島根と協同組合

島根の協同組合の歴史から学ぶ



島根大学学長
北川 泉




 続きまして、 本日のシンポジウムの開催にあたりまして、 お2人の方から問題提起のお話をいただきたいと思います。
 まず最初に島根大学学長の北川様、 よろしくお願いいたします。


北川 泉
 みなさんこんにちは。 遠くから松江の地へお集まりいただいて、 地域と生協の関わりについて研究をするという会をもっていただきましたことは、 地元といたしましてたいへん喜んでおります。 歓迎を申しあげたいと思います。
 私はいままで生協に関しては、 地元とも、 生協とも、 つきあいが少なかったものですから、 あまり実情を存知ませんが、 今日はせっかくの機会ですから、 ちょっと古い話ですが、 若干させていただきたいと思います。


島根県の協同組合運動の歴史と今日の課題

 昔のことはもうご存知でない方もいらっしゃると思いますので、 島根県の協同組合運動というのは、 いつ頃どんなふうだったのかということをお話します。 一口で申しますと、 全国ではトップレベルの協同組合運動が展開されていたんです。 今日はそのことを申し上げて、 そしていまかかえている問題について考えていければと思っております。 今は当然組合員や地域の住民のニーズが変わってきておりますし、 生活のパターンも価値観も変わっております。 これからの私たちが安心してくらせるということはいったいどういうことなのか、 そしてそのなかで生協がいったいどんな役割を果たすのかといった問題が、 本日の大きな課題になると思います。 前半は 「古きを温ねて、 新しきを知る」 という意味で、 古い話を若干させていただき、 後半は、 私が考えている 「いま何が課題か」 という点をいくつか申し上げて、 参考になればたいへんうれしいと思っております。


島根県では協同組合運動がさかんであった

 島根県では戦前、 とくに明治から大正にかけて協同組合運動がさかんでした。 とりわけ大正の終わり頃から昭和の10年代にかけて、 昭和恐慌以降はとくにピークになりました。 その時にどういうことをやったかといいますと、 協同組合立村、 つまり協同組合という考え方で村づくりをするということを旗印にかかげで運動を展開したわけです。 昭和の戦前まではそういう運動が各地でありました。
 とりわけ今日申し上げたいのは、 千石光太郎さんという人のことです。 千石光太郎さんは明治39年に島根県の農会に監事として赴任されました。 農会というのは、 明治30年代に島根県の農家に組織された農業団体です。 千石さんはそれからずっと協同組合運動、 とりわけ農業協同組合の前身になる産業組合の設立にたいへん大きな役割を果たした人です。 のちには全中の会長にもなり、 たしか代議員もやったんじゃないかと思います。 そういう人がいて、 さらに島根県の各地にいろんな人が輩出するわけです。


島根県の協同組合運動は西部から

 協同組合運動の島根県の発祥は、 どちらかというと西部なんです。 今でいいますと鹿足郡のあたりから、 いちばんさかんだったのは柿木村も含めて今の日原町のあたりです。 そういう西のほうから協同組合運動はさかんになってきます。 ところが東のほう、 能義郡とか、 松江の周辺や斐川平野は、 どちらかというと小作争議が中心になりました。 小作をやっている人たちが民主化運動を展開したわけです。 東が小作の運動、 西は協同組合運動と両方から浸透してまいりまして、 だいたい真ん中あたりで交錯するんですが、 そういう運動展開がありました。
 協同組合立村とは何をしたのかということですが、 当時農業の中心は食料生産で、 かつ自給がかなりの部分を占めていました。 まゆとか、 生糸・綿のような商品作物も若干入っていますが、 どちらかというと食料の自給が多かったんです。 そういうなかで、 資本主義がどんどん発展してきまして、 商品生産がさかんになってきました。 そして農民、 とくに小農がモノの流通のなかで社会的な位置をだんだん低下させる状況が出てきました。 とりわけ恐慌が起きますと、 農産物が売れなくなり、 所得が停滞し、 農村が疲弊するという問題が起きてきました。 大正から昭和にかけてのことです。


加工品製造・製糸会社・病院設立

 その時期に、 どうすれば大きな資本と対抗できるかという形で始まったのが協同組合運動です。 協同組合運動でやった柱が3つあります。
 1つは、 自分たちでいろいろなモノ、 たとえばみそ、 しょうゆ、 酒といったモノをつくろうということです。 当時は農村はみそ、 しょうゆなどは自給の部分がありました。 しかし、 企業がどんどん手がけてきて、 それを農村に販売することになってきましたから、 商品流通のなかで農民はどうしても収奪される状況が起きてきていました。 それを自分たちの手に取り戻そうというわけで、 みそ、 しょうゆ、 酒などを協同組合で全部運営しようと、 運動が展開されました。
 それから2番目は、 商品生産ということではそれまでは生産したまゆをそのまま販売していたのですが、 原料供給だけでは勝てないので加工までやろうと製糸会社をつくります。 各地につくったんですが、 それがこの2、 3年前まで残っていました。 日原の石西社がまさにその前身です。 各地で生糸を生産しながら、 工場と対抗していきます。
3つ目は、 これは今でも大きな意味をもっていますが、 病院経営です。 日本で一番最初に協同組合でつくった組合病院は、 今の日原町の青原に大正8年にできました。 青原の大庭政世という当時の組合長は非常に馬力のある人で、 協同組合思想も非常に堅固な方でした。 その人が大正8年に設立したのが、 日本で初めての協同組合立の病院です。 そういう病院が島根県の各地にできます。 最初は日原ですが、 その後新庄町の秋鹿病院、 秋鹿は今は松江市に入っていますが。 それから安来のほうの母里、 そして今の吉田村の田井診療所とかです。
 当時、 診察料は無料、 そして薬代と手術代は2割引きということでした。 そのうえどうしても入院を必要とし、 しかもお金がない人には無料で診療所を開放しました。 そういうことをこの時代にやっているんですね。


戦前から流れる協同組合思想を今の時代に

 こういう3つのことをやりながら、 外の力に対抗していくために、 自らが協同組合の精神に基づいてお互いが助け合うことによって、 くらしを守っていこうとします。 こういう形で始めたのが協同組合立村という考え方です。 この思想は島根県にはずっと戦前からあります。 終戦後になって農業協同組合が設立されて変わってきますが、 これはいまもって重要な観点ではないかと、 私は思っております。
 こういったものの考え方の発想の原点を知らないといけないと思うんですね。 現代の生協や協同組合は、 どちらかというと同じ次元で勝負をしていくんですね。 資本に対して資本という形でしか、 対応してきていないんじゃないでしょうか。 逆にいえば、 そのことが組織を非常に硬直的なものにしていきます。 地域は多様であるし、 地域のニーズは多様であって、 地域の人たちの集まりは大きなものもあれば、 小さなものもあるわけですから、 それにふさわしい入れ物を考えないといけないと思います。 どうも画一化し、 集中化しているのではないでしょうか。 セントラリゼーシヨンといいますか、 集中して効率化しようという発想がだんだん強くなってきているようです。 原点に照らして考え直していかなければならない問題ではないかと思います。 地域、 とりわけ中山間地域の問題を考える場合に、 このことを忘れると生協の経営もなかなかうまくいかないし、 おまけに地域の人たちに大事にされないということになりかねないですね。 そういう点を感じておりますので、 あらためて認識してほしいと思って、 3つの柱を紹介しました。


集落・家族が成り立たなくなっている

 さきほど生協しまねの理事長の高野さんから、 島根県は中山間地域が多く、 とりわけ高齢化・過疎化が全国一であり、 そういうなかで問題が山積してきているというお話がありました。 先日新聞にも出ておりましたが、 国土庁の調査によると、 全国にある集落8万7,000のうち、 約2,000の集落がもう消えているということでした。 この報告は決してドラスチックすぎる話ではなくて、 集落が成り立たなくなっているところが各地にあるという現実です。 集落が成り立たないというのは、 そこでの住民の生活が共同で成り立たない、 お互いが助け合いながら成り立っていく社会がもう崩れているということです。
 それは裏を返せば、 その奥には家が成り立っていないんですね。 集落が成り立たないという前に、 その根元に家そのものが崩れ、 単身の高齢者世帯になっているんです。 高齢になっても夫婦でいる間はまだいいんですが、 1人になった場合に子どものところに行くことができても、 行ったらほとんどが命が短くなるんですね。 だから、 医大のある先生は、 「親を殺すに刃物はいらない。 息子が親を都会へ引き取れば、 まず1年もたないだろう」 と、 こう言っておりましたね。 少し冗談めいて聞こえるかもしれませんが、 決して冗談ではないんです。


協同組合は高齢者福祉にどう立ち向かうか

 お年寄りというのは、 生まれながらに育ってきたその地域と馴染んで生きているものです。 そこから離されて都会へ行き、 ビルのなかに入りますと、 すでに足腰が立ちにくくなっているわけですから、 お父ちゃんが心配だからと鍵をかけて息子夫婦は勤めにいくということになります。 立派なテレビは買ってくれるそうですけど、 外へ出ないでこれを見ておってと言って出て行くわけです。 そうすると統計上はだいたい半年で足が立たなくなり、 あと半年で 「さよなら」 というようなことになると、 おっしゃっているわけです。
 そうなると、 1人になったら息子のところへ行けばいいというわけには、 なかなかいかないんですね、 現代社会では。 ですから、 地域で面倒をみなければならない。 地域でみんなが助け合っていかなければならないという問題が起きているわけです。 いま島根県はこの点では全国で一番進んでいます。 農協が自力でヘルパーを養成して、 1級のヘルパーが1,200人くらい育っております。
 民間の福祉関係がこれから進んでくるなかで、 協同組合の役割はどういうことがあるのかという問題です。 これは自分たちの問題ではないと考えるかもしれませんが、 さきほど申し上げたように、 島根県がもともと協同組合立村という理想を掲げてきて、 それは挫折はしました。 挫折はしたんだけれども、 それがもっていた本質的な協同の精神が、 あらためて今問われているということです。 こういった問題について、 我々はどう立ち向かっていくのかということです。


高齢者の生きがいと安全農産物生産をつなぐ

 中山間地域というのは、 モノをつくると同時にモノを消費しています。 お年寄りでもそこで生産活動をしているんです。 生産活動をしているんだけど、 売れるようなモノはなかなかつくれないので、 協同組合を通じて販売をやってもモノがそろいません。 形は悪いし、 金にならないということです。 生協では有機・無農薬で化学肥料を使わない農産物をできるだけつくってほしいということですから、 それにはお年寄りの力がむしろ有効で、 産直や協同販売をやっていけばどうかと思います。
 いままでそういうことはこまめに拾っていないというか、 本来農産物の流通を通じて貢献しようというだけになっているんではないでしょうか。 私が強調して申し上げたいのは、 農産物の流通を、 売れないモノを売ってあげようとか、 あるいは健康にいいモノを販売してあげようとかいうことだけでは、 ほんとうは半分しか意味をもたないということです。
 むしろ、 そのことによってお年寄りが働きがいをもつということが大切です。 値段は半分でもいい、 場合によっては。 そのことで500円でも1,000円でも小遣いを稼いで、 しかも自分が働くことが世間にたいして価値をもつという、 そういう生きがいのやり方というものをすすめることが大切だと思うわけです。
 そうしますと、 コストは半分でいいということです。 農産物のコスト計算でいきますと、 その生産に要した費用はすべてコストになるわけですが、 それが高齢者の福祉と関わりますと、 高齢者の福祉にまわすコストがそっちに加算されますから差引しますと、 両方のコスト削減につながるのではないでしょうか。 そういう発想、 つまり多面的な要素をもつ、 価値の多面性といいますか、 そういうことによって地域づくりをしていく、 この観点がぜひ必要だということです。


高齢者への日常食品・日用品の宅配

 横田町のある人が宅配を始めたというのが2、 3日前の新聞に載っておりました。 お年寄りは買い物がたいへん不便です。 車もないし、 公共交通機関が発達しておりませんから、 なかなか買い物に行けない。 そこで協同組合をつくりまして、 そこがやることになったんです。 それまでいろいろ試みたけれども経営としてはなかなかペイしない。 これはむずかしいんですね。 1日に食べるわずかなモノを一軒一軒配って歩いていたんじゃ、 なかなか成り立ちません。 しかし、 それをやり始めたんです。 横田町下横田で横田倉市という協同組合をつくって、 全国でも数少ない山間部での宅配販売に11月から挑戦するということです。 渡辺アキオさんという人が高齢者のためにそういう宅配を始めました。
 この取り組みは、 高齢者が増えて、 足もない、 移動できない、 そういう人たちにいったいどういうサービスができるかということの1つだと思います。 これにはいろんな方法があるだろうと思います。 画一的に考えるやり方ではとても解決する問題ではないですね。 そこの土地で、 その地域で、 最もふさわしいものを選び出していく、 つくっていく必要があるでしょう。


柔よく剛を制する、 柔らかな組織

 これがいわば組織の柔軟性です。 組織というのは初めの出だしはいいんですが、 だんだん組織が堅くなる、 剛になる、 鉄のようになります。 人もそうなるし、 組織もそうなるし、 動きもそうなる。 そうなると、 地域から離れていきます。 これは鉄則だと思うんです。 そのためには、 「柔よく剛を制する」 という言葉がありますが、 柔らかな組織でないと、 今の多様な、 しかも価値観が非常に複雑で、 地域はそれぞれ違い、 人々は多様な状況にあるというなかで、 生き生きとした組織を保つことができません。
 剛くなりますと官僚化するんですね。 官僚体制ができたら、 これはおそらく生協は潰れますよ、 私からいわすと。 官僚体制がいちばんいけないです。 新陳代謝とか、 競争関係がなくなり、 それから人をみて、 人の違いのなかで対応していくという姿勢が欠けてくるんですね。 その点で原点に返らねばならない。 その点が問題があるということです。
 それはなにかというと、 生協の組織そのものが、 いわば資本に対して資本で対抗しようとしているのではないかということです。 そうしますと、 どうしてもお金・資本力をどうするかということになりますから、 それをやるためには、 それだけの体制づくりをしなければならないことになります。 剛い組織がどんどんできて、 それで対抗しても、 これはしょせんおかしなことになります。 あちこち生協で不祥事が起きたりしているのも、 実はその表れではないかと、 私は思うんです。 そういう点からみても、 「柔をもって剛を制す」 ということを考えていく必要があると思っております。


協同組合が掲げている理想

 協同組合のものの考え方のなかに、 島根県の古い理想というものがあったわけです。 生協もそうなんですが、 どんな理想を掲げているかということがあるんです。 理想というのは 「一人は万人のために、 万人は一人のために」 とか、 あるいは 「ニーズに対応していかに組織的にそれに応えていくか、 サービスしていくか」 というようなことがあるでしょう。 抽象的にはそうなんでしょうけども、 それはどうも実態のないものになりかねないと思うんです。 そういう意味では、 理想を掲げてどういう社会をつくっていくのかということが必要だろうと思うんです。 その時に、 協同組合も他の運動もみんなそうですが、 住民のニーズが大事だということを一番さきに掲げます。 それはまちがっていないと思うんです。
 ところが、 ニーズというものが、 いったいどうなんかということです。 たとえばアンケートをとりますと、 「こうやってください」 ということがいっぱいでてきます。 ところが、 私はもう一つ欠けているものがあると思うんです。 ニーズに対応してニーズに応えていくということと同時に、 むしろ組合員や住民に対して、 こちらが能動的に働きかけることが大事ではないのかということです。 ニーズというのは期待していることをいっぱい聞いて、 こちらが受動的にそれを受けてサービスに生かそうという、 この要素は必要ですけど、 それだけですと、 今のような非常に混沌とした激動的な社会で理想を掲げて進むには、 弱いと思うんですね。


学習の機会を広く提供

 どうしたらいいかということです。 理想を掲げて、 そしてニーズに対応してというんじゃなくて、 学習といいますか。 最近は生涯学習という言葉が使われておりますが、 学習をしなければならないのです。 モノを安く買う、 サービスを受ける、 そういうことだけではもうだめになってきたんです。
 どんなことを理想に掲げて、 その時に私たちはいったいどういうことをやっていくのか。 たとえば、 いま遺伝子組み換え食品がでてきております。 それから、 健康にいい食べ物というのはいっぱいあります。 しかし、 どれがオーガニック食品なのか、 わからない。 みんなそれぞれが適当にやっています。 賢い消費者としていったい何を学ばなければならないか。 学ぶという要素が大切です。 生協という組織のなかでは学んでいるでしょうけど、 一般の住民の方々にそういった学習機会を、 生協はどれだけ提供しているのか。


ローカル・イズ・ベスト

 これからはできるだけ多様な取り組みとして、 3人でも5人でもいい、 そこの独特の地域のニーズに応えていかねばならない。 そしてそれは同時に、 そのことをやることがいったい何を一番大事なものとして考えているのかということがなかったら、 理想を掲げて人の輪をつないでいこうという点について、 運動論的な視点が欠けてくると思います。 運動になっていない、 そういう気がします。 モノを安く、 質のいいサービスを提供するというだけでは、 大きな資本とか、 あるいは外の対応に、 なかなか勝てないのではないか。
 組織は小さくてもいい。 私はむしろ 「スモールイズビューティフル」 といってもいいと思います。 あるいは 「ローカルイズベスト」 という言葉、 昨日初めて聞いたのですが、 ハワイにある東西センターの趙さんという先生が話しておりました。 「ローカルイズベスト」、 国とか、 大きな組織がいいのではなくて、 ローカルあるいはスモールというものがベストであり、 ビューティフルなんだという発想が、 あらためて問われていると思っております。
 あいさつをかねて、 口はばったいことを申し上げましたが、 参考にしていただければたいへんありがたいと思います。 どうもありがとうございました。



 どうもありがとうございました。



日本の生協運動の現状と今後

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