私が壊したカメラ

永年カメラマンをやっていると、カメラも結構壊す。3年目くらいで少し慣れた頃、中堅になってある程度ゆとりが出来た頃などが危ないようだ。

B&H70DR 同型のベル&ハウェル70DR
昭和48年7月30日午前0時、公害で獲った魚が売り物にならない時代、深夜に漁に出る船に乗ろうと伝馬船に乗り込んだ瞬間、船が傾き海の中に。
幸い足は立ったが16mmのベル70DRとニコンFが全損。もちろん取材にならず、ずぶぬれのままタクシーに乗って岩国から広島に帰った。
当時の部長には怒られたが、社長は「大変だったね」とビール1ケース頂いた。
数日後に再取材となったが、今度は船が傾かないようにしゃがんで乗り込んだ。
重い機材を持って小さい船に乗るときは、重心が高くなるのでできるだけ低い姿勢を心がけましょう。

昭和52年1月22日  ミッチェル16mm。
まだENGというものがなく、16mmのパーフォレーションの外側のわずかな幅にマグネチックコーティングを施したシングル録音するカメラで、映像と音を同時収録する時代。
オリコンやゼネラルといった400feetマガジンを使うカメラから、200feetマガジンも使えるミニエクレールも存在する頃で、35mmでは有名なミッチェルが開発した16mmシングルカメラ。
価格が高い割にはジェネラルと大差がなく使かいづらくて、若手カメラマンには評判がよくなかった。
当日の取材内容も面白くなくて、いやいや準備をしていたせいもあり、ヘッドフォンをカメラに繋いだまま別のものを取ろうと動いた瞬間、カメラがテーブルから落下。
カーボンを使った丈夫なボディが売りだったはずだが、簡単に割れて壊れてしまった。
評判の良くなかったカメラなので、あまり非難されることも無く?始末書を書いた記憶もない。

hl83.jpg 昭和57年8月27日 池上HL83
台風13号の取材で岸壁から海面を撮ろうとした瞬間、高波が打ち寄せカメラに海水がかかってしまった。
その時、映像は色が反転した。
勿論、全損である。
台風そのものは大きくはなく、雨もほとんど降っていなかったので、雨カバーもしていなかった。
波は100回に1回は通常の3倍の高さになると言われるが、まさに1/100の確立に当たってしまった。
HL-83は6kg程度の軽量で好きなカメラだったので、残念だった。
当時はまだVTRとはケーブルで繋いでいる2ピースだったのでVTRは無事だった。
この後、ドッカブルのワンピースカメラに以降していく。
(この写真はyumejizo http://www.yumejizo.com/ さんから提供していただきました)

SONY BVW-1 ほぼ同型のソニーBVW-1
昭和56年12月?時期がハッキリしないが、これはSONYのデモ機であった。
1981年4月に発表され1982年11月に発売されているが、発売以前に某局でテスト導入されているものをデモとして持ってきていたものである。
担いだ時、フランジバックが甘い気がしてマウントをいじった瞬間、カメラがレンズから外れてスローモーションにように後に落ちていった。
当時に機材担当のH氏が一緒だったこともあり、始末書は書かなかったが、部長は厚木まで詫びにいった。
実は、このカメラとレンズの接続部分はマウントしかなく、電気系統の接続はマウント内の接点となっていたので、それ以前のカメラのようにケーブル部分がなかった。
カメラマンはレンズ部分しか保持していないので、マウントが外れるとカメラ部分は引力の法則に従うのである。
発売された時には、マウント固定用のネジが追加されていた。
そしてマウント内の電気接点つきのレンズはこれだけで、以後のレンズは普通のケーブルつきに戻っている。
ケーブルがついていれば、たとえ断線することはあってもカメラが落下することは避けられる。
海外取材時、飛行機の振動でマウントが緩んでいたのか、インドネシアに到着直後撮影中にレンズが外れたが、ケーブルに支えられて落下は防げたこともあった。
CANONの接点付きレンズとしては、1987年のEOS用EFマウントとして復活する。

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