『協う』2004年8月号 特集


第12回総会記念講演
「いま協同することの意味」



 去る6月19日、 20日に当研究所の第12回総会と記念シンポジウムを開催した。 今回のシンポジウムは、 くらしの 「今」 から生協の未来設計を考えることをねらいとした。 3つの分科会も含め、 全国から200名をこえる参加を得た。 くらしの 「今」 と生協の 「これから」 を考える際の糧となればと願っている。
 なお、 詳細は9月下旬に各会員への発送を予定している報告書をご覧いただきたい。


2004年総会記念講演・シンポジウムで語られたこと
−いま協同することの意味と生協−
浜岡政好 (当研究所常任理事・運営委員、 佛教大学) 

 鷲田清一さんは記念講演 『いま協同することの意味』 において大略以下のようなお話をされた。 現代社会を覆う不安の共通性は 「私は、 ここにいていいのだろうか」 という自らに向けられる問いに集約することができる。 それは何をするにしても 「資格を問われる社会=資格社会」 (専門家の社会) になったからである。 近代社会における 「資格」 は当初人々を解放するはずのものであったが、 「資格」 が当然視される社会になると、 逆に 「資格」 がないと何もできない、 存在が否定されかねない残酷な装置になった。 「これができたら、 あなたを認める」 という 「資格社会」 下でのメンタリティーは職業の世界だけではなく、 学校のなかでも、 家庭のなかでもひろがっている。
 この 「資格社会」 の論理から生じる不安を鎮めるのは、 同じく近代社会が目指してきた 「何もしなくていい。 いるだけで、 あなたには価値がある」 という福祉社会の理念だ。 そして 「いる」 ということは協同でしか達成できないのである。 人は相互依存でしか存立し得ないのに、 援助が必要な人以外が自立しているかのようにみえるのは、 私たちがシステム化された社会にいるからである。 ここではお互いに手を貸しあっていることが極めて見えにくく、 人々の協同は同じ階層や同じカテゴリーをもった人々の 「協同」 としてシステム化される。 現代は、 ボランティアや NPO 活動のようにシステム化され、 分断された 「協同」 がもう一度ごちゃ混ぜになり、 重なり合う時代になっている。
 協同が最も行われてきたのは、 生命の最もベーシックな次元である 「生老病死」 においてである。 しかし、 近代社会はこの部分を家庭の外部に出し、 社会サービスに置き換えてきた。 家事の軽減や合理化が協同化ではなく、 電化という形で遂行され、 また 「生老病死」 も公共的なシステムが業務として代行するようになった。 ケアがサービス業になり、 ケアされる人がクライアントなると、 ケアを受ける人はどんどん受け身になる。 「あなたが抱え込んでいる問題は、 私が教えてあげます。 そして、 それを治すのは私です」 という専門化、 資格化が進行すると、 ケアを受ける主体はますます無能力化し、 協同から遠ざかる。 現代社会は 「強い主体」 (自己責任) になることを求め、 それができず他人の助けが必要な人は 「保護」 や 「管理」 の対象となる。 「自立」 の観念にとりつかれた 「自由」 (liberty) ではなく、 自己に強く執着しない 「自由」 (liberality) にもとづく 「支え合い、 力を借りあっている 『協同』 という形のなかでの自由」 に転換しなければならない。 ケアのなかでの関係も、 サービス業として関わるのでなければ、 ケアする側の一方通行ではなく 「ケアされる側がケアするほうを支える」 という関係性の反転が起こる。 自分の弱さに気付き、 素直に向き合えるようになる 「相互依存のなかの自由」 こそ重要なのではないか。


実践に即して、 3つの側面から生協への問題提起
 以上のような記念講演をうけてシンポジウム 「くらしの 『今』 から生協の未来設計を考えるために―いま生協に何が期待されているか?―」 が行われた。 シンポジウムではより実践に即して、 宮前真理子さん (NPO 法人コレクティブハウジング社事務局長)、 根岸久子さん (農林中金総合研究所副主任研究委員)、 木元喜美子さん (一橋大学教授) による 「住まいのあり方とくらし」、 「食のあり方とくらし」、 「働き方とくらし」 の3側面がらの問題提起を頂き、 ディスカッションを行った。
 宮前さんの報告はご自分が関わってこられた 「コレクティブハウスかんかん森」 (東京都荒川区日暮里) での経験である。 「コレクティブハウスかんかん森」 というのは複合ビルの2〜3階にある居住者が自主運営している賃貸住宅 (28戸) であるが、 コレクティブハウスを名のっているゆえんは、 居住者で共有スペース (大きな食堂、 リビングルーム、 業務用設備をもったキッチン、 トイレ、 洗濯室、 家事コーナー、 菜園テラス、 工作テラス、 居住者組合の事務所、 倉庫など) をもっていること、 この共同住宅の管理と運営を自主的・共同的に行っていること、 週3回の夕食を当番で調理し、 共有スペースの食堂で一緒に食べることができるようにしていること、 共有スペースの掃除やガーデニングのような活動を居住者のグループで行っていることなどである。
 このコレクティブハウスに3歳から80歳まで、 シングルやファミリーなどさまざまな家族が生活している。 居住者の各住戸は世帯の大きさに対応するように24〜62■と多様であり、 したがって家賃も多様である。 それぞれの住戸にはキッチンや風呂、 洗濯スペースなど独立して生活することのできる設備は完備されている。 このことによって多世代の多様な世帯の共同生活が可能になっているのである。 こうした協同生活の仕組みのなかで、 個人は自立しながら、 なお人との距離を選びながら自然に協同の関係をつくってきている。 多くの人と人の出会いを通じて、 独りや小さな家族ではもてないような空間や人間関係をもつことによって、 ゆたかな安心できるコミュニティを築いている。 生協は 「協同」 する気持ちをもった集団だから、 その力でコレクティブハウスのような暮らし方を応援することができる。
 続いて根岸さんは、 生協の組合員を含めて食生活の簡便化・画一化・外部化などの食の変化が進み、 他方で 「食の安全」 への関心も高まっているが、 この 「安全」 の内容が食材ではなく、 食中毒など衛生に偏っていることを指摘した。 安全・安心の食生活が永続するだろうという依存心の下でのカッコ付き 「豊かな食生活」 の謳歌は、 食べる人と作る人、 食と農、 生産地と消費地の乖離などによってもたらされている。 しかし、 日本の農業は滅亡の危機にあり、 はたして安全な食料を安定的に供給することが可能かが問われている。 さらに問題なのは、 調理技術など食文化の衰退である。 こうした状況の下で食生活の安全は今後も維持できるのか。
 こうした問題を解いていく際に、 昭和40年代後半から50年代にかけて女性を中心に日本の農村部で展開された 「農産物自給運動」 が参考になる。 現在の 「地産地消・スローフード運動」 の原点になった取り組みで、 減反の強化による収入低下に対抗して、 「自分たちが食べるものは、 できるだけ自分たちでつくろう」 とする運動であった。 自分たちで農産物を自給しようとすると、 自然資源や地域のなかで育まれた知識・技術などに関心が向くようになり、 肥料や燃料を含む暮らしの全体を見つめるようになった。 この運動によって、 食を通してもう一度地域の 「協同」 を紡ぎ直したのである。
 この運動からたくさんの農村女性起業が誕生した。 食べるものを作って、 余ったものをおすそ分けし、 さらに余れば直売しようということで、 無人市から始まり、 有人市になり、 やがて加工品も販売するというように発展し、 平成15年度で全国8000団体にもなった。 起業化していないグループを含めると2万以上になるが、 これは 「新しい協同組合」 といってよい。 福祉の NPO 法人になったのもある。 食料の自給運動から福祉活動へ発展し、 また農産物の直売所も運営するなど地域に必要なものを、 自分たちの身の丈にあった形で創り出しているのである。 こうした活動が農村部でかなり広がってきている。
 生協も食の供給を通じて組合員の暮らしに役立つということであれば、 徹底して食にこだわるなかで見えてくるさまざまな暮らしの問題をとりあげ、 実現を迫っていくことが重要ではないか。 働く女性が増えるなかで食生活の簡便化は避けられないが、 農業や食料を視野に入れた 「食の安全・安心」 の実現とバランスされることが大事である。 「食の安全・安心」 の低下も日本の農業や食生活を成り立たなくさせた消費者の選択の結果でもある。 こうした厳しい現実を少しでも打開するためには、 地域における生産者と消費者、 農協・食品企業・生協などがネットワークを作り、 「地域の食と暮らし」 をキーワードに、 暮らしの質を高めていくために協同することが大切である。
 木本さんの問題提起は、 パートタイマーという働き方が雇用の場の提供者としての生協にどのような課題をもたらしているかについてであった。 日本型雇用慣行 (長期雇用と年功システム) の下に製造業を中心にして、 家族の生活保障も含む生活保障賃金体系をもった男性の雇用類型ができあがった。 男性の会社人間化と女性の専業主婦化という日本の性別分業体制と雇用システムが不可分一体ものもとして形成された。 この従来型雇用類型の対極に存在したのが生活保障を規範とせず、 時間・期間限定の臨時・日雇いであった。 パートタイマーは臨時・日雇いの雇用類型に近い。 しかし、 パートは 「主婦」 であること、 コアの稼ぎ手としての男性がいることが前提となって低賃金での処遇がなされている。
 今日、 サービス経済化によって、 パートの主力は製造業型モデルではなく、 新しい雇用モデルが模索されている。 90年代以降、 新自由主義的政策の下で、 女性雇用において非正規雇用への代替が進み、 他方で、 少子化との関連で女性の就労支援政策が行われてきた。 現実には 「雇用破壊」 といわれるような雇用の流動化が進みつつあるが、 EU などでの動向からも従来型の男性中心の長期雇用類型が過去のものになりつつあり、 ジェンダー平等とワーク・バランス (労働生活と個人生活の調和) を考慮した社会設計が求められる状況にあるとの問題意識を共有する必要がある。
 こうした状況下で現在進行しているのがパートの戦力化である。 そしてパートの戦力化が進めば逆にパートの低い処遇が目立ってくる。 同じ仕事をしている正規社員の処遇とパート自身が比較するようになる。 生協でもパートの戦力化が取り組まれており、 パートの処遇は他の業界などよりは高いものの、 正規職員との待遇上の格差はかなり大きい。 パートが仕事について自ら学び、 新人にスキルを伝授し、 正規職員を育てる仕事やパートを管理する仕事までしており、 そのために権限委譲や情報の共有化が図られ、 責任の重さや仕事の厳しさに悲鳴を上げながらも働きがいをもって仕事をしている状況がある。 このなかでのパートの処遇の低さの問題である。
 生協には情報の共有化やパートと正規職員の身分格差のような、 パートが自由にものが言えない職場の雰囲気を払拭する組織文化を作り出せる有利な側面がある。 そのことがパートの働きがいや誇りを生み出している。 したがって、 パートの働きがいをいっそう引き出せるような組織の活性化と処遇の改善が課題であり、 処遇の改善についてはそれに近づく理念や哲学が求められている。 「ジェンダー平等など、 経営がなんとかなれば、 後からついてくる」 ということはあり得ない。


協同の新しい形に思いをはせること
 シンポジウムは以上のような3人の報告の後、 会場からの質問をまじえて事例をより豊富化させ課題を交流しあって終わった。 最後に記念講演とシンポジウムから考えたことのいくつかを述べてみる。 鷲田さんの協同の強調点は、 社会のシステム化が進むなかで、 だからこそ生身の人間同士の協同が人間の自由やいきいき生きることにとって重要になるということである。 生協においても商品の流通が高度にシステム化し、 そこでの人と人の関わりや協同が見えにくくなったり、 実感できにくくなっているなかで、 どのように生身の人が関わる協同の場面を創り出していくのか。 組合員活動の場面だけではなく、 仕事のなかでの職員と組合員の協同関係、 生活のなかでの組合員と組合員の協同関係をどのように豊にしていくことができるかが問われている。
 シンポジウムではコレクティブハウジングや農村女性の仕事起こし、 生協で働くパートの現況などから、 性別や年齢別そして生産者と消費者という区分によるこれまでの暮らし方、 働き方が急激に変化してきていること、 新しい協同関係の再構築の先導的な役割を女性がいきいきと担っていることが事例を通じてよく分かった。 少子高齢化が急速に進む21世紀において、 生活協同組合がどのような社会的役割を果たしていくか、 これらの実践が切り開きつつある活動の質から学ぶべきことは多い。 世代や性別、 生産者と消費者、 農村と都市を超えた生活の協同はどのようにして現実化できるか。 まずは偏りのある現在の、 生協組合員の性別・年齢別構成を変えることはできないか。 子どもも大人も高齢者も女性も男性も、 個人として、 責任をもって参加し、 協同する仕組みはできないか。 シンポジウムに刺激されて協同の新しい形などについて思いをはせることになったが、 次回は生協のなかでの事例をもち寄って、 生協の未来設計を論議したい。
〈コーディネイター 浜岡政好〉

 


2日目の分科会は、 「今」 生協が直面する課題に引き寄せて、 生協の 「これから」 を議論した。 以下、 各分科会の座長の報告である。

第1分科会 『事業連合のあり方を考える』
 21世紀の生協の事業戦略の中心は、 事業連帯 (全国レベル・地域レベル) を通じての店舗事業の構築展開にある。 近畿地区においても、 昨年、 コープきんき事業連合が設立され、 新たな生協事業の展開への挑戦が始まっている。 2002年での特別分科会では、 コープネット事業連合の取り組みに関する報告をもとに、 事業連合のあり方について学ぶ機会を設けた。 今回は、 コープきんきが現在検討をすすめている無店舗事業の統一化に焦点を当てた。 そこで、 無店舗事業を中心とした東海コープ事業連合、 コープ九州事業連合の経験について報告を依頼した。 とくに、 事業連合はあくまでも会員生協の事業を実現するための手段であるという意味で、 会員生協トップに語っていただくとして、 コープぎふの高木専務理事、 ララコープの西田専務理事にお願いした。
 東海コープ事業連合は、 まずは生協事業の統一を展望してスタートし、 無店舗事業については商品の統一、 カタログの統一、 物流の統一をすすめてきた。 一定の成果を実現したものの、 商品政策についての問題、 各生協の理事会・職員組織のモラールの低化などが起こるなかで、 あらためて単協主権に基礎を置いた事業連合という方向へ大きく舵をとることになった。
 コープ九州事業連合は、 革新的な無店舗事業の構想を企画し挑戦したが、 各生協の供給高が大きく後退するという大打撃を受けることになる。 そのこともあって、 その後は統一性の弱い事業連帯をすすめてきたけれども、 近年、 あらためて事業連帯の可能性を追求する構想をもって動こうとしている。
 これらのことからわかるように、 事業連帯を実現するためには新しいレベルの事業の企画が必要であるが、 これだけでは不足している。 各地域において根ざして発展してきた各生協の事業を継続的に発展・進化させる流れで、 事業連帯をマネジメントすることが求められるのである。 実現すべき絵だけではだめなのであって、 ともにその絵をそれぞれの地域、 組合員、 職員にとって自分たちの絵であると思えるプロセスが大事なのである。 企画力と共有力がともにあってこそ実行力・実現力になるのではないだろうか。
 そして組合員が生協に第一に求めるもの、 それは商品であるから、 事業連帯の成否もその商品政策にかかっている。 事業連帯というと、 単品結集的な規模の経済志向の商品政策が追求されるが、 そのメリットを達成することはもちろん重要である。 しかし、 そのことだけでは、 組合員の反発が高まる可能性があろう。 各単協発の商品開発・調達を事業連合が支援・担当できるようになるように、 働きかける経験も報告された。 多様な組合員ニーズにどうこたえられるか、 その対応力・満足度を大幅に改善できるどうかが問われているのではないだろうか。
〈座長:若林靖永 (京都大学)〉


第2分科会 『今の暮らしを考える』
  「今の暮らしを考える―生協パート職員の仕事と生活の中から」 では、 「生協のパート職員の働き方と暮らし方に焦点をあて、 21世紀の新しい生協のあり方を考えよう」 という趣旨で、 生協パート労働の現場から、 八谷真智子、 星千鶴子、 松下高広の各氏に報告をいただき、 研究と実践の面で 「新しい働き方」 を模索されている木本喜美子、 杉村和美の各氏からコメントをいただいた。
 年金問題なども絡んで、 昨今 「パート」 の問題に関心が集まっている。 経済誌などマスコミでも、 パートを正規労働の補助的存在として位置づけるのではなく、 その存在を正当に評価する必要性が盛んに説かれ、 先進企業の事例が紹介されている。
 しかし、 それらの論調に共通するのは、 「いかにパートを企業の戦力として活用するか」 「そのために、 いかにパートを処遇してやる気を引き出すか」 という問題意識であり、 われわれはそれを180度転換させることが必要ではないだろうかと考えた。 つまり、 「パート職員がいかに生協に貢献できるか」 ではなく、 「生協がパート職員の生活にいかに役立てる存在となるか」 という視点で、 今後の生協のあり方を考えることのほうが、 生協パート労働論、 そして新しい生協論の構築のためには有効ではないかと思うのである。
 そうはいっても、 パート問題を初めて正面からテーマとして掲げた今年の分科会では、 変革期にある各生協の多様なパート労働のあり方を把握するだけで精一杯であったというのが正直なところかもしれない。 それでも、 各生協におけるパート労働の有り様、 流通企業のパート労働政策、 そして 「スローワーク」 という新しい考え方を学び、 交流する中で、 正規とパートとの処遇均等化をできる限り追求することがいま生協界では大きな課題となっていること、 しかし現実に生協を取り巻く環境はそれを容易に許さないものであり、 パート問題の 「解決」 がアルバイト、 委託、 派遣といったさらに複雑な労働体系の導入と問題の先送りにつながることさえあり得ること、 等々を、 参加者共通の認識とすることができたように思う。
 しかしながら、 パートの究極の目標は正規職員と同じような存在となることなのか、 パートでなければできない働き方、 暮らし方、 生き方とはどんなものであり、 生協はいかにそれを応援していくべきなのか、 という一歩進んだ生協パート労働論の展開は、 今後の課題として残された。 生協に最も近いところにいる生活者である生協パート労働者に生協がどう向かい合っていくか、 その答えを見つけ出せるか否かに、 生協という事業体の運命がかかっていると言ったら言い過ぎだろうか。 パート問題は、 単なる労務上の一問題ではなく、 生協の存在意義そのものへの問いかけでもあるように思われるのである。
〈座長:杉本貴志 (関西大学)〉


第3分科会 『組合員の活動を考える』 
 第3分科会 『組合員の活動を考える―これからの組合員活動のあり方を探求するために―』 は、 まずまずの成果をあげたと言えるだろう。
 この分科会の設定には、 日生協の第9次中期計画策定の論議から組合員参加や組合員組織の位置づけをめぐって課題が浮上し、 めぐりめぐって私達の研究所に持ち込まれたことがある。 研究所発足以前には組合員活動研究会が存在し、 分科会を担ったばかりでなく、 「書いてまとめる」 ことにこだわって、 組合員の学びと育ちあいを探求した 『田中恒子ゼミナール』 も存在した。 だが、 「生協像のゆらぎ」 を問い直す動向が生じはじめた状況下で、 生協立の研究所における共同研究ではストレートに組合員活動を対象にすることを回避してきた経過がある。
 そこで、 分科会という名称でありながらも注目すべき事例の交流をおこない学び合う場を設定した。 各人の関心に応じて質問を各事例ごとのブースでおこない、 主体的に事例から学べるものを吟味するという独自の方法をとり、 各事例についてよく知るコメンテイターがブースごとのやりとりをふまえながら全体の場でコメントをおこない、 全体の討論の材料にするという、 これまでの分科会運営になかった新しいやり方を採用した。 アンケートで見る限り、 参加者には各報告の内容とともに、 こうしたやり方は 「よかった」 との評価を得ている。
 ララコープから報告していただいた 「ララパーティ」 は、 人と人とのつながりをつくることによってくらしの中の情報が交流され、 コミュニティに開かれた場づくりの意義が確認された。 名勤生協からの報告では、 「子育てひろば」 の教訓化からくらしの変化にどれだけ対応しているのかを問い直す必要を自覚し、 総代が5年後のくらしと生協への期待を問う活動をおこなった結果が、 中計論議や店舗政策につながり始めているという内容であった。 また、 コープこうべからは 「次の若い世代がいない」 「地域が見えていない」 という状況の突破口を職員の意識改革に求めた事例が報告され、 コメントの 「生協には活動のスキルはあるが、 コーディネイトのスキルはない」 との指摘は注目をあびた。 パルコープの住まいの研究会からの報告では、 15年間の蓄積に圧倒されるとともに継続できた秘密がまとめて発表されたが、 職員とのかかわり、 生協内での位置づけをめぐって論議がおこなわれた。
 しかし、 全体討論では班についての発言が相次ぎ、 論争になる可能性も生じた。 主催する側としてはあえて班や組織改革にふみ込むことを回避していただけに、 予想外のことと受けとめている。 研究所としては、 組合員活動をめぐって交流し論議する場が求められていることを実感出来たが、 共同研究をどう構築するかは未定であり、 とりあえず分科会での論議をじっくりと整理・検討することにしたい。
〈座長:井上英之 (大阪音楽大学)〉

〈コーディネイター 浜岡政好氏〉
〈鷲田清一氏 (大阪大学副学長)〉
〈シンポジウム―いま生協に何が期待されているか?―〉
〈コープこうべの事例交流のブース〉