コンテンポラリー
「まず確かさの世界をすてよ」中平卓馬の言葉の意味もわからず、森山大道らの写真に影響され、人物写真とは程遠い写真を撮る。
2002年夏、中平卓馬、森山大道、東松照明、アラーキーが沖縄に集まった。
30年ぶりの初会合である。
森山はペンタックスS2などを使い「撮れればどんなカメラでもいい」と言うところがスゴイ。
決してライカやニコンではなく、「自分のミノルタでも頑張ればなんとかなる」と勇気付けられた。
03年3月に松江で森山大道、03年11月横浜で中平卓馬の写真展を見た。
35年前の記憶がよみがえってくる。
中平の写真のなかに「消失」と良く似た写真を見つけ少しうれしかった。

「消失」昭和45年春の撮影:TXをASA1600に増感、 夜の西新宿にて
建設中の京王プラザホテル 水道施設 夜間金庫 地下道


昭和45年6.14国際反戦デー
ベトナム戦争が激しかった頃、行動の良し悪しはあるにしても、学生は反体制であるのが当たり前、という時代であった。
ライカ以外のカメラではベトナムでは壊れてしまう、という迷信が信じられていた。


昭和45年夏「藺刈りの季節」
かつて高級な畳と言えば備後おもて、倉敷あたりもい草栽培がさかんであった。
裏木戸
近所の小父さんと大伯母 新屋の小父さん
母の実家の田

川合岩の伯父さんと帯江の叔父さん
お祖母さん minolta SR-T101 SR-1s zenza BRONICA S2
Kodak TX Fuji SS SSS N100

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