『協う』2007年2月号 ブックレビュー2


河合 知子・佐藤 信・久保田 のぞみ 著


問われる食育と栄養士
−学校給食から考える−

(筑波書房、 2006年7月、 1800円+税)


久野 陽子 京都府立大学 人間環境学部食事学研究室 (4回生)

 

  食がこれほどまでに注目される時代において、 今や国民運動となっている食育の主舞台である学校給食や、 栄養士に対する社会的期待が高まってきているにもかかわらず、 関係者の実態の認識が不足している。 このことを背景に、 本書は 「食育」、 「学校給食」、 「栄養士」 をキーワードに、 食育基本法、 栄養教諭制度、 学校栄養職員の業務、 学校給食の献立の変化、 栄養士教育、 食育研究を通して栄養士の果たす役割は何かを問うたものである。
  食育基本法は与野党一致で可決されたわけではない。 内閣委員会での質疑や議論の過程で、 さまざまな問題を含むことが明らかにされた。 たとえば、 極めて個人的な営みである食生活を法律で規制する問題、 財政的な裏づけなしで提案した問題等である。
  そして食育基本法成立と同時期の2005年4月から栄養教諭制度がスタートした。 栄養教諭制度は、 関係者にとっては長年の悲願であり、 「教諭」 ではなかった学校栄養職員が教壇に立つ法的環境が整ったと言える。 つまり栄養教諭は、 担任教諭の 「補佐」 ではなく栄養教諭自らの主体性で個別指導を行い、 各種事業の企画立案をしていくことが求められるようになったのである。 その資格要件は、 栄養士・管理栄養士の免許保有者及び取得予定者である。 学校栄養職員としての栄養士は、 今後、 栄養教諭として 「より高い専門性」 を要求される時代となった。
  しかしながら 「より高い専門性」 とは何か。 現在の栄養士の力量、 栄養士養成教育の何が食育時代に不足しているのかを考えなければならない。
  さて、 学校給食は、 児童生徒の成長発達上重要な役割を有する。 学校給食は、 栄養確保を目的とした時代から、 教育の一環としての位置づけに変わってきた。 この学校給食において栄養士は、 教育面の業務だけではなく、 給食管理全般を担っている。 O-157食中毒事件以降の徹底した衛生管理、 食物アレルギー児への個別対応、 「食に関する指導」 の実践等、 極めて複雑化、 高度化した業務内容を行っている。 このような種々の業務に対応できる高い能力を求められている。
  そのためには栄養士養成校の役割が重要である。 栄養教諭に必要なのは、 身につけた知識・技能を総動員させて、 子ども一人ひとりに柔軟に対応できる能力である。 新たな予算をつけて施行される 「食育基本法」 関連の事業や栄養教諭の配置を 「効果なし」 で終わらせることのないよう、 管理栄養士教育のあり方そのものや研究姿勢に及んだ再検討が必要な時期であり、 栄養士としてのスタンスを明確にすることで栄養教諭としての専門性も評価されると筆者らは考えている。
  学校給食をキーワードにして、 現在栄養士が直面している課題がいくつも挙げられている。 私は今年の3月に管理栄養士養成校を卒業する栄養士の卵として、 食育基本法や栄養教諭制度は知っていたが、 法案の内容や成立までの背景などは詳しくは知らなかった。 しかし本書を読み、 このように様々な議論がなされ、 その議論のなかに考えるべき問題がいくつもあるということに驚いた。 そして、 その問題点を、 これから食育を進めていく上でどう受け止めるべきなのかを考える良いきっかけとなった。 本書では、 現在の管理栄養士教育に対して、 病院での業務を重視し、 調理分野の授業が減り、 献立作成や調理技術に自信がない栄養士が増えていることに懸念の声が上がっていると書かれていた。 私は今まさにその教育を受けているのだが、 実際、 私も調理技術に自信がない。 これは栄養士の卵として、 とても恥ずかしいと思っている。 このように思っている学生は少なくないと思う。 しかし、 それはカリキュラムのせいというよりは意識の問題である。 これは栄養士だけではなく様々な人にも言えることだと思うが、 食に対する問題意識をもつことが大切である。 食は極めて個人的な問題であるからこそ、 一人ひとりが自分や周りの人に対する問題意識をもつことが必要である。 本書には現在直面している課題が整理し書かれている。 食育をブームで終わらせないためにも、 課題を知り、 これからどうしていけばいいのかを考えなければならない。 そのためにも、 この栄養士の存在意義、 役割についての問いかけは重要であると感じている。

(ひさの ようこ)