、小売業における生協の現状を認識する上で、 また競合他社の戦略や状況を把握し対処する上でも必要であろう。

店舗事業の効率化

 一方、 経営・運営改善を求める議論や経営体質の改革が足踏み状態にあることから供給高の停滞と経常剰余金が大幅に減少したという指摘は、 まさに組合員や生協職員、 および生協関係者からのものである <『店舗におけるレイバースケジューリング (LSS) と生協職員の教育研修』 (生協職員の教育研修研究会報告書、 当研究所発行、 2006年7月)>。 経営体質を改めるうえでの問題意識は常に必要であろう。 この報告書は、 店舗事業のチェーンストア経営を目指す、 ならコープの職員教育システム (WSS) の取り組みを紹介している。チェーンストア経営を目指すか否かについての議論はさておき、 店舗運営の標準化・効率化ないしシステム化は、 現在、 生協の店舗事業が乗り越えなければならない大きな課題ではなかろうか。
  ある時期、どのように巨大な売上高や店舗規模を達成できても、どれだけ収益性が高くても、その後数年経過しただけで業績が低迷し、行き詰まる企業が昨今続出している。もはや単なる店舗の大型化や多店舗化では、企業の規模拡大につながらない。それより売場の販売効率を高めることが重要となってきた。そして、売場販売効率の増大は、販売促進や接客術の強化のみで到達できるものではなく、徹底した単品管理から欠品をなくし、訪れる客数や客一人当たりの単価を増加させ、 固定客を確保することで到達できる。つまり、限られた経営資源をいかに効率よく運営できるのかで成否が左右されるといえよう。
  『協う』 は、効率化に励む各生協の取り組みを積極的に発信し、情報共有の架け橋としての責任を果さなければならないのである。


『協う』 に見る環境関連記事
−容器包装廃棄物問題と事業者責任をめぐって−
京都大学大学院地球環境学舎博士後期過程 望月 康平 (『協う』 編集委員 )

 『協う』 のバックナンバーを開くと、創刊号 (93年9月) の所信表明の中ですでに、 「大量生産大量消費への警告」 や 「環境分野への生協の参加」 が語られており、環境問題は 『協う』における重要なトピックとして創刊当時から認識されていた。 その後、『協う』 紙面上では、その時々の環境関連の話題(環境基本法、アースデイ、ダイオキシン及び環境ホルモン問題、地球温暖化、環境税、海外における取組みの紹介など) が取り上げられてきた。
  このように時事問題に関する情報発信が行われてきた一方で、 環境分野に関する生協の取り組みの紹介記事や、現地取材の記事は残念ながら非常に少ない。 現代において、くらしと環境が極めて密接な関係にあることは共通の認識になりつつあるし、生協も今後環境問題における責任を果たさずには存続しえない時代であることを鑑み
れば、この先は 『協う』でもさらに「環境と生協」や「環境とくらし」に関する記事の充実を図っていく必要があるように思われる。

容器包装廃棄物の問題

 「環境と生協」 を考えるとき、 容器包装廃棄物問題は最も生協と関わりが深い環境問題の一つである。 この問題を扱った57号(00年4月)の特集記事 「ごみ問題とグリーンコンシューマー」 (植田和弘・小泉春洋・堀孝弘・若林靖永)を紹介したい。
  本記事では、まずドイツ (フライブルク市) と日本 (寝屋川市)の家庭ゴミの構成比の違いが示されている。第一の違いは、家庭ごみに占めるプラスチック製容器包装の割合が日本はドイツの約2倍であることであり、第二の違いは容器包装がどの時点で負荷されているかに関して、「商品製造過程」(飲料水のビン・缶等)「販売・サービス過程」(トレイ、ラップ、レジ袋等)「ごみ排出過程」(ごみ袋等)「その他」(プレゼント用包装等)のうち、「販売・サービス過程」で負荷される容器包装の割合が日本はドイツに比べて著しく高いということである。そして日本とドイツのごみの排出傾向の違いは両国の商品の販売方法の違いに結びついていると分析し、流通事業者の責任の大きさを指摘している。さらに、リサイクルの問題点としてアルミ缶の例を上げ、10年間でリサイクル率が25%に上がったが、もとの消費量が5倍に増えたため、ごみの排出量はむしろ増えている、という矛盾にも触れている。そして最後にリサイクル優先政策ではなく廃棄物の発生抑制政策が重要であるとし、その方向への流通業の改革への期待を述べている。

容器包装廃棄物の現在の状況

 6年前にすでにこのような主張がされていたに関わらず、現在の日本を見る限り、簡易包装が進み、 ドイツのレベルにまで容器包装廃棄物が減った、 などとは全く言えない状況にある。逆にそれどころか、ペットボトルをはじめとして、リサイクルという美名を旗印にむしろ容器包装の大量生産が加速され、当時指摘されたアルミ缶リサイクルと同じ構造の問題が起こっている。また、プラスチック製容器包装に関しては、 そのマテリアルリサイクル施設から有害化学物質が発生し、施設周辺住民への健康被害が報告されている例も見られる。これらを見ても、リサイクルに邁進するのではなく、発生抑制を進めることが重要であるとの本記事の指摘は先見の明があったといえる。

生協の容器包装問題の発生抑制政策

 ところで生協が行ってきた容器包装廃棄物の発生抑制政策に目を移すと、店舗においてレジ袋の有料化を独自に行い、法制化の議論にまで発展したこと、容器包装の軽量化に取り組んできたこと、 容器包装リサイクル法改正の議論の中で「拡大生産者責任」の強化を求めてきたこと等は確かに評価できるかもしれない。また、配送という生協独自の無店舗の流通方法それ自体が容器包装の節約に繋がってきた可能性もある (注:店舗販売と配送の環境負荷の比較に関しては、 廃棄物排出量、CO2排出量等を総合的に視野に入れたライフサイクルアセスメントを踏まえた議論が必要であろう)。しかし、 2001年度におけるコープ商品のペットボトルとプラスチック製容器包装の使用量がそれぞれ884t、9,815t、2004年度において2,603t、12,615t、であり、減少しているとは言えない状況を見れば、必ずしも現在の取組みだけで十分であるというわけにはいかないのではないだろうか。

生協の容器包装問題の発生抑制政策

 私は、日本の容器包装廃棄物をドイツレベルに減少させることは夢物語ではなく、持続可能な社会の実現のために突き付けられている緊急の課題であり、しかもそれは通過点に過ぎないと考えている。この課題の克服のために流通事業者が果たすべき責任は、本稿で紹介した記事の中で主張されているように、やはり大変大きなものであろう。生協は流通事業者としての社会的責任(注:循環型社会形成推進基本法、 容器包装リサイクル法など、法的にも廃棄物の 「発生抑制」、「再利用の推進」、「リサイクルしやすい製品への転換、リサイクル製品の使用の促進」、「リサイクル費用の負担」等の責務が定められている)を果たすべく、廃棄物の発生抑制に関して自ら高い目標を設定し、その目標を達成するために戦略的な政策を創造していかなければならないのではなかろうか。

 

 おわりに
『協う』 創刊以降の14年間、生協を始めとする協同組合運動は、厳しい経営環境の中で変革・発展の在り方を冷徹に模索せざるを得なかった。その過程では大きな傷も負った。『協う』もこうした問題に正面から取組んできた。同時に、身近な「くらし」のあるべき姿を、視野を広く持ちつつ、提言し続けてきたように思う。
  しかし課題も数多く残された。この先には見たことのない道もあろう。だからこそ、歩きつづけなければならない。読者の皆さんには、200号の刊行を今から楽しみにお待ちいただきたいと思う。