2000年2月号
視角


住民主体のまちづくり 〜「女性のための草の根まちづくり」翻訳出版によせて

小伊藤 亜希子 大阪市立大学生活科学部助教授

本の出版
昨年10月、「女性のための草の根まちづくり」(かもがわ出版、ノルウエー環境省編、女性とまちづくり研究会訳)という本を翻訳出版し、同時にノルウエー環境省の女性官僚ユディー・コットゥゴール氏を日本に招いて講演会を企画しました。本書は、ノルウエーにおいて行われた「地域・都市計画の意志決定過程における女性参画を促進するためのプロジェクト」を普及、発展させるために、1992年につくられた2つのテキストを翻訳したものです。ひとつは一般の女性市民にまちづくりへの参画を呼びかける「クックブック」、もうひとつは自治体担当者むけに書かれた「ハンドブック」です。前者は、お料理のレシピのようにわかりやすい言葉で、まちづくりの制度のしくみ、参加の仕方を具体的な場面を設定して解説しています。そして、「私たちは、自分のまち、自分の置かれている状況については、たった一人の専門家です」「結局、計画によってつくられたまちに住まなければならないのは私たちなのです」と参加を促しています。後者はより理論的に、女性の視点とは何か、なぜ女性の参画が必要なのか、どうやれば女性の視点を生かせるのかを説いています。どちらも、育児、介護や家庭生活にかかわってきた女性の視点こそ、これからのまちづくりに不可欠なのだと、まちづくりにおける価値観の転換を女性の視点に託しています。
私たちがこの本を目にしたときまず驚いたのは、この本を制作したのが、日本では建設省にあたるノルウエー環境省であったということです。建設省が地域の女性たちにむかって、「もし子どもたちの安全のために交通公害を何とかしてほしいのであれば、隣人たちと組織をつくり、署名を集めて議会に提出しましょう・・・」と呼びかけているのですから。

日本のまちづくりにおける住民不在の実態
日本でも、住民によるまちづくり運動の発展はめざましいものがあります。しかし、都市計画の制度や行政には、まだまだ住民参加を保障する姿勢が十分ではありません。現在の都市計画法は、何度か部分的な改正はありましたが、基本的には1968年に改正されたものです。このとき、高度成長期の乱開発に対する住民運動の盛り上がりを背景に、はじめて住民参加規定が盛り込まれました。しかし、当時の都市計画課長が「知らなかったと文句のでないよう」と説明していることに象徴されるように、それらの制度は骨抜きになっていきます。具体的には、原案作成後の関係住民への「説明会」、案を広く市民に公開する2週間の「縦覧」、およびそれに対して意見を述べるための「意見書」の提出があります。しかし、説明会の多くは一方的に説明するだけ、縦覧については多くの市民が言葉も聞いたことがないのが実態ではないでしょうか。意見書については、例えばこんなエピソードがあります。京都駅ビルの建替えに伴う特定街区の指定に対して12000通もの意見書が提出されました。意見書を提出した人は後に府庁に呼ばれ、職員一人が座っている机のテープレコーダに向かって5分間意見を述べることになりました。そしてそれらの膨大な意見書を審議すべき都市計画審議会はたったの2時間で終了、当人には後日、「あなたの訴えは棄却する」と書いた封書が届きました。
もうひとつ、日本の住民不在の都市計画を象徴するこんな出来事がありました。京都で住民主体のまちづくり運動を大きく発展させ、現在では40カ所近くでつくられるようになった「まちづくり憲章」の第1号を1988年に採択した東山白川の町並みを守る運動での話です。白川が流れ閑静な町並みが残るこの地区に突然巨大マンション計画が持ち上がりました。居住環境を破壊し、しかも違法であったこの計画に、市は開発許可をおろしました。住民が市の開発審査会に不服審査請求を提出したところ、開発許可取り消しの判決がでました。住民は大喜び、新聞も「市長が任命した審査会委員が市長の開発を取り消したのは、全国でもはじめて」と大々的に報道しました。ところが、開発業者が建設大臣に再審査請求を提出し、建設省は、市の開発審査会の採決取り消しという逆転採決を出しました。そのときの理由は、「都市計画は住民の利益を守るためにあるのではなく、良好な住環境を守るためにあるのであって、当該住民はその反射的利益の恩恵にあずかっていただけであるので、当該住民には都市計画法違反について争う資格なし」といった驚くべきものでした。この出来事は、住民主体のまちづくりに対する日本の行政のレベルをよく表しているのではないでしょうか。

ノルウエーと日本のまちづくりにおける女性の視点

コットゥゴール氏は、講演の中で、女性の視点を取り入れた住宅地開発の事例を紹介されましたが、そこで実現したことは、そこに住む子どもがだれでも自転車ですぐ行けるように端ではなく住宅地の真ん中にプレイロットを設ける、通り抜けの車が入らないように住宅地の中の道はすべてわざと行き止まり道路とする・・・といった内容でした。そこでは、住民主体で環境のよい住宅地をつくるということはすでに自明の前提で、その上で女性の視点を取り入れることにより、生活者の立場からの緻密な配慮のある計画をつくろうということのように感じました。日本で私たちがまちづくりに女性の視点をと言うときには、企業や経済効率優先のまちづくりではなく、住民の立場に立ち生活者の暮らしを守るまちづくりに転換してほしいという意味が込められています。そのためには、まず住民主体の原則を根付かせる必要があります。女性の視点に代表させているのは、生活者の視点、弱者の視点、自然環境を守る視点であり、女性の視点をまちづくりに取り入れるということは、自動的に住民参加を促すことにつながっているわけです。
氏が「日本では企業と行政対住民だが、ノルウエーでは行政は常に住民の側にあるというのが大きな違いです。政治家は住民によって選ばれたのですから住民の生活を守る責任があるのは当然です。」と述べられた言葉が印象に残っています。



前のページヘ戻る