いまはコニカミノルタとなってしまったの部屋
かつては六桜社と言った コニカブランドの終了を惜しんで、このページを独立させました。
コニカの創業者、薬種問屋小西本店六代目杉浦六右衛門。
東京工芸大学の創設起案者でもあり、大学の玄関脇に胸像が飾られている。

SAKURA16mmフィルム 六桜社時代の16mmフィルム。淀橋区十二社の宛名に時代を感じる。

いまでも使えるセミパール 義父の形見のセミパール:ヘキサー75mmF4.5
1946年4月発売価格:2,400円、距離計は購入後に改修されたものかどうか不明。同時期に、以下のセミパール:も発売されている。
(1)レンズがオプター75mmF4.5 シャッターはアパス 価格 1,893円
(2)レンズがヘキサー75mmF4.5 シャッターはアパス 価格 2,100円
(3)レンズがオプター75mmF4.5 シャッターはデュラックス 価格 1,938円
この調査にはコニカ(株)お客様相談室の井上様のご協力を頂きました。

パールW型 パールW型:これは私の所有ではないが珍品なので紹介したい。
昭和33年12月に22,000円発売されたが、半年間で5,000台しか生産されなかったため、2006年現在、中古市場でV型が59,000円なのに比べW型は129,000円もする。
<資料参照>朝日ソノラマ「コニカカメラの50年」宮崎繁幹 著

ムケゲはハイビスカスの仲間 ドクダミには利尿効果があります セミパールによる作例

私より年配のカメラであるが、まだ充分現役である。ただ気をつけないと、時々、フィルムを巻き上げないで撮影してしまう。
レンズは少し絞ると、ほとんどピントは問題ないが、曇りや日陰ではコントラストが弱くなってしまう。
また逆光ではフレヤーが入ることもある。シャッター速度が1/100までしかないため、ASA400では感度が高すぎて使いづらかった。
当時のカメラの価格について、1949年、30歳の中学教師の月給が1,000円程度であったらしい、という事を一つの目安として欲しい。

ムクゲの花(フジカラーN100 1/100 F11)    ドクダミの花(1/10 F4.5開放)

コニカで唯一自社でフィルム供給できなかったカメラ
コニカのつくったポラロイド Konica INSTANT PRESS HEXANON 110mmF4
ポラロイド180の生産終了後、報道機関などの要請に応えて、セミパールを大型化したようなインスタントプレスを開発。
オプションで接写装置もついていた。ポラロイドフィルムを使う。

私が写真をはじめた頃は、小西六写真工業時代で「さくらフィルム」のコニパンSSを良く使った。
とくに貧乏写学生時代は、ヨドバシカメラで、イージーローディングという、パトローネではなく遮光紙にくるんである、コニパンSSの50本入りを5,400円で買い、同級生で分け合って使っていた。

センチュリアスーパー400 コニカミノルタ最後のフィルム:センチュリアスーパー400 198円で売られていた。
2003年8月コニカとミノルタが経営統合、2006年1月19日にはついにカメラとフィルムから撤退する事を発表した。 これで明治6年に薬種問屋から始まった日本最古の写真用品メーカーの歴史に幕を閉じる。真に残念である。

FT1とFTA FTA:私が学生時代のバイト先で使っていたカメラで、自動プリンターで焼くのに、露出が揃っているほうが良いと言うことで、学校の遠足などでスナップを撮るのに使っていた。
シャッターがジョキーン!という感じの思い音がするが、当時はEE一眼レフというのはこれくらいしかなかった。
この個体は、一度バラした形跡があり、セルフタイマーなどは上下逆に付いていた。シャッターの動作がおかしいので、直るかどうかはわからない。

FT-1moter:電池ケースに液漏れの腐食があったので、クーリーナーで拭いてピンセットの先で擦って磨く。
電池を入れると動き出した。1.5x4=6Vなのだが、ギリギリなのか?巻き上げが終わって数秒待たないシャッターが動作しない。

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