『協う』2007年12月号 生協・協同組合研究の動向

協同組合とソーシャルキャピタル
日本協同組合学会・大会シンポジウムから

北島 健一 松山大学 当研究所研究委員


この10月12日〜14日にかけて島根大学で開かれた第27回協同組合学会大会では、 「協同組合とソーシャルキャピタル」 というテーマでシンポジウムが開かれた。 以下、 このテーマが取り上げられた背景を簡単に述べ、 次いで、 このシンポジウムでの4人の報告者の報告内容を要約し、 最後に、 コメンターやフロアから出された議論も踏まえて、 いくつか気づいた点を指摘しておくことにしたい。

今日の経済のグローバル化、 新自由主義的な制度改革などのために、 私たちの生活は大きく揺らいでいる。 安定的で人権も保障された職に就き、 自宅に帰れば安心して家庭生活をおくり、 ご近所や気のあった仲間との交流も楽しむ、 そんなささやかな普通の暮らしをおくることができる層がむしろ恵まれているとみられる時代に私たちは生きている。 高橋(巌)報告は、 今日の私たちの市民生活を脅かしている基本問題を三つに整理してくれている。 そんな中、 行政に頼ることが限界にきていることもあって、 暮らしの厳しさに立ち向かっていくうえで大きな支えとなりうるのは、 人々の助け合いや共同の力だろう。 ところが、 個人化の進行により、 肝心な 「人と人とのつながり」、 コミュニティが弱まっている。

このような個人化のもたらす負の側面への危惧を背景にして、 いかにして人々あるいは組織は共通の目標に向けて協調行動をとるのかという問題への関心が高まっていった。 そのなかで、 注目されたのがソーシャルキャピタルという概念である。 それは、 人びとを協調行動へと促す、 信頼・規範・ネットワークといった社会組織の諸特徴を指し示す概念であり、 それらは民主主義の定着、 社会の効率性、 経済的な成果などにプラスの影響を及ぼすとされる。 ともすると人間の 「自立」 や経済の 「効率」 を妨げる時代遅れのものとしてみられがちな人間関係に、 「資本」 という言葉をあてがいポジティブな光を当てようとするところに、 この概念の新鮮さ、 現代的な意義がある。

協同組合は、 本来、 共同購入に限らず一般に 「人と人とのかかわりの中に営まれた事業」 (毛利敬典) 体であり、 ソーシャルキャピタルを基盤において事業を行っている。 したがって、 とりわけ協同組合がソーシャルキャピタルの形成にどのように寄与しうるのかが注目され、 また期待される。 今回、 学会がこのテーマを取り上げた背景は、 おおよそこのようなものであったと思う。

さて、 桜井 (政成) 報告 「地域の活性化とソーシャルキャピタル」 は、 まずソーシャルキャピタル概念をめぐる二つの論点に触れた。 一つは、 ソーシャルキャピタルを共有財とみるか (信頼、 規範、 ネットワークといった社会組織の諸特徴) あるいは個人財とみるか (個人が動員可能な社会構造に埋め込まれた資源) という論点であり、 もう一つは、 ソーシャルキャピタルの形成の条件をめぐる論点として、 ボンディング (結束) 型とブリッジング (橋渡し) 型という二種類のソーシャルキャピタルにかんする議論を取りあげた。 次いで、 現代の地域社会における人々のつながり方 (ネットワーク) の特徴は、 「密度の濃い」 結束型、というよりも、 「複数の関係性が分散的・重層的に存在している」 橋渡し型にあると主張し、 このような特徴をもつネットワークが、 共有財としてみたソーシャルキャピタルも育てているとの結論を導いた研究を紹介している。

高橋(巌)報告 「協同組合とソーシャル・キャピタル」 は、 今日の市民生活における基本問題を、 @セーフティネットの空洞化、 A高齢化の進行、 B 「食」 と 「農」 をめぐる諸問題の噴出の3点に整理し、 それを克服するためには、 公的なシステム以外に 「セーフティネット」 を自主的に張り替える必要があると主張する。 そのセーフティネットの基盤をなすものこそソーシャルキャピタルであると位置づけ、 総合農協がその特性を生かした事業・活動を展開することで、 ソーシャルキャピタルが醸成されること、 ひいてはセーフティネットの再構築につながることを、 愛知県のひまわり農協を事例にして報告した。
  桜井 (勇) 報告 「JAの地域貢献とソーシャル・キャピタル」 は、 農村での生産と暮らしにおける各種の協働、 相互扶助の活動を行う基礎単位であり、 また農協の活動の基盤ともなってきた集落組織をソーシャルキャピタルとして位置づけている。 報告は、 集落組織が昨今の兼業化・高齢化・混住化などの進行のために弱体化し、 その建て直しあるいは新たな組織作りが課題となるなか、 JA長野などで取り組まれている集落組織再構築のさまざまな取り組みを紹介し、 地域への思いをベースにした地域の人々の間での関係づくりと経済活動とが結びつく可能性にその特徴を見て取っている。

山口(浩平)報告 「生協活動とソーシャルキャピタル醸成」 は、 「コープやまぐち」 の行政懇談会の取り組みや東京マイコープの市民活動助成基金などを事例にして、 生協による地域社会のアクターとの連携の取り組みを、 ソーシャルキャピタルの醸成という視点から捉え直そうとした。 「社会的な」 存在としての生協の役割として、 今日、 生協としての戦略的な 「地域コミュニティ政策」 が不可欠となっており、 どのように地域社会に貢献するのかが問われているとまとめている。

さて、 桜井報告が指摘しているソーシャルキャピタルは、 共有財か個人財かという二つの理論的潮流は、 見方を変えれば、 前者はソーシャルキャピタルを資源と見、 後者は資本と見る、 そのような違いとも言える。 経済的な意味での資本としてみる見方は、 ソーシャルキャピタルを、 個人がそこから経済的利益を引き出すために 「投資」 をして意図的に作り出すものだとみる (投資の産物としてのソーシャルキャピタル)。 一方、 資源としてみる見方は、 ソーシャルキャピタルを資源という一般的な意味で理解しつつも、 何らかの形での便益をもたらすゆえにイメージとしてのみ資本という用語を用いる。 この場合、 ソーシャルキャピタルは、 そこから便益を得る者が意図的に作り出すものではなく、 その者にとって、 外から与えられるものとして現れる (資源としてのソーシャルキャピタル)。 当日、 フロアから出された、 ソーシャルキャピタルを 「人間関係資源」 と訳すべきではとの指摘は後者のアプローチに立っている。

経済学者のアローは、 資本というからには 「将来の利益のために現在において払われる意図的な犠牲」 という要素が必要であるが、 ソーシャルキャピタルはそれを欠いているので、 この表現を放棄するよう提起した。 なぜなら、 当事者たちにとっての社会関係・ネットワークの本質は、 それが表す経済的価値にあるのではないからである。 経済的利益を得るために、 社会関係を結ぶのではないのだ。 アローのこの指摘は、 後者の 「資源としてのソーシャルキャピタル」 を事実上支持し、 ただしその用語に伴う混乱を正そうとしたもの、 また、 その返す刀で前者の 「投資の産物としてのソーシャルキャピタル」 というアプローチを切り捨てるものといえよう。

4つの報告を見渡すと、 資源アプローチに立っているものもあれば、 このような二つの見方が両立しうるかのような指摘もみられる。 しかし、 果たして両立しうるのだろうか。 当日、 コメンターから、 ソーシャルキャピタル概念の協同組合研究にとってのメリットは、 協同組合が何かを 「すること」 ではなく、 そこに 「あること」 の意味を提示してくれていることにあり、 協同組合が地域に着目し連携することと、 それがソーシャルキャピタルの強化に結びつくということとは別問題であるというコメントがあった。 この点をついたものだと思う。

フロアから、 4つの報告では触れられていない論点として、 ソーシャルキャピタルの 「負」 の側面を指摘する声があり、 その一例として、 この概念がある目的遂行 (政策、 統治、 運営) のためにツール化されるリスクがあげられた。 ちなみに、 上に述べた 「資本アプローチ」 は言い換えれば、 社会関係を道具としてみるアプローチであり、 このようなリスクと直結するアプローチである。 また、 コメンターから、 ソーシャルキャピタルは、 これまでの研究蓄積を後退させる乱暴な研究概念であるとの指摘もあった。 コールマンは、 このコメンターとは逆の意味だが、 ソーシャルキャピタルの概念は 「社会構造の細部を詳しく述べずに、 ミクロからマクロへと移行する場合にも助けとなる」 と指摘したことがある。 「負」 の側面とともに、 ソーシャルキャピタル概念を用いる場合に注意すべき点をついており、 大変重要な指摘だと思う。 このような点に留意しつつも、 ソーシャルキャピタルの概念が社会関係をクローズアップするという点で大きな意義を有するものだということについてはほぼ会場内のコンセンサスができていたように思う。 今後の研究の深化が期待される。

プロフィール
北島 健一 (きたじま けんいち)
松山大学 経済学部 教授 (本研究所研究委員)
専門分野は社会経済学・非営利組織論
「連帯経済論の展開方向」 西川編 『連帯経済』 明石書房、 2007年、 「福祉国家と非営利組織」 宮本編 『福祉国家再編の政治』 ミネルヴァ書房、 2003年
「社会的経済と非営利セクター」 川口・富沢編 『福祉社会と非営利・協同セクター』 日本経済評論社、 1999年