松本清張の作品

火と汐
松本清張の短編集で「火と汐」「証言の森」「種族同盟」「山」が収録されている。
「火と汐」は、不倫旅行中の人妻が失踪し殺害され、失踪したことを告げられなかった不倫相手が容疑者になる、清張の良くあるパターンから始まる。
ヨットレースに参加していた夫が怪しいが、アリバイが崩せない。
2人の刑事がレースコースの三宅島に飛び、「点と線」のように飛行機を使ったトリックを究明する。
三宅島に飛行場ができて間もない頃に書かれた本で、火山の爆発や地震の起こる前の島の様子がうかがえる。
「証言の森」は、戦前の昭和13年の妻殺し事件で、殺してもいない夫が自供して7年の刑が確定する。
その後、実際に殺していない御用聞きが名乗りでるが逮捕されないで、徴兵され南方戦線に派遣され、事件の証人になった元刑事と共に戦死するする。
「種族同盟」は、冤罪にに見えた容疑者を弁護を引き受けた弁護士が見事に無罪を勝ち取ったが、実はやっぱり犯人で、逆に脅されるというありそうで無さそうな話。
「山」は、会社の金を持ち逃げした男が、死体を発見し容疑者も目撃するが、警察に通報できずに放置する。その後、容疑者の経営する雑誌社に就職するが、 ある絵をきっかけに事件が発覚するという話だが、ちょっと偶然が重なりすぎている気がする。

神と野獣の日々
松本氏をめぐっては、伊藤律の遺族が、『日本の黒い霧』のなかの「革命を売る男・伊藤律」でゾルゲ事件のスパイであった、と書いているのは間違いであると、 文藝春秋に出版を取りやめるようにに訴えている事で話題になったが、伊藤氏は帰国後に一切を語っていない。
松本清張が書いた「神と野獣の日々」は、誤発射された核ミサイルが東京に落ちるとどうなるかを想像したSF?小説で、昭和38年に書かれている。
このなかでは、自衛隊はすでに防衛省に昇格している。
死を覚悟した都民がどのような行動をとるか、その時政府は、アメリカは、どうするのかを想像している。
5発の核ミサイルのうち3発は打ち落とし、1発は命中したが不発だった。
残りの1発は・・・・・・
核ミサイルではなかったが、福島原発事故で似たような事が事が起こった。
小説では、国民に知らせるかどうかがが議論されたが、結局知らされた。
福島では、知らされたが充分は内容では無かった。
そして「放射能がうつる」という、ヒロシマ後広島市民が味わったデマが福島県民に向けられるほど、日本国民はヒロシマから多くを学んでいない。

小説帝銀事件
 「小説帝銀事件」は、昭和34年に松本清張が書いている。
帝銀事件は、昭和23年に12人が青酸カリで毒殺された事件で、画家の平沢貞通が逮捕された死刑が確定したが、GHQが関与しているのではないか?ともされ、死刑は執行されず獄死している。
私が生まれる前の事件で詳しく知らないが、先輩カメラマンが「平沢死刑囚が廊下を歩く所をカメラを突っ込んでノーファインダーで撮った」という話は、聞いた事がある。
どう考えても、毒薬の専門知識のない画家が、平然と大量殺人が出来るわけがないのだが、戦後の混乱期ということで殺人犯にされてしまったようだ。
公開されたのは平沢死刑囚の自画像は、見た記憶がある。
清張氏は、平沢死刑囚の自供があいまいで、状況証拠しかない事などは書いているが、日本軍、米軍の関与は匂わせているものの、調査は及ばなかったようだ。

一九五二年日航機「撃墜」事件
 「もく星」号遭難事件は、松本清張の「日本の黒い霧」にも掲載されているが、あまり良くわからなかったが、日航機「撃墜」事件となっているからには、米軍機によって撃墜されたに違いないのだろう。
最大の謎は、本来は6,000feetを飛行するはずの民間機に、そのまま飛行すれば2,500feetの三原山に衝突するのに、なぜ2,000feetの指示を出したかである。
しかも、事故の発覚を送られるためと思われる「全員救助」の誤報を出しているのも大きな疑問である。
当時は、日本の空はGHQの管理下にあり、全く米軍の言いなりなので、日本だけの調査では原因つかめない。
もっとも、今でもブラウンルートなど米軍独自の航空ルートを持っているし、岩国空港などは米軍が実質的に官制しているが。
後半は、ただ一人の謎の女性搭乗客と持っていたはずのダイヤの行方である。
戦時中に接収されたダイヤが、日銀の金庫に保管されていたダイヤが、進駐軍に押収された後に多くが行方不明になっていて、これも「日本の黒い霧」に掲載されていたものを掘り下げている。
この本が出版されたのは清張氏の最晩年で、過去の本で書ききれなかったものが気がかりだったのだろう。

蒼ざめた礼服
 「蒼ざめた礼服」は、昭和36〜37年にかけて書かれた松本清張の作品である。
平凡なサラリーマンだった主人公が、古本屋で一冊の雑誌を購入したことがきっかけで、経済研究所に転職する。
そこで、特殊潜水艦をめぐる事件に巻き込まれ、仕事上の調査だけで無く独自に調査を始め、自らも危険な目にもあう。
いくつかの殺人事件が起こるが、溺死体の腐乱を早めるトリックがなかなか見抜けない。
「巨人の磯」とも同じような手口が使われているが、こっちの方が大がかりである。
松本作品は、遺体の始末に色々な工夫が凝らされているが、高酸性の液体に死体を浸けて溶かしてしまうというのもある。
結局、主人公は、ある程度までは真実には迫るが、事件の核心に触れる前に経済研究所を解雇される。
失業しても調査を続けるが、結局のところ、同じ事件を追っていた関係者に真実を知らされる。
所詮、サラリーマンの調査の限界も思い知らされる。
主人公が殺されるのでは無いかと気になり、2〜3日で読み切ったが、展開が複雑で面白かった。

巨人の磯
 巨人の磯には、「巨人の磯」「礼遇の資格」「内なる線形」「理外の理」「東経一三九度」の短編が収録されている。
「巨人の磯」は、膨れ上がった溺死体が巨人に見えることが、巨人伝説になったという清張氏の仮説を語っている。
礼遇の資格」では、フランスパンを凶器にしていて、犯行後に食べて隠滅を図っているが、「凶器」で餅を凶器に使っているのと良く似ている。
「内なる線形」は、わずかに都市ガスを漏らして体調不良にさせて自殺に見せかけて殺すのだが、ガスの匂いを消すために使った薬品などが面白い。
「理外の理」は、実験と称して自ら首吊りさせる話。
「東経一三九度」は、東経139度のほぼ線上に同じような占いの神事を行う神社は集中していることに目をつけ、卑弥呼伝説と重ね合わせるという独自の仮説を展開する。

黒い空
 1988年の松本清張作品である。
東京近郊に作った結婚式場が舞台で、何故かカラスが式場周辺に飛び交うようになる。
結婚式場の社長でもあるコンチェルンの女会長の婿養子が、経理係の女と結託して女会長を殺す。
殺人事件なのだが、考古学もどきが配置してあるのが清張らしい。
戦国時代の上杉系の2家の骨肉の争いが殺人事件に関わっていて、それを第3者の男が謎解きしていく。
死体を隠すことに苦労した犯人が、やっと埋めた死体と証拠品をカラスに突っつかれてバレるのだ。
まるで、ヒチコックの「鳥」をヒントにしたような作品である。
刑事コロンボのように、最初から犯人はバレていて、第3者の男がまるでコロンボのように甥の結婚式の相談にかこつけて、式場の神事をおこなう神社を調べて回る。

日本史七つの謎
「大化の改新は本当にあったのか」
「短詩形文学はなぜ日本文学の中心なのか」
「武家政権はなぜ天皇を立て続けたのか」
「織田、豊臣、徳川がなぜ天下をとれたのか」
「薩長はなぜ徳川幕府を倒せたのか」
「太平洋戦争はなぜ始まったか」
「高度成長はなぜ可能だったか」
の七つの謎についての座談会を収録してあり、著者は「松本清張ら」となっているが、清張氏が関わっているのは最初の1つだけである。
1992年頃に出版された本なので、近世などの分析はやや甘い。
いまなら
「バブル崩壊は防げなかったのか」
が入ったかも知れない。

事故
 松本清張の短編集「事故」には、「事故」と「熱い空気」が収められて、どちらもテレビドラマ化されている。
「事故」は、何度もドラマ化されているが、私が見たのは2002年のNTV版で、小説では女調査員は探偵事務所の雇人だが、ドラマでは十朱幸代の女所長になっていた。
ドラマでは、男の所長のほうから浮気の依頼主に手を出した事になっているが、ドラマでは依頼主の女から誘った事になっているの時代の流れだろう。
小説では、浮気を隠すためにトラック運転手と女調査員を殺すのだが、あまりに現実性が無いので、ドラマでは動機に遺産狙いも付加している。
「熱い空気」はテレビ朝日の開局55周年記念で制作されたが、主演の米倉涼子が良かった。
原作は、大学教授の家庭に派遣された家政婦が、この家の不幸の臭いをかぎとって追求していき、おばあさんの耳のケガから夫婦が共に浮気しているのがバレて家族が崩壊するが、 ドラマではギリギリのところでハーッピィエンドにしている。
原作では、マッチ、電報、手紙が重要な小道具なのだが、現代版のドラマではどうするのかな?と思っていたが、さすがに変えようがなかったようだ。
原作は、ブスの家政婦になっているが、さすがにTVではブスに見せかけた美人にしている。

小説日本芸譚
 運慶、世阿弥、千利休、雪舟、古田織部、岩佐又兵衛、小堀遠州、光悦、写楽、止利仏師について松本清張の私見が書いてある。
千利休、古田織部、小堀遠州は、いずれも茶道にまつわる話であるが、秀吉との因縁は欠かせない。
利休の侘び、寂びと、それ以後のきれい寂びなどに遷っていったいきさつなどが面白い。
運慶と止利仏師は仏師の話だが、ともに資料が少ないなかで、清張の推理が面白い。
雪舟、岩佐又兵衛、写楽は絵師だが、あまり知られていない裏側の部分を書いている。
世阿弥は能で知られているが、これも落ちぶれた後を書いている。
光悦は、多種の才能で知られているが、書家としての才能だけを認めて他はたいしたことは無いと言っている。
清張氏が、小説家として一本立ち間の無い昭和33年頃に書かれたものである。

疑惑
 短編で、「疑惑」と「不運な名前」が収録されている。
フジテレビでドラマ化され、常磐貴子が主演した。
夫の保険金殺人の疑いで逮捕された被疑者は、前科があってクロとみられたいた。
一見風采の上がらない弁護士は、原作は国選弁護人だが、ドラマでは常磐貴子がとぼけた演技を見せている。
ドラマだけではやや疑問が残こるが、原作を読むと細かい点は納得できる。
ドラマの脚本は、原作を大きく変えて時代も現代にし、よりTV的ににビジュアルにしている。
ややオーバーな演出もあるが、TV的には面白い。
原作は国産車だが、ドラマはBMWになっている。
原作は、清張の得意な新聞記者が主人公だが、ドラマは女弁護士を主人公にし、エンディングは全く新しく書いている。
30年以上経っている作品が、現代に見事によみがえっているのは、主役が素晴らしかったのかもしれない。
「不運な名前」は、名前が有名な悪党に似ている事から偽札犯に仕立てられ獄死した人物を回想する話。
偽札事件の関係者として藤田組が登場するが、フジタとは直接関係ないらしい。
元刑務所跡地で、何の縁もない3人が語り合うという不思議な設定。

危険な斜面
 危険な斜面、二階、巻頭句の女、失敗、拐帯行、投影、と松本清張の短編集がまとめてある。
「危険な斜面」は、フジテレビで全国ネットされたが、現代風に脚本してあり原作よりも良く出来ていた気がする。
原作は絶大な権力を誇る会長の妾だが、TVでは秘書になっているのも良かった。
「二階」は、不治の病に取り付かれた夫を献身的に介護する妻の前に、元彼女が現れて心中し妻も自殺するという今ではありえない設定。
「失敗」も、犯人の家に張り込んだ刑事が妻に同情して犯人との密会を許し、責任を問われるという此も今ではありえない状況設定である。
「拐帯行」も会社の金を持ち逃げして、好きな女と自殺旅行に出かける話だが、結局は思いとどまる。
清張氏が心中が好きなのか?昭和30年頃の時代が心中を流行らせたのか?
「 投影」は、「張込み」を収めた短編集にも掲載されている。

草の陰刻
 松本清張の文庫本だが、まず驚くのは本の厚さである。
普通の文庫本なら2冊分あり、1冊になっているので割安になっているのはうれしいが、重くて読みにくい。
四国の松山が事件の舞台で、検察庁の支部の書庫で火事があり、宿直の一人が焼死する。
放火を疑われたが、失火として処理した検事が事件の裏側を調査し始める。
埼玉に配転された後も個人的に調査を続けるが、兄の薦めた見合い相手との結婚を考えるなか、事件の遠因となった事件を担当した先輩の弁護士の娘に惹かれて行く。
事件のパックに大物政治家の陰がちらつき、特捜部も躍起になって立証しようとするが、告訴の取り下げなどもあって敗北し、辞表を書かざるをえない状況に追い込まれてゆく。
事件の関係者が広島県の福山の住んでいたりするなど、他の小説にもあった四国と広島の関係が再びでてくる。

神々の乱心
 松本清張の絶筆である。
昭和の初期に新興宗教に出入りしていた、皇居の女官が特高警察に職務質問されたのち自殺した。
これを契機に様々な事件が起こる。関係者のなかに三次の出身者がいた。
双三郡三次町にある西部の山の中腹に、和風の立派な旅館がある。
きっと高谷山のあたりだと思うが、実際にはそんな旅館は存在しない。
清張氏にとって三次は、父親の出身地の山陰に続く場所なので、思い入れが強いのであろう。
また、清張氏得意の考古学から、鏡も出てくる。
多紐細紋鏡、内行花紋鏡、神獣鏡などであるが、多紐細紋鏡が主役である。
私も四角い多紐細紋鏡を見たことがあるが、ほとんどの鏡が凸面鏡であるのに対し、これは唯一凹面鏡であった。
時節は、満州国ができて間もない頃で、「昭和史発掘」を読んでいると当時の背景がよく理解できる。
未完なのだが、だいたいの結論は出ており、ある程度の疑問は解決する。
残る疑問は、編集部の注として書かれている。
ところで、これを読んでいると「どこかで似たような話を読んだが?」と思ってくる。
そう、村上春樹の「1Q84」とよく似ている。
新興宗教、殺人のプロなどなど、時代背景こそ違うが30年前の設定からあと50年も遡れば、ほぼ同じ。
死者にはノーベル賞は与えないらしいが、生存していれば松本清張氏ころ対象者になったに違いない。
松本作品は、村上作品ほど翻訳されていないだけだと思うのは私だけだろうか?

霧の旗
 松本清張の昭和51年頃の作品「渡された場面」と殺人事件の設定がほとんど同じで、無実であるにもかかわらず、警察の取調べで「自供」してしまう。
弁護を依頼された優秀な弁護士が、弁護に見合う報酬が支払えないという理由で断り、被告が獄中死してしまう。
冤罪を晴らせなかった被告の妹が、弁護士に復讐するする話である。
自白偏重の警察と、金があるか無いかで判決が決まる裁判システムのあり方も問う。
九州にいた妹は、上京しバーのホステスに身を落とす。
妹の力になろうという出版社の記者。弁護士には銀座のママの愛人がいる。
事件現場が九州のK市(小倉?)だったり、記者が居たり、銀座のバーが登場したり、逢引の場所が洒落た一軒屋だったり、清張氏の小説に良く出てくる状況設定である。

幕末の動乱
 1961年に書かれた松本清張の本で、中には1992年に公開された映画「おろしや国酔夢譚」に描かれているロシヤに漂流した日本人の苦難も収められている。
田沼意次は、教科書では、賄賂政治を行った悪者と習ったが、剣客商売ではそれほど悪者にはなっていないので不思議だったが、清張は町人の商業を認めた功績を買っている。
反対に名君とされた吉宗などは、農民にのみ負担を強いて、商人を押さえつけて武士に倹約を強ただけと言っている。
鳥居燿蔵は、時代劇では悪者にえがかれているが、やっぱり悪者だったらしい。
抜荷商人の派手な生活が時代劇に描かれているが、実際はそれ以上だったかもしれない。
明和6年(1769年)に備後福山で起こった一揆では、数万人の農民が蜂起し、千人以上の武士の軍隊も手出しでず、庄屋や代官もお手上げで、農民の年貢の免除などに応じ、処罰もできなかったようだ。

渡された場面
 昭和51年頃の作品である。
ある中堅作家が、佐賀の冬の海岸沿いの旅館に逗留する所からはじまり、女性関係のもつれから殺人事件が起こる。
旅館の接待係を殺すのは、自称小説家の青年である。
その「渡された場面」は中盤に登場するが、香川?で起こった殺人事件現場を中堅作家が描写していたのを、犯人が盗用したのが文芸誌に載ったことから事件は発展する。
香川の事件の犯人も、その中堅作家も死亡していて、事情を知っている接待係の女も殺されているので、自称小説家の身辺に捜査が及ぶ。
刑事コロンボと同じように犯人はすでに分かっているのだが、どうやって追い詰めていくかが見所である。
私は、宿泊人間ドックの夕方から読み始め、翌日昼までには読み終えてしまった。
体重が1kg減った事で、腹回りが2cm減り、その他の数値も若干改善された。
デスク勤務がなくなったので夕食時間が早くなったのと、水泳が週に1回から1.5回に増えたぐらいで努力はしていないのだが・・・・・

私説・日本合戦譚
 松本清張が、長篠合戦、姉川の戦、山崎の戦、川中島の戦、厳島の戦、九州征伐、島原の戦、関が原の戦、西南戦争について、菊池寛の合戦譚に触発されて書いたもの。
特に、出生地?の厳島の戦と、育った九州征伐、島原の戦、西南戦争は思い入れもあって詳しい。
厳島の戦は、毛利元就と陶春賢と合戦であるが、塔岡に陣取った陶軍を、村上水軍の船に乗った毛利軍が、今の海水浴場のある包ヶ浦から博奕尾峠を上って急襲するものである。
私も、このルートを取材した事があるが、今は車でも通れるようになっているが、一般観光客が訪れるような道ではない。
清張氏は、己斐あたりで出生したとも言われているので、この辺の地名は詳しく書いてある。
島原の戦には、オランダ船も艦砲射撃を行っているが、戦国時代が終った太平の世になってからの戦なので、幕府軍も相当手を焼いたらしい事が細かく描写されている。
西南戦争は、西郷隆盛の政府に対するクーデターではあるが、西郷が何故勝ち目の無い戦を始めたかが分かりにくかったが、清張なりに解釈を入れている。

文豪
 松本清張は、「或る小倉日記伝」で森鴎外の小倉日記を探すという小説で芥川賞を受賞しているし、「昭和史発掘」では谷崎潤一郎と佐藤春夫の妻の関係を書いている。
そして、「文豪」では坪内逍遥の妻、泉鏡花とその妻と尾崎紅葉などの関係を書いている。
芥川賞を取って文壇の寵児となった清張ではあるが、小学校しか出ていなく風貌自信のなかったコンプレックスからか、大学出の正当?な文豪にたいする批判が随所に現れている。
高名な文豪の妻が、遊女や芸者あがりであっても現代ではそれほどの批判にはならないだろうが、好きで一緒になった割には、その事に悩む文豪が許せなかったのだろう。
尾崎紅葉が師匠風を吹かして、泉鏡花に妻との離縁を迫ったのが「婦系図」として名作になってしまった。
あの世で、紅葉は歯軋りして悔しがったのではないだろうか。
斉藤緑雨についても、独自の調査をして書いてあるが、1970年代に入ってからの出版のはずで、清張はすでに1戸建の家を新築し、長者番付にも載っていたはずだが、 アパート住まいでそれほど忙しくは無くなんとか暮らしていける作家であると、自分の事を書いている。
緑雨についての当時の作家たちの評価も書いているが、いかに清張が本を読んでいたかが分かる。
樋口一葉は、それなりの美人で、当時も文壇の男達が足しげく通ったらしい。

無宿人別帳
 昭和30年代の前半に書かれた松本清張の短編時代劇である。
生まれ在所から逃亡し江戸でとらわれた無宿人の悲哀を描いている。
町の島帰り、海嘯(つなみ)、おのれの顔、逃亡、俺は知らない、夜の足音、流人騒ぎ、赤猫、左の腕、雨と川の音、が収録されている。
無宿人が伝馬町の牢でうけたであろう待遇を、細かく描いてある。
特に「おのれの顔」は、顔にコンプレックスを持っている清張らしい作品である。
顔にコンプレックスを持っている男が、自分に輪をかけた醜い顔の男が入牢してきたのを気にし「自分の顔を見るようだ」と嫌がって、殺してしまう話。
定員?を上回る科人を牢に収容し、牢内での殺しを見て見ぬ振りをしする体制も描いている。
無宿人の増加に手を焼いた、「鬼平」と言われた火付け盗賊改めの長谷川平蔵が、人足寄場をつくる話も出てくるが、先日見たBSの鬼平犯科帳でも人足寄場を作ったいわれを紹介していた。

球形の荒野
 松本清張傑作集の1冊であるが、私には3番目くらいに面白かった。
終戦直前のスイスで死亡した事になっていた外交官が、実は生きていたという設定で、そこに旧陸軍系の結社が暗躍し殺人事件が起こる。
京都や奈良が舞台になり、古代史の好きな松本氏の繊細な描写が加わる。
昭和35年頃の連載小説なので、やや描写が細かすぎて鬱陶しいきらいはある。
狂言回し役に新聞記者が使われているが、これも朝日新聞に身をおいていた清張氏の得意なところ。
携帯電話も新幹線も無い時代の話なので、もし現代ドラマの脚本にする場合はどうするんだろう?と心配してしまう。
「球形の荒野」のタイトルは終盤でわかるが、全体を通して読んだ後でもやや違うタイトルのほうが良いような気がした。

絢爛たる流離
 3カラットのダイヤが先々で殺人事件を起こす話。
短編なので読みやすい。
ダイヤ商のうら話は、読者からの手紙がヒントになっている。
松本清張氏の過去の経験が随所に生かされている。
悪くいうと、どこかで似た話を読んだような気もする。
殺人犯は巧妙なトリックで迷宮入りになりそうになるのだが、結局逮捕される。
今では考えにくい昭和30年代のファッションや結婚観などが面白い。
殺しの容疑者が2人逮捕され、どちらかが犯人なのだが、あるきっかけで発覚する。
拘留中に地震があり、一方の男が極度に怖がっていた。
犯行時に震度4、27ガルの地震が発生していて、慌てて逃げたてため現場に電気を消すのを忘れたのが露見するのである。
新物好きの清張氏が、ガル表示を使いたかったのだろう。

棲息分布
 傑作選に選ばれている松本清張のミステリーではあるが、私には今ひとつだった。
1966〜67年に書かれているのが、その原因ではないかと思う。
戦後の混乱期を過ぎ、所得倍層計画の中、東京オリンピックの好景気に沸く時代背景があるのだが、この時代の政治・経済は、当時中学生であった私には良くわからない。
男女間のことは「波の塔」と似た所があり新鮮さが足りない。
戦後に話題になったM資金などの金の行方なども、私には全く分からない。
2.26事件に関連する人物も連想させるのだろうが、これも分からない。
きっと当時は面白かったのだろう。
この頃は、大物政治家や実業家の浮気には寛大だったし、記事のもみ消しなども可能だったが、今や検察官でさえ起訴される時代なので、今の読者の気分に合わないだろう。

空の城
 空(くう)の城は、松本清張が安宅産業の経営破たんを扱ったミステリー小説。
全体の2/3までがカナダ作られた石油コンビナートの操業から破綻までを書いていあって、契約のことなどの細かい記載は鬱陶しい。
結果が分かっているだけに、先を読むのがちょっと怖い気もあり、なかなか読みすすめない。
安宅コレクションは、東洋陶器美術館の基礎を作っている陶磁器だけに迫力がある。
安宅産業だけでなく、広島銀行は広島美術館にゴッホなどの名画を、ウッドワンはマイセンなどの陶器や岸田劉生などの名画を収集している。
お金持ちがコレクションすることは、文化を守る立場からは悪い事ではないが、やりすぎると社業が傾き本末転倒になりかねない。
清張ベストコレクション選ばれているが、私はそうと思わなかった。

彩り河 (上・下)
 1981〜1983年に週間文春に連載された松本清張の小説である。
会社の辞めて高速道路の料金徴収員の話から始まり、銀座のバーのママに関わる会社社長とその裏の話から殺人事件に発展する。
ある中企業の派閥争いに敗れた料金徴収員が主人公なのだが、途中で誰が主人公だか分からなくほど話が膨らんでゆく。
話が、どんどん発展して面白く一気に読んでしまった。
映画やTVにもなったらしいが、小説だけで充分映像が頭に浮かんでくるで、具体的に映像化すると案外つまらないものになっただろう。
文芸春秋の松本番だった藤井康栄女史が、経済界、夜の銀座、高速道路の料金徴収係、甲府の温泉街などの取材をしている。
取材が行き届いていて、とても松本氏だけでは出来ないと思っていたが、案の定だった。
傑作である。

波の塔
 テレビ朝日で再ドラマ化された松本清張の「波の塔」が、そこそこ面白かったので原作を読む事にした。
昭和史発掘に比べ、サクサク読めるのが楽しい。
清張得意の考古学に関するシーンは、ドラマには無い。
佐渡に渡った部分は小説のみなのだが、無くて良いような気がしたが、他の小説にも佐渡を扱ったものがあるので、どうしても入れたかったのだろう。
TVでは重要視されていなかった輪香子だが、原作では全体の狂言回し役になっていて、より推理小説らしくなっている。
TVで出てくる「ガラスの花」は出てこない。
後半の検察の被疑者の尋問のシーンは、TVのほうが良く出来ていたが、全体としては原作のほうが面白かった。
最後に、頼子が富士山の樹海で自殺するのだが、この小説が樹海を自殺の名所にしたとは知らなかった。

松本清張の残像
 松本清張記念館の初代館長である藤井康栄女史の本である。
彼女は、30年間にわたって文芸春秋の松本番をしていたようだ。
私は、「半生の記」を読んで疑問に思っていた事の回答があるのではないかと思って購入した。
年譜では、1909年明治42年12月21日小倉生まれとなっているが、明治42年2月12日生と書いてある「広島京橋」の写真館で撮影した写真が存在し、他にも2枚の写真が存在するのだ。
矢張り広島で生まれ、のちに出生届を小倉にだしたに違いないが、清張氏自身に記憶がある訳ではないので、小倉出身にしておいたのだろう。
私自身の出生地は倉敷市水島であるが記憶が全くなく、小学校〜高校時代に育った美作市を出身地にしたいと思っているので、清張氏も同じ思いではなかったのか。
また「半生の記」では貧困に喘いでいるが、たとえ子沢山であったとはいえ、大朝日の社員になっているのにおかしいと思っていたが、矢張りかなり誇張してあるようだ。
それでは、彼が撮影に使ったといわれるライカVaは買ったのだろうか?
1943年に朝日新聞の社員になっているが、Vaは1935年に発売されている。
1934年発売のライカV型が580円で、ざるそばが10銭、巡査の初任給が45円だった頃なので、高等小学校卒の初任給もそれほど違わなかったな筈。
戦時中にもかかわらず、このカメラで小倉市内を撮影していたとあるが、広告部員ではあるのでデザインなどの必要から社用のカメラを所持していても不思議ではない。
戦後、1950年の「西郷札」で百万人の小説の2等の賞金が10万円だった事を思えば、賞金で中古くらいは買えない事はない。
しかし、ライカVaを持っていたのなら、パーレット(1925年)やセミパール(1938年)を買う必要はなかったはずである。
ところで、この本の大半は「昭和史発掘」の裏話であるので、まずは「昭和史発掘」を全巻読んでから出ないと面白さがわからないので、1冊読むごとに頭を冷やす意味も含めて少しづつ読んでいった。

誠獣配列 (上・下)
 アメリカ大統領が、来日の際に迎賓館に女性を引き込んで情事におよび、首相との秘密会談を撮影されるという失態を犯す。
白黒のASA400フィルムの空箱をゴミ箱に捨てた事から撮影が発覚したのだが、そんな単純なミスを犯すものか?と思っていたが、オウムの高橋被告がキャリーバッグのレシートをゴミ箱に捨てた事を考えれば、 緊張状態にあると思わぬミスを犯すことはあるのかもしれない。
主人公は、4度DP屋に現像を依頼するが、この時が一番危ないのだが、そこでは事件は起きていない。
1982年にスイスに個人銀行の取材に行っているが、この時に使ったカメラはニコンF3(1980年発売)の上部に大型の露出計の指針をつけた清張スペシャルだっただろう。
しかしスイスの銀行の壁は厚く、表面的な取材しか出来なかったようだ。
小説でも主人公が、スイスの銀行の壁に阻まれ、自殺してしまう。
最後の自殺?のシーンがくどいのは、1985年に再取材して書き足したからなのだろうが、私は読み飛ばしてしまった。
最後の部分を除けば面白い作品で、2〜3日で読んでしまった。
ただタイトルは懲りすぎで、あとがきで説明されても今ひとつ意味がわからない。

火の路(上・下)
 「プロカメラマンが、150mmの望遠レンズの筒先を・・・」という文章が出てくるが、nikonにもcanonにも150mmは無く、あるのはオリンパスペンF用のレンズだけである。
つまり、松本清張氏がペンFで現場で撮影したに他ならない。
「フィルムはASA80のものしか・・・」というのが出てくるが、当時のフィルムでASA80というのは120サイズか4x5用のLタイプしかない。
と言う事は、150mmレンズというのは、HASSELBLAD用のSONAR 150mmF4の可能性もある。
「ジュラルミンの機材函を・・・」というというところがあるので、6x6だった可能性もある。
ASA80というフィルムを登場させて、プロらしさを出させているのだろう。
と思っていたら、この話自体がカメラマンが嘘をついていたと言う事になっていた。
飛鳥の酒船石の起源が、ゾロアスター教にあるという仮説をたてて、イランの施設を調査に行くのがだが、この部分が専門的すぎて難解である。
考古学に興味が無い人には、面白く無いかもしれない。
「昭和史発掘」に次ぐ難解な小説、というよりも清張氏の個人的論文である。
巻末には、1973年当時には解明されていなかった部分が後に発見され、論文的には誤りが指摘されている部分もある。

風の視線 (上・下)
すでに絶版になっているので、アマゾンで購入。
三原の本屋から送られてきたので、松本清張氏の「古本」が備後の古本屋で購入した古本の話の因縁かと思ってドキッとした。
1961年に出版された長編小説なので、35mm、85mm、135mmという距離計カメラ用と思われるレンズが出てくる。
1957年に林忠彦氏と東北取材旅行をしているので、きっとライカだったのだろう。
1959年にはニコンFやキャノンフレックスが発売されているので、「被写体に10cmまで寄って撮った」という部分が一眼レフを想定していたかもしれない。
白黒フィルムの現像やプリント作業も出てくる。
ただ、「死体の上にまで乗って撮影した」という部分は、カメラマンとしては納得できない。
この写真を発表した段階で、このカメラマンは世間の批判を浴びるに違いない。
気に入らない人物を撮ったので、フィルムをかぶらせてしまうという場面があるが、 プロなら引き受けた仕事なら最後までやり遂げるはずで、気に入らなければ最初から断ればよいなずなのだ。
恋愛小説らしいが、「砂漠の塩」よりは面白かった。

湖底の光芒
松本清張の絶版本で、これで清張氏のカメラ関連の本はすべて収集した。
長野の中小カメラメーカーを取り巻く話で、美人の下請け企業にカメラメーカーの女たらしの専務が言い寄り、挙句の果てに嫉妬に狂った女に無理心中させられる。
昭和30年代後半と言えば、二眼レフから35mmレンズシャッターカメラに主力が移行し、ハーフ判EEも出始めた頃で、一眼レフがブームになる前。
当時の長野県にあった大手カメラメーカーといえば、ヤシカやオリンパスであったと思われる。
中小としては、チノンやコシナがあった。
しかし、ヤシカはカメラ京セラになった後、カメラから撤退。オリンパスは銀塩カメラから撤退し、最近の粉飾決算問題で揺れているのはご存知のとおり。
コシナは、フォクトレンダーやツァイスのブランドを取得し、大メーカーのOEM供給だけに頼らない独自の経営方針を掲げて頑張っている。
あるビデオカメラメーカーの技術者が、4/3のデジタルにフォクトレンダーの単焦点レンズを自慢げに付けていたを見た事がある。
そんな事を考えながら、この本を読むと、レンズ磨き工程などを丁寧に描写しているだけに、今から見れば陳腐であり、絶版になっている理由もわかる。

草の路
 最晩年の作品集で、すでに絶版になっていたのをアマゾンで購入した。
読んでいなかったと思えるほど綺麗な単行本で、初版1刷である。
老公
 西園寺公爵邸の警備をめぐって事が書いてある。
モーツアルトの伯楽
 モーツアルトとオペラ「魔笛」を演出したシカネーダーの話。
死者の網膜犯人像
 死者が最後に見た映像が網膜に残る?事から犯人が発覚する。
ネッカー川の影
 ヨーロッパで発掘する偏狭な考古学者の話。
「隠り人」日記抄
 これが読みたくてこの本を買った。共産党を解体寸前まで追い込んだ「スパイM」のその後の解明談。満州から帰国後、密かに北海道で暮らす悲惨な生活が書いてある。
呪術の渦巻文様
 1973年のアイルランド取材が生きている。
夜が怕い
 ほとんど自分の闘病生活を書いている。
「隠り人」以外は、面白くない。

憎悪の依頼
 松本清張の短編集
憎悪の依頼
 好きな女が、肝心なところで自分に靡かないのに愛想をつかし、別の男に口説かせて復讐しようとした男が、結局その男に嫉妬して殺してしまうという、ありそうでなさそうな話。
美の虚像
 高名な評論家が自ら書いた贋作のスケッチを鑑定書付で売りつける話で、儲けた金を女につぎ込む。
死後に、売りつけた絵が市場に出回り贋作の疑いが起こり新聞社の文化担当が推理していくという話。
さすが清張氏は、自らがデザイナーだっただけに絵画物は面白い。
すずらん
 恩義ある画商の女に手を出し、信州のすずらん群生地で害し、北海道が現場であるように装う。
リコーオートハーフ?で、セルフターマーも三脚の無しでの撮影しているので、男が居た事がばれてしまう。策を労しすぎて馬脚を現す。
清張氏は絵画関連は本職だったのに比べ、写真関係は趣味の範囲なので細かいところで疑問を感じる所がある。
 女囚
ろくでなしの父親を殺したた女囚の話だが、本人は父親を殺して残された家族は楽になったと思っているが、妹たちは殺人者の姉が居る為にまともに結婚が出来ないと恨んでいたいう話。
文字のない初登攀
 ある壁をはじめて登ったが、証拠となる写真も同伴者も居なかったため、捏造ではないか批判される。
しかし、目撃者に居たのだが浮気中の登山だったため証言を断られてしまい、登山界を去らざるを得なくなるという話。
絵はがきの少女
 ある絵葉書の写真に写った少女を探すが、探し当てたときには死亡していたという話。
大臣の恋
 ある友人の妹に恋をした青年が、後に大臣なり初恋の女性に一目会いたいと願ったが、訪れる直前に殺されていたと言う話だが、清張の初恋とダブる話のような気もする。
金環食
 日食をめぐるアメリカと日本の研究で、日本の計算のほうが上回ったと書いた記事がGHQの癇に障り、記者が左遷される話。
流れの中に
 あるサラリーマンが定年直前に恵まれなかった幼い日々に放浪した地を訪ねる話だが、清張の少年時代の話とも読める。
壁の青草
 刑務所に入っている青年から見た刑務官の観察記。

松本清張カメラ紀行
 1983年に発行された松本清張氏の写真エッセイで、新潮社発行の本である。
海外取材時に撮影した写真で、「砂漠の塩」などの小説の原点などにもなっている。
写真の構図は悪くないのだが、良く写っているというだけの写真である。
すでに絶版になっていたので、アマゾンで注文したのだが、なぜか沖縄から送られてきた。
この本のトップページを飾っているカメラは、ニコンF2フォトミックSブラックである。
このカメラは、1973年〜1976年にかけて作られているので、この頃にはCANON派ニコン党に転向していたのだ。
このF2は、氏の遺品には残っていないので、所有していたかどうかは不明だったのだが、証拠写真が出てきたのだ。
残る疑問は、キャノンF-1やニコンFを持っていたかどうか?といつニコン党に転向に転向したかだ。
松本氏は物へのこだわりはあまり無かったようで、カメラもよく知人や旅先などで世話になった人に譲ったりしていたというので、遺品が無いというだけで所有していなかった理由にはならないようだ。

死の枝
 短編集で「死の枝」という短編はない。
交通事故死亡1名
 かなり綿密に計算された交通事故を装った殺人事件なのだが、実際には手を下していないので、有罪には出来そうに無い。
偽狂人の犯罪
 気が狂ったように見せかけて、殺人罪を逃れようにするのだが、検察の執拗な追求に自白せざるをえなくなるが、違法な手段で自白に導いた検察側も追放される。
家紋
 田舎で起こった殺人事件で、住民の証言が全く得られず迷宮入りになってしまうが、犯人は意外な人物だった。
年下の男
 オリンパスペン?で写真を撮ると見せかけ、断崖から男を突き落として殺すのだが、凶器?となったカメラの処分にリアル感がない。
古本
 小説のネタの困ったベテラン作家が、古本屋で買った郷土研究家の本を盗用してその息子に恐喝されて殺すのだが、これも有罪の立証が難しいだろう。
ペルシアの測天儀
空き巣狙いが盗んだ測天儀というアクセサリーが、浮気相手殺しの証拠になるという事件。
不法建築
 「影の地帯」と同じトリックを使っている。
入江の記憶
 どこかに清張の幼年期の記憶があるような気がする。
不在宴会
 「状況曲線」と同じで、浮気相手が旅館の風呂で死んでいて、慌てて逃げる話。
土偶
 何故か若いカップルを殺してしまい、現場で壊した土偶がトラウマになって墓穴を掘る話だが、非現実的な気がする。

影の地帯
 カメラマンを主人公にした推理小説。
「十万分の一の偶然」に続くカメラネタであるが、主人公の職業がカメラマンというだけで、写真の話が沢山出て来るわけではない。
昭和34年に書かれたものなので、ストロボではなく、閃光電球などという死語に近いものが登場する。
200mmの望遠レンズが登場するのだが、女性がファインダーを覗いて「うわあ、大きい」と叫んでいるので一眼レフでなくてなならない。
これをニコンFだとすると、ニッコールQオート200mmF4が1961年発売なので時代が合わない。
当時キャノン派だった松本氏なので、キャノンフレックスにするとR200mm F3.5がちょうど間に合う。
凶悪な犯人を追求する主人公だが、どこか間抜けで重要な鍵を見落とし、何度も殺人集団の罠にはまってしまうのだが、そこが昭和レトロ時代の良いところかもしれない。
主人公のなじみのバーのマダムが殺され、それを探っているうちに実力者の国会議員の殺人に絡んで危険な目に合うのだが、謎の女の助けられるという話だが、びっくりするほど面白いわけではない。
ただ、昭和史発掘を2冊読んだ後だと、きがるに読めて楽しかった。

昭和史発掘1
松本清張氏が、こつこつと調べた労作である。
陸軍機密費問題
石田検事の怪死
朴烈大逆事件
 最初の3作はほぼ同時期に起こった事件で、何某かの関連がるようだが、大正15年というか昭和元年というかの時期の話なので、よくわからないところもあるが、それなりに面白い。
芥川龍之介の死
 事件ではないので何故取り上げたのか理解できない所もあるが、芥川氏も受賞していない芥川賞を取っているので、書く権利は充分あるだろう。
芥川は漱石の一番弟子として文壇にデビューし、何苦労なく作家人生を歩んだくせに、自殺なんぞするとは大馬鹿物だとでも言いたいようだ。
それに比べれば、後ろ盾がまったくなかった谷崎潤一郎の苦労は大変なもので、自殺などという柔な根性は持っていないのは凄い、とでも言いたげである。
しかし、本当は自分が舐めた辛酸に比べれば、芥川の心労などはたいしたことは無い、と言いたかったのだろう。
それにしても、松本氏の芥川の研究は細部にまで及んでいる。
芥川賞に応募するにあたって、そうとう研究したのであろう。
朝日新聞の嘱託デザイナー?から脱出するための必死さが、読み取れる。
北原二等兵の直訴
 昭和初期の軍隊内の部落差別に抗議して、天皇に直訴する二等兵の話。
松本氏自身は、「軍隊には職業差別が無くて、自分にとっては良いところだった」と書いているが、部落差別はあったのだ。
昭和初期の軍隊の新兵の大半は、農家の次男・三男なのだろうから指揮命令系統を受けての行動というのに慣れていなかっただろうから、その面では労働者のほうが軍隊になじめやすかったかもしれない。

昭和史発掘2
(1965年発表)
3.15共産党検挙
 ロシア革命直後の非合法下における誤った武力闘争論や、コミンテルなど、綱領もはっきりしていない時代の日本共産党の話で良くわからない部分もあるが、それなりに当時の時代背景などがわかる。
満州某重大事件
 満鉄を爆破して要人を殺して暴走する陸軍と、それを止められない内閣内部の混乱を書いているが、今の内閣の混乱と似ているようで面白いが、読むのは結構疲れる。
佐分利公使の怪
 駐支那公使が、帰国中に箱根のホテルで自殺?する事件を扱っているが、当時の警察のお粗末な捜査と護身用ピストルが珍しくないという時代背景が面白い。
潤一郎と春夫
 谷崎潤一郎の妻を佐藤春夫が嫁に迎えるという話を、二人の女性関係を洗いなおして書いている。
天理研究会事件
 天理の分派が、不敬罪や治安維持法で検挙される事件を書いている。
当時の権力が、アカなどと宗教を同列視していたのが良く分かる。現実にオウム事件などが起こってみると宗教とは何かを考えさせられる。
松本清張氏が生きていたらオウム事件をどのように描いただろう。

昭和史発掘3
「桜会」の野望
 陸軍若手将校らが、5.15事件以前に起こした2つのクーデター未遂事件を書いたもの。
これを読むと、5.15事件2.26事件につづく当時の若手将校の血気と、満州における陸軍の暴走が良く分かる。
5.15事件
 結局、犬養毅ひとりだけを暗殺し、予定されていた他の計画が頓挫してしまった経緯も良くわかる。
結局、この事が後の2.26事件を起こす火種となってゆく。
スパイ"M”の謀略
 共産党の大量検挙の影に"スパイM”の巧妙な罠が仕掛けられていた話は、物語としても充分面白い。
当時のソ連と日本と中国の関係も良くわかる。
この"スパイM”の実態とその後の消息はわかっていないとなっていて、ちょっと欲求不満を感じていたが、実はその後の調査で解明されて、別の本に書かれている。

昭和史発掘4
小林多喜二の死
 今井正監督の映画を見たことがあるが、拷問の酷さに目を覆いたくなる。
「蟹工船」も読んだことが無いので、この映画のイメージが強く読みたいような読みたくないような気持ちで恐る恐る読み始めた。
京都大学の墓碑銘
 美作の真島藩というのが出てくるが、勝山藩が明治2年に改名し廃藩置県ののち岡山県に編入されたので知らなかった。
元総理大臣の鳩山一郎氏の家系がここの出身で、隣の備後福山出身の宮沢裕氏と一緒に京大の滝川法学部教授の追放を謀る。
戦後、滝川教授はGHQの指令で京大に法学部長復帰するが、学生を暴行罪などで告訴してひんしゅくを買っているので、本来追放されるような思想も持ち主では無かったようだ。
美濃部達吉などの名前も登場し、今の2世3世の祖先の素性がわかって面白い。
天皇機関説
 天皇ですら機関説は正しいと言われたようだが、学説が正しいかどうかが問題ではなく、軍部などが意図をもって一定の方向をに導こうとする場合は、一人では戦えないということなのだろう。
不幸?にも美濃部達吉氏には支持者が居なかった。
現代においても、警察・検察が自白をもって有罪に持ち込んだ場合、冤罪になる場合が少なくないのに似ていると思った。
陸軍士官学校事件
 5.15事件〜2.26事件の間に起こった事件なのだが、私には良くわからなかった。
ただ、陸軍内部の派閥争いがあったいう事ぐらいにしかわからない。

昭和史発掘5,6,7,8,9
 ここからは、すべて2.26事件についてである。
5、「相沢事件」「軍閥の暗闘」「相沢公判」
 2.26事件の前に起こった、永田軍務局長が相沢中佐に切り殺された事件について詳しく述べられているが、
公判調書などはカタカナの旧カナ使いで書かれているので読みにくい。
6、「北、西田と青年将校運動」「安藤大尉と山口大尉」「二月二十五日夜」
 上記2冊は古本屋で買ったものだが、とにかく読み難い。
7、ここでやっと事件が始まる。
 桑原甲子雄は、当日ライカを胸元に隠して撮影しているし、その前後の大衆の様子を写しているので、当時の世情が良くわかる。
8、事件直後の様子が書いてある。
 クーデター事件のはずなのだが、主導権掌握後の展望が一切無く、とにかく悪政を働いている内閣さえ倒せば後は何とかなるという行動だったので、 最初から成功するはずがなかったのだが、それが分からなかった青年将校が純情すぎた。
学校で事件があったことは学習したが、本当の意味は分からなかった。
9、事件後の公判が書いてある。
 軍法会議なので、最初から将校連中の死刑は決まっていたようなものだった。
下士官と兵たちは、質問も許されない日本・ドイツ特有の軍隊命令に従っただけと言う事で、多くは無罪になった。
しかし、無罪になった者たちは満州に行かされてほとんど戦死しているが、懲役された者は生き残っている。
兎に角、小説というよりも歴史書に近く、数ページ読むごとに休憩しないと、次に進めないという速度なので、読了に3ヶ月近くかかってしまった。
それでも、表面をなぞっただけなので、もう一度読み返さないと理解できないだろう。
資料価値としては素晴らしい。

状況曲線(上・下)
 昭和63年頃の作品で、上・下巻に分かれているが、上巻すべてが被害者が罠に落とされていく状況に費やされている。
しかも、「砂漠の塩」で飽き飽きしていた浮気の話も混じっているので、いらいらしてくる。
ところが、下巻に入ると被害者の死体がダムに浮いて、謎解きがはじまり俄然面白くなってくる。
ある談合グループに属して被害者が、グループ内の振興派の巧妙な策略で殺人犯に仕立てられ殺されるのだが、ゴルフ場で、温泉芸者を使って犯人たちに陽動作戦を仕掛けるあたりは、まるでTVドラマである。
TVドラマにするのなら、下巻からはじめて上巻は回顧シーンで触れるようにしないと、視聴者は面白くなるまでに飽きてしまうだろう。
公共工事の談合を扱っている作品なので、かなりタブーに踏み込んでいる。
巻末の解説部分を和田勉氏が担当していて、「女性の表現が格段によくなった」と書いている。
松本氏が、ヒチコック張りにTVで端役で登場しているうちに、TV的表現を身につけたのであろう。

砂漠の塩
 松本清張の、日本のうじうじした浮気の話にあきあきしたので、海外を舞台にした小説なら良いだろうと思って「砂漠の塩」を読むことにした。
ところがこれが、「箱根心中」の舞台を中東にしただけのような心中物でがっかり。
昔好きだった男と女が、やけぼっくりに火がついて互いの連れ合いを捨てて、逃避行のすえ砂漠で睡眠薬自殺を図るという話。
挙句の果てに女が助かり、追ってきた亭主も交通事故で死に、再び女は砂漠を目指す。
1960年代なら、まだ女が自由に恋愛できない社会状況もあっただろうが、現代では考えられない設定である。
松本氏の中には、友人の妹に打ち明けられなかった恋が、ずっと引っかかっているのだろう。
脱獄犯のヘリ番中の暇つぶしに読み始めたが、2日で読んでしまったが、心中物はあきあきだ。

黒い画集
 遭難、証言、天城越え、寒流、凶器、紐、坂道の家、が収録されているが、黒い画集という名の小説はない。
遭難は、登山での事故死に見せかけた未必の故意による殺人。
証言、寒流、坂道の家は浮気がテーマ
天城越え、は殺人の動機がやや薄く、凶器、は餅を凶器に使うという殺人事件。
紐、は他殺に見せかけた自殺。
松本氏は、友人の妹が好きだったのに、自分に学歴がなくて貧しく両親などを養っているという環境の中に引き込む事が出来ず告白をためらったことが、 心の底に澱のようにたまっているのが浮気や自殺などの作品に表れているのだろう。
ただ、私はこの手の小説は好きではない。

陸行水行
 陸行水行 別冊黒い画集(2)
「陸行水行」には形、陸行水行、寝敷き、断線、が収録されているが、「陸行水行」は「駅路」に掲載されているものを表題にしたもので、内容は同じである。
一度発表したものを、再度出版するということは、相当に気に入っていたのだろう。
先日、安心院に行ったばかりなので風景が目に浮かび、もう一度読んでも面白かった。
「形」は、形にこだわった犯人が、そのこだわった形によって身を滅ぼす話。
「寝敷き」は、布団の下にズボンやスカートを敷いて折り目をつける事など、今はほとんど誰もしない行為がテーマだが珍しく犯人が捕まらない作品である。
「断線」は、金の亡者の犯人が策に溺れて馬脚を現す話。

張込み
 「張込み」「顔」「声」「地方紙を買う女」「鬼畜」「1年半待て」「投影」「アルネアデスの方舟」の短編集である。
三国志を読んだ後なので、短編はやや拍子抜けではある。
「張込み」も「顔」松本氏らしく列車が登場してくるので、他の作品の混同しそうになる。
「地方紙を買う女」も、朝日新聞に勤めていた松本氏にとっては、業界内部の事は良く知っているので書きやすい題材。
「鬼畜」も出版関係の男の話なので、朝飯前だろう。
「1年半待て」は、途中までは出来の悪い男と学歴のある妻の話で、浮気した夫がつまに殺される良くある話なのだが、後半に逆転劇が待っている。
「投影」は、東京の一流新聞社の社会部記者が中途退職して地方の三流新聞社に入り、市政にまつわる汚職事件を追及してめでたく東京に帰り咲くという話で面白いのだが、 再就職先が一流新聞社系列の民間放送というのがちょっと気に入らない。
しかし、TV局が出来たばかりの頃は、そういう話はあちこちにあったかもしれない。
「アルネアデスの方舟」は、戦後の民主化と反動に翻弄された学者の話だが、時代が違うので今ひとつピンとこない。


 昭和52年の作品「渦」は、TV送信所から蚊取り線香のように視聴者モニターが配置されているところから付いた題である。
小説の前半は、視聴率の説明なので私にとっは馬耳東風であるが、中盤から殺人事件に発展して面白くなる。
終盤は謎解きになるが、今ひとつ説明出来きれていない部分があって消化不良気味にだった。
ただ、全体に昭和30年代のベストセラー「点と線」「0の焦点」「砂の器」と違って洗練された感があり、 洋服の描写などが細かくなって、村上春樹が入っている?気がするが、もちろん商品名は出てこない。
女性の色気の表現も少し加わっているが、セックスシーンまでも行かない。

駅路
 「駅路」には、白い闇、操作圏外の条件、ある小官僚の抹殺、巻頭句の女、誤差、万葉翡翠、薄化粧の男、偶数、陸行水行も収録されている。
この本は、讃岐うどんツアーの合間に宮脇書店で求めたものである。
「万葉翡翠」と「陸行水行」は、考古学に関する小説である。
「万葉翡翠」は、万葉集の文章から考察して翡翠を発見しよう、ということから殺人事件が起こる。
「陸行水行」は、魏志倭人伝の水行20日陸行1月いくと邪馬台国に着くという文章から解釈が分かれて畿内説、九州説に分かれて大論争になっているものを、アマチュアの立場から松本清張も新解釈を披露するするものである。
清張氏は何度か九州説を説いているが、これは小説の形はとっているがほとんど論文である。
安心院を安曇とし、安曇海人族と関連させているのには私も同意したい。
ただ、この説を証明するためにアマチュア考古学者2人が事故死するという結論には無理がある。

松本清張「半生の記」
 「父系の指」と「暗線」には、不肖の息子だった清張氏の父親の事が書かれているが、「半生の記」もやはり父親の事からはじまる。
同じような話を3度読むのはやや飽きるが、この本には母親の事も書いている。
母親は広島県東広島市志和で生まれ、ここで父親と結婚している。
清張氏は、小倉生まれとなっているが、志和で生まれたのではないかという説もある。
その証拠に、「半生の記」には出生日時は書いているが、出生場所は誤魔化しているとしか思えないように書いていない。
広島県人としては、清張氏が広島県生まれの証拠を発見したいが、すでに100年以上前のことなどで当時を知っている人はすでにいないし、出生届けも志和の役場に出していないようなので無理だろう。
清張氏も、小倉生まれにしておくほうが面倒が無いので言及してない。
40才過ぎてから朝日新聞を退社して文壇にデビューしているが、新聞社時代は記者ではなく広告デザインを担当していた。
本人は好きでデザインの仕事をしていたわけではなく、家族を養うために見習いから修行したようだ。
小学校しか出ていない彼が、記者になれるはずも無かった。
学歴が無いという事が、一生劣等感として重くのしかかっていたようだが、それがあれだけの作品を書く原動力になったのであろう。

西郷札
 松本清張のデビュー作「西郷札」をはじめ「くるま宿」「梟示抄」「啾々吟」「戦国権諜」「権妻」「酒井の刃傷」「二代の殉死」「面貌」「恋情」「噂始末」「白梅の香」が収められている。
「西郷札」は小倉で朝日新聞広告部でデザイン担当をしていた頃書いたもので、朝日新聞の懸賞募集で3等になった。
社員であるという事で、3等に押さえられたらしいが、この後に「或る「小倉日記」伝」で芥川賞を取っているので、作品としては悪くなかったのであろう。
賞金の10万円は生活費に消えたらしい。
西南戦争の後半に、軍費に困った西郷軍が軍票を発行したが、敗戦後に紙くず同然になったものを政府に買い取らせて大もうけしようと企み、反対に大損をさせられるという話だが、これに色恋が絡む。
清張は百科事典で西郷札を知り、20日ほどで書き上げたと言っている。
「恋情」も美人との実らぬ恋だが、好きだった彼の知人の妹に打ち明けられなかったことがずっと心の隅に残っているのだろう。
彼の妻の事は、「半生記」でも全く語っていないが、その割には子沢山ではある。

邪馬台国 清張通史@
 私は、それまで学校で畿内説で習ったので全く疑った事は無かったが、古代鏡の取材を進める中で「魏志倭人伝」の解釈によって結果が全く違う事を知った。
松本清張は、「魏志倭人伝」だけでなく当時の関連する古書を調べて、独自の理論を考古学界に提案している。
小倉時代の版下見習い時期に、九州の史跡などを探求したようだ。
ただ1ヶ所、気になる記述がある。
「投馬国から南に水行10日、陸行1月行くと九州を突き抜けて沖縄列島の海上あたりなってしまう」と書いてあるが、最近発見された沖縄の海中遺跡がこれにあたると言う事はないのだろうか?
この線は今後の研究を待たねばならない。
景初三年鏡には、三角縁の神獣鏡と平縁の神獣鏡があり、三角縁神獣鏡は卑弥呼の鏡だと言われているが、 中国では1枚も発見されていないので魏からもらった100枚の鏡ではなく国内で作られたものではないかとも言われている。
鏡の三角縁はサンカクエンとサンカクブチの二通りの読み方があるが、平縁はヒラエンだし、斜縁はシャエンである。
阿曇海人俗の阿曇は、安曇でも良いし吉住や住吉なども同族とも言われている。
万葉以前に漢字は無かったので、万葉以後に漢字を当てはめたので漢字にこだわるの必要はない。
また、近年に名をつけた鏡名は形などから分類したものなので、読み方にはあまり意味が無い。

眼の壁
 「歪んだ複写」にどこか似ている。
被害者の部下が事件を追うが、やっぱり新聞記者が協力している。
犯人が潜んでいたのが精神病院というのも、「歪んだ複写」で被害者が精神病院監禁されていたのとよく似ている。
移動に列車や飛行機が出てくるのは「点と線」や「砂の器」と同じでもある。
「網」ではトチノキやリンゴの花など樹木の知識を披露しているが、この小説でも信州の樹木を詳しく記載している。
「0の焦点」では、売春婦の実態も詳細に記載されているが、矢張り「「眼の壁」でも戦後間もない赤線・青線の取材行き届いている。
小説の出だしは手形詐欺で始まるが、事件の調査員が思いがけなくピストルにより殺され、調査を依頼した弁護士も殺され、殺人を犯した人間も自殺に見せかけ殺される。
美人の共犯者が登場するのも良い脚色になっている。
TVドラマ化するには格好だと思うが、時代考証は難しそうだ。
上崎絵津子こそ、広末涼子に嵌る役のような気がするのだが・・・


 清張氏は、広島県生まれらしく中国地方を舞台にした小説も多く、また写真や考古学などの造詣が深く報道カメラマンの私の興味を引く題材が多かった。
  「網」は、軍人勅諭に関した本があるというのを聞いて探したものである。
2010年に新装版が出た本には珍しく「読後の感想」を求めているのが面白くて、キーを叩いて見ました。
読む前は、軍人勅諭ということで戦時中の話かと思い、重い気分で読み始めました。
現に文頭は戦時中から始まりましたが、読み進めるうちに選挙の話になり殺人事件に発展するので、面白くなり一気に読んでしまいました。
とちの木やりんごの花の花粉の話も出てたり、讃岐うどんを食べに行ったついでに時々参詣する四国八十八ヶ所も出てくるので、より興味もわいてくる。
酒造りの細かい点まで書き込んであり著者の取材が行き届いているのを感じる。
 ただ、殺人を犯した犯人が二人とも自殺しているというのは、いかにも不自然である。

暗線
 或る「小倉日記」伝に収められている「父系の指」にそっくりなのが、「眼の気流」に収められている「暗線」である。
不詳の子だった父が島根県の広瀬町に生まれ、旧家から小作の子に養子に出され、愛媛県に移住したあと故郷を思いながら一度も帰郷せず亡くなり、その父を哀れと思った息子が父の生い立ちを探る話である。
広瀬町は四隅突出型古墳もあるので、阿曇海人(アズミアマ)族の地でもあり、かつては砂鉄の鋳造で賑わった。
尼子と戦った名将山中鹿之介の居城(富田月山)もあり、出雲そば屋も数軒ある。
松本清張はなぜ同じような小説を2度も書いたのだろう?
多分、自分の父親の出生を書いているのだろう。
このほか「結婚式」「たづたづし」「影」も収録されている。
著者は、石見銀山近くの温泉津温泉に宿泊したこともあるようだ。

日本の黒い霧(上)
下山国鉄総裁謀殺論
「もく星」号遭難事件
二大疑獄事件・白鳥事件
ラストヴェロフ事件
革命を売る男・伊藤律
 私が読みたかったのは「白鳥事件」で、HBCがラジオドキュメンタリーを作っているので興味があった。
どの事件も戦後の事件なので、GHQなどが絡んでいるらしく、物的証拠が無かったり、証拠隠滅されていたり、自殺者が出たり怪しい話になっている。
「もく星」号遭難事件は、アメリカ人パイロットなの何故、米軍の言いなりのルートを選択して墜落したのかは、まったく理解できない。
どこまでが事実なのかは良く分からないのと、当時に実体験していないので聞いた話の断片をかすかに憶えているだけなので、面白いのかどうかも良く分からない所がある。
特に、ラストヴェロフ事件は全く知らない。
伊藤律に関しては、中国から帰国したのである程度は知っているが、ここにもGHQが絡んでいるとは知らなかったし、ゾルゲ事件にも関与している。
松本清張は1992年に死去しているので、1979年に伊藤律が帰国したのは知っているが、1974の出版時は帰国の可能性は少ないと言っている。
日本共産党と中国共産党は、ある時期非常に仲が悪かったが、伊藤律になにも証言させた無かった事も私には良くわからない。

日本の黒い霧(下)
征服者とダイヤモンド
帝銀事件の謎
鹿地亘事件
推理・松川事件
追放とレッドパージ
謀略朝鮮戦争
 が収められている。
「征服者とダイヤモンド」は、最低でも日銀地下金庫にあった約16万カラットのダイヤや貴金属がどうなったであり、最近でもM資金詐欺などでも話題になる。
帝銀事件は、平沢被告の顔をどうやって撮影したか?などの話は聞いた事があるので、少しは知っている。
黒い霧事件は、朝鮮戦争がおわってGHQの占領政治の終了とともに無くなっている。

歪んだ複写
税務署汚職から殺人事件に発展した事件を、新聞記者が追う話だが、面白かったので暑い休日丸一日で読み切ってしまった。
事件を執拗に追って最後に事件を詳細に報道して万々歳なのだが、事件そのもののスクープにはなっていない。
第1回目の殺人事件が事件の発覚なので、これは各社の報道が横並びなのは仕方が無いが、2回目の殺人の被害者は主人公の記者が事件の調査した人物なのだが、これも一般的な記事に終わっている。
3回目の殺人は、第1発見者になっているので、それなりに記事にしたのだろうが、特に特ダネと言うほどにはなっていない。
主犯が逮捕する前に自主を薦める手紙を書いているが、これが原因で主犯の妻が自殺し、あわや主犯自身も自殺直前であった事を考えれば、記者にあるまじき行為と言わざるを得ない。
長期に取材を行って全貌を明らかにしたのは良いが、今の時代なら「早い結果」を求められるので、こんな取材は無理だろう。
松本清張は記者でもあったので、その辺の事情も理解していて、記者が憎っくき犯人に直接手が下せないもどかしさを主人公にやらせたものかもしれない。
「歪んだ複写」のタイトルの意味は、最後まで良くわからなった。

時間の習俗
 アマチュアカメラマンが出てくる話である。
核心は、ネガで時間の前後しているものをどうやって並び替えるである。
使用フィルムは、ヤマトの36枚撮りの3Sとなっているので、ネオパンSSSと思われる。
この中に、犯人がその場に居なかった和布刈神社の神事が記録され、翌日には証人のハッキリしている人物が撮られている。
刑事は、途中で空送りして空白を作り、後にニュース映画を撮影して穴埋めをしたのでは?と推理するが、ちょっと無理がある。
TVでも映画画面でも、写真に撮ると映像がブレてしまうし、TVでは走査線も写りこむ。
これは、カラーポジから白黒にプリントして複写したことになっているが、カラーポジから直接スライドコピアで複写したほうがもっと綺麗に写るはずである。
1本のフィルムを途中まで撮って巻き戻し、再び未撮影の所まで空写して撮影する場合、大抵の場合コマ間がずれてしまうので、バレてしまう。
こんな危険を冒すのなら、すべててをカラーポジで撮影しておいて、好きな順番で複写するほうが確実である。
しかし、昭和35年頃でも複写したり、巻き戻して撮影したりしたネガはプロなら見分けがつくと思うが、小説なのでしょうがないかも。

Dの複合
 松本清張の「Dの複合」は、考古学から始まるアズミアマ族にまつわる話からである。
私も渡来人の骨格を撮影する為、長崎大学までいった事もある。
神在月に海から神を迎える事自体、朝鮮からの渡来人を連想させるし、高層の出雲大社に至っては、UFOの発射基地か、宇宙との交信であったかのようだ。
もっとも図面に残された高さがあれば、隠岐の島くらいならなんらかの通信は出来たのではなかったとさえ思えてしまう。
話が横道にそれたが、この小説は船舶の話に複数の殺人事件が絡んでなかなか面白い。

青の断層
 或る「小倉日記」伝に収められている「青の断層」は、これまでの考古学を離れて、芸術論である。
作品作りに行き詰った洋画家が、素人の書いた絵にヒントをえてスランプを脱出する話である。
考古学と同じく日本の画壇も上下関係が厳しく、偉い先生の推薦が物を言う世界である。
そこを皮肉っているのであろう。
私も県美展などの審査で、その辺のドロドロした話を何度も耳にした事もある。
写真などでも、良く似た話を耳にすることもある。
「喪失」「弱味」「箱根心中」は不倫の話で、どれも論評したくない。

石の骨
 「笛壷」も考古学者の話だが、あまり面白くなかった。
「赤いくじ」は、戦時中の朝鮮が舞台だが面白くも無く、読み疲れてしまった。
「父系の指」は貧乏な父の生涯を書いているが、舞台が広島・伯耆(米子周辺)などで、通船山や砂鉄の話も出てくるので、身近に感じられて読みやすかった。
「石の骨」は、日本にも旧石器時代があったとする学説に基づいてかかれたものらしいが、私の学生時代には、日本には旧石器時代は無かったと教えられた。
最近では、日本にも旧石器時代があったはされているが、不幸にも「神の手」事件のおかげで、物的証拠が怪しくなっている。
ところで、この作品のなかに主人公が「夕食を食べる」という記述があって驚いた。
昭和40年発行の本なので、その頃の記述なら「夕飯を食べる」というのが一般的だろうに、わざと「夕食を食べる」という記述にして「新しさ」を出したかったのだろう。
広島でも広島大学の考古学教室が「帝釈原人」を発掘して大騒ぎになったが、結局「鹿の骨」という事で落着した。
発掘当時は、慌てて松崎教授のインタビューに押しかけたり、帝釈峡の発掘現場に取材に行ったり右往左往したものだったが、あの騒ぎは何だったのか。
でも学生時代には、銅鐸と同矛は同時に出土されることは無いと習ったようなきがするが、荒神谷遺跡で過去の常識が一挙にひっくり返ったりするので、いつかは新発見で常識が覆される事もあるだろう

断碑
 短編の「菊枕」「火の記憶」と続いて、「断碑」がある。
何れも才能がありながら貧困にあえぎ、屈折して死んでいくという話であるが、「断碑」は無名の考古学者の話である。
松本清張が考古学に詳しかったのが良く分かるが、銅鏡に話が及ぶ中に多紐細文鏡がでてくる。
一般的に銅鏡と言えば、卑弥呼に関わる三角縁神獣鏡が最も有名で、ついで内行花文鏡などであり、多紐細文鏡は比較的特殊な鏡である。
多紐とあるので、通常は1つしかない紐を通す穴が複数していて、裏面に細かい文様がついている。
私が見たものは、長方形で、通常は凸面鏡なのに凹面鏡になっていたものであった。
この多紐細文鏡という名を主人公が命名したとなっているので、松本清張が取材した事実を元に書いたのだろう。
もっとも、三角縁神獣鏡も30年ほど前は「さんかくえんしんじゅうきょう」と言っていたのを縁を円と間違えやすいという事から10数年前から「さんかくぶちしんじゅうきょう」と読むことが増えているし、 方格規矩鏡を内行花文鏡と一緒に連弧文鏡といっていた事もあるので、多紐細文鏡(たちゅうさいもんきょう)と誰が言ったかはたいした問題ではないのだろう。
すくなくとも古代人は、そんな言い方はしなかったのだから。
考古学説は証明出来ない事が多いので、言ったもの勝ちなのだ。

或る「小倉日記」伝
 文中にQ大というのが出てくるが、これは九州大学の九大のことであろうが、「1Q84」がどこかで引っかかる。
第28回芥川賞を受賞した作品であるので、村上春樹氏もきっと読んだでのであろう。
話の中身は森鴎外の没後、小倉滞在時期に書いた「小倉日記」が紛失していたため、当時の小倉での人間関係などを探ろうとした青年の話である。
青年は、病気のため顔は歪み言語も不自由で、手足も不自由だったため、誰からも馬鹿にされる存在だったが、実際には頭は良くて一生懸命取材した。
身体が不自由なため、定職に就けず母親のわずかな収入に頼っての生活だったため、生活も苦しくなって病が重くなり死亡する。
死亡後に「小倉日記」は発見されるという話なのだが、松本清張というより芥川好み?の作品に仕上がっている。
短編という事もあって、私は面白くて一気に読んでしまった。

十万分の一の偶然
 東名高速道路で起こった追突事故をアマチュアカメラが撮影し、新聞社の年間最優秀賞を獲得した事が始まりになっている。
松本清張はカメラ好きで知られているが、文中にも1976年に製造されたライカR3や、ハッセルブラッド、リンホフテヒニカが欲しいカメラとして載っている。
(ライカR3こそ私は持っていないが、ライカM4,M6などのほかハッセルやリンホフを所有している。もっとも最近の使用頻度は極端に低下しているが。)
この「偶然」の事故に疑問を持った遺族が犯人?を追求するのだが、機材などはベテランカメラマンにはなじみの名が出てくるので、結果が想像できるのでやや飽き足らない思いがでるが、 後半は犯人たち?を殺害するミステリーに変貌するところから面白くなる。
機材の一部として黒のラシャ紙も登場するが、私も私製の写真集を作る時、黒のラシャ紙やミューズコットンを使用した。
報道姿勢の論議の一つとして宇高連絡船の「紫雲丸」の沈没を報じた写真の話が出てくるが、私も幼い頃「紫雲丸」の沈没海域で、宇高連絡船から花束を投下した事を思い出される。
報道カメラマンは取材に徹するべきか?被害者の救助に手を貸すべきか?という問題を問いかけてくる。
「まずは撮影し、自分に出来る事はなにか?を考える」のが、模範的な報道カメラマンの回答らしい。

水の肌
 「指」「水の肌」「留守宅の事件」「小説 3億円事件」「凝視」の5部が収録されている。
「水の肌」は、M光学工業のコンピュータ技師として入社した男の話。
(ニコンの前身の日本工学もコンピユータ導入前は、算盤の得意な女工を集めてレンズ設定のための計算をさせたという。)
のちにこの男はD自動車に転職する。
(多分、D自動車とは日産の前身ダットサンであろう。ダットサンはDAT商事とSUN自動車が合併してDATSUNとなり、国内で日産と社名を変えた後も海外ではDATSUNとしていたが、 社債の販売などで不都合だったのでNISSANにした。)
女や賭け事など非効率的な事が大嫌いな男が、挫折して女に惚れて殺人を犯すのだが、何処か真実味がない。
「指」も殺人の動機が今ひとつ理解できない。
「留守宅の事件」も、そこまでして女房を殺す必要があったとも思えない。
「小説 3億円事件」は、事実に基づいている話なので、面白かった。
「凝視」は、妻殺しを疑われていたが、実は犯人は別に居たという話だが、犯人の動機がはっきりしない。

砂の器
 何度も映画やドラマになった松本清張の推理小説であるが、原本を読んでみて知った地名が出てくるので驚いた。
「亀嵩はあいかわらずですか?」という言葉は有名で、ここの駅は扇屋という出雲そばの店もあって有名で私も訪れたことがある。
ところで、最初の被害者の出身地が岡山県江見町となっている。
私の知っているのは岡山県英田郡作東町江見で、今は美作市となっているが私は隣町に住んでいた。
被害者は、島根県警に10年勤めて警部補にまでなったのに辞めて江見で商売を始めているが、ちょっと腑に落ちない。
岡山と鳥取なら往来はあるし、島根と広島なら関係もあるが、岡山と島根ではほとんど交流がないのである。
大阪に住んでいた松本氏がこの地域に詳しいのは驚いたが、もう少し詳しければもうちょっと違ったかもしれない。
ゼロの焦点と同じく被害者が元警察官というのは同じで、青酸カリこそ出てこないがウィスキーのポケット瓶は出てくる所は良く似ている。
後半に電波法とと超音波のくだりがでてくるが、短波を超音波で変調して復調するというのには無理がある。
超音波を聞かせるだけの話にすれば良かったのだが、中途半端に知識がヘタなTVドラマの脚本のような仕上げにしてしまったのは残念である。
ちなみに、今の時代に江見〜亀嵩を列車で移動しようとすると所要時間で7時間22分で、金額3,260円。乗換は4回で182.1kmである。
08:50 美作江見発で姫新線普通に乗り09:24津山着
10:11 津山から姫新線で11:47新見着
12:47 新見から伯備線・芸備線経由で14:10備後落合着
14:25 備後落合から木次線で15:24出雲横田着
16:03 出雲横田から木次線の宍道行に乗り換え
16:12 亀嵩駅に到着する。

点と線
 これまでTVドラマでも見たことはあるのだが、中身をほとんど覚えていなくて、事件の起こった海岸と函館駅のシーンくらいしか覚えていない。
午後から読み始めて、寝るまでに一日で読みきってしまった。
東京駅の4分の間隙や、理屈では間に合う飛行機を使っての福岡と札幌の移動など、やや無理な設定もあるが、ドラマよりも原作のほうが面白い。
子供の頃に発表された作品で名前だけは知っていたが、原作を読んでこそ評価がわかる。
なぜか、「ゼロの焦点」と同じくウィスキーと青酸カリで殺人が行われる。
松本清張氏は、鉄ちゃんでもあったがカメラマニアでもあった。
目があまり良くなったせいか、nikonF3にファインダーを覗かなくても確認できる外付けの大型メーターを特注している。
格好は良くないが、本人は気に入っていて良く使ったらしい。

0の焦点
 TVドラマではどうしても腑に落ちない部分があったので、原作を買って読むことにした。
原作に出てくる車では、室田夫人は運転せず、しかもアメリカ車を匂わせている。
もちろんスノータイヤではなく、チェーンを巻いている。
TVドラマで、室田氏がピストル自殺するという無理な設定になっているが、原作は夫人が自殺するというありそうな設定になっている。
原作者の松本清張氏が亡くなっているので脚本に抗議することは無いが、私は原作のほうが現実味があって好きだ。
先に原作を読んでいたらきっと、TVドラマを見ていて腹が立っただろう。
原作が発表された頃、私は本を読む習慣をほとんど失っていたし、終戦直後という原作の時代背景も、興味を失わせていた原因かもしれない。
原作を読んで、村上春樹氏の「1Q84」との時代背景と、そこから生まれる作品の違いを感じた。