『協う』2004年8月号 コロキウム

「スローな働き方」 論をめぐって
都留文科大学社会学科 教員
田中 夏子

1. はじめに― 「スローな働き方と出会う」1 の土台にある想い
 ここ数年の間に、 卒業生からの連絡が目だって増えてきました。 仕事上の悩みについての相談ですが、 その悩みの深さが徐々に深刻なものになっているような気がします。 しかもいわゆる営利企業への就職者のみならず、 労働者の権利を重視するはずの協同組合や非営利的な事業組織への就職者にも、 働き続けることへの不安がのしかかっているようです。
 多忙さやノルマへの対応に苦しみ、 心身のバランスを崩して医療機関にかかりながら、 ようやく仕事を続けているという卒業生も複数、 見受けられるようになりました。 フリーターをめぐる議論は盛んになっていますが、 正規採用を果たし、 落ち着いたかにみえる若い人々にとっても、 「仕事」 が文字通り心身を痛めつける深刻な課題となって迫ってきていることを考えると、 現代社会の 「仕事」 のあり方に対する問い直しは、 決してフリーターだけの問題でないことは明らかです。
 こうした傾向は、 若い層に顕著に表れているとはいえ、 働く者、 あるいは働くことを望む者全てに共通した状況といえましょう。 むしろ思い切って自分を取り巻く 「仕事のあり方」 に警鐘をならす若い層が増えてきたと見るべきかもしれません。 その警鐘を無駄にしてはならない…そんな気持ちがあって 「スローな働き方」 論を考えるようになりました。
 昨今指摘される 「景気回復の兆し」 は、 雇用への結びつきが見られず、 むしろ不安定就労が普遍化しています。 活況にあると言われる一部の産業でも 「雇用」 については2ヶ月〜半年の期間工で対応し、 正社員比率を減少させることが 「戦略」 となっています。 当然、 残る側の正社員にとっても生き残り競争が激化し、 人間らしい働き方がますます空洞化していくでしょう。 それは市場原理の貫徹する営利的な企業ではもとより、 市場原理を一定相対化するはずと期待されてきた非営利・協同事業や教育現場においても、 無縁なことではなくなってきています。
 こうした 「働き方」 の危機を目の当たりにして、 若い人たちとも問題意識を共有しながら、 新しい 「仕事文化」 を実践的な観点から生み出していきたい…現在はそうした思いを強くしています。

2. 「協同的労働」 の研究を 「仕事文化の創造」 から捉え直す
 非営利・協同事業といえども、 決して 「人間らしい働き方」 が自動的に保障されているわけではありません。 当たり前のようですが、 しかしともすれば私はこれまでそうした問題を積極的に考えてきませんでした。 理由は二つあります。 一つは、 人々の暮らしや仕事の切実な必要性の中から生み出されてきた非営利的な協同事業は、 その土台にボランタリーな活動や社会運動的な要素が多く含まれています。 経済的な対価の保障はないけれど、 社会的意義の大きい仕事ということで、 その担い手として一定の苦労が伴うのは当然という考え方があったからです。 二つ目は、 仮に担い手として活動のあり方に厳しさを感じたとしても、 「民主的な運営」 を唱う非営利・協同組織にあっては、 関わる人々が自発的に対話し、 調整しながら解決を志向する傾向が強いはずだと考えていたからでした。
 私はこれまで、 ワーカーズ・コープや市民事業 (NPO や農村に展開する女性たちの加工・直売等)、 あるいはイタリアの社会的協同組合について、 現場の方々に多くを学んできました。 その過程で、 「仕事の組み立て方」 や 「仕事文化」 についても、 貴重な哲学や工夫が存在することを実感しています。 自分たちの抱える問題解決を第一の事業目的としている以上、 人間を大事にする働き方が導入されるのは当然ですが、 それに留まらず、 多くの現場では、 組織や事業が安定してもなお、 「仕事における人間性」 をないがしろにすまいという執念があるように思いました。
 自発的な対話・調整機能が、 通常の企業組織と比べ、 非営利・協同組織において、 少なくとも初発の時点では優れていることは多くの人が実感しているところです。
 しかしにも関わらず、 そうした現場の解決能力に依存するだけでは乗り切れない課題も出てきているのではないでしょうか。 「営利的な企業と比べてマシ」 だからと楽観するのでなく、 非営利・協同の理念を掲げつつも 「働きにくさ」 を生み出す構造と全く断絶しているわけではないことに、 もっと目をむけていきたいと考えるようになりました。
 ここまでのことを整理すると次のようになりましょう。
 これまでは、 協同的労働の研究は、 企業社会や市場原理至上主義の批判として取り組まれてきました。 しかしいまや、 営利、 非営利問わずに 「働きにくさ」 はあらゆる現場で進行しています (生協、 農協、 ワーカーズ・コープ、 医療・福祉、 学校、 公務労働、 市民事業等)。 営利的な事業組織=人間軽視の働き方、 非営利的な事業組織=人間が大事にされる働き方、 という単純な構図での研究では、 非営利・協同の現場で働く人たちの声に答えるものとならないでしょう。 したがって、 研究視点を、 下図のように、 「非営利から営利を批判する」 (←■) という構図のみならず、 非営利・協同的な事業組織も含めて、 市場的な価値が唯一視される枠組みそのものを、 「人間が大事にされる働き方、 暮らし方とは何か」 を問いつつ、 見直していく段階 (←■) ではないかと考えています。
 以下のスロー論はこうした問題意識を背景に置いた議論であることを、 最初に述べておきたいと思います。

3. スロー論の前に、 現代社会とスピードの抜き差しならない関係
(1) スピード偏重の具体的な姿
  「スロー」 という言葉は幅のある言葉です。 言い換えれば 「捉えどころのない言葉」 とも言えます。 ですからまず、 「スロー」 に私たちがどのような意味を託したのか、 そこから議論に入りたいと思います。 そのために、 遠回りのようですが、 まず反対語の 「スピード」 について若干の考察をしておきましょう。
  「スピード」 にはその語源からして繁栄や成功という意味があったとされており、 古来から 「望ましい価値」 として社会に浸透しています。 しかし現代は、 「スピード」 が、 これまでと比べて飛躍的に重みを持つ時代となっています (「よりスピーディに」 「リードタイムの短縮」 「クイック・リスポンス」 …等、 「スピード」 への駆り立てを象徴する言葉が経済誌には氾濫しています)。 その 「スピード」 偏重を想起させるいくつかの例を見ましょう。

例■タイの日系企業カーラジオの生産現場では最新の製造ラインの効率化によって、 一挙に1/3の時間短縮を達成しています。 生産現場のスピードアップはその前後の工程の短縮も促し、 部品サプライヤーとの生産計画調整期間も、 これまで3ヶ月だったのが、 2週間と1/6に縮小されました。 さらに三ヶ月毎契約の派遣労働が主戦力となり、 そのことが 「いつ自分の仕事も派遣に置き換わるかわからない」 という不安を正社員に与え、 大きなプレッシャーとしても機能しています。 すなわち工程はもとより、 労働、 事業者間関係全てにわたって短期化が徹底していくわけです2。
例■ IT 革命の浸透によって、 情報伝達が高速化し、 それと連動して市場の動きもまた加速していきます。 大蔵官僚時代、 その敏腕さから 「ミスター円」 と呼ばれたエコノミスト榊原英資氏は、 現代資本主義の構造転換を理解する上で 「スピード」 の概念を重要視しています3。
例■近年の機関投資家の機能も、 企業経営におけるスピード信仰を促す大きな要因となっています。 短期で資金運用成績の向上をはかるよう企業に要求する機関投資家が、 市場での主導権を握り、 それが企業経営の 「短期主義」 を促進しているからです4。
(2) 私たちはどこに追い込まれるのか
 以上、 企業の飽くなき効率追求、 情報技術の躍進、 投資家の発言権の拡大と、 「スピード」 化を促す要因のほんの一部を挙げました。 それでは、 こうした 「より速く」 を志向する社会は、 私たちをどこに追い込んでいくのでしょうか?
 アメリカのホワイトカラー労働者の研究を重ねてきた社会学者 R. セネットはこんなふうに言います。
「忍耐をなくし、 目先の時間に集中していく社会にあって、 我々は長続きする自分の価値をどう見いだせばよいのだろうか。 短期的なものにすべてを捧げる経済構造の中で、 たえず分解され、 頻繁に再構築される組織の中で、 どうすれば人間相互の忠誠心や関わり合いを維持できるのであろう」5。
 さらに、 管理職や技術専門家等エリート層の労働実態を見てきた金融ジャーナリスト、 ジル・フレイザーも、 近著 『窒息するオフィス―仕事に脅迫されるアメリカ人』 の中で、 企業社会の 「成功者」 と目される人々の、 心身ともにすり切れていく様子を描出しています。 短期勝負の業績主義、 長時間・過密労働の果てのレイオフが蔓延する中、 人生に見通しが持てないつらさ、 家族との時間の消失、 地域社会への無関心が広がっていくことを危惧したこの本6の中で、 「社会の共同体的な構造を弱めるとともに、 充実したバランスのよい生活を送る潜在能力を低下させた」 と結論づけています。
 こうして見てくると、 もはや単に 「ゆとりを失っている」 といった悠長な段階ではありません。 生きる意欲さえ奪われかねない過密な労働条件のもとにあって、 自分のみならず支え合うべき家族、 仲間、 社会も見失っていく、 というフレイザーの指摘に、 大きくうなずく人々は多いはずです。
  「スローへの希求」 は、 こうした深刻な現実を背景にして広がっていったものと言えます。 しかし次節に見るように、 その 「スロー」 すらも市場にとっては 「道具化の対象」 となり得ることを忘れてはならないでしょう。

4. 二つの 「スロー」 の存在―市場化された癒しか、 市場の相対化か
  「スローフード」 に顕著なように 「スロー」 という言葉は、 初め、 現在の支配的な社会経済の仕組みに対する異議申し立てをこめた 「オルタナティヴ」 として登場しました。 しかしこの言葉の持つ不思議な魅力故に、 市場の中で消費される 「商品」 としての 「スロー」 も氾濫するようになりました。 物財の量的豊かさの次に来るものとして 「心の豊かさ」 が唱われたり、 「ドゥー・イット・ユアセルフ」 (DIY) や 「田舎暮らし」 の推奨等自らが手間暇かけて何かに取り組む、 そういった 「ひととき」 の演出や 「癒し」 が市場化、 商品化の対象となっていったのです7。 広井良典氏はこうした現象を、 量的な拡大が飽和状態となって、 「モノの消費」 から 「時間の消費」 に市場のターゲットが移ってきたとしています8。
 一方、 「市場を相対化するスローの価値」 は、 前節のように、 私たちの労働、 暮らし、 考え方すべてが市場の圧倒的な影響力のもとに置かれている今日、 容易に具体化され得るものではありません。 一体 「成熟した市場」 に 「新たな商品」 として登場した 「消費対象」 としての 「スロー」 論ではなく、 社会構造を変えながら人間らしい暮らしを獲得していくための 「スロー」 論とはどのようにして可能なのでしょうか?
 このことを次節で■ 「『スロー』 な地域づくり」 と■ 「『スロー』 な働き方・仕事起こし」 の二つから考えていきたいと思います。

5. スローフード論から具体化し始めた 「スロー」 をめぐる実践と考え方
(1) 「スロー」 な地域づくり
 イタリアを発祥とするスローフード運動では、 マクドナルドに代表される 「ファストフード」 の 「ファスト」 を、 「選ぶことなく、 評価もせず、 理解しようともしない。 食べ物に対して全く注意を払うことなく、 それを考えもなく口に運ぶ」 態度と表現しています。 そして 「スローフード」 の条件として、 「その土地の産物であること」 「素材の質のよさ」 「その土地にあった調理方法」 「その土地に活気を与え、 郷土の社会性を高めること」 の4点を挙げています9。 これは 「食」 をめぐる条件ではありますが、 他の領域における 「スロー」 論を作っていく上でも、 大変参考になる指摘です。 言い換えれば 「スロー」 論の底流にある基本的な条件とも言えるのではないでしょうか。
 たとえば、 経済的な条件不利に悩まされ、 また合併問題で翻弄される様々な地域で展開している地域的な取り組みを見ていくと、 表1に示すような特質が見えてきます。 それらはスローフード論の基本的な考え方と多くの重なりを持っています。
 つまり、 ■内発的であること、 ■ 「市場の論理」 でなく 「暮らしの論理」 で発想すること、 ■プロセスや方法も自分たちの身の丈で構想すること、 ■様々な人々の参加を保障し、 外に開かれたものであること等です。
(2) 「スロー」 な働き方
 同様に、 ワーカーズコープや NPO あるいは労働者協同組合における 「仕事」 のあり方を考える際も、 先の条件は大変示唆深いものと言えます (表2)。
 従来、 ワーカーズコープは、 「労働者による出資・経営 (出資の多寡にかかわらず同等の発言権)」、 「事業目的の社会的意義」、 「マルチステークホルダー型組織」 等、 産業民主主義の側面からの特徴づけがなれてきましたが、 そこで展開する 「仕事文化」 や 「市場に対する規制力としての暮らしの論理」 の構築という面から今一度、 性格づけをしていく必要があると感じています。
 ここまでは 「スローな地域づくり」 と 「スローな働き方」 を、 それぞれ独立的に紹介してきましたが、 本来、 この二つは密接な関係にあります。 さらに言えば密接な関係にあってこそ、 市場の道具としての 「スロー」 でなく、 市場を相対化するための 「スロー」 となるのではないか、 と私は考えています。 そのことを次の例によって見ていきましょう。

6. 「自らの働きにくさ」 と 「地域の暮らしにくさ」 をつなげる、 ある農業協同組合労組の取り組み
 ある農協労働組合の学習会に参加させてもらいながら、 協同組合の職員たちの 「働きにくさ」 がいかに深刻であるか、 うかがい知る機会がありました。 自治体合併に先駆けるように大規模な組織合併が行われ、 事業合理化を行ってきた職場について、 様々な悩み11がやりとりされていましたが、 いずれも 「合理化推進」 の名のもとで、 増大する 「働きにくさ」 の一端が如実に語られています。
 こうやって組合員の 「働きにくさ」 を、 学習活動の中に位置づけようとしてきた労働組合は、 経営側との交渉で、 農協合併・合理化によって進行する 「矛盾」 を経営側にぶつけようと思っても、 労働強化や賃金問題等、 自分たちの狭い職場の論理でしか対抗できないことに、 労働運動としての限界を感じたといいます。 そして経営方針そのものを問いただしていくためには、 「職場の論理」 のみならず、 「本当に地域で何が起こっているのか」、 その実態を把握した上で、 地域社会が求めているものと、 自分たちの仕事に関わる要求とを結びつけていかなければ、 農家組合員の共感を得ることも不可能だと判断。 労組執行部を中心に、 農協支所が廃止されつつある集落の調査活動等を展開していきました12。
  「調査」 というと、 一般的には 「調査する側」 の論理で進めてしまうケースが多い中、 この調査では、 自分たちが地域で見落としてきたことは何か、 それを浮かび上がらせることが主眼になっています。 調査に参加した労組執行部には、 農家経営についても地域的な特徴についても、 仕事柄、 熟知した営農指導担当者が多く、 「はじめは、 あらためて農家の話を聞かなくとも自分は農家のことなら何でも知っているという自負があった」 といいます。 しかし条件不利地の山間部で 「若い農業者が手応えを感じて野菜を作っている姿」 や 「この地区の農業と暮らしはこの地区で守る」 という農業者の気迫に出会って、 「営農指導員として接していた時とは異なる農家の姿や地域の様子が見えた」。 さらに地域に芽生える小規模な協同事業や文化活動に触れて、 「こういう地域の事実や農家の気持ちから自分たちの仕事を組み立てていかないといけない」 ことを痛感したとも言います。
 調査活動に同行させてもらいながら、 「地域の生きにくさ」 と 「職場での働きにくさ」 を結びつけながら突破口を見いだそうとするこうした調査学習運動は、 先に挙げた 「スローな地域づくり」 と 「スローな働き方」 の希求に重なる発想が多いことを随所で感じました。

7. 結びにかえて― 「非営利・協同的な労働」 の内側への、 二つの問い直かけ
 人間らしい働き方を求めて生まれたはずの 「非営利・協同労働」 の現場でも、 市場の一部として機能せざるを得ない以上、 往々にして低賃金、 長時間労働等 「働きにくさ」 の存在は否定できません。 非営利・協同の現場で力を発揮する友人たちや卒業生たちが、 身体を壊したり心のバランスを崩したり、 家族と共に過ごす時間を持ち得なかったり…そうした葛藤を抱きながらも、 なんとか市場原理に翻弄されない新しい働き方を切り開こうとして格闘する姿を、 私も目の当たりにしています。
(1) 非営利・協同が持つ、 自らの 「仕事文化」 の再検討を
 これまで、 そうした葛藤は、 個々人の工夫や励まし合いによって乗り越えるべき内側の問題とされる傾向にありました。 あるいは市場に蔓延する大手企業の不当なダンピングや、 契約金の切り下げ等、 市場の暴走に対する規制が機能し、 経済の民主化が進めば自ずと解決すると考えられきました。
 しかし理念や社会的使命を伴う仕事だからこそ 「多少の無理は当然」 とする非営利ならではの 「内なる規範」 も存在することは否めません。 さらにより多く仕事にコミットしている人がより多くの発言権を有するといった心の習慣も、 運動組織の場合払拭できないのが正直なところです。
 第一の問いかけは、 これら自らの持つ内なる 「仕事の文化」 を再検討していくことが、 「協同的労働」 にとって必要な作業ではないかという点です。  
(2) 自営、 農業を含めた、 労働評価の不均衡問題への取り組みを
 さらに、 協同的な労働と連帯的な立場にある自営や農業の現場が内包する不均等13に対して、 非営利・協同の側は必ずしも積極的な働きかけをこれまでしてこなかったように思います。 自営や農家の所得が少ないというとき、 その少ない所得が事業に携わる者の間でどのように配分されているかはほとんど問われてきませんでした。
 農家や自営は、 経営形態からすれば非営利・協同組織ではありませんが、 社会的機能としては公益性の高い事業組織です。 地域づくりに腰を据えて取り組む人々には、 自営商店者が少なくないのは決して偶然ではないでしょう。 地域社会を支えることと、 自らの経済活動を支えることとが重なり合う課題として認識されているからです。
 また農家、 とりわけ女性たちの直売や加工は、 その経済的成果や事業手法が近年着目されていますが、 活動を総合的に捉えていくと図2のように公共的な広がりが見えてきます14。
 こうした活動は、 その社会的意義が認められつつも、 経済的な評価となると市場と社会によって、 二重に周辺化された存在となっています。 もし、 非営利・協同の陣営が、 「市場の論理」 に対する抵抗力を発揮し、 オルタナティヴを志向するならば、 広義の協同的労働の内部にある労働評価の不均衡を置き去りした形では進まないと考えられます。 この場合の 「不均衡」 とは男女に限らず、 障害の有無、 生産能力の差等が含まれます。 一定の 「差」 が存在するとしても、 それが市場の論理をそのまま再生産した結果の 「差」 なのか、 自分たちの考え方による 「差」 なのかの問い直しが必要となりましょう。

 本稿では、 非営利・協同的労働が、 市場に対する意義申し立てを深めいくための問題提起を目的として、 「スロー」 論を援用してきました。 「スロー」 論は 「スピード」 や 「ファスト」 に対抗する発想であると同時に、 私たちが非営利・協同の中で当然視してきた 「内なる仕事文化」 を相対化する契機をも提供しているのではないでしょうか。 図1に戻って確認するならば、 非営利・協同の陣営がこれまで担ってきた 「市場に対する批判」 (■) に加えて、 自分たちの蓄積を今一度相対化する視点 (■) も含めた研究の展開が求められていると感じています。

(注)
1 田中夏子・杉村和美著 『現場発 スローな働き方と出会う』 岩波書店、 2004年
2 末廣昭 『進化する多国籍業』 岩波書店、 2003年
3 榊原英資 「市場と速度」 藤原書店 『環 ―スピードとは何か―』 15号、 2003年秋号
4 奥村宏 『エンロンの衝撃―株式会社の危機』 NTT 出版、 2002年
5 R. セネット著 『それでも新資本主義についていくか―アメリカ型経営と個人の衝突』 ダイヤモンド社、 1999年
6 J. フレイザー 『窒息するオフィス―仕事に脅迫されるアメリカ人』 岩波書店、 2003年
7 月刊 『宝島―生産効率から手間ひまへ/ 「非効率』 が会社を伸ばす!!』 613号、 2003年9月
8 広井良典 『定常型社会―新しい豊かさの構想』 岩波書店、 2001年
9 東京スローフード協会 『スローフード宣言』 木楽舎、 2001年
10 「スローな地域づくり」 については、 三井物産戦略研究所が事務局となって 「スロータウン連盟」 を立ち上げ、 全国60の市町村がこれに加盟をしているが、 この連盟では 「スピードとスロー」 の両立を唱う立場を取っており、 市場至上主義に対する異議申し立てよりは、 市場の隙間で生き残りをはかるといったニュアンスが強い。 スロー論が多くの異なるベクトルを含んでいる一つの証左であろう。
11 具体的な発言内容を示すと、 「かつては職場毎に行われていた話し合いが、 職場が合併で大きくなると消えていく」 「現場の話し合いなど飛び越して上から一方的に方針が降りてくる」 「管理職として部下たちが仕事にきつさに苦しんでいる様子を上に伝えると、 『そんな不満はお前がおさえろ』 と言われる」 「若い時、 自分がやっている仕事の意味を考えないまま 「上司」 になった。 だから今、 部下に仕事の意味をどう伝えいいかわからない」 等。
12 この調査は、 南信州地域問題研究所の鈴木文熹氏の指導によって展開されたものであるが、 いわゆるアンケート調査ではなく、 むしろ聞き手の仮説的な枠組みの当てはめを極力排した、 「傾聴」 にちかい聞き取り調査である。 自治体労働者、 保健士、 精神保健関連の運動団体、 農協労組等、 多くの調査活動が蓄積されてきた。 詳しくは、 南信州地域問題研究所編 『国づくりを展望した地域づくり―長野・下伊那からの発信』 やどかり出版、 2004年を参照。
13 農業に従事する女性の7割が一切の経済的対価がなく、 また対価を受け取っているとする残りの3割のうち、 定期的な給与として位置づく形での対価を受け取っているのはさらにその三分の一 (日本農業新聞)。 自営の場合も同様の実態で、 男性の工賃と、 家族従業者たる女性の工賃とでは約2倍の開き。
14 農村女性の諸活動が持つ 「公共性」 については、 田中夏子 「農村女性の社会的活動と地域社会における公共圏の形成」 日本地域社会学会 『地域社会学年報』 第14集、 2002年。

プロフィール
たなか なつこ
東京生まれ。 大学卒業後、 銀行勤務を経て、 労働者協同組合全国連合会にて機関誌編集を担当。 その後、 イタリアの協同組合や中小企業について学びたいと考え、 イタリア貿易振興会にてイタリア産業機械の輸入促進事業に携わる。 1993年から長野大学にて信州をフィールドにした非営利・協同組織の研究を行ってきた。 2003年からは山梨県の都留文科大学に勤務。

(図1) これから必要とされる研究アプローチ
(表1) スロー論と 「地域づくり」10 との重なり
(表2) スロー論と 「もう一つの働き方」 「非営利・協同労働」 との重なり
(図2) 農村における女性たちの多様な 「仕事」 の場面と、 各場面相互の響き合いの関係