『協う』2007年12月号 私の研究紹介

 

第6回 小池 恒男さん
滋賀県立大学名誉教授 くらしと協同の研究所理事

日本農業の主たる担い手を守り、育てる農業政策を求めて

 

  水田のもつ機能が自然環境を保全する視点から見直されて久しい。 水田の活用は、 米の生産のあり方にもかかわる問題。 農業経済・環境保全型農業などの研究される傍ら、 滋賀の地で自らも水田を開墾し、 有機農法を実践されている小池先生に、 その研究活動についておききした。

日頃は理事として当研究所の活動にご支援をいただいているわけですが、 今日は小池先生の当研究活動についてお聞きしたいと思います。 まず最初に農業について学ぼうと思われたのはいつ頃からなのですか?
 私の父は東京で銀行員をしていましたが、 空襲も激しくなる中、 勤めをやめて実家のある長野に移り住みました。 父は、 家から4キロ離れた農地を開墾して、 ハッカ、 ライ麦、 大根を作るなどしていましたので、 私も農業にかかわる仕事に就こうということで地元の農業高校にすすみました。 というわけで、 私にも開拓農民の血が流れていると思っています。 高校時代には、 生糸から合成繊維に転換する時期でもあり、 養蚕の減少をまのあたりにしてきました。
  そういう時代の変化の中で、 私は、 会社勤めをしたくないということと、 「今後の農業の行く末を見極めたい」 という気持ちもあって、 大学で勉強して農学研究者になることを志望するようになりました。 一浪した後、 信州大学農学部に入学し、 文学の道へのあこがれもあって、 一時期はドイツ語勉強のために毎日のように図書館通いをしたこともありました。

大学ではどのような研究をしておられたのですか?
  信州大学は京大出身の先生が多かったこともあって、 京都大学農学部の大学院にすすみ、 農政学を学びました。 当時は、 現場にでかけ調査データをもとに研究するというよりも研究室での研究が中心の時代でした。 指導教官の中嶋千尋先生は 「農家主体均衡論」 をはじめて理論的に展開された人で、 その理論は一時期一世を風靡しました。 その内容は、 農家の行動を計量的に明らかにする行動理論ですが、 私には、 説明的解釈論で実践的に役立つかといえば必ずしも役に立つという理論であるようには思えませんでした。
  高校時代に見た養蚕衰退への思いが大学院時代に引き継がれ、 研究テーマは、 絹織物を消費の面から計量するもので、 それをまとめたものが修士論文となりました。 しかし、 計量的な手法での行き詰まり感をもちながらも、 こんなことやってなんになるのかという思いと、 しかし他方では、 それでも多少は論文も書けるということもあってしばらく継続していました。

院生時代の 「研究のまよい」 のようなものは、 その後もつづいたのでしょうか?
  大学院の指導教官でもあった頼平 (より たいら) 先生の紹介で滋賀県立短期大学に助手として勤めることになったのですが、 その時、 先生から 「何人も他人の職を奪って、 自分の職を得ているのだから、 甘えることなくしっかり仕事しなさい」 といわれたことが、 私の気持ちに重くのしかかっていました。 そんなこともあって、 「転職すべき」 と考え小さな映像会社の面接を受けたりしましたが、 その時の面接官に 「あなたは、 今の仕事に専念することが大事だからがんばりなさい」 と諭されて、 そのことで大学に残る踏ん切りがついたと思います。
  実は、 大学に赴任してから何年ものあいだ研究論文が書けませんでした。 なぜかというと、 京大では計量的手法での研究方法を学んではいても、 そのことは地方の大学ではあまり意味をもたないように感じられたからです。 当時は、 私のように京大から地方の大学に赴任して、 それまでの研究が役立たないことをまのあたりにして悩む若手研究者が何人かはいました。
  京大ではマクロ的視野で研究することが通用しても、 地方にいくとその地方の問題も考えないといけないわけで、 マクロ的視野で研究することよりもミクロ的視野で研究することがより実践的だったということでしょうか。
  頼先生は、 30歳すぎまで研究論文を書こうとしない私をみかねて、 よく現場に誘ってくださいました。 そこでの指導もあって、 「おおいに価値観をもつのはいいけれど、 それを実証することで科学になる」 という考えのもとに、 研究を実証的手法でまとめあげる方法を学ぶことができました。 そのことは、 その後の農業経営や農業政策の研究にとって大きな影響を与えたと思います。

「実証的研究手法」 を学ばれたことが大きな収穫だったわけですね?
  今では私はよく 「お米の研究者」 といわれますが、 これまでお話したようにお米が専門ではなかったし、 専門家というわけでもありません。
  しかし、 滋賀県に大学があったということもあって、 研究課題がお米にシフトされてきたことは事実です。 なぜなら、 そこに田んぼが広がっており、 実証するうえでは容易に事例にアプローチすることができたからです。 意外なことに近畿には、 お米を専門に研究する人が少ないということもありました。 その他には農協や自治体農政をテーマに研究をしてきました。
  自治体農政にかかわったのは、 地方自治体の大学に身を置き、 大学の予算について考えていくようになればおのずと自治体の財政にも関心をもたないわけにはいかないからです。 そのようなテーマへのシフトは、 当時、 京都府立大学におられた藤谷築次先生からの助言もあったからです。

自治体農政まで研究分野を広げられたわけですが、 これまでの主な研究テーマについてお聞かせいただけますか。
  私は、 大学に赴任してから独学でマルクス経済学をかじりました。 マルクス経済学での農業経済学の主要な研究課題は 「農民層分解論」 で、 その中身は、 日本の農業の主たる担い手は誰なのかということ、 その一方において離農や兼業化がどのように進むのかを明らかにするところにあります。 1970年代にその考えにたどりついてからは、 それが私の主要な研究テーマになりました。 この 「農業の担い手は誰なのか」 ということは、 研究課題のみならず農業政策においても共通する重要課題だと今も考えています。
  政策分野 (日本の戦後農政) では、 まさに 「農業の担い手は誰なのか」 を見定めて、 その育成というねらいのもとにそこに施策を集中してきたのだと思います。
  戦後農政において最初に農業の担い手と目されたのは、 農地法 (1952年) にもとづく 「自作農」 だということになります。 その農地法の考えは 「農地をもつもの自らが耕作するのが農業の最高の形態」 という考えをもとにしたアメリカのファミリーファームの思想ですが、 これがアメリカの民主主義を支えたという評価に後押しされて日本にもちこまれたわけです。 この自作農主義の考えに基づいて、 農地の貸し借りを認めないということが1965年まで続いたわけです。
  また、 農業基本法 (1961年) が示した農業の担い手像は 「自立経営」 で、 それは何かというと他産業の勤労者並の所得を得られること、 これをめざしたわけです。 しかし、 「自立経営」 はその後も減り続け、 それが順調に育たないということになって、 少し基準を緩めて 「中核的農家」 を日本農業の担い手として考えましょうということで総合農政の政策に変わってきたわけです。 その後、 農業基本法は廃止され、 替わって 「食料・農業・農村基本法」 (1999年) が制定されました。
  今は、 「認定農業者」 制度を設け、 そこに施策を集中させ、 補助金の対象者を絞り込んで育成するようになってきました。 このような 「絞り込んで、 直接支払い」 という施策 (= 「品目横断的経営安定対策」) は、 戦後はじめての登場ということになりますが、 まさにそれは、 剥き出しの 「構造改革」 と言えるのではないかと思っています。
実は、 この考え方は以前からあったのですが、 しかし施策としてはあくまで価格政策で対応してきたわけです。 価格政策というのは小規模農家も対象になることから、 マスコミなどからは補助金のばらまきではないかと批判されてきたわけです。
また、 今、 財界のいう 「株式会社にも農地を使えるようにする必要がある」 という考えは、 農地法の否定に繋がるものです。 食糧管理法をなくす、 そして農協をなくし農地法の自作農主義の考え方を排除していくというのが財界の考えでした。 そもそも戦前の寄生地主制度に戻らないためにも自作農をつくり、 それを助けるために農協をつくったわけですが、 財界は 「農協が規模拡大しようとする企業的な農業者の育つことを阻害している」 と農協を批判しています。 しかし、 農協は基本的には農地法や農業基本法などの法律に基づいて動いているわけで、 この点での農協批判は的外れとしかいいようがないわけです。

農業従事者の減少による田畑の荒廃も深刻な問題になっていますが・・・
  狭い日本の国土で水田を畜産のためにいかに有効に使っていくのかは永遠の課題ですが、 いま穀物自給率を上げていくことを考えると、 おそらく畜産の振興が重要になってくると思います。
水田を畜産のために活用する方法としては、 飼料作物と水田放牧とが考えられます。 どのようなことかといいますと、 水田に稲を作付けし、 その刈り残しの稲わらや、 ひこばえを牛が食べるということです。 この方法は、 日本の中山間地域において問題になっている 「獣害」 を防止することにもつながります。 牛を放牧することで猪、 猿、 鹿などが民家に近づかなくなるし、 牛骨粉を食べる必要もなくなるのでBSE (牛海綿状脳症) 対策としても有効な方法です。
  
水田放牧という方法を今までなぜ行ってこなかったのでしょうか。
  実は、 1970年にわが国がお米の生産過剰にはじめて直面したとき、 生産者は飼料稲づくりに情熱を燃やしました。 しかし、 国民の感情として 「家畜にお米を食べさせる」 ということに抵抗感も根強くあったのと、 食糧管理法の下で飼料米を主食用のお米に混入しないように流通させることが技術的に困難という事情もありました。
  食糧管理法は、 穀物の生産流通確保と価格の適正化・品質保持などを目的にしてきたことから、 飼料稲を認めると主食のお米に品質の劣るお米がまじることも予想されるわけで、 品質の保全を盾にこれを認めないという対応に終始したわけです。 しかし、 この度の米政策改革 (2004年施行) は初めて畜産農家と生産農家の提携を条件に飼料米の生産を容認しました。

水田放牧は今後どのような展開になっていくのでしょうか?
  今注目されているのは 「稲わら専用稲」 で、 これは岐阜県内でも広がりをみせています。 「稲わら専用稲」 といっても稲わらの他に10a当り300kgの種もみも収穫でき、 これが牛の肥育の仕上げ段階で重用されており、 水田農家と飛騨牛生産者との提携が広がりをみせています。
  もうひとつは、 過剰米対策として、 今水田は、 6:4の割合で稲を植えておりますが、 今後の少子化で起こる人口の減少、 米の消費減少を考えると、 その割合が4:6の割合に変化することも考えられます。 さらにWTO (世界貿易機関) 次第では、 輸入米がさらに増えることになると、 さらに稲を植えない水田を増やしていかなければなりません。 これを許すわけにはいきませんが・・、 だからこそ、 農作物の確保と国土保全のためにも水田を残し、 その幅広い活用のあり様を考えていく必要があるのです。

最近、 マスコミなどお米のことがよくとりあげられていますが・・・
  最近NHKテレビで輸入米のことを連続して扱っていました。 その中で、 カリフオルニア米を生産者が食べて日本のお米と区別ができなかったというシーンが流れていました。
しかし、 実際は食べ比べてもあまり意味がないのです。 というのは日本には毎年70万tを超える米が輸入されており、 それは主として、 業務用と、 海外援助、 飼料用としてつかわれています。 そのうち、 10万tはSBS米 (売買同時入札米) といって主食用として自由に使えるお米が入っており、 このお米の多くが 「格上げ米」 として国内産米に混米されて流通しているからです。 私たちは知らないうちに輸入米を食べていることになります。

お米を混ぜて販売するとはどういうことですか
  問題なのは、 同じ銘柄の 「コシヒカリ」 と表示されているのに価格がずいぶん違う形で流通している。 なぜそのようなことがおこるのか、 企業努力だけでこんなに価格の差ができるのだろうか、 という疑問から価格調査を試みてみましたが、 その結果は今年の 『農業と経済』 3月号昭和堂刊に発表しましたのでご参照下さい。
  国内で通常に流通するお米以外に、 混米の原料になるお米として、 先ほどのSBS米の他に政府備蓄米 (超古米)、 加工用米、 返品米、 くず米 (網下) の5つの用途の違うお米があり、 これらのものが全部で100万tを超えると推計されます。
  仕入価格は市場で決まりますので仕入価格に人件費や物件費などの販売経費と利益を加算すれば適正な価格が推計され、 この推計された小売価格以下に安く販売されている場合には上記の5種類のいずれかのお米が混入されている可能性がきわめて高いです。
  いわゆる価格の安いお米でもより安い原料米を何割か混入して販売することで利益を生み出すことができるわけです。 通常、 2割程度の品種の異なるお米を混入しても消費者には判別できないといわれています。
  農水省は毎年、 国内需給計画を策定しています。 そこには、 SBS米と政府備蓄米は算入されているもののそれ以外は考慮されていません。 ですから毎年、 価格の安い原料米によって格上げされたお米が流通することによってお米は常に供給過剰になってしまう仕掛けになっているわけです。 また、 「コシヒカリ」 と表示されていて、 その中にこしひかりのくず米が入っていても処罰の対象にはなりません。 このようなお米の流通事情があって、 同じ銘柄でも価格に大きな開きがある状態で販売できるわけです。

<5つの用途の違うお米とは>
・政府備蓄米:政府が毎年備蓄用として買い上げたお米。
・加工用米:良質米地帯で加工用に使われるお米で安く買い上げられるお米。
・返品米:量販店が製造年月日毎に、 夏場で2週間、 冬場で1ヶ月間それで売れ残った場合卸業者に返品されたお米。
・くず米:一定の品質を確保するために1.7mm四方の網目でふるい落とされた規格外のお米。

今後の農業政策の課題とこれからの研究課題をお聞かせください。
  これまで研究してきた 「自治体」 「農協」 「お米」 「水田農業のあり方」 を継続しつつ、 当面は、 新農政といわれる、 @品目横断的経営対策、 A米政策改革推進対策、 B農地・水・環境保全・向上対策についての追跡調査です。 このことについては5年ぐらい追跡してみないと、 その結果がみえてこないのではないかと思っています。
  水田農業をどうしていくのかは日本農業にとって大きな問題です。 米の生産過剰は、 1970年 (昭和45年) からはじまりましたが、 生産調整をして、 それに代わって何を増産すべきなのか。 これまでは、 麦・大豆を、 東北・九州では、 それに加えて飼料作という方向で取り組んできています。 新たに登場した 「品目横断的経営安定対策」 は、 担い手を絞り込んで直接支払でなんとしても担い手を育成するというねらいと、 もうひとつは生産調整した水田をどのように使うのか、 この2点が主な内容になっています。 しかし残念ながら、 この 「品目横断的経営安定対策」 には、 水田農業をどうしていくのかという中長期的なビジョンなり戦略がないという欠点があります。
  「品目横断的経営安定対策」 に関しては、 農業の担い手を絞りこんで補助金を直接支払いすることに批判が向けられていますが、 ほかに、 政策の対象を米、 麦、 大豆、 甜菜、 馬鈴薯の5品目に絞り込んでいることも大きな問題としてあるのです。 つまり、 生産調整した水田を転用して何を作るのかが大問題なのです。 品目を全国一律にして、 そこに補助金を集中するような仕組みがとられていますが、 実際には麦・大豆に適さない土地もあるわけで、 これではいずれは行き詰まざるを得ないと思うのです。 発想の大転換がないと水田農業の展望を見出すことはできないと思うのです。

最後に環境保全型農業への思いをお聞かせください。
  食料農業農村基本法は、 一方において 「効率的な農業経営の育成」 という政策課題をかかげ、 もう一方においては 「自然循環機能の維持増進」 という政策課題をかかげています。 しかし、 それは、 究極的に効率性か環境保全かという普遍的な政策理念の矛盾を抱え込んでいるということです。 つまり、 「持続性の確保の範囲の中での効率性の実現」 という明確な認識を欠くという決定的な弱さをもっています。 だからこそ、 「持続性の確保の範囲の中での効率性の実現」 という明確な認識に立脚しつつ、 この二つの理念の実現の可能性を実践の中で見出していく取り組みに注目する必要があるわけです。
  私はそうした問題意識で平成10年から環境保全型稲作の大規模経営の調査研究を進めてきましたが、 昨年の12月に成立した 「有機農業の推進にかかわる法律」 は、 「有機農業」 について、 「化学的に合成された肥料および農薬を使用しないこと並びに遺伝子組み換え技術を利用しないことを基本として、 農業生産に由来する環境への負荷をできる限り低減した農業生産の方法を用いて行われる農業」 という定義を与えており、 私はこの点に注目しています。 これは農業全体を 「有機農業を核とする環境保全型農業」 に転換することをめざしているものと言えるでしょう。 「有機農業30年の歴史」 を言う人たちは、 「有機農業は環境保全型農業の一形態ではない」 ことを強調し、 このことに執着します。 有機とは、 広辞苑にあるように、 「生命力を有するの意」 であるということですから、 そうであるならば、 有機農業を 「命はぐくむ農業」 と考え、 生産に従事する人の健康と命、 消費する人の健康と安心、 田や畑にいる生き物たちの命のすべてを含むものとして考えたいと思っています。 そんなことで、 今年から、 彦根の開出今 (かいでいま) というところで、 無農薬・無化学肥料の教育研究圃場として2.5haの水田で稲作にも取り組んでいます。

 

プロフイール
小池 恒男 (こいけ つねお)
滋賀県立大学名誉教授・ (社) 農業開発研修センター副会長理事
主な所属学会:日本農業経済学会、 地域農林経済学会、日本協同組合学会、 環境経済・政策学会
研究テーマ:農業経営学・農政学・環境農学
主な著書: 「日本農業の課題と展望」 (共著、 家の光協会、 1990年)、 「国際時代の農業経済学」 (共著、 冨民協会、 1992年)
「激変する米の市場構造と新戦略」 (単著、 家の光協会1997年)
「協同組合のコーポレートガバナンス」 (共著、 家の光協会、 2000年)、 「環境保全と企業経営」 (東洋経済新報社2002年)
「米政策の大転換」 (農林統計協会、 2004年)