『協う』2003年6月号 視角

子どもの心身の健康を守るには
−問われている大人の責任

根岸 久子

 子供たちの食生活のゆがみが心身の健康問題となって顕在化してきたため、 文部科学省は食教育の重視と、 その中心に学校給食を位置づけ実践するという方向を打ちだした。 しかし、 多くの学校栄養職員が指摘しているのは、 飽食の時代を生きる子供たちには、 いくら言葉で 「望ましい食」 を教えても、 心を動かさないことであり、 これまでのような [栄養教育] 重視の指導には限界を感じている人が少なくない。
 そこで文部科学省では学校給食での地元農産物利用を奨励し、 それを契機とする 「地元農業や生産者の顔の見える学校給食」 づくりを支援している。 こうして生産現場や生産者とつながることによって、 子どもたちは作物や自然の働きを肌で感じ、 食と命との関係を学ぶことによって、 嗜好だけに偏らない食品選択力を醸成すると考えるからである。 そしてまた、 こうして育まれる科学的なものの見方、 考え方、 判断力などを 「生きる力」 の基本と位置づけている。 2000年には、 日本で初めて行政のタテ割りを超えて文部科学省と農水省、 それに厚生労働省の3省が連携して 「食生活指針」 を策定したが、 このことも従来の食教育では手におえないほどに子どもたちの食問題が深刻化していることの証左でもあろう。
 こうした地元農産物利用の学校給食の代表的事例として福島県熱塩加納村の実践があるが、 ここでは毎日搬入される地元の有機野菜と (米は地元の低農薬米)、 その生産者に関する情報をきめ細かに子どもたちに伝えたり、 生産体験も組み込んでいる。 さらには栄養士のきめ細かな食教育の成果もあって、 食品添加物知識やおやつの購買行動等に県内他校の小学校生に比べた顕著な差が見られ、 農と結びついた学校給食の教育効果が実証されていた。
 大人も同様で、 食べ物と農との関係性が見えなくなるなかで産地へのこだわりも希薄化し、 経済性や簡便性を重視する食品選択行動を強めてきたが、 そうしたなかで今、 スローフード運動への関心が広がりつつあることに注目したい。 この運動は、 イタリアにマクドナルドが出店されたことをきっかけに、 伝統あるイタリアの食文化を守ろうと、 協同組合で働いていた男性が立ち上げたものである。 そのための活動としては、 ■良質な食材を生産する小規模農家を守ること、 ■伝統的な食文化を守り、 伝承すること、 ■子どもたちの味覚教育、 等がある。
 筆者は、 昨年11月に同協会本部を訪問するとともに、 在来種の栽培・育成や直売、 農産加工、 食農教育等に取り組む生産者からもお話を伺ってきたが、 それは、 今、 わが国で取り組みが進んでいる地産地消運動と多くの点で共通していた。 具体的には、 経済効率性とは一線を画した食や農を取り戻したり、 育てる取り組みを、 それぞれの地域レベルで生産と消費を一体化しながら実現しようとするものである。 それは、 望ましい食形成にとって農と結びつけた実践が不可欠であり、 日常的な営みが可能な地域レベルで両者を接近させることが重要であることを指摘するものと言えよう。
 その意味で、 こうした潮流と切り結びながら学校給食に地元農産物を取り入れる取り組みを広げていくことの意義は大きいが、 今、 学校給食の現場は、 その方向とは逆行しているのである。 複数の学校の調理を共同で行うセンター方式が増えているだけでなく、 各学校毎の調理であっても調理員のパート化や調理業務の外部委託 (すでに1割を超えている) が進んでいる。 それゆえに、 豊かな献立・調理や食教育も難しく、 このまま進めば教育としての学校給食 (学校給食法) は 「絵に書いた餅」 に終わりかねない。
 今や、 「弁当箱の中味は栄養補助食品」 といった話も珍しくなりつつあるあるが、 だからこそ大人たちは給食の現実に目を向け、 子どもたちの食の自立を支援し、 心身の健全な発達を保障する環境をつくっていく努力をしなければならないのではないか。 今、 食の安全・安心を確保するための仕組み作りが進められているが、 安全な食品の購入だけでは食生活の向上につながらない。 食を総合的に捉え、 問い直すことが必要になっているのではなかろうか。
  
ねぎし ひさこ
 農林中金総合研究所 副主任研究員