『協う』2004年8月号 エッセイ

たかが 「おしゃべり?」 −されど 「おしゃべり!」
広島県生活協同組合連合会
専務理事 岡村 信秀

 

 近年、 農村地域では一人暮らしの高齢者の消費者被害が多発するという深刻な事態をよく耳にする。 被害に遭った高齢者は誰にも相談出来ず泣き寝入りしているのが一般的であるが、 適切な対処により被害が免れたケースも見受けられる。 それは、 日頃からよくおしゃべりをしている民生委員や定期的に訪問してくれているヘルパーに相談し解決した例である。 近くに生協の組合員はたくさん住んでいるが、 日常的なつながりがあまりないので、 高齢者は身近な民生委員やヘルパーに相談するという。
 私は、 そのようなケースに出くわすたびに、 「なんで生協ではないのか?」 と歯がゆい思いをよくする。 生協は■地域社会のために■と口にする事が多いが、 まだまだ身近な暮らしの助け合いからはほど遠い存在なのかもしれない。 ところが、 その歯がゆい思いを捨て去る出来事がおこった。 それは、 六月十九日〜二〇日に開催された 「くらしと協同の研究所」 の総会記念シンポ・分科会の中で、 とりわけ第三分科会に参加して思いがけない事に出くわしたことである。 全国各地の生協で 「おしゃべり」 を起点とし、 組合員のエネルギーが新たな協同運動を今まさに形成しつつあるではないか。 各地の生協の組合員がおしゃべりをきっかけに、 様々な活動を実に元気に活き活きと語っているのである。 それは、 「おたがいさま」 「子育て支援」 「○○パーティ」 「△△サークル」 「××倶楽部」 など多彩であるが、 その共通点は組合員の主体性や自発性に基づいた自己実現の取り組みにあった。 まさにおしゃべりが産み出した新しいエネルギーと新たな協同運動が全国の各地で広がりつつある事を実証してくれた第三分科会だった。
 このおしゃべりを起点とした新しいエネルギーと新たな協同運動こそが、 転換期における生協運動を、 時代に適合した方向へと導いてくれるのではないだろうか。 だとすると、 単協の理事会はこの動きを真正面から受け止め、 励まし、 応援を積極的に推進すべきなのであろう。 さらに理事会はこの新たな協同運動が持続的に発展していくために、 組合員の主体的・自発的なエネルギーを阻害するような様々な要因を出来る限り取り除き、 フレキシブルな組織運営に転換する事が求められる。 私は、 その継続がやがては組織全体を活性化させ、 経営環境に対しても好影響をもたらすのではないかと期待している。