カメラマンという職業

一口にカメラマンといってもジャンルがあります。

不運のAFニコンF4S

1、スチールカメラマン

ミニエクレール 2、映画カメラマン
V90 3、TVカメラマン(ENGカメラマン・中継カメラマン)

すべてを経験している人は多くありませんが、幸いにも私はすべてのジャンルを経験をしました。
スチールカメラは学生時代に、人物写真を専攻し、基本的な技術は習得。
映画はTV局入社後、16mmカメラで。
ENGは報道カメラマンとして、中継はSNGや駅伝中継などで。
しかし、最近のデジタル化でこれらの垣根が、段々低くなっているような気がします。
つまり、誰でも押せば写る時代になり、逆にいえば、それだけ本当のプロへの注文が厳しくなっているいるともいえます。

世界最初のカメラはスチールカメラでした。
ということは、基本を学ぶには写真がいちばんです。
媒体は銀塩からデジタルメディアに変わっても、表現は変わりませんし、写真化学は必用なくなっても写真光学は必用です。
しかし、将来他の道に進むなら、余り長く写真の勉強をする必要はないでしょう。2年もやれば基本は習得できます。

映画は、これまでは徒弟制度の世界でした。そして映画産業全体で必用とするプロカメラマンの数は減っています。
16mm記録映画は殆どVTRに、これまで35mmで撮っていたTVCMもHD−VTRに、また劇場映画でもCGを多用するようになってHD24Pも増えてきました。
最近はHDで、すべてを撮影する映画も出てきました。
これからの映画界は、TVニュースが16mmからENGに移行した昭和50年代と同じような変遷を見せるでしょう。
今から映画カメラマンを目指す人は、電子工学を学んでおけば、ベテランカメラマンにとって変われるチャンスがあります。

TVは、ENGカメラマンと技術系カメラマンの境目はどんどんなくなっています。ENGカメラマンといえども中継の知識は不可欠です。
かつての16mm時代は、放送局の社員報道カメラマンは結構いましたが最近では絶滅危惧種になっており、その仕事のほとんどがプロダクションカメラマンに取って代わられています。
ちなみに某社では社長、ラジオ局長、ラジオ制作部長、ラジオ営業部員が報道カメラマンOBという例もあります。
残念ながら放送局は、定年まで現役という時代は終わった気がします。
TV局の技術系カメラマンはねらい目です。
最近の傾向として、理科系で電気を学ぶ学生のほとんどは、電子工学のなかでもコンピュータ関連が多く、通信工学を学ぶ人はほとんどいません。
TV局は通信工学が基本で、第1級陸上無線技術士の免許を取得していれば社員としての採用の可能性はかなり高くなっています。

もし、出世を望むのなら、早い段階でカメラマンから転進しましょう。映画界ではカメラマンより監督のほうがエライし、 TV報道では記者やディレクターのほうがエライし、出版社では編集長のほうが偉い。
唯一、写真館ではカメラマンが一番偉いが、この業界は今のままでは先が危うい。

カメラマンとして優秀であればあるほど、辞めにくいし、出世もできません。 あなたはそれでもカメラマンを目指しますか?

私は今、カメラマンというよりもカメラマニアに成り下がっています。

日本では、1840(天保11)に最初のカメラマン(というよりも写真師)が誕生。 明治時代は、徳川慶喜などの特別なアマチュアカメラマンを除けば、「写真は写真館で撮ってもらう」のが常識だった。 特にカメラ・レンズは輸入品で高価だったため、ある程度の資本を投下できる限られた人間だけが写真館の開業が出来た。 この状態は、戦前まで続いたが、旦那衆などのなかには、写真を趣味とする人たちも、しだいに現れた。戦時中カメラは、特に光学兵器と位置付けられ、庶民には高値の花だった。

戦後になると、写真界を取り巻く状況は一変する。朝鮮戦争などの報道で、LIFEなどによるフォトジャ−ナリズムが台頭。 木村伊兵衛、大竹省二、秋山庄太郎などのフリーカメラマンが登場。「カッコイイ」カメラマンが誕生する。 1959年にはニコンFが発売され、報道カメラはスピグラから一眼レフに。庶民も、頑張ればカメラが買える時代に。 写真が趣味というお父さんが増え、「芸術写真」と言う言葉が流行った。「報道の自由」を合言葉に、新聞社のカメラマン、TV局の16mmカメラマンが肩で風切って歩く時代に。 篠山紀信、立木義治らがTVにも登場。ハッセルを駆使するファッションカメラマンが一世を風靡。カメラマンが、美人モデルにもてる羨ましい花形職業に。

1974年ピッカリコニカ誕生。一家に一台のカメラから、一人の一台の時代に。 1981年10月、写真雑誌「ファーカス」創刊、TVカメラもENGに変わり、ワイドショー映像の主力になると、マスコミによるプライバシーの侵害が問題になる。 アマチュアカメラマンにもカメラ小僧が登場。甲子園応援ギャルのパンチラショット撮影が問題になる時代に。カメラは庶民の味方から敵になってしまう。 1986年には「写るんです」発売。一億総カメラマン時代である。「カッコイイ」カメラマンは死語になった。2003年夏には、100万画素のカメラ付携帯電話が発売されました。 携帯電話で生中継。一億総TV局の時代に入った。

それでは、これからのプロカメラマンは何が必用なのでしょうか。最低でも素人を騙すテクニックぐらいは必用ですが、これだけでは足りません。映画・TV業界はその境界が殆どなくなるでしょう。
TV界でのハードは、理科系出身の技術屋が管理していますが、ENGのカメラマンは、技術屋に対抗できる充分な知識をもち合わせていないのが現状です。
反面、技術屋は、ソフト面で充分にプロになる前に、カメラ以外の部門に移動することも稀ではありません。
30歳から40歳までがカメラマンとしては旬でしょう。技術屋の人は写真を、文科系の人は電子工学を学びましょう。
写真屋さんも、パソコンでの画像処理は常識です。
「写真館の収入は、これまでは、増えも減りもしない」と言われています。写真館でもホームページくらいは当たり前。 七五三や成人式などの顧客リストをつくり、メールやHPで季節ごとの案内ぐらいはやりましょう。 結婚式の事前写真、葬式用の写真など、工夫すれば色々できます。 どんなにカメラが良くなっても、ここ一番の写真は素人には無理。入試・入社試験の顔写真、パスポートの写真など、いくらでも仕事はあります。 自分で写真を撮りたい人に、写場を貸すというのはどうでしょう。待っている営業では駄目です。

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