『協う』2002年8月号 人モノ地域1

子ども自身の
「創造活動」 と 「体験活動」
−城陽親と子の劇場 (親子劇場)−
 全国各地にある、 親と子の演劇鑑賞組織 「親子劇場」 の城陽版が、 「城陽親と子の劇場」 である。 40余世帯が参加し、 年4回の例会 (鑑賞会) を行っている。 しかし、 この間会員が減少気味の中、 単なる 「鑑賞」 から、 主体である子どもたち自身が創造活動に参加したり、 地域の他の団体と協力しあったユニークな活動を進めている。
 今回は、 この 「城陽親と子の劇場」 を取材し、 紹介する。 子どもが演じる

 子どものための人形劇
 城陽親と子の劇場は、 全国に広がる演劇鑑賞活動 「親子劇場」 のひとつとして城陽市内に誕生して12年になる。 会員の減少する中で 「ただ座って鑑賞するだけでいいのか」 「自分達で創造活動が出来ないか」 「もっと積極的に参加できることがないのか」 と総会や運営委員会で現状の打開策を話し合ってきた。 しかしこれといった決定打がないまま何年かが過ぎてきた。
 そのような中、 宇治市在住で 「ひとりがたり」 「人形劇」 の公演と読み聞かせなどの指導もしている六嶋由美子さんを指導者として紹介してもらったことがきっかけになり、 人形劇サークル 「ともだち」 が発足した。 発足して今年で4年目になる。 人形劇をすることになった理由を運営委員長の大槻雅子さんは、 「自分が子どものころ学校で演劇をしたことがあった。 子どもには創造活動がとても大切だと考えている。 しかし、 今の学校では十分な創造活動が出来ていないのではないか。 それなら親と子の劇場で演劇をさせてやりたいと思ったが、 子ども達は生の自分をさらすのが恥ずかしい。 では最初はミュージカルとも思ったが、 とりあえず人形劇になった。 自分でない他者になるので恥ずかしさが少なくてすむ」 と語られた。
 初演は 『大きなかぶ』 をすることになった。 登場動物は原作にこだわらず、 子どもたちそれぞれが、 自分がなりたい動物を考え、 また、 自分が担当する人形は自分で時間をかけて作った。 手作りのこの人形は子ども達に 「まるで自分の分身」 と感じさせるほどの情を生んだそうである。 セリフとシナリオも登場動物に合わせて子どもたちで作成している。 劇の練習は秋から始まり作品は春に完成。 いろいろな所で公演をし、 公演を重ねる中で完成度は高まっていった。
 二作目は 『エルマーの冒険』 。 この時も何をしたいのかは子ども達が話し合い、 六嶋さんのアドバイスも受けながらシナリオを作った。 2作目からは欠席の場合のことも考えダブルキャストもとり入れた。 人形・小道具はみんなで協力して作るようになり、 結果として演者の分身のような感じは少し薄れたが、 子どもたちの集団としての想像力の共有体験などには役立った。 この作品の公演は8回にもおよび、 子ども達は公演ごとにうまくなった。
 三作目の今年は 『めっきら もっきら どおんどん』 。 6月の城陽母親大会で2回目の公演だ。 どの作品も公演時間は15〜20分。 決めているわけではないが自然とそうなるのだそうだ。
 サークルのメンバーは15人 (小1〜中1、 男子3人、 女子12人)、 11世帯。 年齢も違っているが校区も違っている。 この活動が地域でも知られるようになり、 地域配布のフリーペーパーに取り上げられると、 「ぼくも○○君のように新聞にのりたい」 という子も現れ、 メンバーは少し入れ替わりがあったものの人形劇をやるには適度の人数で推移している。 問題は練習日の調整がむずかしいこと。 それでなくても習い事やクラブなどで忙しい子ども達がそろって練習し、 人形や小道具も作る。 ともすれば遅れがちな練習も、 公演日が決まると子ども達はそれに予定をあわせたスケジュールを最優先にし、 一気に仕上げる。 「本番には強いメンバー達」 というのが親の評価である。
 順調にきたサークル活動であったが、 この4月、 メンバーの進級・進学により、 サークル存亡の危機が訪れた。 中学生は時間に余裕がなくなり、 他の子ども達もいろいろなことが重なり練習の日が取れなくなってしまったのだ。 5月末に話し合い、 ようやく練習日程の調整にこぎつけ、 6月に開催された城陽母親大会での上演は好評で、 大きな拍手を受けて終わることができた。
 サークル 「ともだち」 の世話はサークルメンバーの親が受け持ち、 中心は松岡昌子さん。 発足時は 「親と子の劇場」 運営委員会がサークルの世話をしていたので、 運営委員からサークル担当を互選していた。 松岡さんが 「親と子の劇場」 運営委員を降りられる際、 サークルの運営を独立させ、 引き続き彼女が運営の中心を担われた。 練習会場の手配や、 指導者との連絡、 子ども達の日程調整、 人形や小道具の材料調達、 保管や運搬、 そのうえ予算の管理など、 サークル 「ともだち」 の運営には細かい仕事がたくさんある。 課題は、 今後サークル運営の中心になる親をどう引き継いでいくのかになるのだろうか。
 大人の人形劇サークルはよくあるけれど、 子どもだけのサークルはあまり耳にしない。 子ども達による創作活動が、 親子劇場の生き残っていける道ではないかとの思いもあったそうだが、 そうはうまく行かず、 サークル活動をきっかけとして増えた会員は、 現在2世帯だけ。 しかし、 子ども達は確かに変化してきているということだ。 自分が演じる側になることにより例会の見方が熱心になり、 何かを吸収できる観客になったという。 いわゆる 「製作者の目」 で見るようになってきたという。 たとえば、 「舞台の裏側では、 どうしているのかを知りたい」 「演出をしたり、 人形やモノを動かす側に回りたい」 「サークルの新聞を出したい」 など、 さまざまな思いが出てくるようになったとのことだ。
 上演も2年たつうちに、 その場の雰囲気をつかみ、 アドリブも少しは入れられるほど演者としても成長した。 公演後の感想に 「すごくどきどきして、 でもちゃんとできてよかった」 「リュックサック劇場 (プロ) を見ながら−まけていられないなと思った」 など意欲的だ。

「青谷クヌギ村」?
  「青谷クヌギ村」 とは、 「城陽親と子の劇場」 と、 城陽市内で活動をすすめる 「城陽生きもの調査隊」 とで構成された団体で、 代表は地元在住の好広眞一龍谷大学教授がつとめておられる。
 団体の名前は、 活動の中身の表現でもある。 もともと雑木林だったものが手入れされずに竹林になってしまったものを 「元に戻そう」 「クヌギの森 (里山) に戻そう」 ということで始まった。 城陽市内青谷に借りている山で毎月1回作業をしている。 竹きりにかなりの時間がかかったが、 やっと少しスペースが出来た。 この間炭焼きがまを作って竹炭作り、 野鳥・昆虫・きのこの観察などで楽しんできた。 今は竹を切った後の広場に、 元 「青年」 (「青年」 とは高校生以上の親子劇場の会員で独自の企画・活動をする若者の集団を指す) のかやぶき職人山田雅史さんの指導で竪穴式住居を作ろうとしている。 整地をして穴を掘り、 丸太になる木を探して切り出し、 柱を立てた。 屋根にふく葦も山田さん所有の河原の葦をみんなで刈って運んできた。 参加者がそれぞれ得意なことや興味を持ったことで力を出し合いながら活動しようというのが基本とのこと。 昼食も作った炭でサンマを燻製にしたり、 春先の野草のてんぷら、 秋のきのこ鍋など楽しみの一つだ。 子ども達は周辺で自由に遊び、 幼い子ども達の面倒は年上の子供たちが自然に見ている。 基地作りやブランコに夢中の子もいる。
 自然体験の中で自主的な集団性をはぐくんでいく、 重要な 「場」 となっているようである。

これから
 少ない世帯だがバラエティーに富んだ中身の活動を進めておられる。 「あれもしたいし、 これもしたい」 と欲張りな親と子の集団である。 自主的な集まりなので、 条件さえあえば 「楽しそうなことはやってみる」 というこだわりのないフットワークの良さが特徴かも知れない。 会員は少しずつ入れ替わって行くので前例にとらわれる必要はないし会員の興味・関心も変化する。 幼い頃学校の体育館で映画や劇を鑑賞していた子どもが青年になり、 そして親になって子どもを連れて鑑賞に参加し、 委員にもなってくれるほどの歴史もあるようだ。 お手軽な娯楽があふれる中で、 月に2,200円 (一世帯) を払って参加する会員にどれだけ満足してもらえるのか、 運営にどれだけ参加してもらえるのか、 忙しい子ども達の心をどうすればつなぎとめられるのか、 悩みは尽きないようである。 市を超えた活動の横のつながりは、 「NPO 京都子どもセンター」 がある。 各市の 「親子劇場」 の様子は参考になる。 しかし、 そこに 「答え」 があるわけではない。 みずみずしい感性と、 創造力を持ちつづけたいとの願いを大切にした 「城陽親と子の劇場」 が、 今後もユニークな活動を展開されることを願っている。
文責:岡本やすよ 京都生協組合員
『協う』 編集委員