『協う』2009年4月号 書評2

ポール・クルーグマン著 三上義一訳
『格差はつくられた―保守派がアメリカを支配し続けるための呆れた戦略』


三輪仁 京都大学大学院 経済学研究科 博士後期課程

 格差を助長し、国民のごく一部しか恩恵を受けない政策が米国でまかり通るのはなぜなのか。
 著者であるポール・クルーグマンは昨年度のノーベル経済学賞を受賞した世界でもっとも有名な経済学者の一人である。また、米国ではリベラル派の論客としても知られ、歯に衣着せぬ共和党政権批判を展開し続けた。そうした活動のせいか知らぬが、毎年有力候補といわれつつもノーベル賞に手が届かなかった。それが、昨年の世界金融危機発生を機に立場は入れ替わり、挙句の果てにはノーベル賞受賞まで舞い込んだ。
  本書は、仰々しい副題にもあるように、前政権で進められてきた政策がいかに間違っていたか、その主張がいかに根拠の無いものであったかを、データや歴史的事実を基に検証していくものである。
  本書の前半では、20世紀以降の米国経済の変遷が格差という点に着目しつつ分析されている。元々米国では所得格差が大きかったが、1930年代にニューディール政策が導入されると、失業対策の整備や企業の福利厚生の拡充が進み、格差は一気に縮小した。それが1980年代のレーガン政権を機に変質し、再び格差は拡大する一方である。ではこの拡大要因は何か。そこには保守派ムーブメント(ネオコンなどとも呼ばれる)の存在があった。
  彼らは米国社会のなかで少数派であり、推し進める政策はごく一部の富裕者層にしか恩恵をもたらさないが、金の力をテコに大きな力を獲得していく。そして、大衆のなかにある人種差別と共産主義への反感、嫌悪、危機感を上手く利用することで、広い支持を得るようになったのである。その結果生じた格差増大という副産物に対しても、尤もらしい要因が用意された。技術革新とグローバリゼーションである。そして、格差拡大は経済の発展に伴い生じる事象であり、誰が悪いものでもないという主張が真しやかに唱えられた。しかし、クルーグマンは保守派ムーブメントが歪めた米国の制度や規範こそが隠された真の要因であると主張する。労働運動の弱体化、そして、三つの分断〈都市と地方、生粋のアメリカ人と移民、貧しい白人と黒人〉といった方策により対抗的な勢力を弱体化し、メディアによる煽動も上手く利用して米国をミスリードしていったというのである。
  クルーグマンはグローバリゼーションに対しては肯定的な立場をとる。それは国際間のモノやサービスのやり取りを活性化し、双方の国に利益をもたらすと考えるからである。それゆえ、短絡的な「グローバリゼーション=悪」説は受け入れ難いものであるのだろう。
  そして、現代米国社会が喫緊に対処しなければならない問題として、医療保険が取り上げられる。国民皆医療保険制度もなく市場に委ねられているこの国の医療保険制度は、病院や保険会社が余計な出費を強いられ、行政の役割も却って増大するなど、他国と比較しても無駄だらけなのである。それでもこれまでは、企業内福祉としての保険給付がこうした状況を補い、国民の大半は医療保険の恩恵に授かることが出来てきた。しかし、そうした制度も、労働組合の弱体化などに伴い、とくにブッシュ・ジュニア政権以降、急速に崩壊しつつあるという。
  最後に、中産階級は自然に出来るのではなく政治的に作られねばならない、彼らが豊かな時代こそが米国が繁栄した時代であることは歴史が証明している、と著者は主張する。大きな格差や不均衡は米国社会に多大な負担を強い、家庭の購買力を低下させるだけでなく、富の集中により、政策をカネの力で歪めようとする勢力が肥大化し、さらに政治を堕落させることになるからだ。
  本書で著者は、経済活動や市場機能をゆがめる政治作用を暴くことに注力している。このため、それも含めて経済だと捉える読者には腑に落ちない点があるかもしれない。とはいえ、本書で述べられた米国の問題や失敗は、日本にとっても他人事ではない。また、社会的な連帯、結束力が弱まることがもたらす弊害の大きさを改めて認識させられる一冊でもある。非常に読みやすい本であり一読をお勧めする。