『協う』2005年6月号 コロキウム

誰がどのように
平和をつくるのか
−日本国憲法と世界の NGO −


立命館大学国際関係学部教授
君島 東彦


 平和をつくる方法について考えるとき、 わたしたちにとって最も身近にある指針は、 日本国憲法の平和主義だろう。 本稿でも、 日本国憲法の平和主義をきっかけに、 平和をつくる方法について考えたいと思う。
平和学から見た日本国憲法
 いま平和について考えるとき、 20世紀後半に生成、 発展した平和学の成果を無視することはできない。 日本国憲法の平和主義も、 世界の平和学の到達点、 共通認識に照らしたうえでとらえ返すことが求められる。
 まず平和学の共通認識として、 こういうことが言える。 平和の実現とは暴力の克服であるが、 われわれが克服すべき暴力には戦争のような直接的暴力の他にも、 構造的暴力がある。 構造的暴力とは、 社会構造の中に組み込まれている不平等な力関係、 さまざまな格差であり、 経済的搾取、 政治的抑圧、 差別、 植民地支配などが挙げられる。 わたしたちがめざす平和とは、 直接的暴力と構造的暴力の両方の克服である。
 この共通認識を確認したうえで、 ひるがえって日本国憲法の平和主義に目を向けてみる。 日本国憲法の平和主義は、 とりわけ前文第2段落と9条に示されている。 前文第2段落は、 全世界の人々の平和的生存権を確認し、 それを保障する公正な世界秩序をつくるために、 日本の市民と政府が行動することを求めていると解される。 公正な世界秩序とは、 「専制と隷従、 圧迫と偏狭」 「恐怖と欠乏」   つまり構造的暴力  が克服される世界秩序である。 また9条は、 武力による威嚇、 武力の行使、 軍隊の保持を禁止し、 交戦権を否定しており  すなわち直接的暴力を克服しようとしており  、 日本の市民と政府の行動は武力によらないものでなければならない。
 このように見てくると、 日本国憲法の平和主義は、 構造的暴力と直接的暴力の両方を克服しようとするものであり、 平和学の共通認識に照らしても、 その妥当性が再確認される。 日本国憲法の平和主義は、 構造的暴力と直接的暴力の両方を克服しようとしている点で、 非暴力平和主義と呼べると思う。
誰がどのように平和をつくるのか
 日本国憲法の前文と9条を読んで気づくもうひとつのことは、 「誰が平和をつくるのか」 に関する日本国憲法の考え方である。 「日本国民」 (the Japanese people) という前文および9条の主語などからみて、 日本国憲法は平和をつくる主体としてひとりひとりの市民、 そしてその集合体  ピープル  を想定していると考えられる。 政府でも国家でもなく、 ピープル、 市民が平和をつくるのだという日本国憲法の認識は明解である。
 それではピープル、 市民はどのように平和をつくるのか。 市民が平和をつくろうとするとき、 大きく分けて2つのルートがある。
 第1のルートは議会制民主主義および裁判のルートである。 主権者である市民は、 選挙・議会を通じて、 政府の平和政策をコントロールしようとする。 あるいは政府の平和政策を事後的に裁判所でチェックしようとする。 一国単位の議会制民主主義および裁判のルートを使うことはもちろんである。 日本国内を例にとると、 国会の多数派および政府は日本国憲法9条2項にもかかわらず、 自衛隊を維持・拡大・活用しようとする法律を制定し、 政策を実施してきたから、 日本の市民は日本国憲法の平和主義に立脚して、 そのような立法に反対する運動、 そして自衛隊の行動の憲法9条適合性を争う訴訟を行なってきた。
 それに加えていまでは、 市民は国境を越えて連帯し、 国家を超える領域においてグローバルな政治過程 (国連総会など) や司法過程 (国際司法裁判所など) を使うようになってきた。 このとき、 国境を越える市民の連帯である NGO が重要な役割を果たす。 これらの NGO は政策提言型の NGO である。
 第2のルートは、 議会、 裁判所、 国際機構などに働きかけるのとは別に、 わたしたち市民自身が平和をつくる活動をするルートである。 これはさまざまな実働型 NGO のかたちをとる。 これについては後で詳しく述べる。
「しない」 平和主義と 「する」 平和主義
 戦後日本において、 日本国憲法の平和主義にもかかわらず、 日本政府は米軍の駐留を支援し、 自衛隊の行動を拡大しようとした。 これに対抗して、 前述のように第1のルート=議会制民主主義および裁判のルートで、 日本の市民は米国の戦争に加担しないこと、 自衛隊を海外に派遣しないこと、 戦争をしないことをめざした。 これはいわば 「しない」 平和主義といえる。 自衛隊がイラクに派兵された現在、 「しない」 平和主義の重要性を改めて確認しなければならない。 が、 それは平和主義の半分である。
 もう半分は 「する」 平和主義である。 「しない」 平和主義を実現すること自体、 決して容易なことではないが、 もし 「しない」 平和主義が成功すると、 日本は何もしないという結果になる。 軍事行動しない。 それはきわめて重要であるが、 それでは何をするのか、 それが問われる。 前述したように、 日本国憲法の平和主義は、 公正な世界秩序をつくるために、 日本の市民と政府に積極的な非軍事的行動を求めている。 「する」 平和主義が不可欠なのである。
 しかし、 戦後日本において、 「する」 平和主義は決定的に不足していたと思う。 戦争への加担を阻止するための行動には一定の成果が見られたが、 武力によらずに東アジアおよび世界の平和をつくるための実践、 公正な世界秩序をつくるための実践が不足していた。 「する」 平和主義として、 何よりもまず前述の第2のルート=さまざまな NGO 活動があるとわたしは思う。 市民、 ピープルが平和をつくる1つのかたちが市民の連帯としての NGO である。
NGO の時代としての1990年代
 1990年代には NGO の台頭を示す大きな流れがあった。 まず第1に、 地球サミット (リオデジャネイロ、 92年)、 世界人権会議 (ウィーン、 93年)、 世界社会開発サミット (コペンハーゲン、 95年)、 世界女性会議 (北京、 95年) など、 国連主催の世界会議において、 NGO が政府や国連と連携あるいは対抗しつつ、 人権、 民主主義、 環境保全などの価値を実現しようとしたこと。
 第2に、 核兵器の違法性に関する国際司法裁判所の勧告的意見を引き出した 「世界法廷運動」 (92-96年)、 対人地雷全面禁止条約の締結をかちとった 「地雷禁止国際キャンペーン」 (92-97年)、 そして国際刑事裁判所規程を成立させた 「国際刑事裁判所を求める NGO 連合」 (95-98年) など、 世界の NGO の連携が軍縮国際法形成に決定的な役割を果たしたこと。
「ハーグ平和アピール」
 これら2つの流れを合流させて、 21世紀の平和構築の課題と方法を明確に示したのが99年にオランダのハーグで開催された市民平和会議 「ハーグ平和アピール」 だった。 700を超える世界中の NGO、 9000人を超える市民が集い、 21世紀の平和構築の課題と方法を議論した。
 この平和会議の準備過程でつくられた文書 「21世紀の平和と正義のためのハーグ・アジェンダ」 は、 戦争の廃絶、 平和構築の課題を網羅的に示している。 以下に見るように、 市民が取り組むべき平和への課題を 「戦争の根本原因/平和の文化」 「暴力的紛争の予防、 解決、 転換」 「国際人道法、 国際人権法とその制度」 「軍縮および人間の安全保障」 という4つの分野に整理し、 全部で50項目の個別課題を挙げている。 課題は平和教育、 性暴力の克服から核廃絶、 新自由主義的グローバリゼーションへの対抗、 世界経済の非軍事化まで多岐にわたる。 世界の平和 NGO の活動を包括的にとらえ、 それらを有機的に関連づけており、 世界の平和 NGO の認識と実践の集大成といえる。
「ハーグ・アジェンダ」 の構造
――平和構築の見取図
「戦争の根本原因/平和の文化」
  「ハーグ・アジェンダ」 の冒頭には平和教育が来る。 戦争や暴力を生み出す原因も、 平和をつくる力も人の心の中にあるから、 人間形成の問題が平和をつくる課題の筆頭に挙げられる。 また、 戦争、 暴力の背景には社会的不正義があることが多い。 環境的公正、 ジェンダーに関する正義、 植民地主義の克服など、 社会的正義の実現が平和をつくる。 貧富の差を拡大する新自由主義的グローバリゼーションに対抗することも平和をつくる行為である。
「暴力的紛争の予防、 解決、 転換」
 紛争はできるだけ予防することが重要である。 そして、 万一発生した場合には非暴力的に対処することが求められる。 早期に警戒し、 紛争が激化する前に対応することができれば、 非暴力の市民平和活動家を派遣することができる。 地域安全保障機構を強化すること、 政府と市民の連携による 「マルチトラック外交」 = 「新しい外交」 を実現することも求められる。
「国際人道法、 国際人権法とその制度」
 紛争を非暴力的に解決できなかった場合、 紛争に対する強制措置が必要となる。 国際司法裁判所の役割を拡大すべきであるし、 新しく活動を開始する国際刑事裁判所が、 戦争犯罪、 性暴力を適正に処罰することが期待される。 南アフリカの真実和解委員会のような方法も大きな可能性を持っている。
「軍縮および人間の安全保障」
 兵器の規制は大きな課題である。 核兵器、 対人地雷、 小型武器、 劣化ウラン弾、 宇宙への兵器配備など、 様々な兵器の規制、 縮小、 廃絶の重要性はいうまでもない。 軍事費の削減、 そして究極的には軍事経済から平和経済へ転換が必要となろう。 国家を軍事力で防衛するという 「国家安全保障」 ではなくて、 1人1人の人間の生命と生活を保障することをめざす 「人間の安全保障」 の考え方が広まったのも1990年代である。
 これらの課題にはすべて、 それに取り組んでいる NGO がある。 1つの NGO ですべての課題を成し遂げることはできない。 構造的暴力の克服を任務とする NGO、 直接的暴力の克服を任務とする NGO など、 それぞれの NGO が自己の課題を持って仕事に取り組んでおり、 平和構築の仕事はいわば NGO による分業体制になっているといえよう。
 また、 会議の最終日に発表された 「公正な世界秩序のための10の基本原則」 は、 「ハーグ平和アピール」 の討議のまとめであり、 「ハーグ・アジェンダ」 とともに21世紀の平和構築の指針である (「21世紀の平和と正義のためのハーグ・アジェンダ」 の50項目の課題のうち、 主要なものの相互関係をわたしなりに図示した 「平和をつくる課題  ハーグ・アジェンダの構造」 と 「公正な世界秩序のための10の基本原則」 を参照)。
「公正な世界秩序のための10の基本原則」
ハーグ平和アピール、 1999年5月15日
1. 各国議会は、 日本国憲法第九条のような、 政府が戦争をすることを禁止する決議を採択すべきである。
2. すべての国家は、 国際司法裁判所の強制管轄権を無条件に認めるべきである。
3. 各国政府は、 国際刑事裁判所規程を批准し、 対人地雷禁止条約を実施すべきである。
4. すべての国家は、 「新しい外交」 を取り入れるべきである。 「新しい外交」 とは、 政府、 国際組織、 市民社会のパートナーシップである。
5. 世界は人道的な危機の傍観者でいることはできない。 しかし、 武力に訴えるまえにあらゆる創造的な外交手段が尽くされるべきであり、 仮に武力に訴えるとしても国連の権威のもとでなされるべきである。
6. 核兵器廃絶条約の締結をめざす交渉がただちに開始されるべきである。
7. 小型武器の取引は厳しく制限されるべきである。
8. 経済的権利は市民的権利と同じように重視されるべきである。
9. 平和教育は世界のあらゆる学校で必修科目となるべきである。
10. 「戦争防止地球行動」 の計画が平和な世界秩序の基礎になるべきである。
(君島東彦訳)
NGOのイニシアチブによる
軍縮国際法の形成――日本の生協の貢献
 さきほど NGO の類型として、 政策提言型 NGO と実働型 NGO の2つの類型について述べた。 それぞれのタイプの NGO が、 具体的にどのように平和をつくるのか、 典型的な事例を挙げて、 説明したいと思う。 まず政策提言型 NGO の活動の事例として、 世界法廷運動を取り上げる。
 1996年7月8日、 ハーグの国際司法裁判所 (世界法廷とも言われる) から、 核兵器の威嚇・使用の違法性に関する勧告的意見を引き出したのが世界法廷運動である。 世界法廷運動は1992年5月に国際反核法律家協会、 核戦争防止国際医師会議、 国際平和ビューローという3つの NGO のイニシアチブで始まり、 世界の NGO の支持を得て、 非同盟諸国政府と連携・共闘しつつ、 WHO と国連総会を動かした。 最終的に国連総会の提訴に対して 「核兵器の威嚇または使用は一般的に国際法に違反する」 という勧告的意見を国際司法裁判所から勝ち取った。
 世界法廷運動の中で、 「公共良心の宣言」 署名が集められた。 これは 「核兵器は違法である」 という人々の信念=公共良心を明確にするために、 「公共良心の宣言」 署名を集めて、 それを国際司法裁判所に提出し、 核兵器の合法性の判断にあたって 「公共良心の要求」 を考慮に入れるよう裁判所に求めたものである。 世界全体で369万の署名が集められたが、 そのうち333万は日本の市民のものであった。
 日本で333万を超える 「公共良心の宣言」 署名を集める中心となったのは、 日本生活協同組合連合会である。 日本生協連は、 戦後50年にあたる1995年にふさわしい活動として、 世界法廷運動に注目し、 学習会と 「公共良心の宣言」 署名に取り組んだ。 その結果、 最終的に333万を超える署名が集まり、 国際司法裁判所へ提出された。 日本生協連の活動は、 世界法廷運動を日本の草の根レベルに浸透させる大きな効果があった。 「公共良心の宣言」 署名によって、 世界の草の根の市民とハーグの世界法廷がつながったのである。
 世界法廷運動は、 NGO が平和をつくる1つの方法を示している。 すなわち、 いくつかの NGO がイニシアチブをとり、 NGO の世界的なネットワークを組織し、 NGO のネットワークが主体となって NGO の主張に好意的な諸国政府  主として非同盟諸国および中堅諸国  と連携・共闘しつつ、 国連の内外で運動を進め、 軍縮国際法を形成するというものである。 いまの国際社会において、 条約を締結する主体、 軍縮交渉をする主体はあくまでも国家・政府である。 しかし、 世界法廷運動において、 国際的な政策形成のイニシアチブをとったのは政府ではなくて NGO だった。 NGO が各国政府に働きかけることにより、 政府を動かして国際的な政策形成にいたったのだった。
NGO による非暴力的介入
――武力によらない人道的危機への対処
 いま世界中で、 市民平和活動家の養成と派遣が強く求められている。 市民平和活動家は、 暴力的紛争の予防、 あるいはすでに起きてしまった紛争の非暴力的な解決、 転換に大きな役割を果たす。 ここでは、 市民平和活動家を養成し派遣する実働型 NGO を紹介する。
 まず1981年に設立された国際平和旅団 (Peace Brigades International, PBI と略称) がある。 PBI は1980年代以降、 世界各地で活動が活発になった 「第三者による非暴力的介入」 の手法を実践する NGO のひとつである。 非暴力的介入とは、 トレーニングを受けた非武装の多国籍の市民のチームが紛争地域へ入っていき、 そこで非暴力的な民主化運動、 人権闘争などに従事している人々に付き添うことによって殺戮や紛争の暴力化を予防しようとする試みである。 外国人が現地の活動家に付き添うことで、 「国際社会が見ている」 というメッセージを送り、 「国際社会の目」 が暴力を抑止する。 また、 外国人のチームはあくまでも紛争地域の運動体、 活動家の要請に応じて派遣され、 現地の人々が紛争の平和的解決を追求するための環境創出を目的としている。 外から 「平和」 や 「正義」 を押し付けるものではなく、 外国人が紛争を 「解決」 するわけではない。 紛争を解決するのはあくまでもその地域の人々である。
 1983年に PBI がグアテマラで活動を開始した当時、 グアテマラは軍による国家テロの支配のもとにあった。 人権や民主主義を主張する団体は危険にさらされ、 活動家の失踪や殺害が相次いでいた。 PBI が活動を開始して明らかになったことは、 PBI ボランティアのような国際的な第三者の同行者がいるときには殺人が起きず、 国際的な同行者がいないときには殺人が起きるということであった。 PBI のような国際的第三者の存在が、 暴力に対する抑止力となるわけである。 PBI は、 グアテマラで、 襲われる危険のある人権団体の幹部への護衛的同行を提供し、 非常に効果をあげた。 PBI はその後、 スリランカ、 ハイチ、 コロンビア、 エルサルバドルなどでも、 同じように護衛的同行を提供することを中心に活動してきた。 PBI の成功は、 同じように非暴力的介入を実践する他の NGO を生み出す刺激となった (PBI は2001年にノーベル平和賞にノミネートされている)。
非暴力平和隊 (Nonviolent Peaceforce)
 PBI などの活動で有効性が実証された護衛的同行の活動を、 人道的危機に際して緊急かつ大規模に実施できる組織を立ち上げる提案がハーグ平和アピールにおいてなされた。
 ハーグ平和アピールが開かれていた1999年、 NATO はユーゴを空爆していた。 世界の多くの NGO が NATO のユーゴ空爆を批判する声明を出したが、 他方でコソボにおける人道的危機に対し、 現に進行している殺戮をとめるための武力行使は必要であるとする主張もあった。 殺戮を傍観するのか、 武力行使するのか。 平和運動にとって、 「コソボ」 は厳しい試練だった。
 コソボで人道的危機が発生したとき、 PBI などの非暴力的介入 NGO の活動家は、 組織の不十分さを嘆いた。 PBI が紛争地域へ入っていくとき、 ひとつのチームの規模は平均して10人、 多くて30人である。 1993年からバルカン半島にも 「バルカン平和チーム」 という非暴力的介入 NGO が入っていったのであるが、 それも規模が小さいものだった。 ある人は、 もし1995年までに1000人の活動家がコソボに入っていれば、 1998年に勃発した暴力的な事態を回避しえた可能性が高いと考えている。 非暴力的介入 NGO の活動家は 「コソボの悲劇」 を痛恨の念をもって想起している。
 このような背景のもとに、 ハーグ平和アピールにおいて、 PBI などの非暴力的介入 NGO のそれまでの活動の成果を基礎にして、 人道的危機に際して緊急かつ大規模に派遣できる組織を立ち上げる提案がなされた。 それが非暴力平和隊である。
 非暴力平和隊は、 クエーカー教徒の絶対平和主義、 インドのガンディー主義、 キング牧師の非暴力運動、 日本国憲法の非暴力平和主義など、 世界各地の平和思想と平和活動の支持・協力を得て具体化し、 2002年にインドのデリー近郊で開かれた設立総会で、 正式に発足した。 非暴力平和隊は、 基本的には PBI などの非暴力的介入 NGO の活動の成果にもとづいて、 派遣するチームの規模を拡大するものである。 設立総会で最初のチームを派遣する場所として、 3つの候補地 (スリランカ、 イスラエル/パレスチナ、 グアテマラ) の中からスリランカを選び、 2003年11月以来、 スリランカで活動している。
 PBI や非暴力平和隊のような NGO による非暴力的介入という手法は、 紛争の暴力化を防ごうとするものであるが、 これはいわば対症療法であって、 紛争に対するより根源的、 構造的なアプローチが同時に必要である。 すなわち、 非暴力的介入の NGO は平和構築の一部を担うにすぎず、 人道的危機や暴力的紛争を生み出す地域の社会構造に注意を払い、 人道的危機を生み出さないような社会に変えていくことも大きな課題である。 そのためには、 公正な経済システムとすべての市民に政治参加を保障する民主制を構築することが課題となるだろう。
 1つの NGO ですべての課題に取り組むことは不可能なので、 NGO 間の分業が必要不可欠となる。 NGO は諸個人の連帯だが、 NGO 間の協力・連携も求められる。 この点で、 ハーグ平和アピールが作成した 「21世紀の平和と正義のためのハーグ・アジェンダ」 は世界の平和 NGO が取り組むべき課題の全体と分業の見取図なのである。
平和をつくるのは
オーケストラのようなものだ
 平和をつくるのは、 オーケストラの演奏のようなものである。 第1ヴァイオリン、 第2ヴァイオリン、 ヴィオラ、 チェロ、 コントラバスの弦楽器群、 それに木管楽器群、 金管楽器群、 打楽器群の分業によって、 はじめて音楽になる。 「ハーグ平和アピール」 で作成された 「21世紀の平和と正義のためのハーグ・アジェンダ」 は、 平和をつくるための50項目の課題  平和教育から始まり世界経済の非軍事化に至るまで  を挙げた。 この50項目の 「ハーグ・アジェンダ」 は、 オーケストラ演奏の楽譜、 平和構築のグランドデザインである。
 第1ヴァイオリンは議会制民主主義であろう。 主権者・有権者が議会を通じて政府の政策をコントロールすることは最も基礎的なことである。 政策提言型 NGO の活動は金管楽器、 非暴力平和隊のような実働型 NGO の活動は木管楽器だろうか。 生協の活動は第2ヴァイオリンであるような気がする。
 それぞれのパートが重要なパートであるが、 それだけではオーケストラにならない。 さまざまな楽器の分業によってはじめてオーケストラになる。 また同時に、 各楽器が、 つまり各 NGO が、 個々人がそれぞれの領分で責任を果たさなければ、 オーケストラにならない。 「しない」 平和主義も 「する」 平和主義も必要であり、 政策提言型 NGO も実働型 NGO も必要なのである。 NGO が専門分化した市民の連帯であるのに対して、 生協は生活に根ざした、 より広がりを持った、 ゆるやかな市民の連帯である。 そのようなものとして生協は、 議会制民主主義や様々な専門的な NGO を支える役割を果たす。 そして、 この分業の中で、 軍隊の任務をできるかぎり縮減していくことは大きな課題である。 このような平和構築の全体像を念頭におきながら、 わたしたちは自分の領分で責任を果たしたいと思う。
(注) 本稿で触れた多くのことがら、 例えば、 構造的暴力、 ハーグ平和アピール、 「21世紀の平和と正義のためのハーグ・アジェンダ」、 「公正な世界秩序のための10の基本原則」、 世界法廷運動、 「公共良心の宣言」 署名、 NGO による非暴力的介入、 国際平和旅団、 非暴力平和隊などは、 立命館大学国際平和ミュージアム2階の 「平和創造展示室」 に展示されています。 ぜひご覧ください。
               
プロフィール
君島東彦 (きみじま あきひこ)
1958年生まれ。 立命館大学国際関係学部教授。
専門は憲法学、 平和学。 NGO 活動に深くかかわる。
最近の共著として 『平和学のアジェンダ』 (法律文化社)。