『協う』2009年4月号 特集4

特集 協同組合は格差社会にどう向き合うのか

  「規制緩和」「小泉構造改革」の名の下にこのまま進んでいったら、とんでもないことになるのでないか。協同組合の関係者であれば、数年前から多くの人がそういう思いを抱いていただろう。そして昨年、その思いは現実となってしまった。格差社会の弊害を憂う声は、いつのまにか世の本流となったようにも感じられる。しかしそれでは、協同組合には何ができるのだろうか?
  協同組合は、組合員の自助組織であり、慈善の運動ではないといわれる。「ワーキングプア」「ネットカフェ難民」「派遣切り」などと称されて人々を組合員として迎え入れている生協はほとんどないだろう。若くて、収入が少なく、雇用が不安定な人々にとって、現状の生協は遠い存在かもしれない。
  本特集では、「非営利・協同」の運動が、これまでどのような道を歩み、それぞれの領域でいま何を期待されているのか、協同組合研究の専門家に論じていただいた。

医療格差の問題と協同組合医療機関

角瀬 保雄(法政大学名誉教授・非営利・協同総合研究所いのちとくらし理事長)

医療格差とは
  近年、格差と貧困の問題が論壇をにぎわすようになっている。資本主義以前の時代においては、医療は人々に普遍的に与えられるものではなかった。王侯貴族という特権階級のものであった。庶民にはせいぜい上からの施しとして与えられるか、民間の魔術的なものにとどまっていた。中世の寺院など宗教的医療施設もみられるが、わが国においては天皇制の下での慈恵医療が主たるものであった。やがて資本主義の発展とともに、市場経済が広がり、富裕層はその経済力によって医療を手にすることができるようになった。しかし、それ以外の一般庶民にとって医療は依然として遠い存在であった。
  やがて富国強兵とともに「健兵・健民」政策として差別的な社会政策が実施されるようになった。そこには明確な医療格差が存在していた。こうしたなかで上からの産業組合(今の農協の前身)とともに、医療利用組合が作られていった。協同組合医療機関の始まりである。それと並んで都会では無産者診療所運動が生まれていった。いずれも医療格差の空白を埋める役割を果たすものであった。医療利用組合は戦後、農協の厚生連病院へと受け継がれていった。もう一方の無産者診療所は、国家権力の弾圧によって協同組織医療機関として十分に発展することができなかったが、戦後その伝統を継承したものが民主診療所となった。法人形態としては医療法人、生協法人、公益法人など様々なものがあるが、その多くは全日本民主医療機関連合会に結集していった。

医療格差と医療生協の発展
  医療生協は戦後、生協法が制定されたのを機に、生協法人として組織されたものであるが、1951年に鳥取に生まれた鳥取医療生協が日本で最初の医療生協と評価されている。したがって、わが国の協同組合医療機関としては、大きく農村地域における農協系統の厚生連病院と都市部の消費生協の系譜に立つ医療生協との二つがあることになる。いま全国的にも知られた佐久病院を傘下に有するJA長野厚生連の沿革をたどると、戦前の1933年、上伊那南部病院組合11村の産業組合による有限責任購買組合昭和病院として設立許可をえたのが始まりとされる。これが今日の佐久総合病院へと発展し、医療機関のネットワークがつくられてきた(JA長野厚生連ホームページ)。
  いま医療格差という視点から世界の医療をみると、一番問題をかかえているのは、市場原理によって医療が提供される仕組みになっているアメリカである。「医療はお金で買うもの」とされているアメリカでは、一部の貧困者と高齢者を除いた多くの人々は、自らのお金によって、医療を確保しなくてはならない。お金のあるなしによって病気のときに受ける医療に差がつく医療格差社会であるということは、広く知られているところであり、その改革がオバマ新大統領の課題となっている。
  その対極にあるのがかつての「社会主義国」や今日のキューバにみられる国営無料医療で、イギリスの国民保健制度や北欧の福祉国家がこれに近いシステムをとっている。市場主義に立つ私的医療のアメリカと、公的医療のイギリスを対極として、その間に存在する多数の国々は公私混合の社会保険医療制度をとっている。日本もその一つで、戦後国民皆保険制度を誇ってきたが、次第に崩壊の過程を歩みつつある。財源は税と社会保険料、窓口での個人負担で賄われているが、なかでも問題なのは窓口負担に所得の多寡による差別が設けられ、その格差が増大してきていることである。また、社会保険料を支払えない貧困者には無保険者として資格証明書、短期保険証が発行され、医療供給に差別が設けられている。不公正、不平等の国といわれても仕方がない実態にあるのである。

世界の協同組合医療機関
  ヨーロッパの先進国の医療機関は、公的病院が中心となっていて、社会保障制度のなかでの平等な医療の担い手となっている。民間の私的な医療機関も存在しているが、経済的に恵まれたものが利用するにとどまる。こうしたなかで協同組合医療機関はごく例外的に存在しているだけである。発展途上国では協同組合医療機関もみられる。たとえば、イタリア、韓国、スペイン、ブラジルなどの医療協同組合が知られている。そうしたなかで、資本主義の後進国から先進国へと発展を見た日本は、協同組合病院,クリニックが例外的に多い国ということでき、日本の医療生協は協同組合医療機関として世界最大の組織となっている。
  世界的に知名度の高い協同組合病院としては、スペインのバルセロナのEspriuとブラジルのUni-medがあるが、いずれも中産階級のための民間病院を経営するにとどまる。利用者が中心の日本の医療協同組合と異なり、医師が中心となった医療協同組合で、医療格差の存在を前提とするものである。また医療市場化の国アメリカにもCoopera-tiveを名乗る医療組織がKaiserPermanenteなど様々なものが存在しているが、これらも中産階級のための医師による営利目的の組織とみることができる(拙稿「世界の医療・福祉と非営利・協同組織」『経営志林』2000年7月、7ページ)イギリスのロンドンにも医療生協があるということであるが、これも医師協同組合で、その将来性は不明である。

医療生協の課題
  こうしたなかで日本の医療生協の誕生、発展をとりあげた注目すべき研究が日野秀逸氏によってまとめられている。『地域から健康をつくる―医療生協という挑戦』(新日本出版社、2009年)という表題をもったものである。主題は「地域から健康をつくる」というところにおかれていて、医療格差問題の解決の展望は必ずしも明確ではない。
  ところで生協一般は市場原理を前提とした企業体で、格差問題との取り組みには限界をもっている。医療生協の医療格差とのたたかいは、本格的にはこれからの課題といえる。戦後の日本の国民皆保険制度は公平、平等のシステムのように思われるが、詳しくみると必ずしもそうではない。社会保険料についてみると組合健保、協会健保、国保に新たに後期高齢者医療保険制度が加わり、社会保険相互間に矛盾が存在している。保険料の負担にもアンバランスが存在している。私費医療も拡大してきている。一部、共済が補完してはいるが、それがまた医療格差を生み出す元になっているともいえる。ワーキングプアーなど貧困者の中には医者にかかれない人々も少なくない。
  医療生協の組合員参加という点ついていうならば、形式的な民主主義が保障されてはいる。しかし、経営官僚制と民主制との矛盾も小さくない。医療生協も「規模の利益」の追求に走らざるをえず、それが医療格差の解消にどうかかわるかが問われる。日本の支配層の目指すところは、80年代以降、一貫して公的医療費の抑制におかれてきており、その手段として診療報酬が使われてきている。こうしたなかで政府の医療政策への「対決」と「対応」ということでは、医療生協も課題をかかえざると得ないところが見られる。医療崩壊がいわれる中で、医療の再生に取り組む医療生協は、医療費負担の格差解消の問題とともに、医療サービスの供給に関する格差解消の問題と、どう取り組むべきかが問われてくるのである。

若干の問題
  一口に医療生協といっても病院をいくつも抱えた大規模なものから、診療所一つという零細な規模のものまでにわたっている。組合員組織の活性化という初歩的な問題をかかえているところや、経営の赤字に直面していたりするところもある。時には医師主導というガバナンス問題をかかえていたりする。また地域から診療所の新設を要望されていても、医療スタッフの充足や資金の調達が思うにまかせないなど、その前途は多難といえる。医療・介護の複合経営が広がるなかで、スタッフの不足にもかかわらず、リストラに迫られるという矛盾に直面する場合もある。
  これらはいずれも医療格差問題に少なからず影響していることは否定できない。高齢社会が目前に迫っている今日、後期高齢者、前期高齢者、壮年者、若年者など医療生協の組合員の構成も多様化してきているので、そのすべての要求に満遍なく応えることは簡単ではないが、放置していることはできない。医療・介護の供給面と利用面において、医療生協がその社会的役割を果たすことが出来るかがいまや問われているのである。