報道ヘリの歴史

レシプロ時代
日本では1953(昭和28)年にTV放送が開始したが、当初ヘリは必要な時にチャーターしていた程度だったが、次第に占有契約をが結ばれるようになる。
民放では、1959年(昭和34年)にTBSが朝日ヘリコプター(朝日航洋)とベル47-Gで年間契約を開始している。
この頃は、ベル&ハウェル70DRによる手持の16mmフィルムでのニュース撮影がほとんどでした。ヘリに装備されている機材は何もなく、手持ちの無線機があれば良いほうで、飛んでいる間は糸の切れた凧のような状態でした。
空き地、河川敷、校庭などに着陸することも珍しくなく、放送局の屋上に原稿投下も平気でおこなわれていました。
ヘリの計器はアナログの最低限の物しかなく、パイロットの目と地図だけが頼りで、現在位置がわからなくなると低空で駅の看板を覗きこんだり、着陸して聞きに走ったりすることもありました。
小学校の校庭に着陸すると、授業を中断してヘリの見学会になる事などもありました。
春闘時期では、組合が入口にピケを張り放送素材の搬入を阻止すると、会社はヘリで屋上に素材投下を決行。
今度は組合がアドバルーンを揚げてヘリの侵入を阻止するなど、今では考えられない事件も起こりました。
この時期は、報道ヘリの事故が目立たないほど、農薬散布のヘリの墜落が日常茶飯事でした。

ジェットへり時代到来
新幹線の開通とともに、ヘリの高速化が必要になりKH4からジェットへりの時代になります。
TBSは、1973年(昭和48年)ベル206Bジェットレンジャーを採用。
ローカルのRCCも、昭和50年6月にベル206Bを山陽新幹線開通に伴いを導入。
TV各社がヘリを保有し、ヘリ騒音が社会問題化しはじめ、社屋上への原稿投下がむずかしくなりはじめました。
昭和53年頃からは、16mmフィルムから、3/4インチUマチックのENGカメラになり、TV中継が出来るようになります。
TBSで初めてヘリ中継が実施されたのは、1962年(昭和37年)のアジア大会のマラソン中継だったようですが、ヘリでのTV中継が常態化するのはENG以降です。
1982年(昭和57年)TV朝日が毎朝8時から東京の空撮番組を放送した直後、日航機の羽田沖墜落事故(機長の逆噴射事件)が発生し、取材規制が張られる前に羽田沖に到着し圧倒的な大スクープになり、第一報としてのヘリ取材の重要性が再確認されました。
この頃から、徐々にTVニュースに空撮生中継が欠かせないものになってき始めました。
1979年に、TBSは機体をAS-350B型機に変更。1980年(昭和55年)防振装置として新光電気のヘリコⅠを搭載し、1981年(昭和56年)からは芝浦ヘリポートに取材クルーが日勤で常駐するようになりました。
昭和61年、RCCは中国駅伝のTV生中継をはじめて行い、カメラマンは命綱4本に支えられ半身を乗り出して撮影、中継装置も臨時に組み込むという、中継そのものも綱渡りの 状態でした。
昭和62年の中国駅伝のTV生中継では、突然の大雪でヘリが飛行不能となり、 レース映像が中断する、という笑えない事態も経験しました。

耐震カメラと生中継装置
NHKは1990年8月に、沖縄でチャーターした朝日航洋Bell206Lが取材中に、米軍戦艦の後方で低高度で後方乱気流?などの影響で失速墜落し、高松カメラマンほかパイロット・整備士も死亡しました。
その教訓を生かし、翌年から沖縄機をはじめ各地に防振装置を装備したヘリを配備し始めます。この時からNHKのヘリはすべてANHになります。
TBSは、1992年にS-76にACE-303を装備し、NHKは全国に耐震カメラ装備のヘリを配備しました。
1993年末に広島のパーティーが大山で遭難事故にあった際、SNG中継や関係者などの取材などもすべて他社を圧倒していたが、肝心の遭難者救出の空撮では、RCCのAS350BにヘリコⅢだったのに比べ、 NHKはすでに、AS355(JA9977)にACE-303で、谷あいの気流の悪い場所でも安定した映像をと撮っており、機材の差を見せ付けら悔しい思いをしました。
RCCは、やっと1996年10月にウェスカムを装備したのAS55(JA9573)を就航させますが、それでもJNNでは3番目の早いほうでした。
その時の理由は、「身を乗り出さないで撮れる」安全性が1番でした。
この年に、信州での報道ヘリ空中衝突事故があり、安全対策上からも、耐震カメラ装備のヘリが増えます。
2000年5月3日、佐賀・福岡・山口・広島と次々に事件現場が移動するバスジャック事件が発生。耐震カメラの生映像が全国ネットに乗り、ローカルの報道へりだけでなく、警察や防災ヘリにも耐震カメラを装備する転機になり広島のTV局のヘリはすべて耐震カメラになりました。
バスジャックは報道ヘリの歴史も変えました。


HD時代へ突入
2002年6月1日、RCCはJNN系列のトップを切ってMD902(JA6913)にHD機材を搭載しました。
2004年秋、NHK広島はHDヘリ(EC-135)を導入。 TBSは2007年S76C+をHD化し、他の系列や系列内にもHDの波が押し寄せる。
しかし、ローカルの一部のヘリは高価格・高性能についていけず、耐震カメラすら装備できないでいた。
そして2004年3月、耐震カメラを装備していない信越放送のAS355F1が、高圧線に引っ掛けて墜落。
また2008年7月6日、青森県大間崎付近で青森朝日・秋田朝日放送・山形テレビの共同運航のヘリで、秋田空港に駐機している小川航空のAS-350B(JA9755)が墜落。
耐震カメラ(ウェスカムなど)は装備していませんでした。
HDヘリは、耐震カメラを装備していることで、高高度での取材が可能になり、安全運行に貢献していると思われます。
一方、耐震カメラ装備が進んだおかげで、逆に耐震カメラの着いてないヘリに乗る機会が減ったことによって、窓を開けての手持ちカメラでの撮影に慣れてないパイロットが、 後部座席のカメラマンに気をとられ前方確認がおろそかになり、今回のような事故の遠因になっているような気もします。
耐震カメラを装備しているヘリだと、通常は1500feet程度で飛行して取材しますし、生中継する場合も多く伝送に有利な、もっと高い2500feet程度以上での飛行も珍しくありません。
しかし、手持ちカメラでは、映像がブレるために1000feet以下で飛ばないと安定した映像での撮影できません。
ローカル局とキー局の格差がヘリの装備に差に現れ、ローカル局がヘリを保有することがますます難しくなっています。

 記事の一部は、TBSのT田元映像部長の資料を参照させていただきました。

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